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2006年2月16日 (木)

幸徳秋水/山泉進校注『帝国主義』岩波文庫、2004年

明治期の社会主義者幸徳秋水の著で反戦・非戦の書として名高い。

本書で最も興味深いのは、第二章「愛国心を論ず」であろう。政治指導者が敵・味方と分け、民衆の「野獣的天性」に訴えて、愛国心を調達し、政治的に動員する、とする見方は当然であるし、また、これだけ愛国心をバッサリと切るところは痛快である。

しかしながら、この主張はいつまで経っても、政治の中で敗北している。それは結局のところ、幸徳をはじめとする愛国心否定論者が、文明と野蛮といった人間は進歩するという前提に立った議論をするため、どうしたって親疎の別をもたざるを得ない現実の人間をとらえることを拒否し続けるためであろう。

もっとも親疎の別の「親」の対象が国である必要はないが、普段触れるものに親しみを持つ感情を捨てきれない以上、愛国心の呪縛を捨てきる事はできはしない。

幸徳は進歩の立場により、このような「中古的」感情を批判するが、容易に変えることのできない現実を変え得るとするところに無理がある。そのように言い切るところに思想の強さ、生命があるといえるが、現実にある道具を利用することで目的を達しようとする政治には、いつまで経っても敵わない。

思想は現実を変えることはできない。変えるのは思想を利用して現実にある道具を動かす政治だけである。

現実を変えたいならば、思想を語り、思想を実行することではなく、現実をありのまま認めつつ、そこで何ができるかを思考するしかないのであろう。だが、その思考による提言は退屈なのかもしれないが、そこに思想を読み取る作業を楽しむ態度もまた楽しい。

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