入江昭『歴史を学ぶということ』講談社現代新書、2005年
本で家が狭くなってきたので、積読していた本を読まなければならない。それで目についたのが本書。著者は「歴史学会のイチロー」(服部龍二氏)と呼ばれ、米国外交史学会、米国歴史学会の会長を務めた入江昭氏。普通には、いまだ絶版になっていないと思われるロングセラー『日本の外交』中公新書の著者として知られているだろう。その著者が自伝と自らの仕事と現在について語るというもの。
本書を読んで分かったことは、入江氏の仕事が後代に与えた影響の大きさである。入江氏の研究スタイルは、外交史でありながら、政府関係資料にあたり、事件の経過を詳細に論じつつも、その為政者や国民の思想や文化的背景に焦点をあてたものであるらしい。つまり、当時の政府に関係した知識人や学者、マスメディアが、国際社会をどのように考えていたか、敵対する国に対してどのようなイメージを持っていたかを考察するものだ。これって、現在活躍している外交史研究者が、作を重ねるに連れて、徐々に思想史っぽい論文を次々と発表していることの原型を見るような感じがする。
また、なるほどというかお勉強になったのが、入江氏が論文指導を受けた際、これから読む文献リストを提出すると、指導者が一つだけに丸をつけ、「これは二時間かけて読む価値がある」として、あとは十数分の時間で読めばいいと教えたところ。これってかなり重要で、つまり一般の人が知識を得るために読むならば、すべて読まなければならないが、研究者はあくまで自分で資料にあたって自分の歴史を書かなければならない。だから、研究書は、この人がだいたい何を言っているのかを知れば、それで足りるのであって、すべて読む必要はないということだ。こういう読書法というのは、言われれば簡単なのだが、なかなか発想として浮かんでこない。私も目からウロコな感じで、こうすればより多くの本を読むことができるのか、と感じ入った次第です。入江氏が繰り返し述べているのは、事実は変らないが解釈は人それぞれだ、ということ。事実=資料は同じでも、解釈=論文は各人で異なるのだから、歴史家ならば自分で資料にあたるべしで他人の書いたものは参考に過ぎないのである。これはお勉強になりました。
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