山田風太郎『神曲崩壊』廣済堂文庫、1998年
大傑作。これは面白すぎる。
「実にくだらない原因」から核戦争が勃発し、地球は消滅した。その時、人類でたった一人、ダンテの『神曲』を読んでいた作家の「私」は、ダンテ、ラ・ロシュフコー、ラスプーチンをお供に地球滅亡により崩壊して奇妙な世界へと変ってしまった地獄世界を棺桶の馬車に乗って、旅をする。ダンテの導きにより、日本人の「私」に馴染み深い人物たちの地獄での生活を目の当たりにする。
初出は『週刊朝日』1986年10月3日号~87年5月1日号であり、明らかに『問題小説』1978年9月号~1987年2月号まで連載された『人間臨終図鑑』(私は、まだ読み途中)の普及版として小説化した作品である。『人間臨終図鑑』は、920人にも及ぶ歴史上の人物たちの簡単なエピソードと最期の姿を延々と描いた作品だが、本作に現れる地獄の住人の姿は、その臨終のエピソードの再現として表されている。360頁ほどの分量に登場する人物の豊富なこと、そして山田風太郎の各人への評価を見ることができる贅沢な作品だ。
本作で登場する人物は、山田風太郎の小説やエッセイに馴染み深い者たちで、ある種、本作は山田風太郎の総集編ともいうべき内容を持っている。ここに登場する人物たちをあまり知らない方には、他の風太郎作品で「勉強」してから臨むことが求められる読者の知識が試される作品だが、歴史好きだが「忍法はちょっと。。」とか、「ミステリーに興味なし」とかの方々には、まず最初にお薦めしたい大名著だ。
ちなみに本作は、登場人物の数々の大愚行を描き、各人をおおっている「神話」を次々に剥がしていくのだが、例外的に小栗虫太郎は「敗戦直後、メチール・アルコールが殺した、最も惜しい日本の天才の一人だった」と好意的に評価されている。これを読んで、私は、「風太郎先生も『黒死館殺人事件』はよく分からなかったんだなぁ」と思ってしまった。というのも、風太郎先生がもっとも尊敬する夏目漱石はかなりユーモラスな描き方なのに、小栗だけ「天才」というのは、腑に落ちない。やはり、他の人物もそうだが、ある程度世間の評価もあり、風太郎先生も理解できた人物は、そのような評価を前提として辛辣に描けるのだが、小栗のように有名ではあるが作品の評価となると一部の人が最大の賛辞を与えるわりには、読んでもよく分からない人を辛辣に描くにはどうもやり難いと感じたのではないだろうか。かくいう私も10年近く前に澁澤龍彦(彦は旧字)が『偏愛的作家論』で大絶賛していたのをみて『黒死館殺人事件』を読んでみたが、さっぱりその良さが分からず、今では犯人が誰かぐらいしか覚えていないくらいになってしまった。ただまぁ、日本三大奇書にも選ばれているし、そのぺダンティックな叙述に小栗は「天才」なのかなぁ、と思ってしまっているだけである。だから、風太郎先生がこういうふうに描いたのも分かる気がする。もっとも、他のところで評価している文があれば、撤回しますけどね、この邪推。
登場する歴史上の人物
ダンテ・アリギエーリ、ラ・ロシュフコー、ラスプーチン
飢餓の地獄
正岡子規、高浜虚子、夏目漱石、芥川龍之介、石川啄木、金田一京介、永井荷風、尾崎放哉、辻潤、乃木希典、乃木静子、河上肇、山口良忠、難波作之助、コルベ、マハトマ・ガンジー、沢庵、俊寛
飽食の地獄
小島政二郎、壇一雄、吉田健一、山本嘉次郎、獅子文六、子母沢寛、久保田万太郎、梅原龍三郎、谷崎潤一郎、松山善三、高峰秀子、林芙美子、近藤日出造、大宅壮一、徳川家康、佐藤栄作、山岡屋荘八、北大路魯山人
酩酊の地獄
小栗虫太郎、若山牧水、稲垣足穂、種田山頭火、梶山季之、江利チエミ、高倉健、田中角栄、黒田清隆、田沼意次、田沼意知、平賀源内、岩崎弥太郎、山岡鉄舟、エドガー・アラン・ポー、ポール・ヴェルレーヌ、ロートレック、ゴッホ、ユトリロ、カント、横山大観、井伏鱒二、李白、古今亭志ん生
愛欲の地獄
源義経、静御前、藤原道長、玄宗、楊貴妃、清少納言、長谷川一夫、レセップス、ヴィクトル・ユゴー、クレオパトラ、マリリン・モンロー、小林一茶、松永安左エ門、広沢虎造、柳家金語楼、菊田一夫、川口松太郎、川上宗薫、木村荘平、徳川慶喜、徳川斉昭、徳川家斉、豊臣秀吉、始皇帝、伊藤博文、有島武郎、波多野秋子、藤原義江、近松門左衛門、嵐寛寿郎、竹久夢二、東郷青児、ジアローモ・カサノヴァ、太宰治、村岡伊平次、小平義雄、大久保清、阿部定
嫉妬の地獄
岡倉天心、九鬼波津子、岡倉基子、荒畑寒村、幸徳秋水、菅野須賀子、北原白秋、松下俊子、北原幸子、神近市子、伊藤野枝、大杉栄、松井須磨子
憤激の地獄
三田村鳶魚、石川達三、徳田球一、磯部浅一、東郷茂徳、宇垣廛、井上成美、桐生悠々、黒沢明、勝新太郎、溝口健二、浅野長矩、吉良義央、田中絹代、井伊直弼、藤田東湖、大塩平八郎、田中正造、織田信長、明智光秀
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コメント
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投稿: Gates20Araceli | 2012年5月27日 (日) 16時51分