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2008年11月25日 (火)

沢木耕太郎『危機の宰相』文春文庫、2008年

いろいろと誤解していて、本書を読む機会を逃していた。本書の原型が『文藝春秋』に掲載された1977年は、生まれていないので、読むことはできないし、存在すらも知らないのは当然として、2006年にやっと単行本化された際、ずいぶんと話題になったが、読まなかった。

なぜなら「沢木耕太郎」って、書店で『深夜特急』を見かけて、かってに「西村京太郎」みたいな列車を舞台にしたミステリー作家だと思い込んでいて、それを読む気になれなかったという恥ずかしい勘違いが一点。あと、本書の主人公・池田勇人って、「貧乏人は麦を食え」で「中小企業はつぶれてもいい」という「ディス・インテリ」ないけ好かない奴だったが、首相になった際は、「低姿勢」「寛容と忍耐」というスタイルを通し、岸信介内閣時に既に策定されていた「経済成長戦略」を取り入れて、うまい具合に高度成長期の首相だった人でしょ、と勝手に思い込んでいて、魅力を感じなかった、という点がある。しかも『危機の宰相』っていうタイトルがどうも池田勇人と結びつかなかったところに違和感を感じたのだ。「危機の宰相」といったら、在任中に難しい判断を迫られるような事件があって、それへの対処にリーダーシップを発揮するようなイメージがあって、それが池田勇人というにふさわしくないとの感があったのだ。

しかし、本書を読むと池田勇人という人物は、苦労人で自覚的に「経済成長戦略」を取り入れた人物であることが分かり、彼と同様に大蔵省というエリート集団に属しながらも病気や挫折を味わった盟友やブレーンに支えられた魅力ある人物だということが分かる。そして、保守政治最大の危機であった安保闘争を受けての首相就任であり、また今まで気がつかなかったが、池田政権時、浅沼稲次郎刺殺事件(1960年10月12日)、嶋中邸襲撃事件(1961年2月1日)、ライシャワー刺傷事件(1964年3月24日)という10代の少年によるテロ事件も起きている。現在でも陰惨な事件が起こると1930年代のようだという感想がもらされるが、この時は時間的にも政治的にもその比ではない危機があったといえるだろう。しかし、それを帳消しにできるほど、池田は人心を安心させ、豊かにすることを可能にした。まさに「危機の宰相」だったのだろう。

また興味深いのが、池田とマスコミとの関係である。上記に挙げた「中小企業は~」とかの発言は新聞記者に嫌われていた池田へのネガティブキャンペーンの一環として「はめた」という側面があったらしい。しかし、その後、池田の人柄を理解するようになった記者たちは逆にゴーストライターをやるぐらいにまで池田人気があがったという。やはり政治家というものはマスコミ対応がうまくないとやっていけない商売なのだな、と思わせる。最近の安倍晋三氏や麻生太郎氏などは明らかにマスコミを眼の敵にしていたところがあり、そうした奴はいじめてやろうという気がおこるのも当然である。首相になる気があるのだったら、新聞記者との関係をもう少し考えた方がよかったのだろう。

あとは先ほど書いた岸内閣の「経済成長戦略」だが、これは池田周辺が唱えていた「所得二倍」のスローガンを福田赳夫が取り入れたためということらしく、しかもその内容は池田=下村治の考えていた民間主導の経済成長とは異なり、官主導の臭みを感じさせるもので表面は同じでも中身は異なるものだったらしい。やはり「所得二倍」を「所得倍増」へと導いた池田グループあっての「高度経済成長」だったのだ。しかもこの成長理論というのは当時のエコノミストの中では異端で、不可能と考えられていたし、成功すればしたらで「ひずみ」を問題にするという極めてゆがんだ言論空間だったようだ。もっとも万年危機の経済評論はいまでも健在だが、当時のそれはより深刻だったようだ。というのも資本主義の成功を喜ばないという雰囲気があったわけで、昔、『共同研究転向』の共同討議を読んでいて、出席者たちがこの経済成長時代を指して「いやな時代になったものだね」とうなずきあっているのを読んで唖然としたものである。そうした時代背景も本書は押さえている。

著者の「批判者たちの立論の変遷を辿っていくと、この国の「口舌の徒」に対する絶望感が襲ってくる」という指摘は現在にも十分あてはまり、噛み締めるべき言葉だな、と思わせる。

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