「日本は侵略国家であったのか」
田母神俊雄元幕僚長の話題の論文。こちらで読んでみたが、少々がっかり。自衛隊航空幕僚長ぐらいの地位にあった者の論文がこの程度で、しかも懸賞論文で優勝してしまうとは。正直、『正論』や『諸君!』をひらけば、よくありそうな内容で、参考にあがっているのも、ほとんど学術論文とはいえないものばかりで、これらの主張の層がアンチアカデミズムであるのがよく分かる。しかし、今回のような迅速な更迭をみると日本はずいぶんとシビリアンコントロールのしっかりした国なんだな、と思わせる。軍人を甘やかさないという点で戦前の教訓が生きているんだな、と安心した。
内容において植民地統治に関しては、そういうところもあったんだろうな、という印象が私にもあるが、そもそも植民地統治の問題は「東京裁判史観」と関わりがあるんだろうか。東京裁判について詳しく知っているわけではないが、審議の範囲は1928年以降だし、判事側の英、仏、蘭などはいまだに海外領土を持つ植民地帝国であるし、この審議中フランスはインドシナを再占領しようとしてインドシナ戦争の真っ最中である。こうした中で植民地統治に関して審議が行われたんだったかな。やはり問題は条約で決められた範囲への逸脱にあったのであって、そのあたりはすべて外国の陰謀で済ませているあたり、この論文のまずいところだ。そもそも張作霖爆殺事件をKGB犯行説って、10年ぐらい前に出てきた話だが、当時の日本側資料からして成り立たないんじゃないか。
それに国際法上認められた軍の駐留や植民地云々の話をすれば、西洋諸国の植民地や海外領土への侵犯をした大東亜戦争を肯定することはできない。国際法を持ち出すなら、日本の統治はよくて西洋のそれは残虐であったからよくないとはいえない。どちらも「認められた」範囲内での話である。大東亜戦争肯定論なら、西欧の都合で作られた国際法それ自体を否定する当時の「現状打破」勢力の意見を突き詰めるべきで、国際法などで自らの主張を補強すべきではない。
私がこの手の主張で一番気に入らないのが、「侵略」は東京裁判で決められたことだ、とか戦後教育によって「マインドコントロール」された、とかカルト的臭みを漂わせることにある。保守派のつむぎだす「戦前」の歴史それ自体を否定する気にはならないが、当時のある程度の情報を得ていた政治家、官僚、軍人、知識人が「支那事変」や大東亜戦争を「侵略」と考えていたことを留意すべきだ。侵略と考えていたからこそ、その意味を変えようとした人々(たとえば竹内好や重光葵とか)がいたわけで、東京裁判史観とはまるで関係ない。先週取り上げた田中清玄や猪木正道氏なども戦後教育による効果とは思えない(ちなみに猪木氏が防衛大学校長に就任したのは1970年7月で田母神氏が卒業したのは71年3月。猪木史観の洗礼は受けていないようだが、ある意味自衛隊への視線が厳しかった時期に学生生活を送っていたという点でこのような史観を持たざるを得なかったのは同情に価する)。
戦後を代表する保守思想家でこれまた戦中派のちょっと上の福田恆存なども「あの戦争」は侵略だと思っていたと記憶するが、「だから、何?」というぐらいの強さがあって、戦争に道義性を持ち込まなくては我慢できないというような脆弱性はない。近年の保守派がウヨク化(現実主義よりロマン主義的)しているのは、どうも精神的な弱さの表れにしか見えない。過剰に日本を「侵略国家」だ、という必要はないが、過剰に日本を美化する必要はない。かつて「自由主義史観」とか「新しい歴史教科書をつくる会」って、そんな主張をしていたように思えたが、それを超えた亜流が自衛隊の幹部にまで浸透していたとはずいぶん寂しい限りだ。
しかし、まぁ、新聞報道の「識者」の人選も人を見れば何を言うか分かるよ、という「定型」的なコメントする人ばかりでつまらない。こういう時は信頼のおける教科書でも読むのが一番でしょう↓。
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