猪木正道『評伝吉田茂2獅子の巻』ちくま学芸文庫、1995年
猪木史観による吉田茂伝の第2巻。時期は田中義一内閣期の奉天総領事から広田弘毅内閣の組閣参謀をやって幻の外務大臣となったあたりまで。
2巻まで来て、まだ戦前篇とは驚くばかりだが、猪木氏の関心の持ちようがわかる。しかも、外交資料を多用して、当時の臨場感を与えてくれて、好きな人にはたまらないが、ちと読むにはつらい。
しかし、吉田の中国観みたいのが知れて興味深い。
「第一、欧州戦後、民族自決等一時人口に上れる戦争の反動的思想をそのままに余り多くわれの聴従し過ぎたること。
第二、日支親善、共存共栄等の空言にとらわれ過ぎたること。
第三、対支国家機関の不統一」
が対中政策の失敗の原因との指摘は、帝国主義国の外交官としての外交観を語るとともに、第二などは現在においてもよく見られる現象であろう。
また本書初出は1978年から81年とのことだが、今現在でも悪名高く、しかし徐々に再評価されつつある田中義一を原敬、幣原喜重郎に連なる協調外交路線にある人物と位置づけ、山東出兵も田中は消極的であったが、居留民が現地中国政府からの徴税逃れのために出兵に圧力をかけたという関寛治の論文を引用し、私的利益による国策の影響を批判的にとらえているあたり興味深い。
また「個人に対するテロが歴史の進行を大きく変えることはないという一部史家の説は間違っている。残念ながらテロは歴史の動向に不吉な影響を及ぼす。大変よくない方向に国運をへし曲げるのである」(331頁)など、かのヤン・ウェンリー元帥がユリアン・ミンツをたしなめた発言を否定する名言などもある。
また、本書で描かれる昭和初期の政治を見ると、この時期の「国体明徴」のテーマは「天皇」であるが、現在のそれは「あの戦争」なのかも、と思える。両者ともに現実よりも理想やロマンを投影して、現実を否定しているあたりが似ている。猪木氏といえば、以前かの田母神論文を最優秀賞に選んだ渡部昇一氏に自民党議員の歴史観に大きな影響を及ぼしていて困った存在と批判されたが、そうした流れの一環なんだろうな、と思わせる。
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