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2008年10月30日 (木)

猪木正道『評伝吉田茂1星雲の巻』ちくま学芸文庫、1995年

いまだご存命の長老学者(今年94歳)の吉田茂を「自由主義的保守主義者」として論じた古典評伝。

第一巻では幼少から大正時代まで。外交官の評伝というわけで国内政治よりも国際政治の観点から、また著者が繰り返し「自爆戦争」と名づける日米開戦を意識して、国際協調路線を評価軸としている。そのため、国内政治的には評判の悪い山県有朋や寺内正毅も比較的評価が高い。昭和天皇への崇敬の念が高いが、昭和期以降の歴史に極めて厳しいあたりも昨日の田中清玄と同様で戦中派のちょっと上ぐらいの歴史観が垣間見える。

「ほんものの保守主義は、左右の急進主義におる挑戦に対する応戦という形でめざめるのだ」(318頁)

「外交交渉で、相手の立場を理解せず、自分の国の主張だけをただ強硬に押すというのでは、やがて気がついた時には、まわりの国は全部敵にまわっている、ということになりがちだ」(334頁)

とか保守主義という固定されたイデオロギーがあるかのように、「それでも保守か」みたいな言説がある中で傾聴に値する。と、オールド「保守」の猪木史観をしばらく堪能してみる。

余談だが、317頁「明治天皇がアルフィース・トドハンターの大著『英国における議会政治』を有栖川宮熾仁親王に貸与、云々」と木村毅『明治天皇』を注につけつつ書いているが、この「トドハンター」って、Alpheus Todd On Parlamentary Government in England (1867 -69)のことじゃないだろうか。ちなみにトドハンターというのはIsaac Todhunterという数学者(?)の本が明治期にいくつか訳されているようだが。

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2008年10月29日 (水)

田中清玄・大須賀瑞夫『田中清玄自伝』ちくま文庫、2008年

「―田中さんは右翼だと思っていましたが。

右翼。本物の右翼です。」

と、本人が認めているのだから、そう呼んでいいんだろう。戦後を代表する右翼活動家田中清玄のインタビューを通しての自伝。とにかく面白い。戦前は24歳にして武闘共産党の指導者、スターリン主義に疑問を持ち、転向後、政財界から信用を受けていた山本玄峰に弟子入り、戦後まもない12月21日に昭和天皇に拝謁して、退位せず、皇室財産を放棄し、全国巡幸を進言。その後は建設業で財を成し、「若い者」を使って共産党デモを攻撃したり、安保闘争のリーダーたちに資金援助して、闘争目的を「反岸」に切り替えるようにして国民運動化したり、山口組三代目田岡一雄と結んで麻薬撲滅運動を起こして、それが原因で狙撃されたり、汎ヨーロッパ運動の指導者オットー・フォン・ハプスブルク大公と親交をあたため、それをフィードバックするかたちでアジア連盟を構想して鄧小平やスハルトと交流。その一方、米国石油メジャー独占の石油事業に単身果敢に取り組み、中東の油田から日本への輸入を実現させた。また、ハイエクのノーベル賞授賞式のメインテーブルに日本人で唯一人呼ばれたりするほどの親しい関係にあった。

なかなか興味が尽きないが、中でも面白いのが岸信介・児玉誉士夫との対立構図。今現在、右翼として思いつくのが、憲法改正、国軍創設、自衛隊海外派遣、核武装、靖国公式参拝、大東亜戦争肯定論、反中韓といったところだろうが、田中はこのすべてに反対の立場を貫く。で、岸・児玉に連なるラインは上記に挙げた諸問題の主張者であろう(当時、韓国は別であったろうが)。『大東亜戦争肯定論』を著した林房雄が児玉から資金提供を受けていたと田中が暴露しているあたり、これらの主張のバックには岸・児玉がいるといわれるゆえんである。彼が右翼と呼ばれるのは、反共の闘士であることと天皇崇拝者であることぐらいで、親中派であり、反米であり、贖罪的歴史観の持ち主で、いわゆる今のリベラル層と主張は変わらない。ま、いってみれば反共の闘士だった野中広務氏がリベラル派に好意的に見られているのと同じである。良いか悪いかは別にして時代は変わったものである。

こうしてみると戦前もそうだが、戦後においても権力の強化に傾く右翼と君側の奸を取り除けと主張する反体制を貫く右翼との二種類が鮮やかに色分けされる。そういえば、昨年の参議院選挙後に一部報道で山口組が民主党支援を各支部に指令を出していたとあったが、田中・田岡一雄と岸・児玉の対立が岸の孫である安倍晋三首相に直撃したとも言え、そうした背景があったのかなと勝手に思ってしまった。

あと個別事例のスターリン及びソ連の陰謀論。終戦直後、日本共産党ではなく田中に日本国内の撹乱作戦の協力を求めたり、GHQに朝鮮戦争勃発を予想して聞き入れなかったが、これは共産中国の大国化を嫌ったスターリンの米中対立の演出だといったり、スウェーデンのパルメはブレジネフのエージェントでモスクワ離れし始めたので暗殺された、とか。

私はアジアという西欧から名づけられた概念を基盤にするアジア主義には疑問を持っているし、田中の中国への認識の甘さ(ウイグルやチベットに責任ある自治を与えているとソ連との違いを賞賛したり)には賛同できない。しかし、こうしたアジア、とりわけ中国への好意というのは贖罪意識よりも共闘関係にあった同士のような認識なんだろうな、と思う。会津出身で明治政府に抑圧された祖先を持ち、共産党員として日本帝国に弾圧された身だし。それで権力側にいた人間を象徴する岸信介を敵として彼の思想を形づくっている。そのため岸に近かった台湾・韓国への関心は薄い。岸もアジア主義的な部分があったようだが、その日本盟主論的なアジア主義との戦いの中でアジア主義も形成されている。岸=安倍的なるものに対抗した思想や行動を探りたいような人には一読をお薦めする。

しかし、読後感としては田中清玄という人物、坂本龍馬が生きていたらやってそうなことをやった人だな、と。事業で金儲けしながら、民権派に資金援助したり、政府でも一緒にやれそうな人と提携したり、欧米にもアジアにも友人を作ったりね。

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2008年10月15日 (水)

岩田規久男『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書、2008年

有名進学校とかに通っている高校生向けであろうちくまプリマー新書で岩田氏の新刊。

理解力が弱く、経済オンチの私には最適なやさしい文章で経済学の基本的な用語や考え方が分かりました。やはり基本が一番大切です。

おかげさまで02年からの景気拡大は製造業はバブル期以上の高収益にもかかわらず、賃金が上昇しないのは海外競争に勝ち抜くために企業が設備投資と日米貿易摩擦の教訓とアジアの低賃金労働をあてにしての対外投資とに力を入れたために賃金の安い非正規雇用の拡大と賃金上昇の抑制を図ったために「実感なき経済成長」と呼ばれてしまうメカニズムが分かりました。

また、景気対策としての公共投資が国内総生産にもたらす影響(乗数効果)は一年程度であまり期待できない。なぜなら、一時的に家計は所得を増やすものの人間は目先の金だけで行動するのではなく将来を予測した上で消費活動をする。また国債の発行は民間から資金を調達するために市場で少なくなった資金を民間企業と個人が取り合う形になる。そうすると金利が上がる。金利が上がれば、借金して設備投資や住宅投資をしづらくなる。それで需要が低下して景気が悪化する。また金利が上がると円建て預金が増えるので円高ドル安になって輸出が低下して景気が悪化する。減税も先の公共投資の家計への影響と同様に将来の増税を予期して消費を引き締める、と。

なるほど、現在の政府は今のところ公共投資よりも減税に力を入れるようだが、設備投資減税はいいとしても一年限りの定額減税は最悪の政策のようだ。また、海外での投資が増えているとなると、2005年に時限的に行われた米国本国投資法のように海外での利益を国内に還元するような政策減税が有効なのかもしれない。

それはともかく岩田氏の処方箋はやはり日銀が銀行から国債や手形を買い取る買いオペによって国債の金利を低下させて企業への融資を促すことで市中への金の流れを増やして貸出金利を低下させる金融政策だ。金利の低下は、設備投資や住宅投資、また預金を株や土地への投資へ切り替えることで市中への金を増やす、また株価の上昇は消費も増やす。そして金利の低下はドル建て預金を増やすことになって円安ドル高になり、輸出を伸ばす。市中に金が回れば資産価格が上昇してインフレが起きる。そのインフレを適度に抑制するのがインフレターゲット政策。安定的なインフレは企業や個人に投資計画や貯蓄計画、消費計画を立てやすくする。物価が上がると思えば、預金してお金を腐らせるよりは投資に回すという予期ができるからでしょう。また157頁でインフレターゲットを行っている国とやっていない日本、規制改革を行っていない独仏とその他をグループ分けした図を掲げているが、なるほど規制改革も大事だがインフレ率の上昇も必要だというのが一目瞭然で日本がダントツに成長率が低い。

まぁ、景気対策に必要なのが金融政策であるというのが分かりました。たしかに昭和恐慌の際、高橋是清蔵相の財政政策が有名だが、その効果は一年程度で翌年から大規模な国債の買いオペを行ったことが、その後5年ぐらいの好景気に結びついたといわれている。しかし、日本では金利の低下をうながす金融緩和政策が不人気だ。投資よりも貯蓄に回すことが好きな国民性というのもあるのだろう。金融政策による安定的なインフレ政策が上記のように世界的に有効であるというのは確かなのだろうが、貯蓄よりも投資を好むという文化に考慮しなければならない気がするし、金利の変動による投資行動というものを一般人は普通に感じ取れるものなのだろうか。

経済学の人間観は、他の動物と人間を分けるものは将来を予期する能力だ、といったホッブズの人間観を基礎においているようだが、その予期の上での行動は同様な知識を持たなければ、うまく回らないだろう。そういうわけで経済の教育は必要なわけで本書はその入り口として最適なものだろう。強引なまとめだ。。

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2008年10月 3日 (金)

またOASIS

OASISの新作『DIG OUT YOUR SOUL』があまりに好すぎて、こればかり聴いている。これだけ狂ったように聴いたOASISのアルバムはない。おそらく、このOASISらしからぬへヴィでファンキーでグルーヴ感があって、サイケなところが逆にはまったんだろう。

その理由を考えていたら、どうやら私は正統的なOASISファンとは言いがたい、という点にあるのかもしれない。というのは、実はOASISの代表作「Live forever」がいまだに理解できておらず、そんなに好きではないし、『MORNING GLORY』を初めて聴いた時、「地味だなぁ」と感じて、無言で級友に返した記憶がある。その後、その好さが分かってきたが、でも一番好きなのが「Hello」だったりして(Maroon5がライブDVDでやっていた)、「Some Might Say」とか「Champagne Supernova」など正統派のファンが大好きな曲の好さが分からなかったりしている。でももちろん「Wonderwall」と「Don't Look Back In Anger」は好きですけどね。でも最高とは思わない。

私がOASISの好きな曲は、「Supersonic」「Acquiesce」「Let's All Make Believe」「I Can See A Liar」「Rockin' chair」「The Masterplan」「The Importance Of Being Idle」というような大名曲というより佳曲が好きなんですね。この中でシングルは2曲しかないし。といってもコアなファンにしてみれば、じゅうぶんミーハーな名曲ばかりだと思うかもしれないが、その分大名曲がそんなに好きでもないんだよなぁ。

で、今作は上記のものとそれほど共通点はない。それでいて今作があまりに素晴らしいから、じゃあ、OASISそんなに好きじゃなかったんじゃないの?という気になってしまったので、何か恐ろしい気分になってしまった。それでまたOASISについて、だらだら無意味に書いているんだろう。

でも、ホント好すぎだよ、『DIG OUT YOUR SOUL』!大名曲系がリアムの「I'm Outta Time」ぐらいしかないし、この曲を挟んでの前半のファンキーでソウルフルな「Bag It Out」「The Turning」(ボーナストラックのノエルヴァージョンもカッコイイ)「Waiting For The Rapture」。後半のサイケデリックな曲群(その中では「Falling Down」がイイ!)。これ完璧です。

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2008年10月 2日 (木)

OASIS『DIG OUT YOUR SOUL』

OASISの約三年半ぶり、通算7枚目のオリジナルアルバム『DIG OUT YOUR SOUL』が今日、amazonから届いた。

一聴驚愕、二聴賛嘆、三聴恍惚の出来。というより、これは本当にOASISか?というようなへヴィで捩じれたギターサウンドで、新人バンドのような斬新さと勢いがある。しかしそうはいっても、ここでこう来てほしいといった楽曲のツボははずしていないし、OASISらしくないのにOASIS以外の何者ではない、という力強さがあるのが、また凄い。前作は、原点回帰といわれ、OASISの再生が言われたが、OASISらしさとベテランバンドの成熟を感じさせる作品だったが、今作はOASISらしさがかなり抑えられ、まさに新生OASISの誕生を祝うかのようなものだ。

それはノエル作曲の作品に顕著で、比較的OASISらしい楽曲はリアム作曲の作品であるのは皮肉のようなうれしい誤算だ。OASISらしさとは、オープンなスタジアムで大群衆が合唱するような開放感にあふれたアンセムだと私は勝手に思っているが、本作の楽曲群は狭くて暗いライブハウスで轟音をかき鳴らして、合唱よりも体感させるような印象がある。そうしたグルーヴをOASISがやるとは意外な感じだが、前作発売当時のインタビューでノエルが「もうアンセムはやらない」といっていたのが、前作にもまして実現されたかたちだ。

伝え聞くところでは、これまでOASISをビートルズのコピーアンドと冷笑していた英国の音楽ジャーナリズムでも本作は絶賛されているらしく、おそらくそれは本作のクリエイティブなつくりに反応したためではないだろうか。セールス的に最も振るわず、OASIS時代の終焉を決定づけたといわれる4th『Standing on the Shoulder of Giants』が私はアルバムを通して聴くなら、一番好きな作品だが、そこでのサイケデリックな実験の失敗が、8年経ってやっと生きてきたんじゃないかな、と思う。

本当にOASISは凄い。これまでOASISを敬遠してきた方々にもお勧めしたい。

OASIS『DIG OUT YOUR SOUL』

1.Bag it Up ノエル・ギャラガー作 vo.リアム

2.The Turning ノエル作 vo.リアム

3.Waiting for The Rapture ノエル作 vo.ノエル

4.The Shock of The Lightning ノエル作 vo.リアム

5.I'm Outta Time リアム・ギャラガー作 vo.リアム

6.(Get Off Your)High horse Lady ノエル作 vo.ノエル

7.Falling Down ノエル作 vo.ノエル

8.To Be Where There's Life ゲム作 vo.リアム

9.Ain't Got Nothin' リアム作 vo.リアム

10.The Nature of Reality アンデイ・ベル作 vo.リアム

11.Soldier on リアム作 vo.リアム

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