猪木正道『軍国日本の興亡』中公新書、1995年
「軍国主義と空想的平和主義とは、互いに相手の裏返しだというのが、本書の原点であり、結論でもある」
本書「まえがき」の末尾を飾る一文である。つまり、どちらも独善的で国際的視野を欠き、一国主義的である、ということらしい。本書は、「空想的平和主義の克服」のために、その裏返しの「軍国主義」批判の書として書かれている。
対象となるのは、日清戦争から日米開戦まで。本書の歴史観は、いってみれば現在の「体制側」のそれである。国際協調の下での帝国主義政策は、積極的に肯定はしないが、否定はしない。しかし、ワシントン会議における「中国に関する9カ国条約」に締約国として参加しながら1928年6月4日に張作霖爆殺事件を起こし、田中義一首相は陸軍省と参謀本部の突き上げに勝てず関係者を処分できない失態を犯し、その間1928年8月27日の「不戦条約」を締約しながら、満洲事変を画策した関東軍をコントロールできなかった。これら軍関係者の暴走は、明治・大正期にも閔妃殺害事件(実際の日本の関わりはまだよく分からないらしいが)、日露戦争後の満洲駐兵問題、満蒙独立運動などにも見られたが、結局適切な処罰は行われていない。これらが背景にあったと著者は指摘するが、前記の諸問題はまだ国際条約による帝国主義戦争違法化の体制が出来上がっていない状態であり、日本国内の紀律や法の支配が確立していないという問題であるが、「9ヶ国条約」以降は国際政治の問題として立ち上がってくる。そのため、著者は「9ヶ国条約」違反と米国の一貫した対中門戸開放路線(日露戦争後の駐兵問題から一貫していることを著者は繰り返し指摘する)との関係から、「軍国日本」の「独善性」を批判する。つまり、1928年1月1日から日本の侵略行為を訴追対象とするいわゆる「東京裁判史観」と親和的なのである。
本書奥附には「1995年3月25日発行」とある。1995年といえば、終戦後50周年にあたり、有名な「村山談話」(8月15日)の出された年でもある。本書では韓国併合に関しても、伊藤博文の韓国皇帝に対する脅迫めいた言葉を長く引用し、米の生産高の上昇と人口の増加という面に触れつつも、基本的に「韓国人の憎悪」をもたらしたものと指摘し、上記のように中国に対する侵略行為を順を追って叙述している。本書が「村山談話」に与えた影響はどんなものかは分からないが、当時の自民党議員への影響があったとされる猪木氏の著書が、「村山談話」を受け入れる素地をつくったのかもしれない。
本書はその意味で現在の「政府見解」に近い歴史観を提示してくれる便利な本である。私はあまり異存を感じなかったので、自分はやはり「体制側」の人間なのかな、と思ってしまった。一応、アフィリエイトを張っておくが、本書はだいたいBook Offの100円コーナーで売っている有難い本なので、近代史初学者はまず本書を手にとってから、自己の歴史観を形成していくのがいいかもしれない。
余談だが、先日の「朝生」では、司会者から左の席の姜尚中氏や辻元清美氏が相手の意見を聞きつつも説得にまわる大人の対応する「体制側」に見え、右の席の西尾幹二氏が相手の意見を聞き入れず言いたいことだけを言う体制に反逆する革命家のようだった。西尾氏は福田恆在のゴーストライターとして書いた文章(『現代日本思想体系・反近代の思想』解説)などはニヒリスティックでクールなものだったが、ずいぶん変わったんだなぁ。それはともかく、こと歴史観に関しては、左右逆転のようなことが起きているようだった。
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