鈴木哲夫『政党が操る選挙報道』集英社新書、2007年
2005年の総選挙は、自民党によるコミュニケーション戦略のもっとも成功した事件であった。我々がテレビを通して聞いた片山さつき氏の「本籍も移しました。静岡7区に骨を埋めます」や佐藤ゆかり氏の「嫁ぐ気持ちでやってきました」などの発言は、コミ戦の要請によって発せられたものであったそうだ。
本書によれば、コミ戦とは永田町に存在しなかった危機管理の技術であるという。危機管理とは、組織に何か問題点が生じた時、その危機を最小限にとどめ、挽回のチャンスを作り出すことだ。片山氏の上記の発言は、それ以前に「私は小泉総理に選ばれたのです」と選挙区入りを軽視する発言により、選挙民の反感を買うことを最小限にとどめるためにコミ戦本部で指揮をとった世耕弘成氏のアドヴァイスによってなされたものだという。典型的な危機管理の例であろう。このように、本書では自民党の世耕氏が2004年4月の埼玉8区の補選から始めたコミ戦の成功から、その集大成である9.11総選挙の大勝利までを叙述し、ひるがえってテレビと政治の関係が本格化した1993年の「政治改革」における自民党若手のテレビ利用の始まりを著者の経験や当事者のインタビューを織り交ぜて描いている。大変、興味深く、面白かった。
ここで描かれる世耕氏は、まったく隙がなく、「平成のゲッペルス」などと一時もてはやされたのもうなずける人物だ。このような人物が政府与党に存在することはなんとも怖ろしい。しかし、周知のとおり、あの総選挙後の自民党の世論戦術はいかにも稚拙極まりない。その理由として、あの大勝利がかえってベテラン議員に驕りを生じさせ、世耕氏を軽く見るようになり、その驕りを衆目に晒したのが例の「ジャンケンポン、サイトウケーン」という選挙戦術であったというわけだ。これに自民党が反省したかといえばそうにはならず、世耕氏が官邸入りしても同僚議員からの嫉妬やっかみでコミ戦はあまり機能していないようだ。
本書でわかることは、コミ戦とはあくまで危機管理機能にあるだけで、それが支持率アップににはそれほどの効果は望めないことだろう。というのは、自民党があれだけの勝利をおさめたのは、やはり小泉前総理という強烈なキャラクターの存在があったことを前提としているからだ。コミ戦はそれを維持することに努めたともいえる。また、それが安倍現政権の不振にもつながっている。
安倍総理の最近のパフォーマンスとして見られたのは、多摩川の掃除の参加とか、トラクターに乗ってみるとか、いかにも山口県の田舎の選挙区選出の政治家らしいものだ。横須賀選出の小泉氏は絶対にやらないパフォーマンスだろう。これはテレビ映えしない。テレビ制作は、都市でなされるものであり、製作者も都市の雰囲気の中で生活している。そのため、田舎が映像として映し出されるときは、所詮、嘲笑の対象でしかない。視聴者もその感覚を共有している。安倍総理のパフォーマンスは、上記のものや小学校で給食を食べたり、遊具に戯れたりなど、直接的な人的交流を主としたものだ。これは一般社会の市民や選挙区との関係であれば必要なことであろうが、一国の総理がやるといかにも泥臭く、貧相に見えてしまう。総理は、直接的に触れ合う人ではなく、間接的に全ての国民に対峙する孤高の存在であった方が映えるのである。庶民性などは、都市型政党に生まれ変わった自民党にとって、かえってマイナスにしかならない。このようなトップを抱えている上で、コミ戦が機能していないために、支持率急落に歯止めをかけることはできず、現在の泥沼にはまっているのも仕方ないことだろう。
本書の結論として、著者はコミ戦という怖ろしい武器を手にした政党に対するメディアは与野党問わず平等に批判していくしかない、という。しかし、これは有効ではないだろう。本ブログでも常々述べているように、メディアが批判のための批判を繰り返し、もしそれが的を射ていないものがあれば、メディアの信用は急落して政権の方をかえって信用してしまう怖さがある。著者も批判するにはメディアの側の勉強も必要だと述べているが、それはあまり期待できない。日々のニュースに追われて制作する側にそんな余裕はないだろう。
国民の政治意識を乱暴に測定すれば、自民支持が20%、潜在的自民支持が10%、民主支持が10%、潜在的民主支持が10%、諸政党支持が10%、無党派が10%、政治に無関心が30%ということになろう。つまり、選挙は10%の無党派の取り合いであり、自民・民主とも潜在的支持者それぞれ10%を投票所に呼び込まなければならない。それはともかく、このような現状で、著者がいうような与野党問わず批判では、無党派10%の人々にしか受けない。批判文化が根づいて無関心層以外の無党派が増えれば可能であるが、現状では困難であり、どうしても制作側としては与野党支持者の視聴者に媚びなければ、番組が成立しない。やはり是々非々でやるしかないと思われる。
テレビと政治の関係を考える上で、本書は参考になった。現在のところ、コミ戦では民主が有効に機能しているようだが、参議院選挙までの期間で世耕氏の秘策はあるのか。単に戦略に乗せられるのではなく、その戦略の巧みさを外部から観察するという楽しみを得るために、本書は読む価値がある。
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