2008年11月14日 (金)

山田風太郎『幻燈辻馬車』上下、ちくま文庫、1997年

時代は明治初期。主人公は元会津藩士で妻を戊辰戦争で薩摩将校に死に至らしめられ、息子は主人公と共に西南戦争に薩摩への仕返しとばかり従軍したが戦死。その後は息子の残した孫と共に辻馬車を生業としている。その平和に暮らす祖父と孫の中に、政府による苛烈な弾圧にあっていた自由民権運動壮士たちと出会い、彼らの起こす事件に巻き込まれていく。。

『忍法創世記』とはうってかわって、こちらは名作。実際はとてつもなく強い剣豪であるにもかかわらず、戦いは西南戦争で懲りた復員兵士である主人公はまるで『壬生義士伝』の主人公のような哀感漂う人物造形をしていて、素晴らしい。また、『戦中派不戦日記』を読んで、やっと分かったが、風太郎先生の主人公が常に前時代の影響から逃れられず、新政府にはちょっかいを出しつつ反抗はせず、新しい人々(民権派など)に共感を覚えつつも全面的に献身はできないという非政治的な人物にするのは、本人が戦中派であるという呪縛から逃れられず、新時代の風潮や道徳に挑戦的な作品を世に出しからかい、選挙ではいつも共産党に投票しながらも細川護煕首相の「侵略戦争」発言に違和感を感じるという生き方そのものを表しているんだな、と。

本作では民権派の壮士について、史実を交えつつ、エンターテイメントしていく過程で勉強になる。あと「明治忠臣蔵」では、後藤新平がずいぶんと奇怪な人物として描かれていて面白かった。

登場する主な歴史上の人物

「幻燈辻馬車」

三遊亭円朝、4代目橘家円太郎、三島弥太郎、大山信子、山川健次郎、赤井景韶、花井お梅、八杉峯吉、来島恒喜、川上音二郎、川上貞奴、松旭斎天一、伊藤博文、徳富猪一郎、中江兆民、田山花袋、土肥庄次郎(松のや露八)、坪内逍遥、西郷四郎、嘉納治五郎、大山捨松、大山巌、斎藤歓之助、斎藤新太郎、河野広中、三島通庸、錦織晩香、志賀直道(三左衛門)、志賀直哉、鯉沼九八郎、琴田岩松、原胤昭、松田克之

「明治忠臣蔵」

相馬誠胤、戸田京子、志賀直道(三左衛門)、錦織剛清、後藤新平、陸奥宗光、志賀直哉、星亨、

「天衣無縫」

広沢真臣、福井かね、起田正一郎、安藤則命、大久保利通、木戸孝允

「絞首刑第一番」

山田吉亮(浅右衛門)

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2008年11月13日 (木)

山田風太郎『忍法創世記』小学館文庫、2005年

時代は南北朝末期。長年宿敵関係にあった柳生と伊賀の和解を実現するために柳生の三兄弟と伊賀の三姉妹の婚礼の儀が行われた。しかし、その後、柳生には中条兵庫守が、伊賀には世阿弥が現れ、北朝方に奪われようとする三種の神器を護るため、前者には剣法を、後者には忍法が伝授されようとしていた。そして、その背景には南朝併合を企む足利義満の陰謀があった。。

というような内容。自己の作品管理に厳しい風太郎先生は、この作品に不満を持ち、生前単行本化しなかったという。その理由の一つとして三種の神器を扱っていたからだとかまことしやかにささやかれていたようだが、はっきり言って風太郎先生の方針通り、あまり出来のいい作品ではなかったから、というのが理由だろう。

忍法ブームを作り出した風太郎先生の満を持しての伊賀忍法創世の物語にしては物足らない。私は大昔に風太郎先生の『婆沙羅』を読んで、あまりのつまらなさに風太郎忌避の傾向を作って、人生の大きな部分を損した気になったが、やはり室町ものは難しいのかな。風太郎ファンなら読むべき作品だが、最初にこれを読んでしまったら、ずいぶん不幸な風太郎体験になってしまうだろう。

登場する主な歴史上の人物

中条長秀、世阿弥、足利義満、後亀山天皇、細川頼之、日野業子など。

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2008年11月12日 (水)

山田風太郎『同日同刻』ちくま文庫、2006年

日米の開戦の日である昭和16年12月8日と終戦に至る昭和20年8月1日から15日までの同日同刻の記録を編集したノンフィクション作品。

これを読むと12月8日午前7時、徳富蘇峰は「皇国に幸運あれ、皇国に幸運あれ」と書きつつ、『近世日本国民史』で「征韓論」を書き、「若し征役直ちに利を得るといえども、その得る所、恐らくはその失う所を償うに足らず、況んや遠征歳月を経るに於てをや」と大久保利通の意見書を紹介していた。その一時間後には松岡洋右は三国同盟を一生の不覚として「僕は死んでも死にきれない」と泣き、戦後広島の原爆慰霊碑に「過ちは繰返しませぬから」と書いた旧制広島高校の雑賀教授は「頓狂な声で〝万歳〟を叫んだ」。そしてその頃、もっとも落ち着いていたのは、ルーズベルト米国大統領だった。

言論人である蘇峰と歴史家である蘇峰との相違や、日米関係に決定的な打撃を加えた松岡の涙、日本が狂喜し米国政府高官たちが慌てふためいているところ、悠然と構える大統領というように、ここに歴史の皮肉がみられる。先の田母神論文でルーズベルト陰謀説を非難していたが、ルーズベルトは追い込んだのだし、ある程度の情報は得ていただろうが、それを陰謀と唱えるのはずいぶん情けない。ルーズベルトの戦略勝ちであり、仮に非難するとすれば、それは日本人ではなく、米国海軍の遺族だろう。

しかし、8月の記録には身をつまされる。原爆の記録は、悲惨としか言いようがない。具体的には書かないが、これほどの惨事と恐怖の現場を体験し目撃した人たちがさらになお生き続けて日常生活を営んでいたというのに妙な驚きを感じてしまう。人間というのは、強い生物なんだな、と。戦中を生き抜いた人々は我々が想像できない強靭な精神力を持っている。

しかし、この時期に至るまで「一億玉砕」を叫び、「2000万の日本男子が特攻すれば、必ず勝利を得る」という東京の軍将校たちの精神構造とは如何ばかりなのだろうか。正直、よく分からない。それを分からない狂信者とするばかりで目を閉じても何も得るところはない。実際、狂信者はいただろう。しかし、ソ連が攻めてくると情報を得るとさっさと逃げてしまう関東軍のような姿を見ると、逆に人間らしく、まともに見えてしまうと思うと、やはり徹底抗戦を唱える軍の主張とは、自らの失敗を認め責任をとらされ、非難されることを恐れただけに過ぎないように思える。その点、最後までゴネて首相や外相を困らせつつも陸軍の暴発を抑え、玉音放送を前に自決した阿南陸軍大臣は立派である(どうでも良いが、阿南大臣は自決後、介錯を拒み、しばらく生きていたが、最後に義弟竹下中佐が頚動脈を短刀で切ったというが、こういうのは刑法的にどうなっていたのだろうか)。徹底抗戦を唱えつつも生き延びた人々はおそらくゲリラで死なすのは一般ゲリラで自分は頃合いを見て生き残る手合いだろう。こうした責任回避の官僚的習性をもった人々までも擁護しかねない大東亜戦争肯定論は有害だろう。

こうしてみると戦後の日本国民が軍事アレルギーになったのもうなずける。散々、偉そうにしていた関東軍が逃げ出すのを目撃しているわけだし、戦陣訓を示達した当時の陸軍大臣で日米戦争の象徴となり最後まで戦争継続を訴えていた東條英機が逮捕直前まで自決せず、しかも自決に失敗しているのを目の当たりにしているのだ。戦後教育や東京裁判のせいにしてはいけないだろう。

そんな中、さわやかなエピソードは、広島の第二総軍の教育参謀李鍝公殿下が原爆で死亡し、その後を受けてお付武官吉成弘中佐が殿下の死の直後に病院の芝生に正座してピストルで殉死したことだ。私はこの話を初めて知ったが、李鍝公がそれだけ立派な人物だったのだろうが、それを受けて殉死した日本軍人がいたことに驚き、感動した。

しかし、終戦の日(敗戦の日は14日)の記録でやはり白眉なのは著者山田風太郎自身の記録だろう。玉音放送を町の大衆食堂で聞いていた山田誠也は放送の難解さから「宣戦布告」の放送でしょう、と問うおかみに

「済んだ」/と、僕はいった。/「おばさん、日本は負けたんだ」/「く、口惜しい!」/一声叫んでおばさんは急にがばと前へうつ伏した。はげしい嗚咽の声が、そのふるえる肩の下から漏れている。みな死のごとく沈黙している。ほとんど凄惨ともいうべき数分間であった。/四人は唖のように黙ったまま外へ出ていった。明るい。くらくらするほど夏の太陽は白く燃えている。負けたのか?信じられない。この静かな夏の日の日本が、今の瞬間から、恥辱に満ちた敗戦国となったとは!/過去はすべて空しい。眼が涸れはてて、涙も出なかった。

誰も有名人が出るわけではなく、学生とまったく市井の人々の雰囲気を表していて、この国の多くの場所で見られたであろう情景を映し出している。それに比べて、「私は歌いだしたかった」と書く、加籐周一の自伝は同じ医学生でもこれだけ違うのかと思うほど、なんとも共感しがたい、つまらない記録である。帝大生と私大生の違いだろうか。

風太郎先生の底の深さを感じさせる作品で、しかも資料に語らせる力強さを感じさせる。

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2008年8月13日 (水)

山田風太郎『新装版 戦中派不戦日記』講談社文庫、2002年

中学・高校の時から、書店では見かけていたが、どうも読む気がしなかった。なんか題名からして、「この愚かな戦時下にあって、戦争には協力せず、反戦の志をもって書いた」とかトクトクと書かれては、ずいぶんと当時の人々を馬鹿にした話だし、インテリぶって、いけ好かないねぇ、といった印象を持ってしまったからだ。おそらく私が当時生きていたら、死にたくねぇなぁと思いつつ、戦争の遂行と帝国の勝利を信じている、もしくは願っている「愚か」な大衆の一人だと思うし。山田風太郎を読むようになってからも、風太郎先生がそんな時代に迎合した恥知らずな日記を公開していたら、失望しちゃうな、と思って敬遠していた。

しかし、まったくの誤解でした。後の風太郎先生である山田誠也青年は、敗戦の日である8月14日未明に友人と自分たちだけでもゲリラ部隊を組織して、一兵となっても戦争継続をしようと語り合うほどの憂国の士であったようです。

こんな戦争映画やドラマで、視聴者に「余計なこというなよ」と思わせてしまう狂信的な人物であったことをあえて公開してしまう風太郎先生はやはり偉かった。

しかも狂信的である誠也青年は、一方で合理的で、日本人の「科学」教育の欠如を憂い、日本精神鼓吹者を軽蔑するリアリストであったりする。この矛盾は何であろうかな、と思うが、おそらく単に帝国主義的野心から追い詰められた「自存自衛」の戦争に過ぎない「大東亜戦争」を「アジア解放」や「世界史的使命」というように意味づけて、嘘をホントにしてしまおうとした竹内好や他の頭のいい人たちがやったように、まったく信じてもいなかった「日本精神」を本当のものにしようとしたというロマンティックでニヒリスティックな気分が彼をして、そのような行動に赴かせたのではなかろうか。これは彼の同級生を含めた同胞の死が、戦勝国の占領政策によって単なる「愚行」として片付けられることを鋭敏な誠也青年には予測されて、そのような無意味な死にはさせない、したくないという同時代人特有の使命感があったためだろう。

しかし、この企ては以前同様のことを考えたが挫折した級友の冷笑によって熱が冷め、翌日の「玉音放送」によって完全に断念させられた。これから考えると彼の「忍法帖」がたいてい使命を果たして死んでいくというパターンは、死すべき時に死ねなかった自分の本当の姿を描いている、ともいえる。

さらに面白いのが、誠也青年の憂国・愛国の感情が、完全な日本政府、日本民族への絶望から反転していく過程で、そのきっかけとなったのが鈴木貫太郎内閣の日ソ交渉を伝え聞いたことによるところだ。このような失敗が目に見えている外交政策に期待する政府に失望し、その後、日本の敗北が頭をかすめるようになり、日本民族の未熟さや幼稚さを述べたものの引用や言及がつづき、絶望の果てに徹底抗戦を述べるようになる。これは、愛国の情よりも、このような劣等民族は滅びてしまえ、というような自暴自棄な叫びである。そして、ソ連への宣戦布告を期待した8月15日正午の「玉音放送」は降伏の宣言であり、この情景を描いた8月16日の記述は他の終戦物語を圧倒する美しい文章である。そこには誠也青年同様に失望する人々と世の変化に関係なくアイスキャンデー屋に群がる子供たちや女剣劇を楽しむ庶民の姿が描かれている。そして、9月に入ると矮小な政府指導者たちの姿や占領軍におもねるジャーナリズムや知識人たちの変貌に鋭い批判の目を向ける。天皇個人には敬愛の念を抱きつつも、皇族将軍の自己弁護に失望して、「天皇制」にも疑問を持ちはじめる。

こうして誠也青年は、何も信じられなくなった。この体験が、彼をしてナンセンスな小説を描いていく下地になっていったのだろう。意味のあるものを書いても、その意味を信じられなくなる日が必ず来ると思って。後年の山田風太郎は、選挙ではいつも共産党に投票していたといっている。「絶対に政権につくことはないから」と本人も言っているが、おそらく自分が選んだ政治家が実際に権力を行使することを嫌ったためだろう。ちなみに風太郎先生は、細川護煕首相の「侵略戦争発言」に反発した文章を残している。こういう矛盾したような投票行動する戦中派老人って、意外と多いのではなかろうか。

余談だが、加藤弘之、斎藤隆夫(加藤を私淑)、山田風太郎(加藤の遠縁、晩年に知る)という兵庫県但馬出身者は、何故こうも共通して「戦争に正義はない」、反戦は無意味、人間は動物に過ぎず目的もない利己的な存在、日本人の「科学」的精神の欠如を憂う、神の不在を確信する唯物主義者というようなペシミスティックでリアリスティックな人々なのであろうか。また、なぜそういう三人に私は魅かれるのだろうか。

これらは今日の私の一つの読み方であって、また別の読み方もいく通りもできる作品である。そういうのを名作というんだろうが、後半を読んでいくと、本当に面白く、夜が明けるのを忘れ、読後興奮して眠れないほどであった。読んでいない方には、8月分だけでもぜひお薦めしたい。

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2008年2月14日 (木)

山田風太郎『警視庁草紙 下』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の長編小説は、前半は多少退屈させて、途中放棄も可能なものもあるが、後半にいたるとまったく違う。面白すぎる。本作も、この傾向を持っており、正直私はこれが明治小説の中でもっとも評価が高いのに疑問を持っていた。読後も、『明治断頭台』や『エドの舞踏会』には及ばないものの、しかし、下巻にいたると加速度的に面白さが増し、傑作に入るものであろうと確信した。

こうした傾向の原因は、何かと考えるに、とりあえず私はあまりミステリーというか、殺人事件のトリックに興味がないので、序盤の人物紹介を兼ねた事件物を読んでも、それほど先が気にならないというものがあるだろう。私は、やはり歴史好きで、風太郎先生の人物描写の妙が好きなのだ。その点で、風太郎先生の後半からの作品は、途中現れた何気ない人物が、実は歴史上の人物だったのだ、という謎解きのような作品があり、これが面白い。作中現れる老巾着切り・むささびの吉五郎こと沼崎吉五郎が、伝馬牢の牢名主で吉田松陰の「見はたとい武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」で有名な絶筆『留魂録』を後世に伝えた人物であったということを描いた「吉五郎流恨録」は秀逸。というか、てっきり私は『留魂録』は、幕末の長州に送られて、彼らを鼓舞したものと思っていたら、明治9年に沼崎が松陰の弟子で神奈川県令だった野村靖に届けたことで世に出たとは知らなかった。自分の無知を恥じるばかり。

そこで語られる物語は、松陰に遺著を託された吉五郎は、三宅島に流され、それを守るため、笑い絵(春画)を用いて島民や同囚らをだますトリックを使う。このあたりはもちろん創作であろうが、エロティシズムが人間を混乱に落としいれ、秩序も創るという風太郎先生らしい群像劇が素晴しく、また島を出る際は連載中(1973年7月~74年12月)に起きた小野田寛郎少尉帰国の事件(1974年3月12日)を使っているのも面白い。

またたびたび現れていた妖女も実は明治の毒婦・高橋お伝で、彼女を主人公にした「妖恋高橋お伝」は、たった一度の殺人で「毒婦」にされてしまった女ををただの好色な女に変え、「毒婦伝説」を破壊している。といっても、風太郎先生は、お伝を貶める気持ちはなく、ただ性欲が旺盛な女として描いているに過ぎない。篠田鑛造編著『明治百話』の第一篇「首斬り朝右衛門」で最後の首斬り役人・八代目山田朝右衛門が、お伝を斬り損ねているエピソードをかつて夜鷹であったお伝と山田が関係していたとするのは、なるほどと思わせてくれる。

また秀逸な短篇「天皇お庭番」は、視点が旧幕臣で明治政府に反感をもつ主人公をあてている本作で、幕府側に著者が肩入れしているのかと思えば、作中もっとも残虐な犯罪を旧幕府のお庭番にさせていることで、必ずしも風太郎先生が幕府を持ち上げているわけではないことを示している。この作品は、お得意の忍法帖的手法で、一篇としても完成度の高い異質な作品となっている。

本作で、影のように現れては消えるもう一つの主人公は、大久保利通暗殺を実行した島田一郎ら4人である。彼らは、さまざまな事件に裏から関わってきており、主人公・千羽兵四郎らが、明治政府をからかっているだけで、やりたくてもやれないことをやってしまった影としての役割を果たしている。本作は、川路大警視を巨大な敵として設定しているが、その背後には、大久保がいる。まさに大久保時代を描いた作品であり、大久保・川路の権謀術数を辞さない力の政治と井上馨に象徴される金権政治との相克を描き、前者が敗れるものの、その謀略手法は生き残り、後年の破滅を予感させている。また、西南戦争を薩摩に恨みを持つ、会津や旧幕臣らを動員するために起したと思わせるラストも戦争による国民創出・動員体制を描いているような面がある。

こうして最後まで読み進めると、明治国家の縮図を明治初期に凝縮させる手法に圧倒され、山田風太郎恐るべし、という感を強くしてしまった。

登場する主な歴史上の人物

佐川官兵衛、黒田清隆、賀古鶴所、玉木真人、乃木希典、野村靖、浅井寿篤、高橋お伝、熊坂長庵、山城屋和助、山県有朋、柴五郎、山岡鉄舟、清水次郎長、清水定吉など(下巻登場のみ)。

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2008年2月 7日 (木)

山田風太郎『警視庁草紙 上』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の明治小説の第一作目。

初代警視総監川路利良を先頭に近代化を推し進める警視庁と、近代化が嫌いな元同心・千羽兵四郎、元南町奉行駒井信興が知恵比べをする。その周囲には、幕末に活躍した人々や明治の異彩たちが走り抜ける。

山田風太郎は、織田信長が好きだというように合理的な人間が好きだ。その一方で、明治維新によって創り出された近代国家の崩壊期に青春時代を送っており、その近代に愛憎の念を抱いている。そのためか、明治国家の評価はあまり高くないようだが、合理主義的で建設的な人物を好む風太郎先生は、川路利良という警察官僚を例外的に好んでいて、たびたび活躍させている。しかし、一方で明治国家に反抗する人物を主人公にあてたいという意識があって、この両者の対決を本作で描いている。勝利はするが、その合理精神の遺産は食い潰される運命にあるものと、大きな流れに抗しようとするが敗れていくもの。巨大な権力と敗れゆく者の対比が、風太郎小説のモチーフだ。

本作でも、このモチーフは維持され、軽快なストーリーと贅沢な人物配置によるミステリーを楽しませてくれる。まだ前篇であるから、ラストにみせる加速度的な興奮は味わえないが、時折見せる風太郎先生の人物本位の歴史観が面白い。例えば、明治の草創期は、西国の勝ち慣れた人物の活躍が目立つのに、昭和になると歴史に一歩ずつ「遅れて来る」、歴史的に負け慣れている東北人脈が現れてくるというように。

個人的には、「幻燈煉瓦街」の幻想的で美しい情景の描写が、何ともいえない情感をあたえてくれた。

登場する主な歴史上の人物

川路利良、西郷隆盛、駒井信興、三遊亭円朝、岩倉具視、武市熊吉、島崎直方、斎藤一、今井信郎、青木弥太郎、夏目漱石、樋口一葉、桜井直成、東條英教、下岡蓮杖、種田政明、唐人お吉、榊原健吉、上田馬之助、島田一郎、長連豪、杉本乙菊、脇田巧一、天田五郎、平間重助、沼崎吉五郎、細谷十太夫、永倉新八、幸田成延、幸田露伴、河竹黙阿弥、井上馨、田中儀右衛門、海後嵯磯之介、米内受制、板垣征徳、八代目山田浅右衛門、森鴎外など。

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2007年12月21日 (金)

山田風太郎『妖説忠臣蔵』集英社文庫、1991年

妖説太閤記』があまりにも面白く、『忍法忠臣蔵』も「忍法帖」シリーズ屈指の傑作であったため、風太郎先生が「忠臣蔵」を忍法以外で料理するとどれだけ面白いものができるのかと期待し探し求めていた本書をやっと発見し、喜び勇んで読んでみたが、少々ガッカリ。期待はずれだね。

とりわけ冒頭の「赤穂飛脚」は、指令を受けた無頼者が赤穂藩への早打ちを襲うというもので、主人公のお銀のように色気のある美女も登場するということで、「忍法帖」風味のある作品であるが、あまり面白くない。短編だけど長いというだけで、ストーリーにそれほど入っていけず、吉良が領内で名君とされているが「どうせ年貢をウンとまきあげる方便だろうが」と辛辣に指摘しているのが面白いくらいで、退屈してしまう。本書で面白かったのは、貝賀弥左衛門を主人公とした「俺も四十七士」と「蟲臣蔵」ぐらいか。解説を読んでみるとどうやら、本書の単行本は7篇で、この文庫は作者の自薦の5篇が収録されているということらしいが、落とされた2篇の方が面白そうだな。しかし、初出をみると「殺人蔵」が『オール読物』1955年12月号で「赤穂飛脚(原題「走る忠臣蔵」)」が『面白倶楽部』1957年5月号で、その他はその間にあるとのことなので、これらの作品が傑作『忍法忠臣蔵』(1962年)につながったと思えば、悪くない試作品だったのかな、とも思えてくる。

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2007年12月11日 (火)

山田風太郎『外道忍法帖』河出文庫、2005年

山田風太郎「忍法帖」シリーズの第6作目。初出は、『週刊新潮』1961年8月28日号~62年1月1日号。

天正少年使節団がローマ法王から下賜された百万エクーの金貨を中浦ジュリアンは、自分の死後313年に到来するキリスト教が国教となる国家に備えて隠した。その鍵は、15童貞女の秘所に隠された鈴に刻印された文字と、それを探すための十字架である。その十字架は、転び伴天連として公儀に仕えたクリストファ・フェレイラに託された。フェレイラから報告を受けた松平信綱は、主家再興の望みを抱く天草忍者15人を長崎に送るが、迎え撃つ15童貞女は大友忍法の使い手であり、また天下顚覆を目論む由比正雪も子飼いの甲賀忍者15人を送り込み、三つ巴の死闘が繰り広げられる。

これまで主要な「忍法帖」は読み終わり、講談社版の選にもれた本作にも手を出したのだが、うーん、これはどうなのでしょう。まぁ45人+αの忍者たちの忍法のバリエーションに凄さはあり、風太郎先生の挑戦には脱帽するものの、ストーリー自体はそれほど面白いわけではなく、登場人物が出てきたとたんに死んでいくという何とも味気ない小説になっている。踏み絵を考え出したという(ホントか?)フェレイラの存在を知ることができたのは、遠藤周作の『沈黙』を読んでいなかった私には儲けものでしたが。

登場する主な歴史上の人物

クリストファ・フェレイラ(沢野忠庵)、中浦ジュリアン、松平信綱、由比正雪など。

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2007年11月29日 (木)

山田風太郎『お庭番地球を回る』ちくま文庫、2005年

ちくま文庫のシリーズ「山田風太郎・忍法帖短篇全集」の第11巻。初出は、1970年~73年までの「忍法帖」後期の作品群とおまけで64年の「忍法金メダル作戦」が収録されている。

山田風太郎の忍法帖は、ナンセンス小説である。本書解説の川出正樹氏も書かれているが、私も最初に『甲賀忍法帖』を読んだ時、「これはナンセンス小説なんだな」と思いながら読んだ。意味なんてないから、奇妙な忍術や異形な忍者が現れるし、読者に感情移入させる間もなく、登場人物を殺してしまう。ただ面白ければいいのだ。

本書に収録されている作品は、それ以前の長編や初期短編にくらべて、本格的な「ナンセンス小説」だ。「怪異二挺根銃」なんてのは、ホントに凄い。バカバカしい。人間の外面に表れている器官、手足はもちろん目や鼻(穴)、耳、乳房はそれぞれ二つづつくっついている。口も肛門と一揃いだ。それなのになぜ陰茎は一つなのか。「二本あればなあ!」と考えついた忍者の子孫に本当に二本ついてしまったという話。これをマジメ(?)に考察し、「ここまで考察した者は世界にまたとあるまい」と胸を張る風太郎先生。本当にバカバカしい。本作の副題には「津軽忍法帖」とあり、しかも「相馬大作事件」という藤田東湖らの水戸学に影響を与えた歴史的事件を題材にしている分、本格的な長編もかのうだったろうにと思われるが、地の文に風太郎先生ご本人も現れるし、まさに自分の作品までパロディにしてしまう余裕と「忍法帖」への決別の意志が表れている記念碑的作品である。しかも法医学の知識は小説のネタにはならないとのべる初期エッセイ(「小説に書けない奇談」)の題材を使っているところも笑える。

表題作「お庭番地球を回る」は、遣米使節団の一員としてアメリカに渡る元お庭番、村垣淡路守範正の活躍を描く話。冒頭のエピグラフに『旧事諮問録』が掲げられていて、そういえば、こんな文章を読んだ記憶があるし、村垣も日本人の異文化体験の引用に使われているのを読んでいたが、この二つが重なり合うことは私にはなかった。村垣淡路守って忍者だったんだね。そんな意外性にも笑ってしまったが、史実の中の風太郎先生の遊びに声を立てて笑ってしまった。

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2007年11月22日 (木)

山田風太郎『明治断頭台』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の「明治もの」第4作目。初出は、『オール読物』1978年5月号~79年1月号(78年9月号休載)。舞台は、明治2年~4年の弾正台。

山田風太郎自身が、自信をもって薦める「明治もの」の傑作。

幕末維新期に外遊し、佐賀の乱の敗北後、江藤新平の逃亡にともなって捕らえられて処刑された香月経五郎の兄という経四郎を主人公に、経四郎がフランス遊学中に知り合ったフランスの首斬り役人サンソンの子孫エスメラルダの力を借りて、役人の汚職を摘発する弾正台を舞台に謎の事件を解決する探偵小説。経四郎の親友で補佐役が、川路利良。

正直、本書を読んでいて思ったことは、「俺って、ミステリー、そんなに好きじゃねぇな」ということ。本書解説の日下三蔵氏によれば「山田風太郎は本質的にミステリ作家である」とのことだが、私は風太郎先生の「ミステリ的手法」でストーリーを展開させることは好きなのだが、本格ミステリーとなると架空の事件、聞き込み、一筋縄ではいかない関係者、名探偵による複雑なトリックと動機の解明という流れに、結構どうでもいいなぁと思ってしまう私がいるのである。

しかし、本書を最後まで読むと「ああぁ!!」と思わせる最後のトリック解決編に息をのみ、この手のトリックの結構古い作品なのかもしれないとうなってしまった。そして、最後まで読むと本作が、ミステリーと「明治もの」の雰囲気、「忍法帖」的テイストを兼ね備えた山田風太郎の代表作であることが分かる。素晴しい作品だ。

この「明治もの」の凄さは、やはりこんなところであの人物が出るの!?という人物配置のうまさで、しかもそれが不自然ではないところにある。下には記さなかったが、『ラスプーチンが来た』に登場する二葉亭四迷・長谷川辰之助も名前だけ現れるあたりもにくいところだし、福沢諭吉を結構「奸物」である面も指摘しているところが面白い。風太郎先生は、独自に年譜をつくっていたらしく、そのためにこそ、このような人物配置を可能にしているのである。あぁ、私も見習わなきゃなぁ。

登場する主な歴史上の人物

福沢諭吉、川路利良、ひっつれの丹治、山犬の金兵衛、玉つぶしのお綾、東郷平八郎、海江田信義、吉井友実、品川弥二郎、尾崎行正、河野敏鎌、安岡良亮、江藤新平、香月経五郎、河上彦斎、中井刀弥雄、奥村五百子、鯉淵彦五郎、小笠原長行、ヘボン、岸田吟香、高橋お伝、内村鑑三、沢村田之助、小林金平、夜嵐お絹、高村光雲、雲井龍雄、山田浅右衛門、広澤真臣、野村三千三(山城屋和助)、青木弥太郎、山県有朋、桐野利秋、逸見十郎太、西郷隆盛、小原重哉

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