« 岡義武『山県有朋』岩波新書、1958年 | トップページ | 司馬遷/市川宏・杉本達夫訳『史記1 覇者の条件』徳間文庫、2005年 »

2008年6月25日 (水)

宮崎市定『史記を語る』岩波文庫、1996年

現在も連載中の『龍狼伝』という三国志を題材に取った漫画で、現在から2世紀末の中国の荊州にタイムスリップした主人公が、曹操軍の進行を単福の代わりに食い止めるところで「史実では、云々」と、明らかに『三国志演義』か吉川英治『三国志』での描写を「史実」といっていて、ずっこけてしまい、そのまま読むのをやめた。また、井波律子氏の『三国志演義』でも「陳寿『三国志』では」とでも言えばいいところで、「史実では」と述べているあたりで、何かむなしいものを感じた。古代中国史の「歴史書」というのは、いわば歴史物語のようなものであり、そこでのエピソードは噂話に過ぎず、本当にあったかどうかわからないことを「史実」といってしまうのは、むなしい。

本書は、中国史の泰斗・宮崎市定の『史記』入門書であるが、「司馬遷という男は、何か書いたものを見せれば、すぐ騙されやすい性質の学者であった」(70頁)と書いてしまうほどで、ほとんどの人物エピソードや建国の歴史を「作り話」と歯牙にもかけない記述が豊富である。そう、古代中国史の一般書に書き手が文学者や小説家が多いのは、結局、それらを記す「歴史書」は物語であって、史学の人間からすると「歴史」であるとは、いえないものであり、また、読者の方も「歴史」よりも「物語」として読みたい人が多いわけであるから、市場に出回るのは歴史物語のエピソード集が多いわけである。

本書は、これらエピソード集とは一線を画し、史学者としての『史記』の読み方を提示してくれる。そのため、いくつかのエピソードは紹介しているが、ほとんどは無味乾燥な記述が並び、「私の考えでは、云々」と『史記』批判を行うが、その根拠が示されないので隔靴痛痒な感もうける。しかし、それでも勉強になるわけで、司馬遷は儒学の徒であったとか、古代封建制は便宜的なものであったとか、孔子が重んじたのは上下関係の「忠」や「孝」よりも個人間の相互依存関係である「信」であるとか、司馬遷が重んじたのは自由人的な態度であったとか、なるほどと思わせる。

これによって、『史記』を読む際の基本的な知識を得ることができる。しかし、いきなり史学から入ってしまったのでは、世界観がわからない。まずはエピソード集としての『史記』本文に当たるべきであるが、初心者にとって翻訳書の中でどれが最適であろうか。私はこれまで岩波、ちくま、中公と普通に紀伝体を載せているものにあたってみたが、どうもしっくりこない。紀伝体は、どこからでも好きなものを読むのには適しているが、最初から読むとなると、いったりきたりで大体の世界観をつかみたいものにとっては不便である。そこで見つけたのが、徳間文庫版である。このシリーズは、暴力的に編年体に編集し、退屈な系譜とかを削除し、物語として読むことができるようにしている。私のような初学者は、ここから始めるのが良いかもしれない。

|

« 岡義武『山県有朋』岩波新書、1958年 | トップページ | 司馬遷/市川宏・杉本達夫訳『史記1 覇者の条件』徳間文庫、2005年 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

岩波文庫」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 宮崎市定『史記を語る』岩波文庫、1996年:

» 文学 [スクラップ]
JFKいいですね。演説と暗殺で有名ですが、映画にもなった政治危機をのりこえた政治... [続きを読む]

受信: 2008年6月25日 (水) 21時21分

« 岡義武『山県有朋』岩波新書、1958年 | トップページ | 司馬遷/市川宏・杉本達夫訳『史記1 覇者の条件』徳間文庫、2005年 »