2008年12月11日 (木)

猪瀬直樹『黒船の世紀』文春文庫、1998年

近年では、道路公団民営化推進委員として行政改革にあたったり、現在では東京都副知事となり、ポスト石原の最有力候補とまでなった著者だが、出発点は明治大学の大学院で橋川文三に日本政治思想史の指導を受けた人物であり、日本近代史をテーマに扱ったノンフィクション作家であった。

本書は、その恩師である橋川がユーラシア大陸を挟んでの人種戦争の問題を精神史的に追った作品『黄禍物語』に対応するように、太平洋を挟んだ人種戦争の言説をフォローした精神史となっている。水野広徳とバイウォーターという元軍人であったりスパイ経験のあるジャーナリストの軍事知識に裏打ちされたリアルな日米未来戦記と、池崎忠孝とホーマー・リーという屈折した秀才の世間的名声を得るために大衆を煽動するようなそれとの二大潮流があり、後者が勝利を得ていく大衆消費社会のゆがみを描いてくれる。「軍人が国民を引きずったのも事実だが、世論のほうも軍人の思惑を越えて戦争を呼び込んでいたのである」という一文は、正統的な歴史叙述からは脱落してしまうところを拾い上げている。

こういう社会史的な側面とは、歴史教科書に載りにくいので30年も経つと忘れられる。本書で述べられる1908年(明治41年)の米国大西洋艦隊の周航で日本に来日した際の日本の歓迎振りは、ニコライ遭難時の半狂乱したような自粛ムードと同様に恐怖の裏返しだったという。歴史研究者の目で見れば、政府も新聞も「歓迎一色」であり、それを米国に対する恐怖と取ることはできないらしい。しかし、このいじらしいほどの歓迎振りは恐怖の裏返しと見た方が正しいような気がする。もちろん、政府当局者は諸外国で見られる日米戦争必至論を打ち消すためとの演出であろうが、それも恐怖の裏返しともとれる。その直後に、英国を仮想敵国とした連合艦隊大演習が行われている事実が物語っている。ある意味、北京オリンピックの聖火リレーで反対運動が巻き起こった今年の状況というのは、歓迎一色よりも健全な日中関係の裏返しだったのかもしれない。

本書は、水野広徳、ホーマー・リー、バイウォーター、池崎忠孝の評伝として読んでも面白い。水野が第一次大戦をイギリスにて間近に見たことで反戦平和主義者になったというエピソードは面白いし(軍拡主義者であった時の『此一戦』の描写でも十分に反戦の著作になりえる)、芥川龍之介への対抗意識から抜け出せなかった池崎の滑稽さも興味深い。文体を変えれば、博士論文にもなり得た本作にて、猪瀬氏への認識を変えたが、お忙しい現在の氏にはもうこれ以上のものは書けないんだな、と思うとさびしい。

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2008年11月28日 (金)

松田宏一郎『陸羯南』ミネルヴァ書房、2008年

本年度サントリー学芸賞政治・経済部門を『江戸の知識から明治の政治へ』で受賞した著者の初の一般読者向けの新刊。

本書の特徴は、膨大な資料を踏まえた事実の叙述と分厚い研究史の蓄積を踏まえた隙のない論述により、羯南の生い立ちから、明治20年代のジャーナリズム勃興時代の立ち位置や従来、他の言論人や政治勢力から超然とした言論活動をしていたと思われていた羯南の政界人脈を明らかにして、明治政治史・社会史の中の羯南像を提示してくれている。、また、もちろん著者専門の思想史研究から羯南が学んだ西欧の文献を渉猟して、その知の基盤を探り、羯南自身の著作への鋭い分析をみせてくれる。その上、引用文を大胆に「現代文(に近い文体)」に変えることによって、引用文の挿入により地の文との文体の違いから読書のリズムを崩してしまうというような思想史の著作を読む際に感じる精神的負荷から解放してくれている。これにより、一般の読者にも最前線の政治史、社会史、思想史の研究を踏まえた陸羯南への接近を可能にしてくれている。私なんぞも、最初は「あれ、羯南ってこんなに分かりやすかったっけ??」と思ってしまったが、すいすい読めてしまう。

あとがきにも書いてあるが、著者は20余年前に陸羯南をテーマに博士論文を書いている。著者が羯南に惹かれたのは、「思想」というものの魅力がうせ、知識人の役割が「思想抜きの歴史」「思想抜きの政治」「思想抜きの事実」や思想を生々しい「政治的な思想抜きの思想」の紹介者として転換した70,80年代に、明治20年代の羯南が「自由平等の義、改進保守の異、抽象的の説を以て政論の基礎」とする「批評の時代」から「経済当否の理、法律利害の点、現実的の議」という「適用の時代」が到来したと述べていることに同時代性を感じたのではないか、と私は勝手に考えていた。本書を読んでも、その印象は変わらず、羯南の着実な現実志向の言論活動に対して好意的な論評を与えているように思える。

しかし、一方で羯南の政治思想の部分、丸山眞男「陸羯南―人と思想」(1947年)で評価されたような「健康なナショナリズムの論理」というものには、著者は懐疑的で批判の目を向ける。著者は羯南の「「国民主義」の主張は、一見深遠な教義があるかのような素振りを見せることによって、共同的共感の名の下に、政治的判断の矛盾や虚偽を覆い隠すナショナリズム一般の危険な性格を内包していた」(114頁)と述べ、「「国民主義」とは価値の内実を問うことではなく、「自負」を持とうとする意欲自体が価値である」という「空疎としかいいようのない精神主義以外に「国民主義」の中身はない」(116頁)と断じている。

参考文献に挙げられている著者の過去の羯南研究でここまで明確に羯南の「国民主義」批判を明確にしていたということはなかったと思う。それよりもイデオロギー闘争的な政治社会の場から、それから独立した政治言語を操る場をつくる装置として「国民主義」を評価する手続きを取っていたんだと記憶している(間違ってるかもしれないけど)。たぶん未発表の研究の部分で、そこのところを検討して羯南に失望したのかもしれない。その後の研究論文を集めた『江戸の知識~』では索引に「陸羯南」がないぐらいだし。

そして、著者が思ったかどうかは分からないが「適用の時代」と思われた90年代は、それ以前にもまして、政治的布置があらかじめ配置された「主義」による批判の応酬の近代史ブームがおき(参照)、また羯南の時代も議会の発足や東アジア情勢から似たような状況になっている。「そっち系」の雑誌の見出しには「21世紀の東アジア情勢は日清戦争前の状況」というようなのをたまに見かけるが、どちらの時代も本書が描いているように知の大衆化により、過激な言論が喜ばれ、冷静な議論をするジャーナリズムは下降していく。羯南の見通しは外れてしまい、その政論家としてのプライドのため、『日本』の経営が立ち行かなくなる。

そうした状況を見かねてか、著者は羯南のナショナリズム論を批判するついでに現在のそれをも皮肉をこめて言及しているのが、面白い。しかし、「これは危険な兆候だ!」的に言及していたら、著者も同じ過ちを犯してしまうのでそうはいかず、そうした言論に冷ややかな雰囲気を残しているところに著者の意気を感じます。しかし、過激な近代史ブームも下火になった現在に本書が出てよかったなぁ、とも思う。もし本書が近代史ブームがまだ余燼をくすぶっていた2000年前後に出ていたら、「そっち系」の反対の「あっち系」からの寄稿のオファーが舞い込む可能性があり、著者も困惑していただろう。

それはともかく、著者の述べる羯南の面目は「冷静とも言える一種の政治メディア批判の傾向」である。その真骨頂は、本書を読んでいただいて、各人で確かめてほしい。さまざまな政治勢力と言論が飛び交う分かりにくい明治20年代を理解するのにお奨めの作品です。

余談だが、14頁の司法省学校時代の写真の羯南は、本当に後年の紳士顔した羯南と同一人物なんだろうか。あまりのBad Boyな風貌に、こりゃ友達になれません、と思いました。。

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2008年11月26日 (水)

沢木耕太郎『テロルの決算』文春文庫、2008年

私は、本書においてもやはり自分が誤解していたことを気づかされた。

それは浅沼稲次郎への認識だ。

戦前左翼であったが弾圧されると右翼的な組織を作り、戦後左翼的風潮になると恥ずかしくもなく、また左翼に走り便乗した日和見主義者

これは1960年10月12日に日比谷公会堂で浅沼を刺殺した山口二矢の浅沼観だという。私もそれほど変わることのない浅沼観を持っていた。社会大衆党の代議士として1938年には国家総動員法の賛成演説をし、1940年の斎藤隆夫除名問題では除名に賛成し、これを契機に作られた聖戦貫徹議員連盟の常任幹事となった。そして1942年の翼賛選挙では非公認の立候補を取り下げている。戦後は社会党結成に尽力し、1959年3月12日に中国で「米帝国主義は日中共同の敵」と発言し、「中共」のご機嫌をとり、それに憤激した右翼少年に殺された。その場面は、初めて人が殺される場面を写真に写し、またTVフィルムとしても残っているものである、というのが私の浅沼観で、正直あまり評価できる人物ではなかった。不幸な死に方をしたから、ある種の神格化が行われただけだろう、と思っていた。

しかし、著者も山口の認識について述べるように、「ある意味哀しすぎるほど哀しい浅沼の一生」の「一端」に過ぎなかった。本書は山口二矢の評伝ノンフィクション作品として流通しているが、著者自身も述べるように山口という夭折者と浅沼という老政治家二人の物語であり、山口が中野坂上から新宿経由で小田急線をつかって玉川学園に通ったというところに、小田急線沿線在住でバイト先が中野坂上近辺という奇妙な一致に驚いたものの、私には浅沼伝としての興味を覚えた。

もっとも哀しいところは昭和17年の翼賛選挙を前にして「発狂」したところだろう。浅沼は左翼活動家だった早稲田在学時に相撲部という体育会系に属しながら左翼運動をしたため右翼色の強い体育会系にとって近親憎悪の対象である事件をきっかけに凄惨なリンチを加えられる。また関東大震災の時もあわや銃殺というところまでの危機に陥っているが、その志を変えることはなかった。その後、正式の政党に属し代議士として活動し始めると尊敬してやまない麻生久の軍に協力することを通しての社会主義政権樹立という戦略に献身して親軍的政治行動を行う。しかし、目指したものとは全く異なる大政翼賛会の成立に失望した麻生が死んでしまうと今までの自分の行動に自信を持てなくなってリンチ、検束、入獄という恐ろしさばかりが思い出され、巨体を震わせ「縛りにくる、縛りにくる!」と精神に変調をきたした。それまではどのような暴力に会おうと「志」という存在基盤があったことで恐怖に打ち勝つことができたが、それを失い空虚な巨体しか残っていない生の浅沼が現れている。

この「発狂」が後に中国への贖罪意識へとつながり、「日中共同の敵」という社会党左派をも驚かせる発言になったという。そしてこの発言が自らの命をも失う契機となったのだ。

ここで描かれる浅沼は本当に哀しい人物だ。庶子として生まれ、母の元を離れると家族の愛情にも恵まれず、左翼運動に入り込んでも難しい理論は分からずその巨体もあいまって浮いた存在でありながらもただ居続けた。その愚直な姿勢で頭角を現すが、戦中戦後の「日和見」な姿はまさに庶民そのものだった。

私のような浅沼認識の方はけっこう多いと思う。本書を山口二矢伝としてではなく、浅沼稲次郎伝としてお奨めする。

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2008年11月25日 (火)

沢木耕太郎『危機の宰相』文春文庫、2008年

いろいろと誤解していて、本書を読む機会を逃していた。本書の原型が『文藝春秋』に掲載された1977年は、生まれていないので、読むことはできないし、存在すらも知らないのは当然として、2006年にやっと単行本化された際、ずいぶんと話題になったが、読まなかった。

なぜなら「沢木耕太郎」って、書店で『深夜特急』を見かけて、かってに「西村京太郎」みたいな列車を舞台にしたミステリー作家だと思い込んでいて、それを読む気になれなかったという恥ずかしい勘違いが一点。あと、本書の主人公・池田勇人って、「貧乏人は麦を食え」で「中小企業はつぶれてもいい」という「ディス・インテリ」ないけ好かない奴だったが、首相になった際は、「低姿勢」「寛容と忍耐」というスタイルを通し、岸信介内閣時に既に策定されていた「経済成長戦略」を取り入れて、うまい具合に高度成長期の首相だった人でしょ、と勝手に思い込んでいて、魅力を感じなかった、という点がある。しかも『危機の宰相』っていうタイトルがどうも池田勇人と結びつかなかったところに違和感を感じたのだ。「危機の宰相」といったら、在任中に難しい判断を迫られるような事件があって、それへの対処にリーダーシップを発揮するようなイメージがあって、それが池田勇人というにふさわしくないとの感があったのだ。

しかし、本書を読むと池田勇人という人物は、苦労人で自覚的に「経済成長戦略」を取り入れた人物であることが分かり、彼と同様に大蔵省というエリート集団に属しながらも病気や挫折を味わった盟友やブレーンに支えられた魅力ある人物だということが分かる。そして、保守政治最大の危機であった安保闘争を受けての首相就任であり、また今まで気がつかなかったが、池田政権時、浅沼稲次郎刺殺事件(1960年10月12日)、嶋中邸襲撃事件(1961年2月1日)、ライシャワー刺傷事件(1964年3月24日)という10代の少年によるテロ事件も起きている。現在でも陰惨な事件が起こると1930年代のようだという感想がもらされるが、この時は時間的にも政治的にもその比ではない危機があったといえるだろう。しかし、それを帳消しにできるほど、池田は人心を安心させ、豊かにすることを可能にした。まさに「危機の宰相」だったのだろう。

また興味深いのが、池田とマスコミとの関係である。上記に挙げた「中小企業は~」とかの発言は新聞記者に嫌われていた池田へのネガティブキャンペーンの一環として「はめた」という側面があったらしい。しかし、その後、池田の人柄を理解するようになった記者たちは逆にゴーストライターをやるぐらいにまで池田人気があがったという。やはり政治家というものはマスコミ対応がうまくないとやっていけない商売なのだな、と思わせる。最近の安倍晋三氏や麻生太郎氏などは明らかにマスコミを眼の敵にしていたところがあり、そうした奴はいじめてやろうという気がおこるのも当然である。首相になる気があるのだったら、新聞記者との関係をもう少し考えた方がよかったのだろう。

あとは先ほど書いた岸内閣の「経済成長戦略」だが、これは池田周辺が唱えていた「所得二倍」のスローガンを福田赳夫が取り入れたためということらしく、しかもその内容は池田=下村治の考えていた民間主導の経済成長とは異なり、官主導の臭みを感じさせるもので表面は同じでも中身は異なるものだったらしい。やはり「所得二倍」を「所得倍増」へと導いた池田グループあっての「高度経済成長」だったのだ。しかもこの成長理論というのは当時のエコノミストの中では異端で、不可能と考えられていたし、成功すればしたらで「ひずみ」を問題にするという極めてゆがんだ言論空間だったようだ。もっとも万年危機の経済評論はいまでも健在だが、当時のそれはより深刻だったようだ。というのも資本主義の成功を喜ばないという雰囲気があったわけで、昔、『共同研究転向』の共同討議を読んでいて、出席者たちがこの経済成長時代を指して「いやな時代になったものだね」とうなずきあっているのを読んで唖然としたものである。そうした時代背景も本書は押さえている。

著者の「批判者たちの立論の変遷を辿っていくと、この国の「口舌の徒」に対する絶望感が襲ってくる」という指摘は現在にも十分あてはまり、噛み締めるべき言葉だな、と思わせる。

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2008年11月22日 (土)

萩原延壽『馬場辰猪 萩原延壽集1』朝日新聞社、2007年

アーネスト・サトウの生涯を追った『遠い崖』で著名な著者の最初の単行本で、吉野作造賞を受賞した記念すべき評伝作品。

初出は1966年6月号から同年12月号までの『中央公論』の連載で、すでに40年も昔の作品ということだが、文章の古さは特に感じることはなく、著者が石川淳に師事し安部公房を兄として敬愛していたことからもうかがえる文章の巧みさを感じる。

そもそも著者は岡義武に師事した日本近代政治史の研究者であったようだが、たしかに本書に見られるのは歴史的考察が主であるし、師匠の岡のようにエピソードによって語るというところがうまい。たとえば、有能な能吏であった祖父について「自伝」ではふれるものの、武芸には秀でていたが酒色におぼれ経済的才能もなく、どうやら女性関係で一時藩から「禁足」を受けるような父についての叙述はほとんどなく、それを反面教師として女性に対して当時の民権派の活動家とは異なり潔癖で、そのためかどうかは分からないが妹になにやら執着があったりというエピソードは単に「自伝」を読んでいただけでは分からない事情である。

また、上記のように文学的交流もみられたことから、馬場の心情に迫るという叙述が多く、歴史家の伝記というよりも作家のそれのようなおもむきがある。たとえば、二回目の英国留学から帰国するのを躊躇しているあたりの叙述で「観念としての民衆」と「事実としての民衆」の乖離が予測され、それに自分が耐えられるかどうかを自問している姿として、描くという手法は、その時の馬場に迫っているようにも感じるし、後の民権運動への絶望を暗示させていて、文が進むにつれて利いてくる、というような構成とか。

しかし、著者は「思想家」としての馬場を評価しているようだが、それについての考察はあまりない。もっとも詳しく述べられているのは加籐弘之との「人権新説論争」であるが、そこにしても馬場の発言を紹介し、それを元に加籐を批判するのみになってしまって、加籐の主張はもとより馬場の主張もあまり検討されていないのではないかと思えてしまう。それは馬場が「日本語で文章を書くのが不得手らしい」と噂されており、彼の日本語著作はほとんど講演筆記を印刷されたものであり、その印刷の過程で他人の手により修辞上の改変がなされていたので、文章から馬場の思想を正確に論じることの不可能さという事情もあったかもしれない。

たしかに講演を基にした『朝野新聞』連載の「読加籐弘之君人権新説」と慶應義塾出版社から公刊された『天賦人権論』には多少の変更があり、場合によっては全く意味が逆になってしまうような改変がなされているが、それが馬場の意思なのかどうかはわからないという事情を考えるとあまり突っ込んだ議論はしづらい。

しかし、加籐びいきの私からすれば、加籐を「藩閥政府のイデオローグ」というのはちょっとかわいそうで、客観的にはそうとしかいえないが、加籐本人としては「明治国家のイデオローグ」たらんとしてはいたが、「藩閥政府」のそれとは思っていなかっただろう。事実、20年代になると「藩閥政府」を専制政治の残滓として批判の目を向けているし、単に馬場も内心思っていたように民権運動家が頼りなく、この時期の「藩閥政府」の方がマシだと考えていたに過ぎないだろう。「転向」後も加籐の思惟傾向は丸山眞男が述べるように「自由と進歩と民権」であり「市民社会のイデオローグ(この場合の「市民社会」はブルジョワ社会の意味)」であり、労働者階級の政治への進出には警戒感を終始持ち続けたが、明治15年頃の士族民権・地主民権と求めるものとしてはそれほど変わらない(どちらかといえば、改進党的都市事業者民権に近いが)。加籐が警戒したのは、「天賦人権」の名の下に、無常の権力を与えられていると考えて何でもできてしまうと勘違いしてフランス革命にみられた「理性」の「暴政」が行われるのを恐怖しただけだ。「妄想」であろうと別にそこまで批判するほどでもなかろうという「天賦人権論」を加籐が否定する理由としてあげているのは、「暴政」への危険性である。

その辺で馬場はフランス革命の惨状は専制政府に原因があるので、ルソー的イデオロギーに原因を求めるのは本末転倒としていて、著者もそれに同意してしてしまっている。たしかにルソー的「天賦人権」にのみ原因を求める加籐の議論は粗雑だが、現在のフランス革命研究ではフランス王政が専制的であったから革命が起きたり、虐殺が行われたり、というものではなく、民衆の力を王が借りようとした過程でなし崩しに革命がおき、さらにイデオロギー的側面にかなり重点が置かれているように感じられるが、明治期のフランス革命に関する著作は基本的に専制政治の問題として片付けられていたんだろうか。また著者も1万人あまりが虐殺された革命というものの原因を単に専制政治のため、という馬場の言を本気で信じていたんだろうか。自由民権運動を論じる際、どうも民権派の主張に耳を傾けすぎるのは如何なものかな、と自由で民主的な社会を享受している私などはいつも考えてしまうのである。

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2008年11月18日 (火)

猪木正道『評伝吉田茂2獅子の巻』ちくま学芸文庫、1995年

猪木史観による吉田茂伝の第2巻。時期は田中義一内閣期の奉天総領事から広田弘毅内閣の組閣参謀をやって幻の外務大臣となったあたりまで。

2巻まで来て、まだ戦前篇とは驚くばかりだが、猪木氏の関心の持ちようがわかる。しかも、外交資料を多用して、当時の臨場感を与えてくれて、好きな人にはたまらないが、ちと読むにはつらい。

しかし、吉田の中国観みたいのが知れて興味深い。

「第一、欧州戦後、民族自決等一時人口に上れる戦争の反動的思想をそのままに余り多くわれの聴従し過ぎたること。

第二、日支親善、共存共栄等の空言にとらわれ過ぎたること。

第三、対支国家機関の不統一」

が対中政策の失敗の原因との指摘は、帝国主義国の外交官としての外交観を語るとともに、第二などは現在においてもよく見られる現象であろう。

また本書初出は1978年から81年とのことだが、今現在でも悪名高く、しかし徐々に再評価されつつある田中義一を原敬、幣原喜重郎に連なる協調外交路線にある人物と位置づけ、山東出兵も田中は消極的であったが、居留民が現地中国政府からの徴税逃れのために出兵に圧力をかけたという関寛治の論文を引用し、私的利益による国策の影響を批判的にとらえているあたり興味深い。

また「個人に対するテロが歴史の進行を大きく変えることはないという一部史家の説は間違っている。残念ながらテロは歴史の動向に不吉な影響を及ぼす。大変よくない方向に国運をへし曲げるのである」(331頁)など、かのヤン・ウェンリー元帥がユリアン・ミンツをたしなめた発言を否定する名言などもある。

また、本書で描かれる昭和初期の政治を見ると、この時期の「国体明徴」のテーマは「天皇」であるが、現在のそれは「あの戦争」なのかも、と思える。両者ともに現実よりも理想やロマンを投影して、現実を否定しているあたりが似ている。猪木氏といえば、以前かの田母神論文を最優秀賞に選んだ渡部昇一氏に自民党議員の歴史観に大きな影響を及ぼしていて困った存在と批判されたが、そうした流れの一環なんだろうな、と思わせる。

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2008年11月14日 (金)

山田風太郎『幻燈辻馬車』上下、ちくま文庫、1997年

時代は明治初期。主人公は元会津藩士で妻を戊辰戦争で薩摩将校に死に至らしめられ、息子は主人公と共に西南戦争に薩摩への仕返しとばかり従軍したが戦死。その後は息子の残した孫と共に辻馬車を生業としている。その平和に暮らす祖父と孫の中に、政府による苛烈な弾圧にあっていた自由民権運動壮士たちと出会い、彼らの起こす事件に巻き込まれていく。。

『忍法創世記』とはうってかわって、こちらは名作。実際はとてつもなく強い剣豪であるにもかかわらず、戦いは西南戦争で懲りた復員兵士である主人公はまるで『壬生義士伝』の主人公のような哀感漂う人物造形をしていて、素晴らしい。また、『戦中派不戦日記』を読んで、やっと分かったが、風太郎先生の主人公が常に前時代の影響から逃れられず、新政府にはちょっかいを出しつつ反抗はせず、新しい人々(民権派など)に共感を覚えつつも全面的に献身はできないという非政治的な人物にするのは、本人が戦中派であるという呪縛から逃れられず、新時代の風潮や道徳に挑戦的な作品を世に出しからかい、選挙ではいつも共産党に投票しながらも細川護煕首相の「侵略戦争」発言に違和感を感じるという生き方そのものを表しているんだな、と。

本作では民権派の壮士について、史実を交えつつ、エンターテイメントしていく過程で勉強になる。あと「明治忠臣蔵」では、後藤新平がずいぶんと奇怪な人物として描かれていて面白かった。

登場する主な歴史上の人物

「幻燈辻馬車」

三遊亭円朝、4代目橘家円太郎、三島弥太郎、大山信子、山川健次郎、赤井景韶、花井お梅、八杉峯吉、来島恒喜、川上音二郎、川上貞奴、松旭斎天一、伊藤博文、徳富猪一郎、中江兆民、田山花袋、土肥庄次郎(松のや露八)、坪内逍遥、西郷四郎、嘉納治五郎、大山捨松、大山巌、斎藤歓之助、斎藤新太郎、河野広中、三島通庸、錦織晩香、志賀直道(三左衛門)、志賀直哉、鯉沼九八郎、琴田岩松、原胤昭、松田克之

「明治忠臣蔵」

相馬誠胤、戸田京子、志賀直道(三左衛門)、錦織剛清、後藤新平、陸奥宗光、志賀直哉、星亨、

「天衣無縫」

広沢真臣、福井かね、起田正一郎、安藤則命、大久保利通、木戸孝允

「絞首刑第一番」

山田吉亮(浅右衛門)

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2008年11月13日 (木)

山田風太郎『忍法創世記』小学館文庫、2005年

時代は南北朝末期。長年宿敵関係にあった柳生と伊賀の和解を実現するために柳生の三兄弟と伊賀の三姉妹の婚礼の儀が行われた。しかし、その後、柳生には中条兵庫守が、伊賀には世阿弥が現れ、北朝方に奪われようとする三種の神器を護るため、前者には剣法を、後者には忍法が伝授されようとしていた。そして、その背景には南朝併合を企む足利義満の陰謀があった。。

というような内容。自己の作品管理に厳しい風太郎先生は、この作品に不満を持ち、生前単行本化しなかったという。その理由の一つとして三種の神器を扱っていたからだとかまことしやかにささやかれていたようだが、はっきり言って風太郎先生の方針通り、あまり出来のいい作品ではなかったから、というのが理由だろう。

忍法ブームを作り出した風太郎先生の満を持しての伊賀忍法創世の物語にしては物足らない。私は大昔に風太郎先生の『婆沙羅』を読んで、あまりのつまらなさに風太郎忌避の傾向を作って、人生の大きな部分を損した気になったが、やはり室町ものは難しいのかな。風太郎ファンなら読むべき作品だが、最初にこれを読んでしまったら、ずいぶん不幸な風太郎体験になってしまうだろう。

登場する主な歴史上の人物

中条長秀、世阿弥、足利義満、後亀山天皇、細川頼之、日野業子など。

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2008年11月12日 (水)

山田風太郎『同日同刻』ちくま文庫、2006年

日米の開戦の日である昭和16年12月8日と終戦に至る昭和20年8月1日から15日までの同日同刻の記録を編集したノンフィクション作品。

これを読むと12月8日午前7時、徳富蘇峰は「皇国に幸運あれ、皇国に幸運あれ」と書きつつ、『近世日本国民史』で「征韓論」を書き、「若し征役直ちに利を得るといえども、その得る所、恐らくはその失う所を償うに足らず、況んや遠征歳月を経るに於てをや」と大久保利通の意見書を紹介していた。その一時間後には松岡洋右は三国同盟を一生の不覚として「僕は死んでも死にきれない」と泣き、戦後広島の原爆慰霊碑に「過ちは繰返しませぬから」と書いた旧制広島高校の雑賀教授は「頓狂な声で〝万歳〟を叫んだ」。そしてその頃、もっとも落ち着いていたのは、ルーズベルト米国大統領だった。

言論人である蘇峰と歴史家である蘇峰との相違や、日米関係に決定的な打撃を加えた松岡の涙、日本が狂喜し米国政府高官たちが慌てふためいているところ、悠然と構える大統領というように、ここに歴史の皮肉がみられる。先の田母神論文でルーズベルト陰謀説を非難していたが、ルーズベルトは追い込んだのだし、ある程度の情報は得ていただろうが、それを陰謀と唱えるのはずいぶん情けない。ルーズベルトの戦略勝ちであり、仮に非難するとすれば、それは日本人ではなく、米国海軍の遺族だろう。

しかし、8月の記録には身をつまされる。原爆の記録は、悲惨としか言いようがない。具体的には書かないが、これほどの惨事と恐怖の現場を体験し目撃した人たちがさらになお生き続けて日常生活を営んでいたというのに妙な驚きを感じてしまう。人間というのは、強い生物なんだな、と。戦中を生き抜いた人々は我々が想像できない強靭な精神力を持っている。

しかし、この時期に至るまで「一億玉砕」を叫び、「2000万の日本男子が特攻すれば、必ず勝利を得る」という東京の軍将校たちの精神構造とは如何ばかりなのだろうか。正直、よく分からない。それを分からない狂信者とするばかりで目を閉じても何も得るところはない。実際、狂信者はいただろう。しかし、ソ連が攻めてくると情報を得るとさっさと逃げてしまう関東軍のような姿を見ると、逆に人間らしく、まともに見えてしまうと思うと、やはり徹底抗戦を唱える軍の主張とは、自らの失敗を認め責任をとらされ、非難されることを恐れただけに過ぎないように思える。その点、最後までゴネて首相や外相を困らせつつも陸軍の暴発を抑え、玉音放送を前に自決した阿南陸軍大臣は立派である(どうでも良いが、阿南大臣は自決後、介錯を拒み、しばらく生きていたが、最後に義弟竹下中佐が頚動脈を短刀で切ったというが、こういうのは刑法的にどうなっていたのだろうか)。徹底抗戦を唱えつつも生き延びた人々はおそらくゲリラで死なすのは一般ゲリラで自分は頃合いを見て生き残る手合いだろう。こうした責任回避の官僚的習性をもった人々までも擁護しかねない大東亜戦争肯定論は有害だろう。

こうしてみると戦後の日本国民が軍事アレルギーになったのもうなずける。散々、偉そうにしていた関東軍が逃げ出すのを目撃しているわけだし、戦陣訓を示達した当時の陸軍大臣で日米戦争の象徴となり最後まで戦争継続を訴えていた東條英機が逮捕直前まで自決せず、しかも自決に失敗しているのを目の当たりにしているのだ。戦後教育や東京裁判のせいにしてはいけないだろう。

そんな中、さわやかなエピソードは、広島の第二総軍の教育参謀李鍝公殿下が原爆で死亡し、その後を受けてお付武官吉成弘中佐が殿下の死の直後に病院の芝生に正座してピストルで殉死したことだ。私はこの話を初めて知ったが、李鍝公がそれだけ立派な人物だったのだろうが、それを受けて殉死した日本軍人がいたことに驚き、感動した。

しかし、終戦の日(敗戦の日は14日)の記録でやはり白眉なのは著者山田風太郎自身の記録だろう。玉音放送を町の大衆食堂で聞いていた山田誠也は放送の難解さから「宣戦布告」の放送でしょう、と問うおかみに

「済んだ」/と、僕はいった。/「おばさん、日本は負けたんだ」/「く、口惜しい!」/一声叫んでおばさんは急にがばと前へうつ伏した。はげしい嗚咽の声が、そのふるえる肩の下から漏れている。みな死のごとく沈黙している。ほとんど凄惨ともいうべき数分間であった。/四人は唖のように黙ったまま外へ出ていった。明るい。くらくらするほど夏の太陽は白く燃えている。負けたのか?信じられない。この静かな夏の日の日本が、今の瞬間から、恥辱に満ちた敗戦国となったとは!/過去はすべて空しい。眼が涸れはてて、涙も出なかった。

誰も有名人が出るわけではなく、学生とまったく市井の人々の雰囲気を表していて、この国の多くの場所で見られたであろう情景を映し出している。それに比べて、「私は歌いだしたかった」と書く、加籐周一の自伝は同じ医学生でもこれだけ違うのかと思うほど、なんとも共感しがたい、つまらない記録である。帝大生と私大生の違いだろうか。

風太郎先生の底の深さを感じさせる作品で、しかも資料に語らせる力強さを感じさせる。

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2008年10月30日 (木)

猪木正道『評伝吉田茂1星雲の巻』ちくま学芸文庫、1995年

いまだご存命の長老学者(今年94歳)の吉田茂を「自由主義的保守主義者」として論じた古典評伝。

第一巻では幼少から大正時代まで。外交官の評伝というわけで国内政治よりも国際政治の観点から、また著者が繰り返し「自爆戦争」と名づける日米開戦を意識して、国際協調路線を評価軸としている。そのため、国内政治的には評判の悪い山県有朋や寺内正毅も比較的評価が高い。昭和天皇への崇敬の念が高いが、昭和期以降の歴史に極めて厳しいあたりも昨日の田中清玄と同様で戦中派のちょっと上ぐらいの歴史観が垣間見える。

「ほんものの保守主義は、左右の急進主義におる挑戦に対する応戦という形でめざめるのだ」(318頁)

「外交交渉で、相手の立場を理解せず、自分の国の主張だけをただ強硬に押すというのでは、やがて気がついた時には、まわりの国は全部敵にまわっている、ということになりがちだ」(334頁)

とか保守主義という固定されたイデオロギーがあるかのように、「それでも保守か」みたいな言説がある中で傾聴に値する。と、オールド「保守」の猪木史観をしばらく堪能してみる。

余談だが、317頁「明治天皇がアルフィース・トドハンターの大著『英国における議会政治』を有栖川宮熾仁親王に貸与、云々」と木村毅『明治天皇』を注につけつつ書いているが、この「トドハンター」って、Alpheus Todd On Parlamentary Government in England (1867 -69)のことじゃないだろうか。ちなみにトドハンターというのはIsaac Todhunterという数学者(?)の本が明治期にいくつか訳されているようだが。

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2008年10月29日 (水)

田中清玄・大須賀瑞夫『田中清玄自伝』ちくま文庫、2008年

「―田中さんは右翼だと思っていましたが。

右翼。本物の右翼です。」

と、本人が認めているのだから、そう呼んでいいんだろう。戦後を代表する右翼活動家田中清玄のインタビューを通しての自伝。とにかく面白い。戦前は24歳にして武闘共産党の指導者、スターリン主義に疑問を持ち、転向後、政財界から信用を受けていた山本玄峰に弟子入り、戦後まもない12月21日に昭和天皇に拝謁して、退位せず、皇室財産を放棄し、全国巡幸を進言。その後は建設業で財を成し、「若い者」を使って共産党デモを攻撃したり、安保闘争のリーダーたちに資金援助して、闘争目的を「反岸」に切り替えるようにして国民運動化したり、山口組三代目田岡一雄と結んで麻薬撲滅運動を起こして、それが原因で狙撃されたり、汎ヨーロッパ運動の指導者オットー・フォン・ハプスブルク大公と親交をあたため、それをフィードバックするかたちでアジア連盟を構想して鄧小平やスハルトと交流。その一方、米国石油メジャー独占の石油事業に単身果敢に取り組み、中東の油田から日本への輸入を実現させた。また、ハイエクのノーベル賞授賞式のメインテーブルに日本人で唯一人呼ばれたりするほどの親しい関係にあった。

なかなか興味が尽きないが、中でも面白いのが岸信介・児玉誉士夫との対立構図。今現在、右翼として思いつくのが、憲法改正、国軍創設、自衛隊海外派遣、核武装、靖国公式参拝、大東亜戦争肯定論、反中韓といったところだろうが、田中はこのすべてに反対の立場を貫く。で、岸・児玉に連なるラインは上記に挙げた諸問題の主張者であろう(当時、韓国は別であったろうが)。『大東亜戦争肯定論』を著した林房雄が児玉から資金提供を受けていたと田中が暴露しているあたり、これらの主張のバックには岸・児玉がいるといわれるゆえんである。彼が右翼と呼ばれるのは、反共の闘士であることと天皇崇拝者であることぐらいで、親中派であり、反米であり、贖罪的歴史観の持ち主で、いわゆる今のリベラル層と主張は変わらない。ま、いってみれば反共の闘士だった野中広務氏がリベラル派に好意的に見られているのと同じである。良いか悪いかは別にして時代は変わったものである。

こうしてみると戦前もそうだが、戦後においても権力の強化に傾く右翼と君側の奸を取り除けと主張する反体制を貫く右翼との二種類が鮮やかに色分けされる。そういえば、昨年の参議院選挙後に一部報道で山口組が民主党支援を各支部に指令を出していたとあったが、田中・田岡一雄と岸・児玉の対立が岸の孫である安倍晋三首相に直撃したとも言え、そうした背景があったのかなと勝手に思ってしまった。

あと個別事例のスターリン及びソ連の陰謀論。終戦直後、日本共産党ではなく田中に日本国内の撹乱作戦の協力を求めたり、GHQに朝鮮戦争勃発を予想して聞き入れなかったが、これは共産中国の大国化を嫌ったスターリンの米中対立の演出だといったり、スウェーデンのパルメはブレジネフのエージェントでモスクワ離れし始めたので暗殺された、とか。

私はアジアという西欧から名づけられた概念を基盤にするアジア主義には疑問を持っているし、田中の中国への認識の甘さ(ウイグルやチベットに責任ある自治を与えているとソ連との違いを賞賛したり)には賛同できない。しかし、こうしたアジア、とりわけ中国への好意というのは贖罪意識よりも共闘関係にあった同士のような認識なんだろうな、と思う。会津出身で明治政府に抑圧された祖先を持ち、共産党員として日本帝国に弾圧された身だし。それで権力側にいた人間を象徴する岸信介を敵として彼の思想を形づくっている。そのため岸に近かった台湾・韓国への関心は薄い。岸もアジア主義的な部分があったようだが、その日本盟主論的なアジア主義との戦いの中でアジア主義も形成されている。岸=安倍的なるものに対抗した思想や行動を探りたいような人には一読をお薦めする。

しかし、読後感としては田中清玄という人物、坂本龍馬が生きていたらやってそうなことをやった人だな、と。事業で金儲けしながら、民権派に資金援助したり、政府でも一緒にやれそうな人と提携したり、欧米にもアジアにも友人を作ったりね。

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2008年10月15日 (水)

岩田規久男『景気ってなんだろう』ちくまプリマー新書、2008年

有名進学校とかに通っている高校生向けであろうちくまプリマー新書で岩田氏の新刊。

理解力が弱く、経済オンチの私には最適なやさしい文章で経済学の基本的な用語や考え方が分かりました。やはり基本が一番大切です。

おかげさまで02年からの景気拡大は製造業はバブル期以上の高収益にもかかわらず、賃金が上昇しないのは海外競争に勝ち抜くために企業が設備投資と日米貿易摩擦の教訓とアジアの低賃金労働をあてにしての対外投資とに力を入れたために賃金の安い非正規雇用の拡大と賃金上昇の抑制を図ったために「実感なき経済成長」と呼ばれてしまうメカニズムが分かりました。

また、景気対策としての公共投資が国内総生産にもたらす影響(乗数効果)は一年程度であまり期待できない。なぜなら、一時的に家計は所得を増やすものの人間は目先の金だけで行動するのではなく将来を予測した上で消費活動をする。また国債の発行は民間から資金を調達するために市場で少なくなった資金を民間企業と個人が取り合う形になる。そうすると金利が上がる。金利が上がれば、借金して設備投資や住宅投資をしづらくなる。それで需要が低下して景気が悪化する。また金利が上がると円建て預金が増えるので円高ドル安になって輸出が低下して景気が悪化する。減税も先の公共投資の家計への影響と同様に将来の増税を予期して消費を引き締める、と。

なるほど、現在の政府は今のところ公共投資よりも減税に力を入れるようだが、設備投資減税はいいとしても一年限りの定額減税は最悪の政策のようだ。また、海外での投資が増えているとなると、2005年に時限的に行われた米国本国投資法のように海外での利益を国内に還元するような政策減税が有効なのかもしれない。

それはともかく岩田氏の処方箋はやはり日銀が銀行から国債や手形を買い取る買いオペによって国債の金利を低下させて企業への融資を促すことで市中への金の流れを増やして貸出金利を低下させる金融政策だ。金利の低下は、設備投資や住宅投資、また預金を株や土地への投資へ切り替えることで市中への金を増やす、また株価の上昇は消費も増やす。そして金利の低下はドル建て預金を増やすことになって円安ドル高になり、輸出を伸ばす。市中に金が回れば資産価格が上昇してインフレが起きる。そのインフレを適度に抑制するのがインフレターゲット政策。安定的なインフレは企業や個人に投資計画や貯蓄計画、消費計画を立てやすくする。物価が上がると思えば、預金してお金を腐らせるよりは投資に回すという予期ができるからでしょう。また157頁でインフレターゲットを行っている国とやっていない日本、規制改革を行っていない独仏とその他をグループ分けした図を掲げているが、なるほど規制改革も大事だがインフレ率の上昇も必要だというのが一目瞭然で日本がダントツに成長率が低い。

まぁ、景気対策に必要なのが金融政策であるというのが分かりました。たしかに昭和恐慌の際、高橋是清蔵相の財政政策が有名だが、その効果は一年程度で翌年から大規模な国債の買いオペを行ったことが、その後5年ぐらいの好景気に結びついたといわれている。しかし、日本では金利の低下をうながす金融緩和政策が不人気だ。投資よりも貯蓄に回すことが好きな国民性というのもあるのだろう。金融政策による安定的なインフレ政策が上記のように世界的に有効であるというのは確かなのだろうが、貯蓄よりも投資を好むという文化に考慮しなければならない気がするし、金利の変動による投資行動というものを一般人は普通に感じ取れるものなのだろうか。

経済学の人間観は、他の動物と人間を分けるものは将来を予期する能力だ、といったホッブズの人間観を基礎においているようだが、その予期の上での行動は同様な知識を持たなければ、うまく回らないだろう。そういうわけで経済の教育は必要なわけで本書はその入り口として最適なものだろう。強引なまとめだ。。

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2008年8月21日 (木)

三浦展『下流大学が日本を滅ぼす!』ベスト新書、2008年

前にも書いたが、私はこの著者をあまり信用していない。著書自体は、現在のある程度の傾向を知るためには面白いものだという印象を持っていたが、本書を読んでたぶんもう読まない、という気分になってきた。

本作は、一言でいえば、倒産を恐れた大学がどんな学生でも入学させてしまい子供たちの社会進出を遅らせ、ひよわで役に立たない大人を量産している、というところだろう。

私自身も「お客様世代」の尻尾に連なるものとして耳が痛いが、著者は少々ヒートアップしてきて、一体想定読者は誰なんだ、というほどに「下流」人間たちをこき下ろす。著者が30代のころは若者に媚びたようなものを書いていたのに、50代にもなると若者を罵倒したくなってくるらしい。新書の読者層は、通勤の長いサラリーマンだといわれるが、こうしたおっちゃんたちも「そうそう、今の若者、困るんだよね」とうなずくかもしれないが、一方で低学歴者を小ばかにしたような内容にどんな感想をもつだろうか。

まぁ、それはいいとして、最後の提言として、できるだけ若者を社会に出す仕組みとして高校を廃止し、中学を3年とし勉強を続けたい者はさらに3年の期間を与える、大学は学問をする場の4年制大学と職業大学の2年制大学して、4年制大学進学率を20%にとどめる、早い者では17歳で大卒の社会人になれる、というものがあった。

なるほど、確かにこれはいい提案かもしれない。学ぶ意識のない者が社会に出ても役に立たないような勉強をする場である大学に進学するという状態を変えられるし、大卒信仰も緩和されるだろう。しかし、この構想だとかなりの中卒者がでるだろうし、10代で社会に出る人々も増大する。著者は、これのほうがいいというだろう。私も以前はそんな風にも考えたものだが、最近考えを変えた。

そもそも何でこれだけ勉強する意識のない子供を進学させ、本作にも書かれているが底辺校ではひらがなも書けない高校生の存在を文部官僚は何十年も前から知っていたのに放置させているのか。著者は、国土交通省が道路を作りたがると同様に既得権益を手放したくないから、と述べているが、別の要因があるような気がしていたのだ。

それは少年犯罪の抑止だ。

http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm

こちらは少年犯罪のグラフで、最近は常識になってきたが少年犯罪のピークは昭和35年前後で、その後急激に犯罪は低下し、現在に至っている。この原因は何かなと思っていたが、それは高等教育機関への進学率が一つの要因になっているらしい。

http://www.gender.go.jp/whitepaper/h17/danjyo_gaiyou/danjyo/html/zuhyo/G_32.html

こちらのグラフを見ると分かるように昭和40年あたりから高校進学率が、また大学進学率も急激に上昇している。また少年犯罪が沈静化した昭和50年代以降は高校進学率が90%以上、大学進学率が40%前後で安定し始めた時期にあたる。おそらく頭のいい人がすでに指摘していると思うが、私は最近それに気づいてなるほどと思ったものだ。では、戦前との相関関係はどうなんだ、という感じだが、確かに昭和30年前後の突出振りは異常である。しかし、これはこの時期の高度経済成長により、旧来の社会秩序に変更が起こり、またこの時期の集団就職という形で都市に少年たちが集まり、地方の共同体から離れてアノミー化した若者たちが犯罪に走ったと見ることができる。

おそらく、当時の行政関係者は少年犯罪の急増に恐れをなし、少年たちを管理の届く場所に押し込めておく必要を感じて高校・大学進学を促したのではなかろうか。まぁ、かなり印象的なものだし、10代職業人に偏見を持たせてしまうような話になってしまったが。。

そんなわけで文部官僚たちは、高校・大学進学の必要のない者まで高等教育機関に行かせることによって社会秩序の維持を図ったのではなかろうか。三浦氏の提言は、学ぶ必要のない者を早々卒業させて、社会性を身につけさせるというものだが、一方で一箇所に押し込めて管理しやすかった若者たちを社会に分散させることで、犯罪のリスクを高める可能性を秘めている。三浦氏は、妙な猟奇的犯罪を無個性な郊外の都市に原因があったというような発言をしていたが、今回の提言はさらなる犯罪のリスクが高まる要因ともなるので、そのあたりのケアまで考えていかないとずいぶんと危険なものともなりかねない。

三浦氏は人間は社会に出ればまともになると考えているようだが、それはエリートサラリーマン社会で暮らしてきた者のある種の偏見であるかもしれない。ゼミの発表に質問したら泡を吹いて失神してしまう学生にも困ったものだが、気弱で自主性のない学生たちの面倒を見るか、犯罪率の上昇の可能性をどのようにケアするか、ということも発言力の強いらしい著者は考慮に入れたほうがいい。

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2008年8月13日 (水)

山田風太郎『新装版 戦中派不戦日記』講談社文庫、2002年

中学・高校の時から、書店では見かけていたが、どうも読む気がしなかった。なんか題名からして、「この愚かな戦時下にあって、戦争には協力せず、反戦の志をもって書いた」とかトクトクと書かれては、ずいぶんと当時の人々を馬鹿にした話だし、インテリぶって、いけ好かないねぇ、といった印象を持ってしまったからだ。おそらく私が当時生きていたら、死にたくねぇなぁと思いつつ、戦争の遂行と帝国の勝利を信じている、もしくは願っている「愚か」な大衆の一人だと思うし。山田風太郎を読むようになってからも、風太郎先生がそんな時代に迎合した恥知らずな日記を公開していたら、失望しちゃうな、と思って敬遠していた。

しかし、まったくの誤解でした。後の風太郎先生である山田誠也青年は、敗戦の日である8月14日未明に友人と自分たちだけでもゲリラ部隊を組織して、一兵となっても戦争継続をしようと語り合うほどの憂国の士であったようです。

こんな戦争映画やドラマで、視聴者に「余計なこというなよ」と思わせてしまう狂信的な人物であったことをあえて公開してしまう風太郎先生はやはり偉かった。

しかも狂信的である誠也青年は、一方で合理的で、日本人の「科学」教育の欠如を憂い、日本精神鼓吹者を軽蔑するリアリストであったりする。この矛盾は何であろうかな、と思うが、おそらく単に帝国主義的野心から追い詰められた「自存自衛」の戦争に過ぎない「大東亜戦争」を「アジア解放」や「世界史的使命」というように意味づけて、嘘をホントにしてしまおうとした竹内好や他の頭のいい人たちがやったように、まったく信じてもいなかった「日本精神」を本当のものにしようとしたというロマンティックでニヒリスティックな気分が彼をして、そのような行動に赴かせたのではなかろうか。これは彼の同級生を含めた同胞の死が、戦勝国の占領政策によって単なる「愚行」として片付けられることを鋭敏な誠也青年には予測されて、そのような無意味な死にはさせない、したくないという同時代人特有の使命感があったためだろう。

しかし、この企ては以前同様のことを考えたが挫折した級友の冷笑によって熱が冷め、翌日の「玉音放送」によって完全に断念させられた。これから考えると彼の「忍法帖」がたいてい使命を果たして死んでいくというパターンは、死すべき時に死ねなかった自分の本当の姿を描いている、ともいえる。

さらに面白いのが、誠也青年の憂国・愛国の感情が、完全な日本政府、日本民族への絶望から反転していく過程で、そのきっかけとなったのが鈴木貫太郎内閣の日ソ交渉を伝え聞いたことによるところだ。このような失敗が目に見えている外交政策に期待する政府に失望し、その後、日本の敗北が頭をかすめるようになり、日本民族の未熟さや幼稚さを述べたものの引用や言及がつづき、絶望の果てに徹底抗戦を述べるようになる。これは、愛国の情よりも、このような劣等民族は滅びてしまえ、というような自暴自棄な叫びである。そして、ソ連への宣戦布告を期待した8月15日正午の「玉音放送」は降伏の宣言であり、この情景を描いた8月16日の記述は他の終戦物語を圧倒する美しい文章である。そこには誠也青年同様に失望する人々と世の変化に関係なくアイスキャンデー屋に群がる子供たちや女剣劇を楽しむ庶民の姿が描かれている。そして、9月に入ると矮小な政府指導者たちの姿や占領軍におもねるジャーナリズムや知識人たちの変貌に鋭い批判の目を向ける。天皇個人には敬愛の念を抱きつつも、皇族将軍の自己弁護に失望して、「天皇制」にも疑問を持ちはじめる。

こうして誠也青年は、何も信じられなくなった。この体験が、彼をしてナンセンスな小説を描いていく下地になっていったのだろう。意味のあるものを書いても、その意味を信じられなくなる日が必ず来ると思って。後年の山田風太郎は、選挙ではいつも共産党に投票していたといっている。「絶対に政権につくことはないから」と本人も言っているが、おそらく自分が選んだ政治家が実際に権力を行使することを嫌ったためだろう。ちなみに風太郎先生は、細川護煕首相の「侵略戦争発言」に反発した文章を残している。こういう矛盾したような投票行動する戦中派老人って、意外と多いのではなかろうか。

余談だが、加藤弘之、斎藤隆夫(加藤を私淑)、山田風太郎(加藤の遠縁、晩年に知る)という兵庫県但馬出身者は、何故こうも共通して「戦争に正義はない」、反戦は無意味、人間は動物に過ぎず目的もない利己的な存在、日本人の「科学」的精神の欠如を憂う、神の不在を確信する唯物主義者というようなペシミスティックでリアリスティックな人々なのであろうか。また、なぜそういう三人に私は魅かれるのだろうか。

これらは今日の私の一つの読み方であって、また別の読み方もいく通りもできる作品である。そういうのを名作というんだろうが、後半を読んでいくと、本当に面白く、夜が明けるのを忘れ、読後興奮して眠れないほどであった。読んでいない方には、8月分だけでもぜひお薦めしたい。

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2008年8月 7日 (木)

長谷川幸洋『官僚との死闘七〇〇日』講談社、2008年

第一次福田康夫改造内閣が成立して1週間経とうとしている。組閣の日、最も印象的であったのは、テレビのコメンテーターとして登場した竹中平蔵氏が

「最後に一言だけ、この内閣によって日本経済は確実に悪くなります」

といっていたことだ。大臣になった時は当然したであろうが、小渕内閣や森内閣のあたりからテレビによく出始め時に、これほど党派性剥き出しの発言をする人だとは思わなかった。政府寄りの発言が多かったが、中立を装った意見をする人だったのに、やはり政治家をすると変わるものだな、と。しかも竹中氏は現在の政治対立軸である「財政再建派=大きな政府」VS「上げ潮派=小さな政府」の後者の大物である。これだけ露骨に前者に傾斜した内閣を見て、感情的な発言をするのも当然かもしれない。

さらに「上げ潮派」の人々のこの内閣に対する反応もかわいそうなくらい悄然としたものであった。とりわけその頭目・中川秀直氏などは映像で見ても落胆していたし、自身のホームページではいつも痛々しいくらい福田内閣を応援し、世論調査が発表されるたびに内閣を応援する根拠を見出そうとする忠誠心をあらわにしていた。その結果が、これでは「あんまりだ」という気分になったであろう。

で、本書は「上げ潮派」を応援する立場で、しかも実際に安倍晋三内閣時に審議会委員などで政治に関わった人物による著作で、近年有名になった「改革」の実務家・高橋洋一氏を主人公にすえている。

本書の売りは、とにかく狡知に長けた官僚たちの謀略を実名をあげて批判しているところだろう。素人には分からないような資料の一部差し替え、修正によって、意味をまったく変えたり、権限を縮小させようとしたり、虚偽の政策方針を記者に流して新聞報道させることで政治の方向性を操作しようとしたり、恫喝したり、と。

とりわけ、この新聞報道の操作というのは印象的で、よく新聞報道が出て、政治家本人に問いただすと「知りません」と答える場面を見ることがあるが、見ているものは普通、政治的配慮で知らないというふりをしているのだろう、と思うものだが、場合によっては本当に知らず、周囲が自分たちに有利になるように流したものもあるのだな、と考えさせられる。歴史研究や現在の政治を分析する上で資料としての新聞の価値は高いものだが、これをみるとその真偽が確かなものか、しっかり見定める必要があるということを再確認させられた。

著者は、盟友の「教授(末延吉正氏か?)」との会話で、「私は「政策」なんです」と答えた。つまり、内閣や政治家への評価は、「政策」を基準とするのであって、「人」ではない、と。「政策」を基準とすれば、官僚の抵抗はともかくとして、公務員制度改革や社会保険庁改革などの成立を見れば、改革派の勝利にも感じられる。しかし、「人」、つまり安倍晋三首相としては、奇しくも官僚派の頭目として謀略をめぐらした的場順三官房副長官の「だから、おれが言ったじゃないか。自業自得だ」の言のように、改革派に載せられて官僚の謀略とマスコミの無理解のために葬り去られた哀れな政治家にも見える。2006年末の道路特定財源の一般財源化騒動で大田弘子経財相のタイミングの悪い前のめりのために敗北した、と本書で述べられているが、公務員制度改革も「タイミング」が悪かったのかもしれない。本書でガソリン税は2007年末ごろ争点にすればよい、と述べているように、先の諸改革も参院選の後でもよかったであろう。そもそも安倍政権は、公務員制度改革をするためではなく、選挙に勝つために成立したのだから。かといって、理論家たちを責めるわけにはいかない。選択したのは、安倍氏であったのだから。安倍氏は前任者に嫉妬しないという資質に欠けていたし、ポピュリストな面もあったのだろう。

さて、今後の展望として著者は、衆議院選で自民党が負けないと政界再編がおこると予想し、期待している。タバコ増税議連の集まった人々が中核になった改革派に期待するという。貧しい喫煙者の私としては、タバコ増税が消費税増税を防ぐ「増税派」に対抗する手段とされるのは迷惑なことだし、中心人物の中川秀直氏の大量移民受け入れ政策にも疑問なしとしない。かといって、安倍内閣末期同様に幹事長ポストを取り、禅譲を期待する麻生太郎氏が与謝野馨氏と組んで増税してスタグフレーションに入りつつある日本経済を混乱に陥れるのも困ったものだと思う。しかも、中川・麻生両氏とも、「北京オリンピックを支援する議員の会」という「世界で唯一」の超党派の議員連盟に名を連ねているのをみると、脱力する。というより、この議員連盟には、与野党のほとんどの主要政治家が参加しているので、政界自体に興味を失わせる(別に北京オリンピック応援してもいいけど、「世界で唯一」というのと、200人以上の議連というのがね)。

まぁ、私自身の興味はともかくとして、政界裏舞台をある一方の側から描いた本書は、面白く一気に読めてしまうので、現在の政治の流れにご関心ある方にはお薦めです。

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2008年8月 6日 (水)

安倍源基『昭和動乱の真相』中公文庫、2006年

戦前の内務官僚、終戦時の内務大臣、戦後は右翼団体を組織というエリートでありながら、ずいぶんとこうばしい人生を歩んだ人物の自伝的昭和史。

本書の売りは、著者自身が関わり研究した中国情勢、とりわけ中国共産党の叙述、警視庁初代特高部長時代の国家主義運動と共産党への回想、そして終戦後の巣鴨での尋問であろう。神兵隊事件とか7・5事件など昭和史の通史には言葉だけはのっているが、詳しい事件の概要がよく分からないものへの当事者ならではの言及があるのが面白い。

そして、彼の歴史観。「昭和動乱」の原因は、浜口内閣時のロンドン軍縮条約にある、というのは警察官僚として、国家主義運動の逮捕者が一様にロンドン条約について言及していたことが、このような見解になったのだろうか。そのためか、この条約を推進した民政党関係者、海軍「穏健派」に極めて厳しい評価を与えているのが特徴で、いわゆる「陸軍=悪玉」「海軍=善玉」の単純な昭和史解釈に親しい読者の常識を覆す。たしかに、大陸進出は陸軍が主導したと思われるが、大日本帝国を崩壊に導いた米英との対立は、上海事変しかり、南部仏印進出しかりで米英の権益に関連する地域での主導者は海軍である、と思われるふしがある。戦後の歴史観においては、中国への贖罪意識が強く、大陸への侵略を主導した陸軍は決定的に悪であり、米英に対しては単に戦争をした相手国という認識であり、そのきっかけをつくった海軍の責任を問う圧力は弱かったのかもしれない。米英との戦争が大日本帝国を滅ぼしたとしても、全体主義的で軍国主義国家であった帝国の崩壊は、戦後史観においては歓迎すべきことであり、海軍の罪は目立たなかったのだろう。

それはともかく、もう一つ面白いのが、2・26事件など軍によるテロの原因を3月事件の処分があいまいだったことが後の10月事件、5・15事件、2・26事件を誘発したとの解釈している。まったく信賞必罰は統治の本道である、と思わせるものであるが、これは「粛軍演説」で斎藤隆夫も述べていたことであり、同時代の人々の共通認識か、斎藤を元ネタにしたのかは分からない。もっとも安倍は斎藤にはまったく言及していないが、王精衛を担ぎ出したのが失敗であった理由として、彼が武人ではなかったというところも斎藤と共通している。官僚嫌いの斎藤と代議士嫌いの安倍(西尾末広を除いて代議士にほとんど好意的な言及をしていない)の思考法が一致しているのが興味深い。

で、本書はどちらかというと前半が本人の回想と歴史書の突合せでできているが、後半は不思議なほどに安倍史観による歴史研究の書という体裁になっていて後半はあまり面白くない。そのつまらなさの原因は、やはり彼が特高部長時代に小林多喜二を含む共産党員の獄死者がもっとも多いという事実にふれない点と、wikipediaによれば、安倍は安部磯雄襲撃事件に背後で関わっていたといわれているが、そのあたりにまったくふれていないで、歴史叙述にページを割いているところだろう。もっとも後者の方は、出典がおそらく宮崎学『不逞者』というノンフィクションであり、オーソドックスな歴史研究でどのようになっているか私は知らないし、その能力もないのでどうだかわからないが。

また、少々怪しい史料選択もなされているが(葛西純一のものとか)、そのへんを割り引いても、当事者の歴史研究/物語として十分楽しめるし、巻末の水谷三公・黒澤良両氏の対談も面白い。

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2008年7月30日 (水)

仲正昌樹『〈宗教化〉する現代思想』光文社新書、2008年

哲学をやっていたり、やっていた人に「形而上学って、何ですか?」と聞くとあまり要領を得た答えをしてくれない。こちらはとりあえずの基礎的な解釈や意味を教えてほしいのに、あちらは真面目なので断定的な物言いを避けたがる。

本書では明解に「自然とか宇宙全体の本性といったような、人間の知覚によって直接的に認識することがそもそも不可能であるようなものをめぐる議論のこと」(37頁)と答えてくれる。だいたい私がイメージしていたことをちゃんと言語化してくれて助かるのだが、やはりこれだけではすまない。これだけを形而上学とすれば、考え方によっては「形而上学を超えた真理」というような安直な議論が次々と登場してしまう。結局、究極の真理に到達しようとする哲学・思想は不可避的に形而上学的な性格を帯びてしまうようである。

そこで著者のスタンスとしては、「形而上学を超えた真理に到達した」と考えている人ほど形而上学に染まってしまい、それを認識していないだけたちが悪く、付き合いきれない、といったところか。だから、形而上学を克服するといって別の形而上学をつくるよりも、それぞれが暫定的な答えに過ぎないということを認識していくことが重要だ、ということだろう。

本書で繰り返し述べられることは、こうした真理に到達したと考える思想・哲学とそこに「哀れみ」のような感情が政治に入り込むと、この真理から考えて「哀れ」むべき人々に共感できない者は真理から外れた人非人であり、排除してもかまわないというフランス革命やスターリン支配に見られた暴力が生じてしまう危険があるということだ。そのあたりをサヨクの皆さんは無自覚ではないか、ということ。当然、こうしたメンタリティーを有するようになった「左傾化」したウヨクの皆さんにもあてはまる。

本書は、西洋哲学史としてなかなかよくできているようだし、仲正氏と統一教会とのかかわりをこれまでの作品に比べて多くのページを割いているという点で興味深い。しかし、現在、骨と皮しかないように思える仲正氏が学生時代、左翼学生と流血をも生じる闘争の渦中にいたというのは想像できないが、当時の学生は熱かったんですね。

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岩見隆夫『陛下の御質問』徳間文庫、1995年

私が覚えている昭和天皇とは、テレビで見た園遊会の一場面である。

黒柳徹子さんが昭和天皇を前にアフリカの子供たちの現状を話しかけていたが、昭和天皇は「あ、そう」といって次の人に顔を向け、皆が苦笑するという場面だ。

その時小学校1年生ぐらいの私といえば、天皇なんて知らないし、クイズ番組で次々と解答する黒柳さんを尊敬していたから、「オノレ、テンノー」と思ったものである。

今から考えれば、アフリカの現状を聴いて、それにどのような反応を示すにしろ、公の場で天皇が意志を表せば、政治的に利用されかねないと考えて、「あ、そう」と気のない返事をして煙に巻いたというところだったのかもしれない。それぐらい、昭和天皇は自分の発言に気を使った、ようである。

さて、本書は公の場ではなく、個人的に昭和天皇にふれた政治家たちの証言集である。昭和天皇の人柄が分かるような「雑草という草はない」とか、面白話もあるが、やはり興味深いのは、昭和戦前期の認識にふれられた部分である。服部龍二『広田弘毅』で昭和天皇の広田認識というところで本書が言及されているが、近衛と広田のように決断力に欠けた人物を嫌い、おそらく日中戦争を止められなかった事が昭和天皇としては忸怩たる思いがあったように感じ取れる。靖国問題への認識も中曽根康弘首相の参拝取り止めを「適切であった」と一昨年ホットな話題を提供した「富田メモ」の富田朝彦宮内庁長官を通して中曽根氏に伝えたあたりも中国への「贖罪意識」があったと解される。謝罪の気持ちにも差があったというが、中国の鄧小平国家主席来日の際は、事務方が「過去」問題にふれないよう気を使ったが、鄧小平が過去にふれた際、昭和天皇は「謝罪の気持ち」を語られた。しかし、その他の国に対しては、自制していたようだし、たとえば東南アジアに関しては、現在ある東南アジア諸国に対する戦争ではなく、それらを植民地にしていた列強との戦争であったとの認識であったため、贖罪の意識は低かった。やはり中国は別物なのであった。

興味深いのは韓国に対する「お言葉」である。1984年の全斗煥大統領来日の際、韓国側は謝罪を求めないという方針を日本側に伝えたが、中曽根首相は自分の時に韓国、次に中国、最後にソ連というような遠大な外交戦略があって、「謝罪の気持ちをもっと率直にだいしたほうがいい」と天皇に謝罪の「お言葉」をするように振付けたという。このあたりから政府による天皇の政治利用が行われ、諸外国としても天皇の謝罪がなければ、納得できないという雰囲気をつくったんだな、と思わせる。また現状を見るにしても、こうした「大きな外交戦略」がえてして成功しないものだという印象もある。

あと、印象に残ったのは、田中清玄と昭和天皇との会談かな。これほど、率直な物言いを昭和天皇に対して行った民間人というのは稀であろうし、それが表に出ているというのもほとんどないだろう。右翼思想というのにあんまり意味があると思えないので、興味がないのだが、右翼運動家と政治とのかかわりを陰謀史観に陥らずに詳細に研究したものってあるんだろうか。そのあたり面白いような気がするが。

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2008年7月24日 (木)

井上寿一『昭和史の逆説』新潮新書、2008年

「この本は、スリルとサスペンスに満ちあふれた昭和史の読み物になることをめざしている」

本書冒頭の一文である。これは間違いなく成功している、と思う。おそらく、坂野潤治氏の名論文「外交官の誤解と満州事変の拡大」(『社会科学研究』1984年2月)という各アクターが主観的には事変抑制を図りつつも、意図せぬ結果に終わってしまった過程を描き、読む者をして「よかった、これで軍クーデターは失敗に終わるぞ」と結果が分かっているにもかかわらず、一瞬ならずとも思わせてしまいつつ、どんでん返しで呆然とさせる推理小説のような作品を一般向けに昭和史の各事件で再演した風がある(第二章参照)。

いや、本当に成功してます。日米開戦の第六章など、途中まで読み進めている内に「ああ、こうして日米開戦は避けられたんだなぁ」と自分がパラレルワールドにいるかのような錯覚に陥りつつ、後半になると「やっぱ、そこいっちゃうんだよな」とさびしくなりつつ、安心するような「スリル」を味わわせてくれる。

本書の題名にあるように歴史は逆説に満ちている。アクターの主観的意図と結果は、まったく別の方向に向かってしまう。田中義一の山東出兵は日米英の協調関係を取り戻したが当然のように日中関係を悪化させた。浜口雄幸の軍縮条約締結は政党内閣の到達点であったと同時に内閣の専制を思わせ民心を離反させた。国際連盟脱退は国際協調の放棄ではなく大国間との協調を可能にするためだったが、長期的にはどうだったか。権力基盤の弱さを民衆に求めようとして戦争を煽ってしまい収拾がつかなくなる、とかとか。

浜口内閣のところは興味深かった。戦前の成功せる政党内閣、つまり選挙によって最大多数を背景に強力になった原敬、浜口、犬養毅各内閣はいずれもテロによって倒れている。いわゆる隈板内閣成立時に加藤弘之が政党内閣の成立を一応は寿ぎつつ、「政党内閣はもっとも強力な専制内閣である」というようなことを言って、警戒を促していたが、こうした逆説に耐えられない人々がいたようである。また、浜口の天皇利用についての言及が本書にはある。浜口率いる立憲民政党は「議会中心主義」を掲げ、「天皇中心主義」を掲げる鈴木喜三郎内相(政友会)に批判されたが、当時の機関誌『政友』、『民政』を見比べると後者の方が皇室関係の写真や記事を多く掲載し、浜口内閣の時期には最高潮にあったような記憶がある。これも逆説である。

それはともかくとして、いくつか疑問。第四章の天羽声明に言及したところで、「どこが問題だというのか」と述べているが、服部龍二『広田弘毅』ではこれを詳しく論じ、引用文を読む限りにおいても「いかにも強硬」だという印象を持ってしまう。さらに天羽の原稿が排他的な対中政策を推進しようとする重光葵が書かせたものを元にしているとすれば、単に意図せざる結果とはいえないような気もしてくる。どんなものなのだろうか。

また、最後の「降伏は原爆投下やソ連参戦の前に決まっていた」というのも、本書を読んでも、結局、米国の「太平洋戦争史観」の原爆投下というのはもともと疑問であったが、やっぱりソ連参戦が決定打だったのではないか、という気がしてしまう。4月7日発足の鈴木貫太郎内閣が終戦内閣であったろうし、降伏に向けて地ならしをしていたのも、そうであったろうが、かといって「決まっていた」というと、どうかなと思ってしまう。たしかに「決まっていた」のだろう。しかし、それは首相周辺の方針であって原爆投下やソ連参戦がなくて実行できたかは別の問題のような気がしてしまう。いってみれば、若槻首相や近衛首相が事変の不拡大を意図していたからといって、それを実行できたとはいえないのと同じに思えてしまう。いや、ここは軽々しく事挙げするのは意味がないのかもしれない。新書というメディアを考えれば、一般の人は原爆投下があるまでは日本帝国は徹底抗戦するものだと思っている、と考えての表題かもしれない。とすれば、何もいうことはなく、降伏が遅れたのは一大決戦の戦果を求めた昭和天皇とソ連交渉に期待した鈴木首相と東郷茂徳外相の判断ミスに帰するというのが、穏当なところなのでしょうか。

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2008年7月18日 (金)

杉田敦『デモクラシーの論じ方』ちくま新書、2001年

定評ある政治学入門書。

ラディカルでポスト・モダーンな政治学徒A君と穏健なリベラル近代主義者B君との対話によって、デモクラシーの主要な論点を次々と結論を出さぬまま議論していく。

私のような保守的な読者は、最初はA君のむちゃな議論を英米政治を理想とするB君が大人な態度で対応していくさまを好感を持ってB君視点で読んでいくのだが、後半に差し掛かり、社会契約論にこだわりをみせるB君に嫌気が差してきて、A君がんばれ、と無責任な視点転換をしている自分を発見しました。

憲法の議論のあたりで、憲法改正論者のB君に対して、A君が「君は革命主義者だ」というようなことを言うあたりが、なかなか新鮮で、B君的な憲法改正論者が今後主流になっていくんだろうな、と思うし、そうした世の中の流れの中で、B君が「反動的」と呼ぶ従来の憲法改正論者が最近は9条2項削除だけ、という意見を表明しているのは、このあたりの「危機感」からだろうか。本書も7年前の著作だし、憲法改正の議論も今後は多様になっていくのだろう。

あと余談だが、最初の方で、日本の政治学は戦前の反省から「制度論」的なことばかりに注目してきた、と述べられているが、そうだったんだろうか。私は、最初期は日本特殊論的な精神構造を問題にする批判の学としての政治学で、それらの反発から80年代以降、「制度論」もしくは「新制度論」が表れ始めたという理解だったのだが、字面に引っ張られてはいけませんかね。

それはともかく、読んで損はなさそうです。上級者は、彼らの議論の元ネタ探しにご一読を。

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I・ブルマ&A・マルガリート/堀田江理・訳『反西洋思想』新潮新書、2006年

積読していたものをなんとなく取り出して読む。

本書のタイトル『反西洋思想』とは、敵によって描かれる非人間的な西洋像のことで、「オクシデンタリズム」と呼ばれ、それは単なる反西洋的意識や態度ではなく、「殺人的な憎悪」が含まれるものである。

しかし、こうした反西洋意識ではなく「殺人的な憎悪」までをも感じるものたちとは、どのような人々であろうか。「西洋やアメリカに対して妬みや憎しみを感じるのは、それがどのようなものだか想像すらできない人たちではない。普段から西洋の発するイメージや商品を身近に感じ、消費している人たちである」(33頁)。なるほど、そのとおりであろう。本書によれば、「オクシデンタリズム」は非西洋の人々が西洋に接したことで自発的に創造されたものではない。西洋人の中で近代化に対するリアクションとして生じた意識・思想が、同様の印象を感じた非西洋人に見出され、憎悪に点火したというものだという。つまり、西洋から輸出された思想が、西洋に対して暴力によって輸出されるというものだろう。

本書で興味深かったのは、「西洋の都市」、つまり非西洋諸国の中で近代化に移行しつつある「都市」という存在へのリアクションのすさまじさである。具体的には毛沢東であり、クメール・ルージュの行った田舎による「都市」の破壊衝動であり、実際の破壊である。このように「オクシデンタリズム」は実際に西洋人に対する「憎悪」だけではなく、西洋化した同国人にも向けられ、「西洋的」という札をかけさせれば、どのような暴力も可能にしてしまうという恐ろしさがある。そして、それを指導したのは伝統を保持しようとする保守主義者ではなく、伝統破壊者であり、西洋への留学経験のある者たちだった。

そういえば、急激に近代化を果たした日本において、こうした田舎による「都市」への復讐といった事件は思い当たらない。毛沢東という「天才」が事を起こす前であるから当然ともいえるが、あるとすれば、中国の農民兵への着目から日本の革命主体を軍隊に置こうとした北一輝の事例がある。しかし、彼の思想の下に行われたとされる2・26事件は、軍内部の主導権争いとリベラル派への攻撃というのに留まっている。思想史的には、明治後期の国粋主義の論調の中に都市による地方の収奪という視点はあったが、これが憎悪を伴って破壊的な実行に移されたわけではない。

いや、もしかしたらあるのかもしれない。それは、政党組織の強化を目指して、主に都市からの収益を利益誘導という形で地方に分散させた原敬の手法である。そもそも、自由民権運動を地方農民層の近代化=「都市」への反発の組織化と考えれば、何の不思議もない。そして、地方による都市の収奪の大成者は、言わずと知れた田中角栄だろう。戦後の日本において、地方農民が組織化されて都市への暴力的破壊を行うという可能性は極めて低かったであろうが、彼が首相に就任するあたりまでは散発的ながらも暴力的な革命組織が存在していた。浅間山荘事件は田中内閣成立の約5ヶ月前だったし。

田中内閣成立により、国富が地方に分配され、経済効率が低下したため、経済成長が鈍化したという説がある。私もこれに説得力があると考える者の一人だが、上記の「オクシデンタリズム」をみると、血が流れるよりは経済の効率化を低下させ、巨大な借金を抱えるのも遥かにマシであり、偉大な革命家・田中角栄の存在は平和に貢献したのかもしれないなぁ、とまったくの妄想を抱いてしまった。

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2008年7月10日 (木)

田中芳樹『銀河英雄伝説』創元SF文庫、2007年~

知人から聞いた噂話である。

現・防衛大学校校長の五百簱頭真氏がかつて「銀英伝が好きだ」と発言したそうである。周囲は、五百簱頭先生ほどの方がSF小説を読んでいるなんて、と意外に思うと同時に、同小説に描かれる政治・外交・戦略・歴史の側面を面白いと感じ、そのあたりを論じてくれるかもと期待して、「どのあたりがですか」と尋ねると

「ラインハルトがカッコいい!」

とおっしゃられて、皆ずっこけた。というおはなしである。

まぁ、五百簱頭氏が真面目な顔して、ヤンの国家論やラインハルトの巧みな戦略を滔々と論じられたら、それはそれで酷い笑い話になってしまうので、噂話としても良い返答だな、と思う。

で、『銀英伝』なわけですが、私は田中芳樹氏といえば、『アルスラーン戦記』という、オタク度のより高い読み物を中学生の時に読んでいて(この小説、帝都奪還まででいいんじゃない?)、面白いとは思ったが、『銀英伝』には手を伸ばさなかった。理由はいろいろあるんだろうが、二段組のノベル版が苦手であったのと、艦隊戦にまったく興味が持てない子供だったからだろう。そして、昨年新たに創元SF文庫で装いも新たに再刊されたので、読んでみたというところである。

いやー、面白いですね。現在、第4巻「策謀編」まで読んでみましたが、これを読んできた人間と読まない人間とでは、人生観がずいぶん違うでしょう、と褒めてみたい。で、驚くのが、この作品を書いたときの田中氏の年齢が30歳前後で主人公の一人ヤン・ウェンリーと同じ年で始めているわけです。この年齢で、こんなものを書けてしまうのだから、私は小説家になることをやめます、と考えてしまう。

各巻末ではSFを読まない観ない私にとっては未知の方ばかりが解説を書かれていて、そこで本作は、『三国志』を下書きにラインハルトを曹操、ヤン・ウェンリーを劉備と諸葛亮、フェザーン自治領を孫呉としてイメージされている、とあった。別の解説では、作者は『三国志』ではなく『史記』の「列伝」を参考にしたともいっている。たしかに、『三国志』よりも『史記』的世界の方が合うかもしれない。ヤンは君主ではないし、諸葛亮は戦争うまくないし、韓信、楽毅、伍子胥のように戦争がうまく忠臣なのに君主との関係がうまくいかない感じの方があっているような気がする。ラインハルトも曹操のような民生の充実を図って余裕を持って戦争する慎重家よりも始皇帝、項羽のイメージが近い。

しかし、初版第1巻が刊行された1982年という年に注目すると、当時の三国志、米・ソ・日の悪いところというか、特徴を混合させたようにも思える。銀河帝国はドイツっぽい帝政ロシアのような気がするし、民主主義を究極に目指したとされる共産主義からとてつもない専制国家が生まれたというのも民主政体からルドルフ・ゴールデンバウムが生まれたという比喩に感じるし、1982年にソビエトの第6代最高指導者に就任したユーリ・アンドロポフがペレストロイカの先鞭をつけたように改革気運が高まり始めていた時期で、ラインハルトの登場を予感させる。自由惑星同盟のトリューニヒトは1981年に大統領になり、ソ連を「悪の帝国」と呼んだロナルド・レーガンだろうし、一部ソ連ぽい指導体制でもある。そして、フェザーン自治領は銀河帝国を宗主国と仰ぎながら自治を約束され、経済的世界支配を試むあたりは、当時の世界から見た日本のようなイメージで、指導者のルビンスキーのハゲ頭は1982年就任した中曽根康弘氏を想起させる(顔の造形は佐藤栄作だが)。地球教の存在は、1980年ぐらいまで資本主義か共産主義かという政治体制やイデオロギーの対立の中で忘れられていた宗教の存在が徐々に表に出始めた時期だというのがモデルになっているような気がする(1980年にイラン・イラク戦争なんかがありましたね)。

こういう時事ネタをうまく小説に取り込んでいるのではないかな、と私は読みました。で、ついでに書いておくと、物語の冒頭に後に銀河新帝国初代皇帝となったラインハルト・フォン・ローエングラムは20歳であったが、刊行の始まった1982年は後にロシア新帝国初代皇帝となるウラジーミル・プーチンが30歳を迎えた年であった。

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2008年7月 9日 (水)

福田英子『妾の半生涯』岩波文庫、1958年

大阪事件に関わった自由民権運動の女性闘士の自伝。自身の誕生(1865年)から亡夫福田友作の一周忌(1901年)あたりまでで筆をおいている。不勉強なことに、解説を読んで知ったのだが、1927年まで存命だったとは、この人もずいぶん長生きだったんですね。

だいたい大阪事件に連座した人で、漁色家(?)の大井憲太郎の被害者の一人というイメージしかなかったのだが、後半生では不幸な結婚を強いられる女性に技術を与えて経済的自立を促す学校を設立したり、「平民社のしゅうとめ役」と呼ばれたように『平民新聞』発行の手助けしたり、夫の門下生だった11歳年下の石川三四郎を愛人にしたり、と後半生も波乱万丈である。

本文の方は、文語体でとにかくカッコいい。これを執筆時は、かつての民権家が衆議院議員として彼女から見れば堕落の極みにあったという観点から、自由民権家の堕落(英子がせっかく集めた資金を宴会で使ってしまう)を描いて、男どもに啖呵をきるあたりはしびれます。

また、収監中、獄吏に優しくされ言い寄られたり、女囚にやたらと敬愛され同性愛を疑われたり、出獄後も自分の容姿が優れているといってるようなエピソードをいくつか挙げているあたりも面白い。まぁ、執筆時には11歳年下の恋人がいたようなので、自分に自信をもっていてもおかしくないですな。

圧巻は彼女の悪口である。大井憲太郎にはもちろんであるが、彼女から大井を奪った親友であり女流作家の清水紫琴への悪態はすごい。清水に関して書いている現在のものでは、清水に同情的なものが多い中、最初の弁護士の夫は清水の父を救った恩人でありながら「家計不如意」のためといわれ(一般に夫・岡崎某の女遊びを許せなかったとされる)、英子から大井を奪い、結果的には英子同様に子供のできた清水は大井に捨てられるのだが、「例の幻術をもて首尾よく農学博士の令室となりすまし」と古在由直夫人におさまり、その後、大井との子が訪ねてくると面会を断る「邪慳非道の鬼」とまでいってのける。ちなみに古在と清水の間には哲学者・古在由重が生まれている。

あと面白かったのは、英子が出獄した時、植木枝盛が「美しき薔薇花の花束」を贈ったそうである。植木って、気障な野郎だ。

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2008年7月 4日 (金)

春田国男『政治家の条件―リベラリスト斎藤隆夫の軌跡―』みもざ書房、2008年

私は以前、斎藤隆夫を研究していて、彼は私にとって思い入れのある人物である。その彼の評伝がでたというのをamazonで発見して、楽しみに到着を待ち、そして読んでみたが。。

正直、語るものはない。

特に新しい評価は何もないし、参考文献をみて、これまで出版された評伝を挙げてはいないし(読んではいるらしい)、学術論文は一つもない(河原宏氏のものは史料的なもので研究ではない)。作家や評論家が書いた評伝なら、別に何も言うことはないが、一応大学教授という職にあった者がこれでいいのか、という著作である(もっとも略歴に「作家」とあるが)。

唯一新しいのは、2006年に発見された翼賛選挙における鹿児島二区の選挙を無効とする裁判の判決書で、告発人に斎藤隆夫の名があったというところだが、約1頁におまけのように書かれているだけだ。これを詳しくやっていれば、面白いものになったであろうが、残念である。

これ以上書くと悪口になってしまう。私は批判はするが、悪口は書かないというスタンスを守りたいので、後は単純な誤りを指摘しておく。

まず、9頁の斎藤と同郷の加藤弘之との関係であるが、著者は両者の影響関係はほとんどないとしているが、斎藤の社会進化論はほとんど加藤から学んだものといえるし、戦争観も『斎藤隆夫政治論集』所収の「戦争の哲理」で斎藤自身が認めているように加藤の論を受けたものである。また、著者が「特に述べるような出来事は主人公には起こらない」(57頁)とする時期におこなった斎藤・加藤論争で斎藤が批判した加藤の「立憲的族父統治」を1929年1月22日の議会演説で「族父」と「族子」という用語を使って論じている(必ずしも加藤の「族父統治」と同じではないが)。

次に斎藤が少年時に学んだ京都西本願寺経営の弘教学舎について述べたところで、「キリスト教排撃を目的とした保守的な仏教教育が、文明開化の夢にとらえられた少年の心に、とうてい合わなかったことはいうまでもない」(13頁)とするが、斎藤がそこの校風に合わなかったのは事実かもしれないが、斎藤は加藤同様にキリスト教排撃論者であたし、宗教一般を信じていなかった。

また、明治39年刊行の『比較国会論』の比較の対象は、英米仏独伊日と瑞西(スイス)であって、瑞典=「スウェーデン」ではない(54頁)。

あと、最初に斎藤が議会で発言したのは、「大正二年三月二七日(注・26日の誤植か)」ではなく、3月4日の未成年の飲酒を規制する法案への反対演説である。斎藤によれば、当時は小学校を出てすぐに社会に出る子供たちに飲酒を規制しても守られるはずはなく、守られないことがわかりきった法律は作るべきではない、ということのようだ。

他の誤植や叙述も気にはなるが、解釈の問題であったりするので、省く。本格的で新しい斎藤論の登場が待たれる。

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2008年6月25日 (水)

司馬遷/市川宏・杉本達夫訳『史記1 覇者の条件』徳間文庫、2005年

前回、読みやすい『史記』は徳間文庫だ、と述べたので読んでみたが、やはり読みやすい。分厚い本だが、すいすい読めてしまう。

本巻は五帝から春秋五覇まで収録。ちくま学芸文庫版で本紀の項羽あたりで息切れしてしまった私としては、春秋五覇を読めたのがうれしい。

しかし、『史記』の叙述スタイルとして特徴的なのは、名君と呼ばれる人々も存外器が小さく、ちょっとしたことで怒り出す。こういうことを書いてしまうあたり、司馬遷にとって、帝王も歴史家の前では一人の人間に過ぎないという史観を垣間見ることができる。また、こうして怒りだすことは、人間にとってよくあることだが、家臣の諫言を聞き入れて、怒りを納めるのが名君、そうでないのが暴君、というわかりやすい図式を示す。また他人を貶める讒言を聞き入れるのも暴君だとするのも『史記』のスタイルである。こうした叙述は、匈奴に敗れ降伏した李陵に怒り、彼の一族を皆殺しにしようとした武帝に対し、李陵を援護し、宮刑(男茎を切り取られる刑)に処された司馬遷の恨みが含まれているような気もする。また、司馬遷は自分の不幸の背後に彼を失脚させようとした勢力が存在したと信じていたようである。これが『史記』のスタイル、および後の正史のスタイルと君主のありように影響を与えたといえよう。

また「周本紀」で厲王が民の口を圧制によって塞いだことを召公が諌めたのを聴かず、民衆が反乱を起こし厲王が追放され、二人の大臣が執政した年号「共和」が成立した際のエピソードはいまだに言論の自由がない中国の最初の歴史書に記されているのは意外の感にうたれる。古代より士大夫必読であった『史記』ではあるものの、そこでの理想は理想として、何の役にも立たなかったのだな、と『史記』の読まれ方にも興味がわく。

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宮崎市定『史記を語る』岩波文庫、1996年

現在も連載中の『龍狼伝』という三国志を題材に取った漫画で、現在から2世紀末の中国の荊州にタイムスリップした主人公が、曹操軍の進行を単福の代わりに食い止めるところで「史実では、云々」と、明らかに『三国志演義』か吉川英治『三国志』での描写を「史実」といっていて、ずっこけてしまい、そのまま読むのをやめた。また、井波律子氏の『三国志演義』でも「陳寿『三国志』では」とでも言えばいいところで、「史実では」と述べているあたりで、何かむなしいものを感じた。古代中国史の「歴史書」というのは、いわば歴史物語のようなものであり、そこでのエピソードは噂話に過ぎず、本当にあったかどうかわからないことを「史実」といってしまうのは、むなしい。

本書は、中国史の泰斗・宮崎市定の『史記』入門書であるが、「司馬遷という男は、何か書いたものを見せれば、すぐ騙されやすい性質の学者であった」(70頁)と書いてしまうほどで、ほとんどの人物エピソードや建国の歴史を「作り話」と歯牙にもかけない記述が豊富である。そう、古代中国史の一般書に書き手が文学者や小説家が多いのは、結局、それらを記す「歴史書」は物語であって、史学の人間からすると「歴史」であるとは、いえないものであり、また、読者の方も「歴史」よりも「物語」として読みたい人が多いわけであるから、市場に出回るのは歴史物語のエピソード集が多いわけである。

本書は、これらエピソード集とは一線を画し、史学者としての『史記』の読み方を提示してくれる。そのため、いくつかのエピソードは紹介しているが、ほとんどは無味乾燥な記述が並び、「私の考えでは、云々」と『史記』批判を行うが、その根拠が示されないので隔靴痛痒な感もうける。しかし、それでも勉強になるわけで、司馬遷は儒学の徒であったとか、古代封建制は便宜的なものであったとか、孔子が重んじたのは上下関係の「忠」や「孝」よりも個人間の相互依存関係である「信」であるとか、司馬遷が重んじたのは自由人的な態度であったとか、なるほどと思わせる。

これによって、『史記』を読む際の基本的な知識を得ることができる。しかし、いきなり史学から入ってしまったのでは、世界観がわからない。まずはエピソード集としての『史記』本文に当たるべきであるが、初心者にとって翻訳書の中でどれが最適であろうか。私はこれまで岩波、ちくま、中公と普通に紀伝体を載せているものにあたってみたが、どうもしっくりこない。紀伝体は、どこからでも好きなものを読むのには適しているが、最初から読むとなると、いったりきたりで大体の世界観をつかみたいものにとっては不便である。そこで見つけたのが、徳間文庫版である。このシリーズは、暴力的に編年体に編集し、退屈な系譜とかを削除し、物語として読むことができるようにしている。私のような初学者は、ここから始めるのが良いかもしれない。

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2008年6月19日 (木)

岡義武『山県有朋』岩波新書、1958年

「閥族・官僚・軍国主義の権化」と悪名高い山県の評伝の名著。

山県が歿した時、『東京日々新聞』が「大隈侯は国民葬。きのふは〈民〉抜きの〈国葬〉で幄舎の中はガランドウの寂しさ」と見出しを出すほど、当時から不人気な人物で今日でも先のような評価の彼の生涯を、人生、政治・外交観、歌人としての側面など、あますところなく描いている。

本書の特徴は、著者の評価をほとんど交えず、叙事文には序はいらぬ、という清代の史論家の章学誠よろしく、淡々と史料に基づき論述していく点で、そこはもどかしいが、著者の誠実さを感じさせる。

興味深い点は、やはり徳富蘇峰が評したように山県は「穏健な帝国主義者」であり、外交政策はとにかく慎重な強調外交でとりわけ英米を重視した。有名な「主権線」、「利益線」の演説もそもそもは「利益線」たる朝鮮半島を日清英独の共同で独立国たらしめようとする意図で、述べたものであり、朝鮮半島の支配を否定はしていないが、積極的に推し進めようとする意思はない。また、第二次大隈重信内閣の悪名高い「対華二十一カ条要求」は加藤高明外相が元老に相談せずに行ったもので、その当時、世界大戦後、欧州勢が共同して東アジア進出してくるという見通しを立てた山県は袁世凱政権とロシア、アメリカと強調しなければならないと考えていたので、激怒した。某外交官出身の歴史家がこれを山県の意見を取り入れざるを得なかったと悪名を山県に押し付ける外務省史観を提示していたが、まったく誤りである。さらにシベリア出兵も山県は慎重で、アメリカが共同出兵を打診してくるまでは、認めなかったし、カリフォルニア州で「排日移民法」が成立した際には金子堅太郎を派遣して善後策を立てさせたいと考えたりした。

負の側面としては、明治20年の伊藤博文内閣で内相だった山県は保安条例を公布して、自由民権運動を徹底して弾圧した。また政党内閣を忌避し、普通選挙は国体を変換させるとして終始反対の意向を示した。そのため、原敬との関係は、険悪であったが、原が政友会総裁に就任して原の方針が転換されると両者の関係が徐々に密になり、原内閣成立後は、山県は原を激賞した。これは、山県と原の対米英協調路線、労働運動への警戒、普選への慎重な態度などの共通点がそのようにさせたのだろう。

そして、原暗殺に落胆し、寝言で「何んだ。馬鹿。殺して仕舞え。馬鹿な。馬鹿な」と原が殺されている夢を見て叫ぶほどであったそうだ。これは股肱と思っていた寺内正毅が「もう60で子供ではないから」と山県に反旗を翻し、宮中某重大事件で反山県勢力が山県を失脚させたところ、原は山県を守り続けたという山県の孤独感が原への評価を上げていったところもあるだろう。

このような大正末期の山県閥の崩壊過程を見ると、山県死後の軍部の台頭は山県に原因があるのではなく、「下克上」=誤ったデモクラシーの新しい流れの影響にあったように思えてならない。考えてみれば、山県存命の時代は大日本帝国の黄金時代で、山県が政党内閣を反対したからといって彼を「悪」に仕立て上げる史観は安易なような気もする。昭和天皇は山県のような人物がいれば、あのような悲惨なこと(軍部の台頭、敗戦)もなかったであろうとしているのも本書を読めばうなずける。大隈内閣後、高橋是清が山県に組閣を強く勧めていたが、それが実現したら、どうなっていただろうか。あと五年、山県が生きていたら、どうだっただろうか、と本書を読むと山県を少しは好きになるか・も。

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2008年6月18日 (水)

井波律子『三国志演義』岩波新書、1994年

『蒼天航路』を読んでいたら、三国志本を読みたくなって、積読本から取り出す。

『三国志平話』の張飛が活躍する庶民的バーバリズムから、『三国志演義』の関羽や趙雲や文官が活躍するようになる士大夫的物語へという転換、もともと庶民的人気のあった劉備率いる蜀漢帝国がその後の漢民族の帝国が中原を離れた地方政権へと転落した様と重ねあわされて正統化される、というのは面白かったが、その他は特に真新しい発見はなく、鋭い指摘もない。

そういえば、三国志に関しては文学者や小説家が論じることがあっても、歴史家が論じることは少ないように感じる。中国古典史書は、やはり文学の興味範囲なのだろうか。

また、「歴史知識」とでもいえばいいところを「歴史認識」と書いてみたり、たまに用語法が気にかかる。

しかし、三国志マニアにはお勧めできないが、ゲームからファンになったような人には入門書として最適だろう。

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2008年6月14日 (土)

岡義武『近代日本の政治家』岩波現代文庫、2001年

最初の伊藤博文だけ読んで、その後ずっと積読していたものを再読。

本書は政治におけるリーダーシップの問題のケーススタディとしての評伝集だが、小ネタの宝庫である。

本書で現れる政治家の特徴を顕著に表す例として、訪問客に対する態度がある。伊藤は客が来ると自分は座布団に座り、客はそのままで豪放な態度で話をした。山県有朋は、袴を着けて端座し、こちらが座るまで「お敷きなさい」と勧め、座ると話し出す。伊藤は、見送りをするのは西郷従道だけであり、山県は必ず見送りをし、どれだけ遠慮しても襖までは見送る。普通ならば、伊藤は人当たりはいいが、人を道具としてしかみなさず、ブレーンはできるものの、用が済めば面倒を見ないという性格に対し、山県は人当たりは悪いが、面倒見がよく、山県閥が作られたのも納得のエピソードとしてとれる。しかし、これを読んだ際の私の反応は、背筋が凍り、「山県、こえ~」というものだった。何故でしょう。写真のなんともいえない空漠した目の男の気配りが逆に恐ろしく感じてしまうからだろうか。

また、原敬は、どれだけ討論して喧嘩別れしても、玄関まで見送り、工事中の道路に気をつけるよう微笑をたたえて、注意を促したり、議会通路で政敵にあっても微笑して目礼するのに対し、犬養毅は政友の面倒見はいいが、政敵とは目もあわせないというエピソードも二人の人物を表している。この二人ともに、政治を敵・味方に分けて行動する点は同じだが、原が大政党の党首になり、犬養は徐々に仲間が減っていったことの分岐だろう。

大隈重信は自分だけ大いに話し、客の話は情報のみ聞く。西園寺公望は客への人当たりはいいが、家人への態度は冷徹そのもの。

本書のこうしたパーソナリティから政治行動の相違を読み解く叙述は鮮やかだ。しかし、山県は怖い。

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2008年6月13日 (金)

小谷野敦『童貞放浪記』幻冬舎、2008年

前のパソコンが故障して、新規買い替えをしたら、ココログへのログインのアカウントとパスワードを忘れて、しばらく管理ページに入ることができませんでした。やっとメモを発見して、ログインしてみたら、意外や意外にこの弱小ブログにささやかながらコンスタントにアクセスがあったようなので、また再開したいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、再開にこの題名の小説である。収録作品は、表題作と「黒髪の匂う女」「ミゼラブル・ハイスクール一九七八」の三作品。帯には「100%私小説」とあるが、それを信じるとすると表題作では、以前、反売買春の論陣を張った著者(最近は容認派)としては意外なほど、若き性の疼きに耐えられず、ストリップやヘルスなどに通いつめていたさまを描いていて、『日本売春史』を上梓した著者の過去を赤裸々に語っている。また今週、25歳で童貞というだけで凶悪犯罪に走った者がいる中で(もちろん、要因はこれだけではあるまいが)、T大出だが童貞の30歳の大学講師である主人公の焦燥はあるものの、このように風俗通いで憂さを晴らしていたのは、きわめて健康的で、近年の著者の売春容認論もうなずける。冒頭の「「ソープへ行け」の一言のほうが、遥かに童貞を救うだろう」という一文は重い。それはともかく、前作『非望』もそうであったが、これだけ人の心を読めない、いや読まない主人公の造形は秀逸で、とてつもないリアリティを感じさせる。

「黒髪の匂う女」は、おそらく著者の論敵・佐伯順子氏をモデルとした人物との関係を描いた作品であるが、これはなかなか問題作で、主人公が大学教授で妻が一般人であるということでフィクションであることを強調しているが、帯の「100%私小説」を重視すると大変である。どこまで事実でどこまでフィクションなのか。完全フィクションであるなら、著者にここまで書かせてしまう佐伯氏はよっぽど魅力的な方なのでしょう。また、著者の恋心の執着心は恐ろしくも哀しい。

「ミゼラブル・ハイスクール一九七八」は、以前、著者のブログで書かれた暗黒の高校時代のいじめを描いた作品だが、ここまで地味でこれほどリアリティに富んだ高校生活を描写した小説も稀であるし、本当に秀逸な作品。収録作の中で一番面白い。

余談だが、著者は日本文学研究者ということで、言語表現の誤用を厳しく批判する人であるが、本作や他のところでも「確信犯」を「間違っているとは知りながらやってしまう人」のような場合にも使っているのを見かける。本来は「自分は正義で他のもの、社会が間違っている」というような宗教的、思想的「確信」をもって行動してしまう人を指す法律用語らしいが、こうした誤用「確信犯」が法律用語以外の場面で使われることが多いので、日本語として定着しているとの判断なのだろうか。どうでもいいことですが。

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2008年4月10日 (木)

入江昭『歴史を学ぶということ』講談社現代新書、2005年

本で家が狭くなってきたので、積読していた本を読まなければならない。それで目についたのが本書。著者は「歴史学会のイチロー」(服部龍二氏)と呼ばれ、米国外交史学会、米国歴史学会の会長を務めた入江昭氏。普通には、いまだ絶版になっていないと思われるロングセラー『日本の外交』中公新書の著者として知られているだろう。その著者が自伝と自らの仕事と現在について語るというもの。

本書を読んで分かったことは、入江氏の仕事が後代に与えた影響の大きさである。入江氏の研究スタイルは、外交史でありながら、政府関係資料にあたり、事件の経過を詳細に論じつつも、その為政者や国民の思想や文化的背景に焦点をあてたものであるらしい。つまり、当時の政府に関係した知識人や学者、マスメディアが、国際社会をどのように考えていたか、敵対する国に対してどのようなイメージを持っていたかを考察するものだ。これって、現在活躍している外交史研究者が、作を重ねるに連れて、徐々に思想史っぽい論文を次々と発表していることの原型を見るような感じがする。

また、なるほどというかお勉強になったのが、入江氏が論文指導を受けた際、これから読む文献リストを提出すると、指導者が一つだけに丸をつけ、「これは二時間かけて読む価値がある」として、あとは十数分の時間で読めばいいと教えたところ。これってかなり重要で、つまり一般の人が知識を得るために読むならば、すべて読まなければならないが、研究者はあくまで自分で資料にあたって自分の歴史を書かなければならない。だから、研究書は、この人がだいたい何を言っているのかを知れば、それで足りるのであって、すべて読む必要はないということだ。こういう読書法というのは、言われれば簡単なのだが、なかなか発想として浮かんでこない。私も目からウロコな感じで、こうすればより多くの本を読むことができるのか、と感じ入った次第です。入江氏が繰り返し述べているのは、事実は変らないが解釈は人それぞれだ、ということ。事実=資料は同じでも、解釈=論文は各人で異なるのだから、歴史家ならば自分で資料にあたるべしで他人の書いたものは参考に過ぎないのである。これはお勉強になりました。

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2008年4月 2日 (水)

田中秀臣『不謹慎な経済学』講談社、2008年

私がいつも読んでいるブログに田中秀臣先生のものがある。ご専門の経済から、漫画、韓流映画まで幅広い話題で読んでいる者を飽きさせないブログで、毎日チェックしている。その著者の新著ということで、遅ればせながら、読んでみた。いや、面白くて、最近、拾い読みばかりで、一冊すべてを読むのが苦痛になっていた私にしては、一気に読めてしまった。

論旨は明快、「経済学は役に立つよ」、「現在の日本を現在の経済学的常識で読み解くと、金融政策に問題があるんだよ」と、なるほど、日本ではずいぶんと専門家が重要視されない大衆社会なんだな、と思わせてくれる。しかし、論旨は明快なのだが、その論理や提供される情報とがピタリとあっているのか、よく分からず、曖昧模糊とした印象も持ってしまう。ブログでの文章は、分かりやすいのだが、どうもこの著者の書籍の文章は、易しい文章なのだが、分かり難いと感じてしまう。

それはさておき、経済学の方は詳しくない私がちょっと疑問だなと思える点を少々。まず、テロリズムに対して「民主的教育」や「経済的豊かさ路線」が意味をなさない、というのをクリューガーの研究によって、テロリストが経済的に豊かな層出身で、学歴も高いということを根拠に挙げている。しかし、これは考えてみれば、あたりまえのことで、政治的な主張(それが暴力であれ)をしたいというほどの人間は、ある程度の理論武装が必要であり、それなりの教育水準があるだろうし、政治活動するぐらいの暇がなければ、できないので、それなりの資産があるだろう。問題は、テロリスト本人にあるのではなく、彼らを英雄視する一般世論が彼らを下支えしているというところだろう。テロリスト対策に、「民主的教育」と「豊かさ」が役に立たないとすれば、これが行き届いた社会でもテロリストが生じる、ということになるだろう。もちろん、オウムのような例外はあるだろうが、彼らを支持する人々は、豊かな社会ではほとんどいない。結局のところ、テロリズムは社会の変容期にそれに対応できていない人々が、現状を変えようとする人々や、変りつつある先の社会で気楽に暮らしている連中への嫉妬によって、行われ、そして支持されていると考えた方が良いだろう。とすれば、米国が提示する「豊かな社会」が定着すれば、それが終ると考えてもよいような気がしてしまう。もっとも、その押し付けが良いか悪いかは別にして。

あと、「コンドームを買えない貧困層が増えれば、子供はすぐ増える」という都市伝説に対して、オーラルセックスがコンドームの代替として定着しているという論旨から、それを否定するというのもよく分からない。アメリカの調査では、性感染症への不確かな知識や「信念」によって、それは行われているというが、日本の調査は、ただ「口で何をしたことがあるか」を問うているだけで、それがセックスのすべてか、その過程での一行為かを問うているわけではない。オーラルかノーマルかの二者択一で普及しているかは、この調査では読み取れない。単純にかつての貧困層と今日の貧困層とでコンドーム購入に差があるかどうかを調べた方が話としては分かりやすい。もっとも、コンドームの生産数は落ちているそうだが、これが不況と関係しているかは分からないし、それが少子化に役立っているかも分からないが。

というように、面白いトピックはあるものの、それが内容との整合性があるかはよく分からないのだ。しかし、その面白いトピックを提供してくれる田中氏の博覧強記ぶりには感服してしまうし、良い刺激をあたえてくれるのは確かで、お薦めの本です。

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2008年3月28日 (金)

高橋洋一『さらば財務省!』講談社、2008年

「小泉改革」における司令塔・竹中平蔵氏の実務担当者として、「郵政民営化」「道路公団民営化」「政策金融改革」をデザインし、安倍政権では竹中氏を引き継ぐかたちで安倍晋三氏に任用された高橋氏の作品。これを読めば、「小泉改革」とは何であったか、安倍政権は何故つぶれてしまったかのある一面がわかるようだ。

これを読んでいると、マスコミ報道や同時代の評論などか、いかにあてにならないかが分かるが、現在において重要なのは、消費税増税によって財政再建を目指す「財政タカ派」と経済成長によって財政の健全化をめざす「上げ潮派」の対立ということになろう。著者は、いわゆる「リフレ派」と呼ばれる低インフレを導く金融政策によってデフレを脱却して経済成長を成し遂げようとする立場にある。現在、「財政タカ派」を代表するのは、谷垣禎一氏と与謝野馨氏で、「経済成長派」は中川秀直氏だ。著者の中川氏への評価は、マスコミ報道に比して著しく高い。森政権時のスキャンダルによって、大臣ポストへの道が遠い氏が、小泉・安倍政権で党役員として活躍したのは、記憶に新しいが、現在は福田政権を裏で支えているとはいえ、この二派以外のいわゆる守旧派が復権を果たした今精彩を欠いている。一方、「財政タカ派」はマスコミ受けもよく、谷垣氏はリベラル派を代表する政治家で現在も政調会長にあり、与謝野氏は麻生太郎氏の盟友であるから、麻生内閣においては重要ポストに挙がるだろう。

それを考えると、今後の福田内閣がどうなるかはわからないが、次期政権の可能性のある谷垣氏、麻生氏ともに「財政タカ派」の政権となり、消費税増税は避けられないようだし、現在混迷している日銀総裁人事もインフレ恐怖症の日銀人脈の中から選びたい民主党の意向を考慮すると、「成長派」に目はないようだ。そこで現在可能性があると考えられる「成長派」の内閣の首班とは誰か、ということになると、思い浮かばないが、小泉・竹中路線の象徴であり、中川氏の復権も見られそうな人物は、、

小池百合子氏

ということになる。これはずいぶんと怖ろしい予測だ。対テロ特措法の時に、「米国が怒るから、法案を通せ」となんとも情けない主張をした防衛大臣が首相になるのかと思うとさびしい感じだが、経済政策について未知数な分、高橋氏が行財政担当大臣、中川氏が財務大臣という形で振り付けも可能であろう。別に小池政権を待望しているわけではないが、高橋氏のような逸材が行政に帰ってくることを望むのなら、これが適当なような気もする。

まぁ、そんな先のことは気にせず、小泉・安倍時代を回顧するには欠かせない作品であるのは確か。しかし、題名は酷いな。

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2008年2月14日 (木)

山田風太郎『警視庁草紙 下』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の長編小説は、前半は多少退屈させて、途中放棄も可能なものもあるが、後半にいたるとまったく違う。面白すぎる。本作も、この傾向を持っており、正直私はこれが明治小説の中でもっとも評価が高いのに疑問を持っていた。読後も、『明治断頭台』や『エドの舞踏会』には及ばないものの、しかし、下巻にいたると加速度的に面白さが増し、傑作に入るものであろうと確信した。

こうした傾向の原因は、何かと考えるに、とりあえず私はあまりミステリーというか、殺人事件のトリックに興味がないので、序盤の人物紹介を兼ねた事件物を読んでも、それほど先が気にならないというものがあるだろう。私は、やはり歴史好きで、風太郎先生の人物描写の妙が好きなのだ。その点で、風太郎先生の後半からの作品は、途中現れた何気ない人物が、実は歴史上の人物だったのだ、という謎解きのような作品があり、これが面白い。作中現れる老巾着切り・むささびの吉五郎こと沼崎吉五郎が、伝馬牢の牢名主で吉田松陰の「見はたとい武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」で有名な絶筆『留魂録』を後世に伝えた人物であったということを描いた「吉五郎流恨録」は秀逸。というか、てっきり私は『留魂録』は、幕末の長州に送られて、彼らを鼓舞したものと思っていたら、明治9年に沼崎が松陰の弟子で神奈川県令だった野村靖に届けたことで世に出たとは知らなかった。自分の無知を恥じるばかり。

そこで語られる物語は、松陰に遺著を託された吉五郎は、三宅島に流され、それを守るため、笑い絵(春画)を用いて島民や同囚らをだますトリックを使う。このあたりはもちろん創作であろうが、エロティシズムが人間を混乱に落としいれ、秩序も創るという風太郎先生らしい群像劇が素晴しく、また島を出る際は連載中(1973年7月~74年12月)に起きた小野田寛郎少尉帰国の事件(1974年3月12日)を使っているのも面白い。

またたびたび現れていた妖女も実は明治の毒婦・高橋お伝で、彼女を主人公にした「妖恋高橋お伝」は、たった一度の殺人で「毒婦」にされてしまった女ををただの好色な女に変え、「毒婦伝説」を破壊している。といっても、風太郎先生は、お伝を貶める気持ちはなく、ただ性欲が旺盛な女として描いているに過ぎない。篠田鑛造編著『明治百話』の第一篇「首斬り朝右衛門」で最後の首斬り役人・八代目山田朝右衛門が、お伝を斬り損ねているエピソードをかつて夜鷹であったお伝と山田が関係していたとするのは、なるほどと思わせてくれる。

また秀逸な短篇「天皇お庭番」は、視点が旧幕臣で明治政府に反感をもつ主人公をあてている本作で、幕府側に著者が肩入れしているのかと思えば、作中もっとも残虐な犯罪を旧幕府のお庭番にさせていることで、必ずしも風太郎先生が幕府を持ち上げているわけではないことを示している。この作品は、お得意の忍法帖的手法で、一篇としても完成度の高い異質な作品となっている。

本作で、影のように現れては消えるもう一つの主人公は、大久保利通暗殺を実行した島田一郎ら4人である。彼らは、さまざまな事件に裏から関わってきており、主人公・千羽兵四郎らが、明治政府をからかっているだけで、やりたくてもやれないことをやってしまった影としての役割を果たしている。本作は、川路大警視を巨大な敵として設定しているが、その背後には、大久保がいる。まさに大久保時代を描いた作品であり、大久保・川路の権謀術数を辞さない力の政治と井上馨に象徴される金権政治との相克を描き、前者が敗れるものの、その謀略手法は生き残り、後年の破滅を予感させている。また、西南戦争を薩摩に恨みを持つ、会津や旧幕臣らを動員するために起したと思わせるラストも戦争による国民創出・動員体制を描いているような面がある。

こうして最後まで読み進めると、明治国家の縮図を明治初期に凝縮させる手法に圧倒され、山田風太郎恐るべし、という感を強くしてしまった。

登場する主な歴史上の人物

佐川官兵衛、黒田清隆、賀古鶴所、玉木真人、乃木希典、野村靖、浅井寿篤、高橋お伝、熊坂長庵、山城屋和助、山県有朋、柴五郎、山岡鉄舟、清水次郎長、清水定吉など(下巻登場のみ)。

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2008年2月 8日 (金)

井上勝生『日本近現代史①幕末・維新』岩波新書、2006年

一昨年、岩波新書がリニューアルされてからの順次刊行されている通史の第一巻をブックオフで購入。従来とは、異なり東アジアの中の日本という視点で、描こうということらしく、いってみれば「アジア的専制」のように評価の低かった近世社会を持ち上げることで、近代日本を批判的に考察するといったものらしい。

そこで、本書ではペリーと徳川幕府との交渉を丹念にたどり、これまでのように幕府外交は「軟弱外交とか無為無策とか」と批判されていたことは適当ではなく、幕府もかなり言いたいことは言っていたということを史料を駆使して描いてくれる。

しかし、帯にもあるように「日本開国期に、日本中が攘夷で沸きたち、そうした世論の中心に天皇・朝廷の攘夷論があったという維新当初から強調された、日本開国の物語」は誤りで、近代日本がつくり出した「神話」に過ぎないことを繰り返し強調しているのだが、この辺がよく分からなかった。というのもこの記述があるのは、「おわりに」であるが、同様の記述で「断固条約拒否で幕末外交の世論が沸騰し、それをうけて正論の朝廷・天皇が浮上するというよく知られた物語」も事実と異なっている、とされている(62頁)。ここの記述にいたるまでの過程は、要するに幕府は、現実的で時にはペリーらを抑えるような堅実な交渉をしたが、やらなきゃいいのに朝廷や諸大名に相談し、大名の多くは開国支持に回り、朝廷内の上級貴族も支持するが、孝明天皇一人が断固拒否を貫き、上級貴族もそれにひきづられ、平貴族たちは「尊号一件」の時にあったに過ぎない「列参(強訴)」をしてまで天皇支持を訴える。そして「よく知られた物語」批判にいたるわけだが、著者は従来の幕府外交が「軟弱」ではないことや大名世論が開国支持であったことから、「世論が沸騰」していないと主張しておられるようだ。それはそれで正しいと思うのだが、最後の平貴族の「列参」がくると、特に孝明天皇だけが頑張っているわけではなく、その支持者がいて、それが拡がっているのだから「天皇が浮上する」という「物語」もそれほどおかしなものではない、という印象を本書を読んでも感じてしまう。

そもそも一般的に理解される「物語」は、ペリー来航―幕府の朝廷へのお伺い・大名への諮問―天皇の不支持―幕府権威の低下・天皇の浮上―国論分裂―天皇を担いだ側の勝利―明治維新というものだろう。つまり、従来の忠誠の対象が、藩士→藩主→幕府であったのが、最高権力の動揺により天皇が浮上し、先にあるように大名も幕府に同調したため、藩士→天皇と忠誠対象が変ったという「物語」なのであって、大名世論が開国支持でもいわゆる「幕末の志士」、つまり下級武士がどのような世論を持っていたかを検証しなければ「物語」を否定することにはならないのではなかろうか。本書でも孝明天皇が頑張ってしまったために外交政策や国内政治が動揺したことが強調されているが、天皇一人だけではなく平貴族や下級武士がそれを支持したから、混乱したのだし、天皇が浮上してくるのだ。現実に幕府外交が「軟弱」かどうかは問題ではなく、「軟弱」に見られたということの方が問題だったのだろう。だから、「物語」を「神話」と断ずるには、冷静に事務を処理していた側ではなく、「物語」に酔ってしまった側から検証していかなければ、意味をなさないのではなかろうか。もっとも、そうした研究はあるだろう。西郷が「攘夷は倒幕の口実」といっていたのは有名であるし。

しかし、著者が攘夷の「世論の中心に天皇・朝廷の攘夷論」があったというのは「神話」と断ずるにしても、あまりに孝明天皇が「断固拒否」であることを強調しているために(事実そうなのだが)、やっぱり「世論の中心」は天皇ではないか、という印象をあたえてしまう。だから、「神話」を補強こそすれ、否定しているという文脈にとれず、何が言いたいのかよく分からない。

よく意図するところが分からないのだが、天皇が邪魔して幕府の堅実外交が機能しなかったということを強調して、天皇批判をするなら、それでいいと思うが、「開国の物語」批判の文脈では、あまりうまい手ではないような気がする。本書を読んでも孝明天皇が無茶なこと言い出したから、天皇が政治の舞台に浮上してきたんだな、と感じてしまうし、そもそも、もうあまり天皇を大きなものとして(「敵」として)みた歴史叙述にやっきになるのはやめた方がいいのではないか、という印象をもってしまう。

平成の御世になってから保守勢力は、天皇とは結びついていない。昭和期における保守は、おそらく昭和天皇が現行憲法に疑問を持っていただろうと思えたから、天皇支持と憲法改正は矛盾しなかった。しかし、今上陛下は現行憲法支持であるから、保守勢力はあまり天皇個人に興味を持っていないのだ。だから天皇を貶めたとしても保守勢力には大して打撃にならない。現在の保守が伝統的なそれとは異なってしまったというのに、「岩波」の新しい歴史通史が伝統的な枠組みで歴史叙述をしようとしているのが残念でならない。

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2008年2月 7日 (木)

山田風太郎『警視庁草紙 上』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の明治小説の第一作目。

初代警視総監川路利良を先頭に近代化を推し進める警視庁と、近代化が嫌いな元同心・千羽兵四郎、元南町奉行駒井信興が知恵比べをする。その周囲には、幕末に活躍した人々や明治の異彩たちが走り抜ける。

山田風太郎は、織田信長が好きだというように合理的な人間が好きだ。その一方で、明治維新によって創り出された近代国家の崩壊期に青春時代を送っており、その近代に愛憎の念を抱いている。そのためか、明治国家の評価はあまり高くないようだが、合理主義的で建設的な人物を好む風太郎先生は、川路利良という警察官僚を例外的に好んでいて、たびたび活躍させている。しかし、一方で明治国家に反抗する人物を主人公にあてたいという意識があって、この両者の対決を本作で描いている。勝利はするが、その合理精神の遺産は食い潰される運命にあるものと、大きな流れに抗しようとするが敗れていくもの。巨大な権力と敗れゆく者の対比が、風太郎小説のモチーフだ。

本作でも、このモチーフは維持され、軽快なストーリーと贅沢な人物配置によるミステリーを楽しませてくれる。まだ前篇であるから、ラストにみせる加速度的な興奮は味わえないが、時折見せる風太郎先生の人物本位の歴史観が面白い。例えば、明治の草創期は、西国の勝ち慣れた人物の活躍が目立つのに、昭和になると歴史に一歩ずつ「遅れて来る」、歴史的に負け慣れている東北人脈が現れてくるというように。

個人的には、「幻燈煉瓦街」の幻想的で美しい情景の描写が、何ともいえない情感をあたえてくれた。

登場する主な歴史上の人物

川路利良、西郷隆盛、駒井信興、三遊亭円朝、岩倉具視、武市熊吉、島崎直方、斎藤一、今井信郎、青木弥太郎、夏目漱石、樋口一葉、桜井直成、東條英教、下岡蓮杖、種田政明、唐人お吉、榊原健吉、上田馬之助、島田一郎、長連豪、杉本乙菊、脇田巧一、天田五郎、平間重助、沼崎吉五郎、細谷十太夫、永倉新八、幸田成延、幸田露伴、河竹黙阿弥、井上馨、田中儀右衛門、海後嵯磯之介、米内受制、板垣征徳、八代目山田浅右衛門、森鴎外など。

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2008年2月 1日 (金)

橋本左内/伴五十嗣郎全訳注『啓発録』講談社学術文庫、1982年

知人が、予備校講師になるというので、高校の教科書を手にお勉強していた。最新の歴史教科書は、どんなことが書いてあるのだろうと、私も手にとって見てみると、私の時代とはかなり違うなぁ、と。知人の教科書は三省堂のものを使っていたのだが、徳川綱吉の治世で文治政治に変ったとか、天和令を発布したとかはやったような気がしたが、この天和令が武家諸法度の改正であったなんて習ったかなぁ。最近は、「アジア・太平洋戦争」と言い表す向きもある「あの戦争」が、ゴシックで日本側は「大東亜戦争」、米国側は「太平洋戦争」と呼称した、とか、私の時は「大東亜戦争」は下段の注にふってあるだけだったけど時代は変ったなぁ、とも思うし、「慰安婦」でも「フィリピン女性など」と朝鮮半島出身の慰安婦よりも犯罪性がより確かな方を明示するなど慎重になっている。

で、気になった記述として、「橋本左内の影響で船中八策を坂本龍馬が起草」というような注があった。普通の記述では「坂本龍馬と後藤象二郎が起草」であり、私の認識では、大政奉還は大久保一翁、その他議会政治や憲法制定などは龍馬と親交があった横井小楠の影響だと思っていたので、「あれっ」と思ったのである。横井小楠は福井藩の政治顧問であり、橋本左内は藩主の補佐官のような立場にあった。で、その藩主が松平春嶽であるが、坂本龍馬は春嶽とも面識がある。そこで左内と龍馬はつながるわけだが、龍馬が春嶽に会う前に左内は刑死している。とすると、左内が横井に影響を与えたとなるのだが、そうだったんだろうか。

それで気になって手元にあった左内の『啓発録』を読んでみた。しかし、『啓発録』は左内15歳の時に書かれた著作であり、学問をする際の心得を記したものだから、船中八策に連なるものは見受けられないし、収録されている意見書なども学校制度に関わるものなので分からなかった。他のものにあたるしかないのでしょうね。

だが、本書自体は面白かった。先に書いたように『啓発録』は15歳という少年が書いたものとは思えないほどの作品であり、「去稚心」の「稚」は甘い物を好むと書かれてあって、いまだに甘い物が好きな私は「稚」のオッサンである。

それは、良いとして、収録されている書簡には、左内の外交政策について書かれたものがあり、そこでは現在の国際情勢では英国とロシアがトップランナーで、どちらかと同盟を結ばなければならないが、左内が選ぶのはロシアなのである。これが書かれたのは1857年でアヘン戦争の記憶が生々しい時期、英国は狡猾で貪欲で、逆にロシアは開国交渉で日本の要求を入れ、たびたび譲歩している点で、徳が高いと認識されていた。それ以前に蝦夷でたびたび紛争が起きていたが、それよりもこれらの外交交渉での誠実さがかわれたようである。ロシアへの認識が変るのは、おそらく1861年の対馬事件以降であるから、1859年に刑死した左内が存命だったらどのような反応をしただろうか。

左内は英国と結ぶとロシアと代理戦争をやらされると日露戦争を正確に予言しており、ロシアと同盟しても英国が戦争を仕掛けてくるが、同盟があれば勝てば良し、負けてもそれほどの被害はないとする。さらに米国とは、親善を基本とし、日露同盟と日米親善という日露戦争の日英同盟と逆の関係にあるだけで、その先見の明に驚かされる。

あと、左内は今後の改革について国家体制の変更は、その時々の「時勢」に左右されるが、国是は変えてはならないといい、その国是とは「尚武重忠」だという。左内は、「尚武」の根拠として、「三種の神器」の草薙の剣を持ってきている。たしかに剣が「武」とか「勇」であるのは分かりやすい。しかし、『神皇正統記』では剣は「知恵の本源」だったりするらしいので、「剣」=「武」という図式は左内が属した闇斎派の考えか、儒学一般がそうした解釈だったのか。『正統記』は、あまり影響力なかったのかな。

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2008年1月31日 (木)

松山巖『うわさの遠近法』ちくま学芸文庫、2003年

面白い。まさに小ネタ満載の著作で、著者の資料収集能力に頭が下がる。

冒頭の明治初期のうさぎ投機ブームなんて知らなかったし、識字率が必ずしも低くなかった日本で「血税」一揆など誤解に基づく混乱が起きたのは、明治政府の布達文が権威づけのために漢語を用いたから、という指摘は、そういわれてみれば、近世のものってもう少しカナ混じりでやさしいが、かえって今では分かり難いような文章だったような気もする。

毒婦を論じるところでは、山田風太郎でおなじみの女性たちが現れるが、明治に入ってからの毒婦の登場はある種の女性解放の主張ともリンクされており、20年代に入ると欧米思想が逆に「淑女の心得」のように女性を枠にはめる役割を果たすようになる。たしかに民権時代の女性闘士って、けっこういたように思うけど、その後の女性解放運動につながっていた感じはない。

また、明治以前の日本人は、ほとんどしゃべらず、目の色や顔の動きで理解していたというのも、なるほど新聞等で話題がなければ、話すこともないし、いわゆる日本人論の以心伝心みたいのはこの時代の残滓か、と思わせる。

また、自警団を論じるあたり、明治初期のキリスト教布教活動の青年会から徐々に警察組織の統制下に服していくあたりを読んでいくと、なるほど戦中の戦時体制もしくはファッショな体制に非常に適合的で、そうなるのもなるほどと思わせる叙述があったりする。あと、大杉栄殺害事件の真犯人は麻布第三連隊で秩父宮が在籍したため、甘粕正彦が身代わりにされたという説が「有力」という記述や、日比谷焼打ち事件が民衆の不満のガス抜きに桂太郎首相が策謀したというのは、本当だろうか。

本書に収録される様々な「うわさ」は、その時々の民衆が新しく直面して、どう対応してよいか分からない不安の対象をするどく抉り出す。明治では西洋人、科学、藩閥政府、大正期は芸術家、成金、朝鮮人、昭和期では天皇であり軍部、戦後は米国人、といったように。昭和になって天皇だというのもずいぶんと遅いようだが、おそらく、それ以前というのは天皇と政府はある意味別物として民衆に迫っていたのだが、昭和に入ると政府もしくは軍部の天皇利用がかなり露骨になってくるため、民衆側としても天皇も権威だけではなく権力として恐怖や不安の対象となってきたのだろう。私が一時期調べた印象でも大正期まではあまり雑誌記事で天皇を扱わなかったが、昭和に入ると格段に増えていったように思える。

現在では何だろうか。一時期は、規制緩和で外国人投資家が増えた時には、またユダヤ資本の陰謀とかあったけど、昨今の景気後退で日本市場に魅力がなくなれば、これもまた消えるだろう。次は何を不安に思うのだろう。

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2008年1月27日 (日)

山内和彦『自民党で選挙と議員をやりました』角川SSC新書、2007年

今度の某県F市の市議補選に知人が出馬するという。彼は、もともと政治家志望で、「政治学科」という部門に属していて初めて会った「政治家になる」と宣言した奇特な人物だ。

そういえば、私の地元では昨年、一つ年上のいじめっ子で不良だった奴も市議選に立候補し、あろうことかトップ当選した。私は特別な被害をこうむっていなかったが、人によっては複雑な思いをした者もいただろう。私も彼が関わっていたかは知らないが、彼の属していたグループの人間にリンチを喰らって、トイレからよろよろ出てきた同級生に遭遇したことがある。しかし、当選した市議センセイは、数年前から私が実家に朝方帰ると駅で「おはよーございます!」とやっていたのだから、立派なものである。幼稚園児の私の甥も幼稚園の門で挨拶する彼になつき、メールアドレス(!)をもらい、「ぼくは○○くん、好きだよ」といってたくらいだから、非不良の同世代以外の者にとっては、爽やかな好青年なのだ。

と、身近な人間で選挙に出るという者が出てくるのも自分が年を食った証拠かもしれないが、選挙っていうのが一体どのように行われているのかに少し興味を持って本書を手にした。

しかし、驚いたね。立候補者ってお金がかかるのね、と。政治家は金がかかるということぐらいは知っていたが、具体的に何に金がかかるのかは関わらないと分からないものだ。細かいことでは、あの演説者の象徴である拡声器は10万もするし、選挙事務所を借りるとなるとたった二ヶ月でも諸経費で200万、選挙カーは100万以上、掲示板に貼られる選挙ポスターはただだというが、それ以前の「政治活動」としてのポスターはやっぱり金がかかるし、ウグイス嬢もプロを頼むと日当1万5000円だそうで4人頼むと9日の選挙期間に54万。著者のように大政党がバックにあれば、政党が負担してくれるんじゃないのかと思えば、ほとんど自己負担。しかも、法定得票数を下回れば、選挙ポスターの公費も与えられない。著者が述べるように、これらの諸経費は著者が自民党という大政党からの出馬ということで、ある種見栄を張らなければならないという要請で金がかかるらしいのだが、よっぽどの風か、候補者に魅力がなければ、これぐらい金をかけなければ、有権者に認知してもらうことはできないので、当選は難しいだろう。また、一時は一つの就職先として地方議員というのが考えられたが、議員歳費のほとんどは地域の会合に出たり、冠婚葬祭に顔を出さなければならなかったりと、ほとんど自己負担。国会議員と違って、公設秘書もなければ、議員宿舎もなく、交通費も自己負担で、その中で次の選挙に向けての資金を確保しなければならない。これは儲からないね。

あと組織の動員力というのも、ずいぶん驚かされる。選挙の掲示板にポスター貼るのも、党員がやってくれる。本書にも書かれているとおり、いつまでもポスターが貼られていない候補って確かに泡沫候補と有権者に思われてしまう。組織あってこそ、公示後すぐさま貼られて、候補者として認知される。楽ができる分、上記のように支持者との交流をかかさないようにしなければならないので、面倒と金がかかるのはもちろんだ。私などには、まったく不可能だね。人づき合い嫌いだし、頭を下げるのも嫌いだから。あと、公職選挙法もずいぶん厳しすぎるね。こういうのもっと一般的に知られるようにした方がいいじゃないかな。

こうしたこまごまなことを一々書いてくれるのも、著者が「政治とは何も縁もゆかりもない」人物だから、そのおかしさに気づいてくれるからだろう。「政治活動」と「選挙運動」の違いの指摘など、お勉強になりました。

しかし、疑問が少々。著者の活動が映画になって、ベルリンで公開された際、日本の選挙活動が不思議に映って違和感があった、ということらしいが、ベルリン映画祭に来る人々は、そんなに地元の選挙活動などを知っているものだろうか。「僕らは当たり前に感じている日本の選挙運動」とは、我々日本の一般有権者にとっても「当たり前」なんだろうか。私はまだ映画は未見だが、やっぱりお祭騒ぎみたいで違和感を感じないだろうか。一般有権者が知っているのなんて、駅前の演説と選挙カーぐらいだから。たとえば、米国の大統領選挙なんて、もっとお祭騒ぎに見えないか。あと軽い違和感としては、著者が公募に薦められたのは、ある議員の選挙を手伝ったことから、ということらしいが、どの程度のかかわりかは知らないが、私のように政治活動は投票だけだ、というさらに現実の「政治とは何も縁もゆかりもない」者が普通なのだから、「何も」ないようには思えないのだが。。まぁ、これぐらいはない方なのかな。

自民党の方は、なるほどこんな感じかと垣間見えたので、民主党の方も見てみたものです。地主と中小企業の社長さんに支えられているのに対して、労働組合に支えられている方はどのような選挙戦を戦っているのだろうか。

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2008年1月19日 (土)

白岩玄『野ブタ。をプロデュース』河出書房新社、2004年

年明けからずっと風邪をひいている。37度の微熱が続き、時には38度を超えることがある。一週間前に病院に行って、処方された薬を飲んだが、一向に好くならず、今週もう一度行ったら、性懲りにもなく、先の薬から抗生剤を抜いた同じものを処方された。それで好くなるはずはない。前の薬が効かなかったから、もう一度来たのに同じ薬を出すとは、何考えてんだ。患者を治すことより、自分の判断を間違いではなかったと思いたいだけじゃないのか。それで、昨日違う病院に行き、水木しげるの漫画に登場するような顔の長いうすい顔した眼鏡の出っ歯の先生に処方してもらった薬を飲んで、ぐんぐん好くなってきた。ありがとう、水木先生。あんたは偉大だ。

と、いうわけで年明けからほとんど家で床に伏しながら生活していたために、学校を休んだ小学生さながらに漫画とテレビばかり観ていた。それで観ていたのが、再放送ドラマ『野ブタ。をプロデュース』。私は、ほとんどテレビドラマは観ない人間なのだが、体調を崩して本調子でないせいか、これぐらいしか楽しみがなくて毎回楽しく観てしまった。最終回はいただけなかったが。それで、ドラマと原作小説は、かなり違うらしいということを聞いて、病院帰りのブックオフで本書を購入。一気に読んでしまった。

しかし、本作は芥川賞候補にもなった作品らしいのだが、ずいぶんと語彙も少なく読みやすいのに驚いた。私の芥川賞受賞作品のイメージといえば、石川淳の「普賢」とかで「全然面白さがわからねぇ」というのが「文学」だと思っていたが、こういうのも候補になるのか。というより石原慎太郎「太陽の季節」のように選考委員が現在の10代というものの性向というものを感じとれるのが、対象となるということなのかな。

それはともかく、ストーリーは自分というものを他にさらけ出すことなく、「適度な距離で適度な愛を得られる丁度よいぬくいところ」を周囲との関係に創り出して人気者を演じている高校二年生「桐谷修二」が、編入してきた生まれながらのいじめられっ子「小谷信太」を今まで「桐谷修二」を創ってきた自分の能力を使って「人気者」にしてやろうとプロデュースしてやる、というもの。

ドラマでは堀北真希が「野ブタ」であったため、容貌ではなく、過剰な気味の悪いしゃべり方とかで表現していたいじめられっ子も、原作ではぺたりとした七三分けとブレザーのボタンがはちきれそうになる身体と脂ぎった顔で表現されているために、こちらの方が真実味がある。

しかし、本作の述べるところは、この見た目とか態度のような記号の「真実味」が、まさに「真」であって、「ホント」のところは誰にも理解されず、孤独に囲われなければならず、「虚」によって「真」をつくっていかなければならない人間関係のやっかいさをどう生きればいいか、といったところか。それが「虚」をプロデュースして「真」を創りあげるが、一度「虚」にかぶされた「真」が崩れれば、何も残らない「真」ではあるが、「虚(うつろ)」な「芯」しか残らないというラストとなっている。

たいていの作品は、映像化されたものを観てから原作を読んだほうが、ガッカリ感が薄まってよいものだが、本作の場合、ドラマの方もよくできていたので、原作読んでからでも十分楽しめるような気がする。もっとも、後味の悪い原作より、さわやかなドラマの方が好いというわけではなく、最終回一個前の回で夢オチで終わらせる悲劇的なシーンで終らせて絶望的なドラマにした方がより面白かったような気がするが。

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2008年1月 9日 (水)

大塚英志『「おたく」の精神史』講談社現代新書、2004年

某動画サイトで「坂本龍一」を検索していたら、何故か岡田有希子がひっかかってきて、見てみると、「教授」の大名盤『未来派野郎』の屈指の名曲「Ballet Mecanique」とそっくりの曲ではないか。で、調べてみるとどうやら坂本氏が岡田に提供した「Wonder Trip Lover」が最初で次にセルフカバーし、そして後に中谷美紀「クロニック・ラブ」とつながるらしい。

で、岡田有希子といえば、私にとっては「自殺したアイドル」としか印象がないのだが、なぜ彼女が自殺したのかなと思って目についたのが本書。ずいぶん前に買ったが積読していて帯に「岡田有希子」とあったのを思い出して読んでみたが、面白い。彼の編集者としての閲歴をみていくと彼が最初に手がけたロリコンエロマンガ雑誌の作家陣に岡崎京子や桜沢エリカと並んで中心となっていたのが藤原カムイだったというので、驚いた。しかも、その後、徳間書店に移ってから採用されたのが、『リュウ』というオタク系漫画雑誌で、その主軸は安彦良和『アリオン』だった。そして、80年代後半に角川書店で『魍魎戦記摩陀羅』を手がけている。『摩陀羅』は小学生の時に初めて読んだオタク系漫画でかなりはまってしまっていたし、藤原カムイは中学の時『雷火』や『ロトの紋章』、安彦良和は高校の時『ナムジ』を読んで以来、ずっと好きな漫画家だ。こう考えてみると私のマニア志向の漫画趣味のレールを敷いていたのが、部分的にはこの著者であったということになる。これは、彼に大恩を感じるべきか、道を誤らされたというべきか。。

本書で面白いのは、やはり彼が実際に携わったエロ漫画業界のあり方や、宮崎勤事件など回顧録的部分であるが、漫画表現の変遷を丁寧に読み解いてくれるのもありがたい。私などは、やはり漫画表現がある程度確立した時期から漫画読者になったわけで、当り前のように読んでいる、フキダシ以外の文字で心理描写をするなどの手法が少女漫画発祥で、その後スタンダードになったというような歴史を知らず、面白かった。

しかし、どうも著者は、「歴史」を描く方はかなり長けていて面白いのだが、現在に近づくにつれて少々どうなのでしょうか、というような部分も見受けられるように思えてしまう。宮崎事件へのかかわりにも見られるように、著者はその時々の活動はかなり衝動的にやってしまって、後で多少の後悔の念を感じるというパターンがあるようで、現在との距離のとり方に微妙なものがあるように見えてしまう。過去を描いているところは、本当に面白いのだけど。

あと、面白い指摘だな、と思ったのが、湾岸戦争に対する「文学者声明」というのがあって、それは「ニューアカ」としてサブカルチャーに入り込んでいた「文学者」たちが、自分たちの立ち位置をサブカルチャーの連中と区別するためのものだというのは、なかなか面白く、「おたく」文化を作ってきた世代が後続世代を「おたく」として揶揄して差異化をはかったという10年前の時代相に似ており、メディアにおける自分たちの位置づくりに腐心する彼らの姿が垣間見える。そういえば、かつて知識人の出版社とされていた岩波書店の『広辞苑』最新版の広告を見たが、そこには太田光や椎名林檎、美輪明宏、黒柳徹子、吉田美和の各氏の顔が写っていて時代の移り変わりを感じさせたが、そのうちまた彼らを切り捨てるのだろうか。

ちなみに本書の初出は『諸君!』で、本書が講談社現代新書。で、昨年、本書は朝日文庫に入ったらしいが、これは著者の立ち位置の変化なのか、出版業界の移り変わりなのか、ちょっと面白い。

また、著者はたびたび「確信犯」という言葉を「ウソだと分かっているけど、あえてやってしまう」という意味の誤用「確信犯」として多用している。この「確信犯」という本来「確信に基づいて行われる犯罪」という言葉が、「あえてやってしまう」の意味に変ったのはいつ頃のことなのだろうか。この言葉の変遷も、何かを心底信じることが不可能になった80年代という時代に生まれたなら、それはそれで面白い発見なのだと思うけど。

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2007年12月26日 (水)

小谷野敦『日本売春史』新潮選書、2007年

私はかねてから近代を相対化させるために前近代を称揚したり、「現在は犯罪も多く、政治家も小物になって昔の方がよかった」として、自分たちの子供時代や若き日を回顧して美化してみる態度が嫌いである。そんな中、小谷野氏の他の本で前近代を美化する傾向を批判したものとして『江戸幻想批判』がたびたび言及されていて、ついに手に入れて一読「あれっ?」という気になって肩透かしを食らったことをよく覚えている。何故そんな風に思ったかといえば、私がその本に期待したのは、前近代ではこれだけの人権侵害が行われていて、悲惨だったのだよということが史料を駆使して論じて、明治以後や現代と比較するものかと思っていたら、佐伯順子氏の「聖なる性」、つまり遊郭礼賛論への学問的批判に終始して、「江戸」の実態を読ませてくれるものではない、ということに落胆したからだ。あれはあれで、その「遊女礼賛」という学会での傾向を批判するには、よかったのだろうけど、佐伯氏の本を読んでもいなければ、遊女礼賛は現在のアイドルへの礼賛や風俗記事と変わらない話で他に女性が人に見られる職業が少なかったからそこに集中しただけだろう、と思っていた私にはガッカリさせるものがあった。

で、本書であるが、これもやはり前半は佐伯氏への批判が多くを占めてガッカリするが、他にも網野善彦などの売春起源論を批判するあたりは、なるほどと思わせ面白かった。その他、興味深かったのは、頼朝の義経をはじめとする兄弟への冷たい仕打ちは、自身が正妻の子であるのに対して、他は遊女の子であって、自分とは別物であるという意識が合ったという発想は私などには盲点だったし、性道徳の厳格化がアメリカ大陸から伝わった梅毒によるもので清教徒の発生もそのためだという説も合理的である。また、戦後において売春防止法が成立し完全施行した1958年8月には強姦被害件数が増えたというのも、なるほど少年犯罪のピークは、1960年頃であり、現在との相違が激しいのは強姦件数で現在の約9倍ほどあったというのはパオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』にあるとおりだ。

しかし、本書に残念だなと思う点は、やはり『江戸幻想批判』同様に江戸期の女郎の悲惨さがいまいち実態として見えてこないことにある。やはりそこは史料の限界があるのかもしれないが、遊里における妊娠・堕胎や性病の問題について少し詳しく書いたほうがよくはないか。たしか氏家幹人氏の新聞連載の文に(題名は忘れた)、江戸の住人の骨を調べたところ、調査対象のかなりの割合が梅毒に冒されていたとあり、梅毒発症者が江戸の町を闊歩していた様を書いていたと思うが、その媒介となったのが遊里であるならば、それに冒された女郎たちの末路を描いた史料もあるように思えるのだが。また、小谷野氏は「コンドームのない時代」の性行為がそんなおおっぴらに行われていたはずがない、と前近代の「性のおおらかさ」説をたびたびいろんなところで批判するが、何かの本で南太平洋の住民の生活に言及したところで、婚前の性行為は自由だが、妊娠は非難されるべき対象で、その相手とは結婚しないとひどい差別をうける、という記述があった。つまり彼女たちは、自分がいつ妊娠する時期にあるかを年長者に教えられたり、自分の体調を感知する能力があったということになる。こういうことが遊里の中で管理されていたのではないか、また近代人が忘れてしまった身体性というものが前近代にはあったのではないか、とも考えられる。このあたりを日本の売春史の中で論じたものはないのかしらん。

本書は、日本売春史であるが、小谷野氏の仕事はいつも学説史に近いものがあるように本書もその例にもれない。学説史は、通常、発表者順にたどるが、本書は通史に学説史を合わせたものになっている。単に「日本売春史」を知りたい向きには不満だろうが、学説史を知りたいならば、博覧強記の小谷野氏の本書は役に立つだろう。

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2007年12月21日 (金)

山田風太郎『妖説忠臣蔵』集英社文庫、1991年

妖説太閤記』があまりにも面白く、『忍法忠臣蔵』も「忍法帖」シリーズ屈指の傑作であったため、風太郎先生が「忠臣蔵」を忍法以外で料理するとどれだけ面白いものができるのかと期待し探し求めていた本書をやっと発見し、喜び勇んで読んでみたが、少々ガッカリ。期待はずれだね。

とりわけ冒頭の「赤穂飛脚」は、指令を受けた無頼者が赤穂藩への早打ちを襲うというもので、主人公のお銀のように色気のある美女も登場するということで、「忍法帖」風味のある作品であるが、あまり面白くない。短編だけど長いというだけで、ストーリーにそれほど入っていけず、吉良が領内で名君とされているが「どうせ年貢をウンとまきあげる方便だろうが」と辛辣に指摘しているのが面白いくらいで、退屈してしまう。本書で面白かったのは、貝賀弥左衛門を主人公とした「俺も四十七士」と「蟲臣蔵」ぐらいか。解説を読んでみるとどうやら、本書の単行本は7篇で、この文庫は作者の自薦の5篇が収録されているということらしいが、落とされた2篇の方が面白そうだな。しかし、初出をみると「殺人蔵」が『オール読物』1955年12月号で「赤穂飛脚(原題「走る忠臣蔵」)」が『面白倶楽部』1957年5月号で、その他はその間にあるとのことなので、これらの作品が傑作『忍法忠臣蔵』(1962年)につながったと思えば、悪くない試作品だったのかな、とも思えてくる。

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2007年12月12日 (水)

苅部直『移りゆく「教養」』NTT出版、2007年

昨年、『丸山眞男』でサントリー学芸賞を受賞した著者の新刊。といっても、新聞をとっておらず、情報の遅い私は先週発売していたことを知ったということで、少々読むのが遅れた。

いや、面白かった。途中、長野県飯田市の公民館の話でダレたのだが、その直後の第5章冒頭で「さて、この本をここまで読みすすめられた方のうちには、いいかげんしびれが切れた、とお思いの向きも、きっとあるだろう。」と述べられると著者にこちらの心理を読み取られているようで、怖ろしくなった。

それはさておき、「教養」といえば、現在の「教養崩壊」への危惧と大正・昭和初期の「教養主義」が思い出されるわけだが、戦前の「教養主義」も「教養崩壊」への危惧から生じたという指摘は、言われてみればそのとおりだろうが、ちょっとはっとする。本書の出色は、第4章前半の伝統の中から「政治」と「教養」を結ぶ試みをした和辻哲郎と丸山眞男への言及で、やはり著者の専門分野を活用した部分であり、著者の和辻論、丸山論を再読したくなるし、和辻や丸山への興味をかきたてる。

私も「教養」をつけたい、と日夜古典を読んでいる人間であるが、そこにきて本書第5章の「「教養」を通じての人格の向上をめざす姿勢は、他面で、「教養」の程度が自分より低い者や、「教養」を欠く者に対する蔑視と背中あわせである。」との指摘に、「人格の向上」などめざしているわけでもない私にも、ぐっと迫るものがあった。ここには、「教養」というものへの反省を促す契機があり、この本を読むような人にとって、かなりぐさりとくる叙述がつづくが、ジョージ・オーウェルの「絞首刑」を引用するところで、また読む者をあっと思わせないではいられない書き方をする。そこでまた読者に「ああ、俺も「教養」があったんだ」と思わせてくれる仕掛けを作ってくれている構成になっている。こういうところに単純な私など脱帽です。

結局のところ、「人と人とが生き生きとした交流を保ち、社会を円滑に動かしてゆくために」、「教養」は必要である、ということになる。つまり、単なる知識や情報ではなく、世界が独自の法則をもっており、また他者を他者として認め合いつつ関係性を保持する公共性を身につけるための準備として読書は何らかの役に立つということだ。何か、著者がこういうことをいうのは意外な感も受けるが、読書の意味を考えるにあたっては、本書はたしかに有用なものだ。

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2007年12月11日 (火)

山田風太郎『外道忍法帖』河出文庫、2005年

山田風太郎「忍法帖」シリーズの第6作目。初出は、『週刊新潮』1961年8月28日号~62年1月1日号。

天正少年使節団がローマ法王から下賜された百万エクーの金貨を中浦ジュリアンは、自分の死後313年に到来するキリスト教が国教となる国家に備えて隠した。その鍵は、15童貞女の秘所に隠された鈴に刻印された文字と、それを探すための十字架である。その十字架は、転び伴天連として公儀に仕えたクリストファ・フェレイラに託された。フェレイラから報告を受けた松平信綱は、主家再興の望みを抱く天草忍者15人を長崎に送るが、迎え撃つ15童貞女は大友忍法の使い手であり、また天下顚覆を目論む由比正雪も子飼いの甲賀忍者15人を送り込み、三つ巴の死闘が繰り広げられる。

これまで主要な「忍法帖」は読み終わり、講談社版の選にもれた本作にも手を出したのだが、うーん、これはどうなのでしょう。まぁ45人+αの忍者たちの忍法のバリエーションに凄さはあり、風太郎先生の挑戦には脱帽するものの、ストーリー自体はそれほど面白いわけではなく、登場人物が出てきたとたんに死んでいくという何とも味気ない小説になっている。踏み絵を考え出したという(ホントか?)フェレイラの存在を知ることができたのは、遠藤周作の『沈黙』を読んでいなかった私には儲けものでしたが。

登場する主な歴史上の人物

クリストファ・フェレイラ(沢野忠庵)、中浦ジュリアン、松平信綱、由比正雪など。

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2007年12月 5日 (水)

熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ』岩波新書、2006年

長らく積読していた本書をやっと読み始め、やっと読み終わったが、いやこれはダメです。本書が、悪いのではない(と思う)。私が哲学頭ではないです。

ここのところ、いわゆる「ソクラテス以前の哲学者」の断章からプラトンとひそかに読み進めていたが、アリストテレスの『形而上学』で足踏み。そう、本書はアリストテレスが「存在を存在として研究」するものとして哲学を指すように、存在論をテーマにして書かれているもの(でいいのか?)なので、私のように哲学史を知識として道具として欲しいような「知者の術」を求めるような輩ではなく、ちゃんと愛知者として物事を考えたい人だけに面白く感じるような代物なようである。いってみれば、これが面白い、また著者が求める「テクストとともに思考を継続する」ことができる人のためだけに書かれた「入門書」であり、これがダメな人は、この道はくるなよという選別をあらかじめ与えてくれる「門」として立ちはだかっている。

でも巻末の人物紹介や年譜は、ありがたいので、それぐらいの持っている価値はあるが、これを読める人間は、こんなもの読まずに原文に当たった方が、よかろうとも思える「新書」である。

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2007年12月 1日 (土)

乙一『The Book:jojo's bizarre adventure 4th another day』集英社、2007年

荒木飛呂彦原作『ジョジョの奇妙な冒険』第4部を基にした小説。『ジョジョ』20周年記念事業の一環で、出たそうだが、私は乙一氏という作家を知らない。奥付を見て、「1978年」生まれとあり、ずいぶん若いじゃないか、いや世間ではもうこれ位の年だと、十分活躍されているのかもしれない。

文体がとにかく読みやすい。小学校の頃、姉に借りて読んだ赤川次郎氏の小説を思い出した。と、いっても別に乙一氏が赤川次郎氏の影響を受けたというわけではないだろう。単に、私が小説は歴史小説と文学しか読まず、存命中の小説家のミステリー作家のものもほとんど読んだことがないので、思い当たる例がそれしか浮かばなかっただけだ。みんなこれぐらい読みやすいのだろうか。それともこの人は日頃小説を読まない人にでも読めるようにしているのだろうか。

内容は、見たものを何でも記憶してハードディスクのように貯め込んでしまうという異能のぶどうが丘高校2年生の少年が主人公。M県S市杜王町で奇妙な「殺人」事件が起こる。その第一発見者となった康一と露伴がその謎をとこうと追っていくが、その事件の背景には十数年前に起きたあるこれまた奇妙で凄惨な事件が関わっていた、というミステリー仕立てで展開される。各章が異なる時間、異なる視点で描かれ、康一が語り手となる文は、「ジョジョ」の世界からこの小説の世界を眺める視点となり、他の文では小説の世界から「ジョジョ」の世界に入っていく構図となっている。また「ジョジョ」ではたまに視点が敵側に移って、主人公たちが恐怖の対象、敵のような展開で表現されることがあるが、今回はそれに近く、億泰が中ボス、仗助が大ボスのような構図になっているのが特徴的だろう。またその他、由花子、トニオ、小林玉美などおなじみの人物が登場するが、間田が出てこないのは不人気キャラのさびしいところだ。

こんな感じなので、読みやすくミステリータッチで描かれるこの小説は、380頁ほどの分厚い本を思わせぬ気持ちで読ませてくれる。しかも、このカバーのない革表紙の本自体にも仕掛けがあって、読んでいる際、表紙を見返して「あっ」と思わせる工夫もされている。事件の動機や背景は、少年を主人公とする以上、この手の話でよくあるそれであることが、読後分かってくるが、読んでる時には気にならず面白く読ませてもらった。また、何といっても数枚みることのできる荒木先生の美麗な挿絵がたまらないッ!!これだけでも買う価値はある。オチは、夢野久作の「瓶詰の地獄」に近いといえば、わかる人にはわかるだろう。

今年は「ジョジョ」二十周年記念ということで、様々な派生品が生まれたが、本書はフリーソフト『ディアボロの大冒険』の次ぐ作品への愛情あふれるものとなっている。

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2007年11月29日 (木)

山田風太郎『お庭番地球を回る』ちくま文庫、2005年

ちくま文庫のシリーズ「山田風太郎・忍法帖短篇全集」の第11巻。初出は、1970年~73年までの「忍法帖」後期の作品群とおまけで64年の「忍法金メダル作戦」が収録されている。

山田風太郎の忍法帖は、ナンセンス小説である。本書解説の川出正樹氏も書かれているが、私も最初に『甲賀忍法帖』を読んだ時、「これはナンセンス小説なんだな」と思いながら読んだ。意味なんてないから、奇妙な忍術や異形な忍者が現れるし、読者に感情移入させる間もなく、登場人物を殺してしまう。ただ面白ければいいのだ。

本書に収録されている作品は、それ以前の長編や初期短編にくらべて、本格的な「ナンセンス小説」だ。「怪異二挺根銃」なんてのは、ホントに凄い。バカバカしい。人間の外面に表れている器官、手足はもちろん目や鼻(穴)、耳、乳房はそれぞれ二つづつくっついている。口も肛門と一揃いだ。それなのになぜ陰茎は一つなのか。「二本あればなあ!」と考えついた忍者の子孫に本当に二本ついてしまったという話。これをマジメ(?)に考察し、「ここまで考察した者は世界にまたとあるまい」と胸を張る風太郎先生。本当にバカバカしい。本作の副題には「津軽忍法帖」とあり、しかも「相馬大作事件」という藤田東湖らの水戸学に影響を与えた歴史的事件を題材にしている分、本格的な長編もかのうだったろうにと思われるが、地の文に風太郎先生ご本人も現れるし、まさに自分の作品までパロディにしてしまう余裕と「忍法帖」への決別の意志が表れている記念碑的作品である。しかも法医学の知識は小説のネタにはならないとのべる初期エッセイ(「小説に書けない奇談」)の題材を使っているところも笑える。

表題作「お庭番地球を回る」は、遣米使節団の一員としてアメリカに渡る元お庭番、村垣淡路守範正の活躍を描く話。冒頭のエピグラフに『旧事諮問録』が掲げられていて、そういえば、こんな文章を読んだ記憶があるし、村垣も日本人の異文化体験の引用に使われているのを読んでいたが、この二つが重なり合うことは私にはなかった。村垣淡路守って忍者だったんだね。そんな意外性にも笑ってしまったが、史実の中の風太郎先生の遊びに声を立てて笑ってしまった。

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2007年11月27日 (火)

羽入辰郎『マックス・ヴェーバーの哀しみ』PHP新書、2007年

ヴェーバーといえば、十年ほど前に首相だった小渕恵三が、たしか予算委員会で公明党議員の質問を受けて、「私の学生時代の愛読書は、マルクスの『共産党宣言』とヴェーバーの『職業としての政治』だった」と答えたことを思い出す。どっちも薄い本だなぁ、と思うと同時に、当時かまびすしかった「戦争責任」問題に関して、ヴェーバーの著作で「戦争の終結によって少なくとも戦争の道義的な埋葬は済んだ」と指摘していることを念頭においてのパフォーマンスかな、とも思った。現に小渕首相は、その後、未来志向の日韓関係を打ち出し、日中関係でも来日した江沢民国家主席(当時)の謝罪要求も何の波風も立てずに断った。これらのことを思い出すのは、ちょうどその頃、初めてヴェーバーの『職業としての政治』を読んだからだろう。

本書の著者は、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は資料操作のある怪しげな著作だ、と指摘して、羽入―折原論争というごく一部で大いに盛り上がった論争の当事者である。残念ながら、私はこの論争自体、今年になって知ったぐらいの耳の遠い人間であるし、話題の『マックス・ヴェーバーの犯罪』も読んではいない。また、略称『プロ倫』を読んだ時も、それほど面白いとは思わず、どっちかというと生産よりも消費に注目したゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』の方が、説得力あるし面白いなぁ、と思ったほどなので、ヴェーバー信仰とは縁遠く、羽入氏のことを知った時も、そういうこともあるかも、と何ら検証もせずに思ったものである。

本書の読後感は、「ああ、ヴェーバーって可哀そうな人だ」というもの。母親と価値観において反発しつつも、仲良くしなければならないという妙な強迫観念にとらわれ、逆らえなくなり、望んだ結婚はできず、結婚相手とも母の目を気にして性生活をおくれない代わりに目を盗んで愛人をつくったりしている。また、政治家であった父親のようになりたいと思いつつ、母親が怖くて政治家にもなれず、好きでもない学問の世界に入って精神に異常をきたす。精神が安定するのは、母親が死んでからだが、自分の人生を歩もうとした時に死んでしまう。で、例の『プロ倫』執筆の動機は、母親の「プロテスタンティズムの倫理」と父親の世俗的な「資本主義の精神」が、実は通低するものだったと論証するために書いたという。

こういう伝記的アプローチは私の好むところであり、ミルの『自由論』も人妻との恋に「人に迷惑かけない限り、ほっといてくれ」というために書いたらしいという話もあるからヴェーバーもそういう面があったことを指摘してくれるのは、面白くていい。

本書は、ヴェーバーの妻が執筆した彼の伝記を元に構成されている伝記的著作であるが、その着目点はいいとして、著者も認めるように資料がその伝記と書簡集のみという大論争を巻き起こした著者の待望の作品としては物足らない印象が残る。また、『プロ倫』の執筆動機も、「序」にある程度でほとんど論証されてはいない。おそらく次回作『学問とは何か―「マックス・ヴェーバーの犯罪」その後―』でその全貌が現れると思うのだが、本書で述べられている学問観を縷々述べられるというような著作ではないことを望む。しかし、PHP新書って編集がまずいのか、あまり面白く書かれていないよなぁ。。

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2007年11月22日 (木)

山田風太郎『明治断頭台』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の「明治もの」第4作目。初出は、『オール読物』1978年5月号~79年1月号(78年9月号休載)。舞台は、明治2年~4年の弾正台。

山田風太郎自身が、自信をもって薦める「明治もの」の傑作。

幕末維新期に外遊し、佐賀の乱の敗北後、江藤新平の逃亡にともなって捕らえられて処刑された香月経五郎の兄という経四郎を主人公に、経四郎がフランス遊学中に知り合ったフランスの首斬り役人サンソンの子孫エスメラルダの力を借りて、役人の汚職を摘発する弾正台を舞台に謎の事件を解決する探偵小説。経四郎の親友で補佐役が、川路利良。

正直、本書を読んでいて思ったことは、「俺って、ミステリー、そんなに好きじゃねぇな」ということ。本書解説の日下三蔵氏によれば「山田風太郎は本質的にミステリ作家である」とのことだが、私は風太郎先生の「ミステリ的手法」でストーリーを展開させることは好きなのだが、本格ミステリーとなると架空の事件、聞き込み、一筋縄ではいかない関係者、名探偵による複雑なトリックと動機の解明という流れに、結構どうでもいいなぁと思ってしまう私がいるのである。

しかし、本書を最後まで読むと「ああぁ!!」と思わせる最後のトリック解決編に息をのみ、この手のトリックの結構古い作品なのかもしれないとうなってしまった。そして、最後まで読むと本作が、ミステリーと「明治もの」の雰囲気、「忍法帖」的テイストを兼ね備えた山田風太郎の代表作であることが分かる。素晴しい作品だ。

この「明治もの」の凄さは、やはりこんなところであの人物が出るの!?という人物配置のうまさで、しかもそれが不自然ではないところにある。下には記さなかったが、『ラスプーチンが来た』に登場する二葉亭四迷・長谷川辰之助も名前だけ現れるあたりもにくいところだし、福沢諭吉を結構「奸物」である面も指摘しているところが面白い。風太郎先生は、独自に年譜をつくっていたらしく、そのためにこそ、このような人物配置を可能にしているのである。あぁ、私も見習わなきゃなぁ。

登場する主な歴史上の人物

福沢諭吉、川路利良、ひっつれの丹治、山犬の金兵衛、玉つぶしのお綾、東郷平八郎、海江田信義、吉井友実、品川弥二郎、尾崎行正、河野敏鎌、安岡良亮、江藤新平、香月経五郎、河上彦斎、中井刀弥雄、奥村五百子、鯉淵彦五郎、小笠原長行、ヘボン、岸田吟香、高橋お伝、内村鑑三、沢村田之助、小林金平、夜嵐お絹、高村光雲、雲井龍雄、山田浅右衛門、広澤真臣、野村三千三(山城屋和助)、青木弥太郎、山県有朋、桐野利秋、逸見十郎太、西郷隆盛、小原重哉

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2007年11月20日 (火)

山田風太郎『八犬傳』廣済堂文庫、1998年

今を去ること十数年前の歴史小説にはまっていた高校生の時、私は本書を書店で手に取った。これが山田風太郎の本を手にした初めての出来事だった。しかし、本書(当時は朝日文庫)裏のあらすじを読んで、「何だ、単なる八犬伝の現代語訳じゃないのか」と「実の世界」を描いているという部分にひっかかってしまい、そのまま置いてしまった。当時の私は、小説は歴史の知識を得るか古典を教養として読むツールに過ぎないと考える無粋な人間だったので、余計な物語がついている伝奇小説には興味を示さなかった。しかし、それはまったく誤っていた。本書は、最後には私を号泣させるくらい美しい大傑作だった。

本書を、山田風太郎作品の第1位に選ぶファンも多くいるが、私も同意である。面白さや中毒性といったものでは、『神曲崩壊』や「忍法帖」、「明治もの」など他の作品の方が上かもしれないが、作品としての完成度や美しさは他の追随の許さない、恐るべき小説だ。

本書は、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』の八房の活躍から犬江新兵衛の館山城攻略までの筋だけを追った現代語訳の「虚の世界」と、馬琴の伝記的な要素を持つ「実の世界」が交互に描かれる。その「実の世界」では、馬琴の相手として葛飾北斎や鶴屋南北、渡辺崋山が彼の前に現れ、芸術論を語り合う。そして痛快な「八犬伝」を描く馬琴の日常は、妻に罵られ、息子の行く末に苦悩し、偏執狂的に細かい馬琴の暗さが漂う、女中たちが一月で逃げ出す地獄のような家庭であった。

山田風太郎は、馬琴のように出不精で、「実の世界」とはまったく異なる「虚の世界」を描いた作家ではあったが、馬琴が「現実ではなされることのない勧善懲悪の世界」を描くことに生甲斐を感じているのとは異なり、北斎のように「かきたいからかく」とか、南北のように「荒唐無稽の中にリアリズムを描く」を志向している作家だ。本書に現れる文人たちは、作者本人の分身たちだ。そこで語られる芸術論は、まさに風太郎先生の作家としての意識が語られるようで、とにかく面白い。また、「八犬伝」後半の物語に破綻をきたしている点を老化のためと指摘するところなどは、70を越えて小説を書かなくなった作者の未来を暗示しているようにもみえる。

しかし、なんといっても終章「虚実冥合」だ。息子に先立たれ、目から光を失い、物語は破綻していく。そんな落魄していく馬琴に光を与えたのは、息子の嫁・お路だった。彼女は、「いろは」ていどの知識しかなく、馬琴の和漢の古典の博引傍証に溢れる「八犬伝」など分かるはずもないのに、口述筆記を自ら請け負う。そして、その苦闘のはてに馬琴とお路の間には「法悦の溶けあった世界」を生じさせ、「八犬伝」は完結する。この時、馬琴の地獄のような「実の世界」は、彼の描く怪異壮大な「虚の世界」のように神話的な荘厳さを彩り、「虚」と「実」は「冥合」した。そして、『八犬傳』という作品もまた見事に神話を描ききっていた。

この老人と未亡人との間に生じた神々しいまでのロマンテックな時間と空間、作者の二人への敬意にあふれるラストの描写は、何にも増して美しく、このような物語に十数年遅れて出会えたことを私は幸せに思う。

初出は、『朝日新聞』夕刊1982年8月20日~83年11月16日。

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2007年11月16日 (金)

『ユリイカ・荒木飛呂彦―鋼鉄の魂は走りつづける』11月臨時増刊号

ついこの間も「安彦良和特集」で「やってくれるじゃねぇか、ユリイカ!!」と思ったものだが、今月の臨時増刊号は、ナント「荒木飛呂彦」だッ!!

今年は『ジョジョの奇妙な冒険』連載20周年記念ということで、メディア露出が多いなぁ、荒木先生。十数年単行本を買い続けてきて、文庫版まで揃えてしまった私としては「最高に「ハイ!」ってやつだアアアアア」(ディオ)。

で、内容とはいえば、ネット上でずいぶん叩かれている「荒木飛呂彦×斎藤環×金田淳子」の鼎談の金田氏の「腐女子」的発言が話題になっているが、私はけっこうウケたね。この程度のことでドンびきしたり、怒りを露わにしたりするなど、世のジョジョファンというのは、真面目な方々が多いというのに逆に驚いた。あれだけ奇妙な世界観と変態的人物が総登場する作品のファンが、「異常な愛情」にそれほどの嫌悪感をもよおすというのは、まったくの意外事。だいたい20世紀以降の批評は、作品と作者との関係よりも、作品と読者の関係を重視する方向にあるわけだから、読者が作品を通して、どんなイマジネーションを生むかの方が意味のあることなのだ。荒木先生もまったく予想外の読み方を目の前で語られて、愉快だったのではなかろうか。しかし、まさか荒木作品で「やおい」ができるとは、彼女たちの想像力に脱帽です。というよりも、私の場合、『げんしけん』で「やおい」は部外者にとってギャグの文脈で読めるということを知っていたし、よしながふみの『執事の分際』というホモ漫画を読んで笑っていたから、金田発言も笑いの文脈で受け取れたのかもしれないけど。

しかし、まぁ、すべて読んだわけではないが、他の論稿も荒木大絶賛という感じで、凄いなぁ。「水滸伝や八犬伝などと並ぶ奇書」とか、「北斎、若冲との対比」ができるとか、これほどの作家がなぜ今まで大した評価の対象ではなかったのだろうか。

で、宇波拓「ユーロ・ロックについて」において、「ジョジョ」への白土三平『忍者武芸帖』の影響に言及にふれているのを読んで、はたと膝を打った。なるほど。荒木先生が、影響を受けた漫画家に横山光輝と白土三平氏を挙げているが、この二人の代表作『伊賀の影丸』と前述の『忍者武芸帖』は、山田風太郎の「忍法帖」の影響をモロに受けている作品である。これで、私が最近、山田風太郎にはまった理由が分かった。「ジョジョ」の下地があったから風太郎作品がストンと入っていけたのだなと。そういえば、「ジョジョ」の「スタンド」には「「強い」「弱い」の概念はない」(ディオ)といわれるように、一定して誰かが勝ち続けるというのはないのと同様に、「忍法帖」の忍法もどれだけ強い忍法も組み合わせや相手の知略によって敗れることがある。スタンドも忍法も能力に依存しているだけでは勝てず、本体=術者の能力がものをいう戦闘スタイルである。また、登場人物を作品後半になると惜しげもなく殺してしまい、生き返るという少年漫画の裏技を使わないことも共通し、インタビューの中で風太郎先生はニーチェの「永劫回帰」に関心を示していたが、「ジョジョ」第6部の敵役プッチ神父の最終構想は「永劫回帰」だ。また、『甲賀忍法帖』を読んでいて、同じ忍法が登場した時、「まさか!同じタイプ、同じタイプのスタンド」(ディオ)とつぶやいてしまったイタイ私がいた。うーん、今度「ジョジョ」ファンに出会ったら風太郎を、風太郎ファンに出会ったら「ジョジョ」を薦めてみよう。

最後に、今回『ユリイカ』で特集された背景の一つに米国の生物学雑誌『Cell』の表紙に荒木作品が掲載されたこともあると思うが、その功労者・瀬藤光利氏の文章も掲載されているが、こんなに嫌味なこと書くことないのに、、と思ってしまった。

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2007年11月 3日 (土)

山田風太郎『神曲崩壊』廣済堂文庫、1998年

大傑作。これは面白すぎる。

「実にくだらない原因」から核戦争が勃発し、地球は消滅した。その時、人類でたった一人、ダンテの『神曲』を読んでいた作家の「私」は、ダンテ、ラ・ロシュフコー、ラスプーチンをお供に地球滅亡により崩壊して奇妙な世界へと変ってしまった地獄世界を棺桶の馬車に乗って、旅をする。ダンテの導きにより、日本人の「私」に馴染み深い人物たちの地獄での生活を目の当たりにする。

初出は『週刊朝日』1986年10月3日号~87年5月1日号であり、明らかに『問題小説』1978年9月号~1987年2月号まで連載された『人間臨終図鑑』(私は、まだ読み途中)の普及版として小説化した作品である。『人間臨終図鑑』は、920人にも及ぶ歴史上の人物たちの簡単なエピソードと最期の姿を延々と描いた作品だが、本作に現れる地獄の住人の姿は、その臨終のエピソードの再現として表されている。360頁ほどの分量に登場する人物の豊富なこと、そして山田風太郎の各人への評価を見ることができる贅沢な作品だ。

本作で登場する人物は、山田風太郎の小説やエッセイに馴染み深い者たちで、ある種、本作は山田風太郎の総集編ともいうべき内容を持っている。ここに登場する人物たちをあまり知らない方には、他の風太郎作品で「勉強」してから臨むことが求められる読者の知識が試される作品だが、歴史好きだが「忍法はちょっと。。」とか、「ミステリーに興味なし」とかの方々には、まず最初にお薦めしたい大名著だ。

ちなみに本作は、登場人物の数々の大愚行を描き、各人をおおっている「神話」を次々に剥がしていくのだが、例外的に小栗虫太郎は「敗戦直後、メチール・アルコールが殺した、最も惜しい日本の天才の一人だった」と好意的に評価されている。これを読んで、私は、「風太郎先生も『黒死館殺人事件』はよく分からなかったんだなぁ」と思ってしまった。というのも、風太郎先生がもっとも尊敬する夏目漱石はかなりユーモラスな描き方なのに、小栗だけ「天才」というのは、腑に落ちない。やはり、他の人物もそうだが、ある程度世間の評価もあり、風太郎先生も理解できた人物は、そのような評価を前提として辛辣に描けるのだが、小栗のように有名ではあるが作品の評価となると一部の人が最大の賛辞を与えるわりには、読んでもよく分からない人を辛辣に描くにはどうもやり難いと感じたのではないだろうか。かくいう私も10年近く前に澁澤龍彦(彦は旧字)が『偏愛的作家論』で大絶賛していたのをみて『黒死館殺人事件』を読んでみたが、さっぱりその良さが分からず、今では犯人が誰かぐらいしか覚えていないくらいになってしまった。ただまぁ、日本三大奇書にも選ばれているし、そのぺダンティックな叙述に小栗は「天才」なのかなぁ、と思ってしまっているだけである。だから、風太郎先生がこういうふうに描いたのも分かる気がする。もっとも、他のところで評価している文があれば、撤回しますけどね、この邪推。

登場する歴史上の人物

ダンテ・アリギエーリ、ラ・ロシュフコー、ラスプーチン

飢餓の地獄

正岡子規、高浜虚子、夏目漱石、芥川龍之介、石川啄木、金田一京介、永井荷風、尾崎放哉、辻潤、乃木希典、乃木静子、河上肇、山口良忠、難波作之助、コルベ、マハトマ・ガンジー、沢庵、俊寛

飽食の地獄

小島政二郎、壇一雄、吉田健一、山本嘉次郎、獅子文六、子母沢寛、久保田万太郎、梅原龍三郎、谷崎潤一郎、松山善三、高峰秀子、林芙美子、近藤日出造、大宅壮一、徳川家康、佐藤栄作、山岡屋荘八、北大路魯山人

酩酊の地獄

小栗虫太郎、若山牧水、稲垣足穂、種田山頭火、梶山季之、江利チエミ、高倉健、田中角栄、黒田清隆、田沼意次、田沼意知、平賀源内、岩崎弥太郎、山岡鉄舟、エドガー・アラン・ポー、ポール・ヴェルレーヌ、ロートレック、ゴッホ、ユトリロ、カント、横山大観、井伏鱒二、李白、古今亭志ん生

愛欲の地獄

源義経、静御前、藤原道長、玄宗、楊貴妃、清少納言、長谷川一夫、レセップス、ヴィクトル・ユゴー、クレオパトラ、マリリン・モンロー、小林一茶、松永安左エ門、広沢虎造、柳家金語楼、菊田一夫、川口松太郎、川上宗薫、木村荘平、徳川慶喜、徳川斉昭、徳川家斉、豊臣秀吉、始皇帝、伊藤博文、有島武郎、波多野秋子、藤原義江、近松門左衛門、嵐寛寿郎、竹久夢二、東郷青児、ジアローモ・カサノヴァ、太宰治、村岡伊平次、小平義雄、大久保清、阿部定

嫉妬の地獄

岡倉天心、九鬼波津子、岡倉基子、荒畑寒村、幸徳秋水、菅野須賀子、北原白秋、松下俊子、北原幸子、神近市子、伊藤野枝、大杉栄、松井須磨子

憤激の地獄

三田村鳶魚、石川達三、徳田球一、磯部浅一、東郷茂徳、宇垣廛、井上成美、桐生悠々、黒沢明、勝新太郎、溝口健二、浅野長矩、吉良義央、田中絹代、井伊直弼、藤田東湖、大塩平八郎、田中正造、織田信長、明智光秀

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2007年10月27日 (土)

今週の読書

今週は少々時間がなくて、一冊一冊を書くことはできず、まとめて書いておく。そもそもこれって備忘録のつもりで書いているわけだし。

山田風太郎『あと千回の晩飯』朝日文庫、2000年(単行本1997年)

山田風太郎の晩年のエッセイ集。70を越え、身体に様々な不調を訴えるようになり、「晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろう」という朝日新聞に連載された表題作や、月刊誌や産経新聞に掲載されたエッセイを収録。長生きなどするものではないといいつつ、糖尿病を患って入院したりなど、老齢の恐ろしさを感じさせ、また、若き日のエッセイには面白いものもあるのだが、小説を書かず、本も読めなくなった山田風太郎が大して面白くもないエッセイを書き綴っている様が、また怖い。しかし、『人間臨終図鑑』を書いた作者の漱石や正岡子規の小ネタなどは面白く、またたまに飛び出す警句や『青春探偵団』の下ネタは自分の中学時代の思い出であったことが確認できたし、昭和美人番付の1位が美智子皇后というのもおかしみがある。「太平洋戦争」の再評価がなされない現状や靖国に政治家が尻込みしていることを「意外」としたり、移民容認を将来の禍根としたりするなど、後は死ぬだけで何を言ってもいいという虚飾を脱いだ「戦中派」老人の生の言葉にふれる事ができるのは興味深い。

山田風太郎『かげろう忍法帖』講談社文庫、1999年

1960年代の忍法帖短編集。「忍者本多佐渡守」が秀逸。一度は裏切りつつも、後に家康最大の謀臣となった本多正信という謎の人物を次代の謀臣土井利勝の目線で描き、そのはかりごとのテクニックを身をもって伝授する様が見事。他の短編も予想のつかない展開で山田風太郎の短編作家としての力量を十二分に堪能できた。

山田風太郎『野ざらし忍法帖』講談社文庫、1999年

『かげろう~』同様に1960年代の忍法帖の短編集。冒頭の「忍者服部半蔵」は、忍法帖シリーズで主人公たちにしてやられる服部正広が、服部半蔵を襲名する出来事を『忍法八犬伝』や「忍者本多佐渡守」でおなじみの「大久保長安事件」をモチーフに、地位によって人は変わるということを描いている。しかし、この地位というのも忍法の許された世界では、家康への忠義と「服部半蔵」という名の組み合わせに初代が忍法をかけたともいえるつくりとなっている。『かげろう~』収録の「「今昔物語集」の忍者」と同様、本書にも「甲子夜話」の忍者」というエッセイが収録されており、どちらも紹介された古典を読みたくなるような秀逸なエッセイ。こういうネタにされているものを読者に興味を持たせるものをいいエッセイというんだろうなぁ。

竹田青嗣・西研編『はじめての哲学史』有斐閣アルマ、1998年

私のようなド素人が、不分明な業界に手を出すには、まずはこのシリーズを手始めにした方がいいということで、積読してあった本書を掘り出して読んでみた。助かりました。大体、フッサールぐらいまでは輪郭がつかめた。しかし、例によってハイデガーでつまずき、現代哲学はページ数に比べ、あつかう人物が多すぎるために理解が滞ってしまった。そして、分かったのは哲学を学ぶにはいきなり原典ではなく、哲学史を学んで過去の課題がその哲学者にどのような影響を与え、それを当面の課題に則し、どう乗り越えようとしたか、を理解しなければならない、という点。やはり哲学史は重要で、過去を順に追ってかなければ、哲学者を了解することはできない。当面、私の研究に必要そうなのはヘーゲルとニーチェのようだ。これを読むのも骨が折れそう。。また本書の軸となる哲学者は、ヘーゲルとニーチェとフッサールのようで、それ以後の哲学に関しては厳しい評価のようだ。編者の名を見ても分かる気もするが。

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2007年10月19日 (金)

山田風太郎『忍法八犬伝』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第12作目。初出は、『週刊アサヒ芸能』に1964年5月3日号~11月29日号まで連載。

「里見八犬伝」の物語から150年後、里見家に代々伝わる「仁義礼智忠信孝悌」の八顆の宝珠が、「狂戯乱盗惑淫弄悦」の珠にすり替えられた。これは、宝珠を徳川家嫡孫家光に献上する約束であった里見家を取り潰そうとする本多正信と服部半蔵の陰謀であった。そこで甲賀に修行に出ていた八犬士の子孫に奪還を要請するが、彼らはすでに忍者修行を放り出し、江戸近辺で乞食や女郎屋者、盗賊、軍学者などとなり、里見家への忠義など眼中にない自由な生活を送っていた。しかし、彼らが恋心を抱いていた里見忠義の正室・村雨の登場により、忠義ではなく奥方に「いいところを見せたい」との一心で伊賀女忍者8人から宝珠の奪還を企てる。

ストーリー展開としては、自由を謳歌しつつも一人の姫の登場で命を散らす第9作『風来忍法帖』と同様で、忠義に興味がないという点で第7作『忍法忠臣蔵』の主人公を思い出させる。この忠義ではなく、一人の「姫」のために闘うという構造は何なのだろうか。ここに私は『妖説太閤記』同様に林房雄『大東亜戦争肯定論』の影を見てしまうのはうがちすぎだろうか。

本作の主人公たち一族は、八犬士の名をそのまま引き継ぎ、また父親たちは宝珠の銘そのままに道徳の鬼たちだ。それに若い彼らは反発し、甲賀修行を安房から抜け出す口実として利用している。そのような彼らだから里見家という家=国家に忠義立てするような意識はまるでない。しかし、大久保家から嫁いできた村雨という「姫」のためなら死を厭わないという意識をもち続けている。つまり、忠義のような抽象的な観念のために彼らは死なず、「姫」という具体的な人格への「恋」のために殉じているのである。これは、「戦中派天才老人」山田風太郎として、「大東亜戦争」に散っていった同世代の若者たちの心象を描いたものといえないだろうか。

八犬士の父親たちは、忠義に凝り固まった堅苦しい人物であり、自らを里見家という国家との一体感を当然のようにもち、宝珠を奪われた際の追撃戦では獅子奮迅の働きをしながらも、お家に迷惑をかけたとして悄然として腹を切る。彼らは、里見家と自らを一心同体と見て、それに喜びすら感じている。これは夏目漱石『それから』の主人公の父親のように明治国家に一体感を持つ明治人の心象である。しかし、『それから』の主人公の同世代の者たちは、明治天皇に殉死した乃木希典を嘲笑し「恥」とみる意識に変化していた。そして大正期には、国家を人民から外部化して権力機構とみる考え方が一般的となり、国家を自らと一体化してみる意識は希薄になっていった。そして、国家主義の再台頭を招いた昭和期に入ってもこうした大正期の精神はエリート層にはまだ残っていた。山田風太郎は、東京医科大学出身のエリート層に属し、彼自身やその友人らにも国家への愛着はあるものの、それがために死ぬことに違和感を感じた者も少なくなかったはずだ。さらに戦後になると彼らの死は、狂熱的な国家への忠誠という抽象的なものに浮かされた犬死と解されることもあり、山田風太郎はそれにも違和感を感じたのではないだろうか。

人は何のためになら死ねるか。「忍法帖」の登場人物たちは、次々と死んでいくが、その死を選ぶ動機として、最初に権力者たちの命令があるものの、最終的には彼ら個人の誇りのため、「女」のために死ぬという設定がなされる。そのために彼の小説には、忠義のような抽象的な観念のためにではなく、魅力的な「女」や「男」が配されている。これは、山田風太郎の友人たちや同世代の若者たちの死が、国家の命令という権力に強いられた状況の中で、「悪」の国家ではなく、具体的な「誰か」のために命を燃やしたのだとする、「戦中派」の主張なのではないだろうか。ましてや命令した国家が「悪」とされる中で、彼らが国家のために死んだのでは、まさに犬死だ。それを本作の八「犬」士たちの「死」を「恋」のために死んだとすることで、同胞の死を犬死にさせないという意志が見られるように思える。

しかし、本作のヒロイン村雨は、単に彼らの「恋人」でないことも暗示している。それは、この村雨という人物は、八犬士たちの死を同情しつつも彼らが里見家への忠義のために死ぬことを当然と考える無垢ではあるが冷酷な一面を持っている人物として描かれている。村雨は、あくまで無垢であり、そこに何らの悪意はない。しかし、結果としてみればお家大事という大義のために家臣が死ぬことは当然と考える冷酷さがある。これは、実像ではなく、一般庶民が感じていた昭和天皇像と類似してくる。つまり、村雨というキャラクターは、「大東亜戦争」に散華した兵士たちの個々の「恋人」像でもあり、一方で天皇像をも重ねあわされた人物でもあるように思える。

ところで、本作では無事に八顆の宝珠は、無事に村雨のもとに戻り、里見家の安泰は約束されたようにもみえるが、実際は失脚した大久保忠隣の正室を迎えた安房里見家は改易され、伯耆国倉吉藩に移され、忠義の死により、里見家は滅亡する。その時に主君に殉じた八人の家臣を「八賢士」と呼び、曲亭馬琴『里見八犬伝』のモデルになったといわれる。本作の結果的に「お家にために」死んでいった八犬士のモデルもそこに求められるだろう。

登場する主な登場人物

本多正信、服部正広、里見忠義、正木頼忠、印東房一(印藤采女として)、小幡景憲、織田長益、庄司甚右衛門、大久保忠教など。

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山田風太郎『くノ一忍法帖』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第4作目。初出は、『講談倶楽部』に1960年9月号~61年5月号まで連載。

大阪夏の陣による大坂城落城後に救出された千姫の侍女の中に、真田幸村は配下信濃女忍者を潜ませ、しかも彼女たちに豊臣秀頼の胤を身籠らせていた。それを知った徳川家康は、服部半蔵下の伊賀忍者に千姫に知られることなく彼女たちの暗殺をするように命じた。しかし、豊臣家への愛敬の念を持つ千姫は、祖父家康に挑戦状を叩きつけ、伊賀忍者とくノ一5人の死闘が始まる。

本作は、後にVシネマとして映像化され、風太郎といえば忍法帖、忍法帖といえば『くノ一忍法帖』というイメージを忍法帖ブーム後の一般の人々に植えつけた作品である。

で、作品はといえば、それほど面白いものではない、という印象が残ってしまった。それは、どうした理由であろうかと、考えてみたが、私のように無粋な大衆小説読者としては、やはりどちらかに肩入れして、感情移入しつつ読まなければ、物語の世界には入っていけない。そこで巧みな技巧を凝らした忍法やストーリー展開があっても、中に入っていけなければ、「ふんふん、へー」ぐらいなものである。本作の主人公たる千姫は、それほど魅力的ではないし、くノ一たちも豊臣家や千姫への忠義のために敵以外の者にどれほど犠牲が出ようとかまったものではない。暗殺グループの伊賀忍者たちも敵役だけあって、こちらの気持ちを入れていくわけにはいかない。そして、豊臣にも徳川にもそれほど、入れ込んでいない私には、どっちが勝とうが知ったことではない、という風に読めてしまうのだ。まったく小説の楽しみ方を知らないダメな読者の典型のような読み方ではあるが、そんな作品に読めてしまった。一方で、これもやはり忍法帖をこれまで読み続けてしまって少々この世界に慣れてしまって、これぐらいの作品じゃ物足らなくなった、ということの表れかもしれないが。

また、本作には千姫の助っ人として徳川頼宣が登場するが、ここで現れる颯爽とした若武者がまさか『魔界転生』において、魔に魅入られる暗君になろうとは思わなかったであろうが、本書のラストでそれにつづくであろうオチをつけているあたり、風太郎先生の力量はさすが、といえる。

本作に登場する服部半蔵は、『甲賀忍法帖』、『忍法八犬伝』と同様に正成の第三子正広である。この正広は、長兄正就と次兄正重の失脚後、後を継いだとされるが、実際にこの時には伊賀同心の頭領ではなくなって、僧になったといわれている人物である。だから、頭領と伊賀忍者ともどもどうも頼りなさが目立ち、伊賀忍者時代の終焉を感じさせる一抹の寂しさを彼から感じてしまう。

登場する主な歴史上の人物

徳川家康、服部正広、真田信繁、千姫、坂崎直盛、徳川秀忠、春日局、徳川頼宣、庄司甚右衛門、安藤直次など。

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2007年10月13日 (土)

谷川徹三『哲学案内』講談社学術文庫、1977年

最近、自分の研究を進めるにあたって、哲学史の知識が必要だなぁ、と痛感している。私は、これまでも西洋哲学に関する本を読んできたが、どうも哲学用語とか、背景となる知識が不足していて、読んでも理解できないし、頓挫してしまうことが多かった。というわけで、そういう時は基本に戻ろうと積読してあった本書を取り出した。

本書は、本編80頁ほどの大変薄いものだが、内容は本当に充実している。おかげさまで、ディルタイの哲学(世界観)の三類型、アトムとイデアの対立が後の哲学史に与えた影響、プラトンの哲学が形而上学と認識論と倫理が分かちがたく結びついていて、そのくびきを断って形而上学を外において認識論的概念である観念論を重視するカントの画期性がやっと理解できた。

本書でも述べられるように、あらゆる学問は哲学に端を発し、そこから自立していく親と子との関係(産み育ててくれたが、成長するにつれ小馬鹿にし、そのくせ困った時には立ち戻って甘える)にある。これを読んだ時、私も行き詰った時は哲学に帰り、読んでインスピレーションを受けながらも忘れていく過程を繰り返しているなぁ、と。本書は、現在、入手困難なようなので、古本屋で見つけた際は、迷わず購入することをお薦めします。

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2007年10月12日 (金)

山田風太郎『妖説太閤記』講談社文庫、2003年

山田風太郎の唯一とも言える戦国時代を真正面からとらえた「歴史小説」。初出は、『週刊大衆』にて1965年10月2日号~66年12月29日号まで連載。

蜂須賀小六率いる乱波集団・蜂須賀党に属する「猿」と呼ばれた少年は、その容貌の醜さから女にもてず、「戦利品」である女にすら拒絶されつづけ、安女郎や他の仲間たちに使い古された女しか抱くことができない。その後、蜂須賀党から離れた「猿」は、彼らに狙われた姫君に一目惚れして一行を助ける。その姫君こそが、織田信長の妹・市姫だった。その市姫の近くにいたい、自分のものにしたいと考えた「猿」は織田家に仕える。「藤吉郎」と名乗るようになった「猿」は、出世して市姫に近づくため、邪魔者を次々と陰謀によって葬り去っていく。それは、主君・織田信長も例外ではなかった。

山田風太郎の時代小説は、虚実入り乱れ、「実」を丹念に検討した上で、奇想天外な「虚」の世界を形作っていく。本作は、通例とは異なり、「実」をメインに据えた作品である。しかし、ただ「実」を延々と述べていくのではなく、ミステリー的手法を用いて、秀吉の陰謀の密談に多くのページを割いている。「忍法帖」では、最初に実在の権力者たちの陰謀が語られ、それを実現するために忍者が使われ、その忍者たちの死闘がメインに据えられている。本作では、その忍者の部分をカットして陰謀の部分が語られているのである。つまり、『甲賀忍法帖』では後継者争いに忍者を使うことを進言する天海と家康の密談、『伊賀忍法帖』では松永久秀の野心を遂げるために根来忍僧を使うことをそそのかす果心居士と松永の密談、というような部分が次々に述べられていると考えていい。本作で忍者の役割を果たすのは蜂須賀党であるが、彼らの活動はほとんど見えてこない。蜂須賀小六は、秀吉の出世に絶大な役割を果たしているが、その活躍は具体的な記述として表れてこないのだ。これが、「忍法帖」を異史とすれば、本作は正史と位置づけられるところを作者自身が意識的に書き分けていることが表れているところだろう。

本作は、類希な知能と行動力を持った「もてない男」が、権力を握ろうと画策し、独裁者になった場合、どうなるかを描いた小説だ。その文体は、淡々としてしかも暗い。主人公・秀吉も、読者にしてみれば「早く死んでくれ」と思わせるような醜悪で危険な人物として形づくられている。甥の秀次とその妻妾への残酷ともいえる仕打ちは、「もてない男」の「もてる男」と「もてる男」に惚れる女への復讐だという解釈は虚をつかれた感がある。この「もてない男」秀吉が、自分より上位のしかも少女を好む性癖を持つという解釈は、なるほどと思わせ、この現象は現在にも見られるようだから、山風の人間観の秀逸なところだろう。

この秀吉解釈は、大変説得力を持ち、単純な私などもはやこうした目でしか秀吉をみられないほどだが、本作の見所の一つとして山田風太郎の歴史観のようなものを見ることができるところにある。例えば信長の死について、「とりかえしのつかない不幸であった」と述べ

「彼は恐るべき人物であった。しかしそういう人間でなければできないことを彼はしてのけた。「若しも」という仮定は、歴史を見る上で無意味であるが、国家制度の近代化という点はもとより、のちに秀吉が失敗した大陸進出も、若しも信長が生存していて彼の手で行われていたら、或いは或る程度成功していたかもしれない可能性がある。当時の宣教師でさえも舌を巻いた彼の世界の大勢に於ける適確な知識、南蛮渡来の兵器に対する旺盛な吸収力、その天性の非常なばかりの合理性などによってである。/大陸や南方への進出を侵略というだけの見地からみる現在ただいまの風潮からすれば論外の見方ではあるが、しかし現代ヨーロッパの驚くべき豊饒な文明の基礎をなしたものは、彼らのアジアからの富の奪取にあることは歴史的な事実だから、この十六世紀の時点に於て信長を失ったということは、それ以後の日本にとって、事実上想像できないほどの損害を与えたと作者には思われる」(上巻424頁)

とする。私などは信長の恐ろしさに縮こまって光秀の謀反を肯定的に見ている方だが、やはり風太郎先生は第二次大戦下の不合理がまかり通った日本を体験しており、その不幸を目の当たりにしているがために、信長への好意が表れてくるのではないかな、と思える。信長ファンに戦中派が多いのは、そのあたりにあるのではないだろうか。

この戦中派としての意識が色濃く出ているのは、小牧・長久手の戦いは徳川家康が自分を高く売るための戦いであって、勝つつもりのないものだったというところで、

「太平洋戦争全体をひとなぐりと見れば、あのむちゃくちゃぶりが、戦後の日本をどれほど高く世界に売りつけることになったかわからない。無軍備と称してそれが必ずしも近隣諸国にあなどられず、またアメリカがのどから手が出るほど日本軍の助力を望みつつ、あえてそれを強制しないのは、いずれも軍国日本の再現をさらに厄介なものと見ているからである。アジアと太平洋であばれ死にした数百万の日本兵は決して犬死ではなかった。―とはいえ、それはなんという大犠牲であったか」(下巻111頁)

と、述べるあたり、徴兵検査で体格不適格とされ、戦わずに戦後の平和を享受しえた風太郎の、戦場に散った同世代の者たちへの負い目を語ったものだろう。しかし、これほどの慰霊の言葉もないないだろう。

本作には、ところどころに「戦中派天才老人」山田風太郎の戦中の日本への嫌悪感と愛惜が述べられているように思える。そこにこの小説全体に暗さや悲しさが通低しているように思えてならない。本作になにかと第二次大戦下の日本についての言及がなされているのは、『中央公論』1963年9月号~65年6月号に林房雄が「大東亜戦争肯定論」が連載され、この時期「あの戦争」の問題が論壇でかまびすしく論じられたことの余波であり、風太郎先生なりに何かいわなければならないということの表れではないだろうか。

登場する主な歴史上の人物

豊臣秀吉、蜂須賀正勝、明智光秀、石川五右衛門、織田信長、北の政所、お市の方、前田利家、安国寺恵瓊、柴田勝家、丹羽長秀、徳川家康、浅井長政、竹中重治、織田信包、織田長益、織田信忠、織田信雄、織田信孝、足利義昭、蒲生氏郷、石川数正、酒井忠次、稲葉良通、京極竜子、森成利、森長隆、小早川秀秋、大野佐渡守、大蔵卿の局、お種の方、滝川一益、佐々成政、黒田孝高、石田三成、小西行長、波多野秀治、斎藤利三、直江兼続、明智秀満、毛利輝元、吉川元春、小早川隆景、羽柴秀勝、佐久間盛政、加賀殿、淀殿、前田利益、服部正成、池田恒興、豊臣秀次、三の丸殿、姫路殿、長束正家、朝日姫、千利休、豊臣秀長、大谷吉継、片桐且元、豊臣鶴松、伊達政宗、大野治長、加藤清正、福島正則、前田玄以など他多数。

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2007年10月11日 (木)

山田風太郎『風来忍法帖』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第9作目。初出は、『週刊大衆』の1963年3月16日号~12月26日号まで連載。

豊臣秀吉による北条攻めの時代、戦場を渡り歩いて商売をする香具師7人は、城落ちした北条方の女を誘拐してコマ売りしていた。それを3人の風摩忍者忍者に守られた麻也姫にとがめられ、香具師のリーダー格悪源太助平は顔を踏みつけられた。これに怒った悪源太は、姫を「ヨツにカマる」=強姦して復讐を遂げるために姫をつけねらう。しかし、その目的のために姫に近づきつつも、石田三成率いる二万の軍勢を相手に数百の手勢で忍城を守る姫に魅かれていき、共に戦うことになる。

冒頭から凄い。何しろ、主人公たちが城落ちした姫君たちを拉致・強姦して売り払うところから始まる。風太郎作品では、悪人フラッグとして「女を犯して殺す」というのがあるが、本書の主人公は犯しはするものの殺しはしない。それどころか、悪源太は犯した女が何故か悪源太のいいなりになってしまう能力を持っているため、過程は悲惨だが結果は主観的に幸福感を味わってしまうのだ。どうやら、風太郎作品では、「犯す」だけとか、「殺す」だけではそれほどの悪人ではなく、両者が同時に行われることで読者に憎悪の対象になるという決まり事があるらしい。

それはともかく、こんな主人公たちになかなか感情移入できるはずがない。前半の400頁ぐらいまでは、彼らの悪行三昧がハイテンションな文体で描かれていき、少々読むのがつらい。しかし、そんな主人公たちが、当初は麻也姫を犯すために命を守るのだが、徐々に自らの命を棄ててまで守り抜こうとしていく「忍法帖」特有のストーリー展開になってくると極めて魅力的に感じ、最後には読む者に涙まで浮かばせるような美しさを感じさせ散華していくのだから本作の恐ろしい。これは嫌悪すら覚えさせる主人公たちを読者が同情から美しさまで感じさせる小説という風太郎先生の計算かもしれないが、私はまんまと引っ掛ってしまった。400頁以降の怒涛のような展開は、秀逸であり、感動的だ。

それを可能にするのが、麻也姫という存在である。この姫は、東国一の美女と謳われ、後に太閤秀吉の側室になる甲斐姫をモデルとしていると思われる。本作でも秀吉は、麻也姫の美貌を伝え聞き、何とか自分に侍らすために画策しており、これが香具師たちを奮い立たせる原動力となっている。実在の甲斐姫は忍城城主・成田氏長の娘となっているが、本作では氏長に輿入れしたての「姫(初夜を待たずに氏長は小田原入りする)」であり、太田道灌の子孫・太田資正の孫である。そして、実際の氏長の妻が資正の娘である。この甲斐姫は、本作の麻也姫同様に豊臣方から忍城を守り抜き、また実際に刀を振るって、敵将を幾人も討ち取るほどの猛女であったらしい。つまり、麻也姫は実在の事件、人物をモデルとした架空の人物であるが、風太郎作品屈指の女性像を誇っている。

ちなみに甲斐姫は、豊臣家滅亡後、千姫の助命により、東慶寺に入って尼になった。東慶寺は、次回作『柳生忍法帖』の舞台である。麻也姫の忍開城後の行方は描かれておらず、『柳生~』にも登場しないが、山風日本史において、両者はこのような史実とのつながりを持っているのである。

登場する主な歴史上の人物

蜂須賀家政、松田康長、風魔小太郎、太田資正、太田氏房(源五郎資房として)、成田氏長、石田三成、徳川家康、豊臣秀吉、松田憲秀、服部正成、伊達政宗、島清興など。

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2007年10月 9日 (火)

山田風太郎『江戸忍法帖』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第2作目。初出は、実業之日本社の雑誌『週刊漫画サンデー』に1959年8月25日創刊号~60年2月22日号まで連載。

4代将軍・徳川家綱の御落胤・葵悠太郎は、神田馬喰町の長屋に住む素浪人であるが、一刀流の達人で悠太郎の師匠・織部玄左衛門らは彼を世に出すために腐心するが、本人にはその気がない。幕閣で権勢を振るう側用人・柳沢吉保は、自身の妾・おさめの方が5代将軍・徳川綱吉の子を生んだことから、その子を次期将軍の座に就けようと画策していたが、悠太郎の存在を知り、甲賀忍者を使って暗殺を試みる。甲賀忍者の魔の手によって織部を始め3人の悠太郎の家臣を屠られるが、争いを好まない悠太郎は逃亡を企てる。しかし、長屋の隣に住む少年が甲賀忍者の魔の手にかかると、悠太郎は復讐のために甲賀七忍と死闘を繰り広げる。

本作は、柳沢吉保の嫡男・吉里が徳川綱吉の御落胤との異説を題材にして、貴種を主人公にとり、舞台を江戸、名悪役・柳沢吉保を敵役とし、主人公に恋する町娘や水戸黄門まで登場するという時代小説の王道を進むような内容となっている。「忍法帖」としてのつくりとしては、『伊賀忍法帖』同様に一人対多数のオーソドックスなつくりとなっているが、主人公が剣客である点や般若面の登場など、柳生十兵衛シリーズの先駆け的なエッセンスも含まれている。

また、本作の特徴としては、風太郎先生自身も認めるように「少年小説」のようで「あまりエロもない」と、「忍法帖」といえば「エロ」というイメージが抱かれる中で、比較的普通の作品である。話としても普通なので「忍法帖」熟練者には物足らないものとなっているが、あまり人に勧めにくい「忍法帖」シリーズの中では『甲賀忍法帖』同様に中学生にも推薦できる作品ではある。

登場する主な歴史上の人物

柳沢吉保、飯塚染子(おさめの方)、徳川光圀、佐々宗淳(助三郎として)、安積覚(格之進として)など。

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山田風太郎『魔界転生』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズ第15作目で、柳生十兵衛3部作の第2作目。初出は、「おぼろ忍法帖」のタイトルで、大阪新聞、名古屋タイムス、高知新聞、熊本日日新聞などの新聞に、1964年12月18日~66年2月24日まで連載。

もはやいわずと知れた大作で、山田風太郎といえば本作といってよいほどの大傑作である。というより、これって「忍法帖」だったんだな。忍者は、根来忍者が出てくる程度で、今回の主人公は柳生十兵衛だし、敵は島原の乱の軍師・森宗意軒があやつる忍法と西洋魔術を融合した「魔界転生」によって復活した剣豪集団なのである。

島原の乱で破れた森宗意軒は、心をこの世に残しつつ死の際に立った男が愛する女と交わると、一ヵ月後にその女胎を裂いて男が再誕する「魔界転生」をつかって、天草四郎、荒木又右衛門、田宮坊太郎、宮本武蔵、柳生宗矩、宝蔵院胤舜、柳生利厳を復活させて、徳川将軍に野心を持つ紀州藩主・徳川頼宣をそそのかして天下に大乱を導こうとする。紀州家に仕える木村助九郎、田宮平兵衛、関口柔心は、この異変に気づいたが、彼らに殺されてしまい、彼らの娘をかくまった柳生十兵衛は復讐の手助けをするために魔剣士たちと死闘を繰り広げる。

本作は、ある意味「ずるい」作品である。これほど、時代小説のスターたちを一堂に会して闘わせるという夢のような作品を「魔界転生」という復活の呪文によって成立させてしまうのだから、「ずるい」としか言いようがない。近年では、死者を復活させる類似作品も多いし、戦国物のゲーム等で彼らを闘わせることも可能ではあるが、この時代にこれをやってしまったことは、同時代の時代小説作家たちには「やられた」という感があったのではなかろうか。私は剣豪物をそれほど読んではいないので、この悪役たちの凄さは分からないが、吉川英治の『宮本武蔵』や隆慶一郎の『吉原御免状』、『かくれさと苦界行』ぐらいは読んでいたので、田宮坊太郎以外はだいたいは知っていた。その程度の私ですら、このオールスターキャストに感動したのだから、時代小説ファンにはたまらない作品なのだろう。一方で、あまり彼らに思い入れがないおかげで、彼らの悪行三昧を特に不愉快に感じなかったのかもしれないが。。

ただ、圧倒的な面白さという点では、もはや何もいうことのない作品なのではあるが、小説としての内容としては、森が何故そこまでして徳川政権と闘おうとするのか、という動機が「ただ徳川が混乱すればいい」ぐらいしか述べられておらず、動機として弱いようにも思えてしまう。また、本作も『柳生忍法帖』同様に味方のヒロインたちは当初は十兵衛に匹敵する剣客だとか、そんな紹介もあったものの別に何の活躍もせずによい待遇を受けるだけに終っている。やはり十兵衛が出てくると他のキャラクターがかすんでしまうという欠点はある。

本作は、1638年の島原の乱終結から10年以内に死亡した剣豪たちを再生するというテーマの下、牧野長虎が紀州藩の政府転覆の陰謀を松平信綱に訴え出ようとして斬られるという一事件を下地に描かれている。この牧野の事件も本当の話かどうかは私には判断できないが、そんな小さな事件を元にこのような大作を生むという風太郎先生に圧倒される。私は「忍法帖」の面白さと言う点では、『甲賀忍法帖』を最高傑作に挙げたいが、風太郎作品のエンターテイメントを遺憾なく発揮された作品は本作であると思う。小説の出来としては、他の作品を挙げたいが、面白さでいったら、本作は他と比類できないものだろう。

余談だが、本作は深作欣二や平山秀幸氏等が映画化しており、私は両方とも未見だが、敵役が天草四郎であることは知っていた。そのため、原作も天草四郎が、ラスボスであろうと思っていたが、違うんだなぁ。だまされました。でも、本作での四郎の存在感は他を圧倒しており、深作が四郎の剣豪でないのにエントリーされている点と知名度、悲劇性に注目して主役にしたのもなるほどと思わせる。また、現在、『柳生忍法帖』を原作とした『Y十M』を連載しているせがわまさき氏は、おそらく次は『魔界転生』をやるのではなかろうか。そうなれば、これまで忠実に二次作品化されていない本作も、ついに完全なかたちで漫画化されるのではないかと期待できる。

登場する主な歴史上の人物

柳生三厳、森宗意軒、益田時貞、宮本玄信、由井正雪、荒木保知、柳生利厳、田宮坊太郎、宝蔵院胤舜、柳生宗矩、徳川頼宣、牧野長虎、木村矩泰、田宮長勝、関口氏心、関口氏暁、松平信綱など。

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2007年10月 6日 (土)

山田風太郎『柳生忍法帖』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズ第10作目。初出は、『尼寺五十万石』のタイトルで、地方新聞に1962年5月29日~63年11月10日まで連載。

会津藩藩主・加藤明成は、悪政と淫虐の限りを尽す暴君であり、先代・嘉明からの重臣・堀主水は明成を諫めた上に、一族そろって藩を退転するが、幕府の許可を得た明成の親衛隊・会津七本槍に捕らえられてしまう。その上、七本槍らは、男子禁制のおんな寺・鎌倉東慶寺に押し入り、堀の一族の女たちを斬殺する。そこに将軍家光の姉の千姫の登場でかろうじて難を逃れた七人は復讐を誓って、沢庵の推挙で指南役に選ばれた柳生十兵衛三厳の下で体術・軍学の指導を受ける。

導入は、こんな感じで後は通常の忍法帖同様に彼らとの熾烈を極めた死闘が繰り広げられるわけだが、他との違いは十兵衛はあくまで女たちの監督役であり、直接七本槍に手は下さず、女たちの手で倒すという制約があることで、七本槍自身も忍者ではなく剣客である。このパターンは『忍法忠臣蔵』と似ているが、女たちは別に色仕掛けをするわけではなく、あくまで奇策をもって彼らを屠り、何度も危機に陥るものの凌辱されることもなく、死ぬこともない、風太郎先生にしては結構優しい待遇である。

で、この弱い者が強い者を倒すという設定には多少無理があったようで、結局は十兵衛の活躍がメインとなって女たちのキャラが非常に弱く、個性もあまり立っていない。本作を原作として『バジリスク』に継いでほぼ忠実な漫画化したせがわまさき『Y十M』では、何とか活躍させようとはしているが、せがわ氏の美女は髪型以外みな同じ顔をしているので、やはりキャラ立ちが難しくなっており、原作も漫画もどちらかというと例の悪人フラッグ「女を犯して殺す」を繰り返す悪逆無道な七本槍の面々の個性が勝ち、また十兵衛に翻弄される彼らが少々哀れでかわいらしくも見えてしまっているのが、また皮肉である。だから本書は、とにかく柳生十兵衛がカッコいい!という小説なのだ。

余談だが、十兵衛といって思い出されるのは、私は小学生の卒業文集に「なりたい歴史上の人物」というアンケートに何故か「柳生十兵衛」と答えていた。私は、当時から歴史好きだったので、小学生らしく「信長」とか、「義経」とか、「龍馬」とかいってもよさそうなのに「十兵衛」と答えていた。どうせ当時読んでいた少年漫画に十兵衛が出てきて、カッコよかったからとかそんな理由だったろうが、実は十兵衛については全然知らなかったのだ。本書によって、十数年越しに、あの選択は間違いではなかったと思える十兵衛のカッコよさにやられてしまった感じではある。しかし、よくよく考えてみれば、「好きな」でも「尊敬する」でもなく、「なりたい歴史上の人物」である。本書はフィクションとしてもこんな苦労の多い人物に今現在の呑気に暮らしたい私はなりたいとは思わない。だとしたら誰かな。あんまり苦労はせず、非業の死を遂げず、ちょっと権力もある趣味人で楽しく暮らしていそうな粋な人物がいいなぁ。松浦静山とか。と、思ったら、隠居前は藩政改革とかして結構優秀で立派な人なのね。もっと呑気で粋な人いないかな。

閑話休題。山田風太郎は、今回も加藤家改易という地味なお家騒動や天海が芦名氏の出だということを元に、想像力を働かせてこれほど面白いものを書いてしまうのだから。やはり凄いね。

登場する主な歴史上の人物

柳生三厳、沢庵、加藤明成、堀主水、天秀尼、天樹院(千姫)、松平信綱、庄司甚兵衛、南光坊天海、伊達政宗、柳生宗矩など。

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2007年10月 5日 (金)

小谷野敦『日本の有名一族』幻冬舎新書、2007年

この人は、本当にマメな人だなぁ。というのが、読後最初の印象。これは、一般書籍ではなく、事典です。読み通すより、系図を眺めて興味を持った箇所を読み、ここに出てくる人で何か書く機会があれば、小ネタとして使える便利な本です。

しかし、「渋沢栄一、澁澤龍彦(彦は旧字)の一族」で、栄一が本家から養子に出された三男の子で、龍彦が本家の子孫で、栄一の義兄の子孫が法哲学者の尾高朝雄で、栄一の娘婿が穂積陳重だとは知らなかった。また「いろは大王の火葬場」の木村荘平の系図も作られていて便利だし、長谷川三千子氏の祖母が野上彌生子で母方の曽祖父がまた穂積陳重であるし、箕作秋坪の孫娘の夫が美濃部達吉で、柳田國男の兄の曾孫が坪内祐三氏である。あと、貝塚茂樹と湯川秀樹と小川環樹が兄弟であったのも驚きだ。しかし、結構知っているものもあったので、私もずいぶんとこういうのが好きな方であるらしい。

あと歌舞伎役者の系図を掲げてくれるのもありがたい。あの世界は、正直何がなんだか分からないところがあるので、これでスッキリした。香川照之氏と市川亀治郎氏は従兄弟なんだなぁ。どうりで顔が似ているわけだ。

で、本書でエントリーされている「有名一族」はどういう基準で選ばれたのだろうか。一族が戦前・戦後活躍しているものに限られているのか。それともたまたま今調べがついたのが、この一族たちなのか。例えばここにない有名どころでは、バカの一つ覚えで恐縮だが、加藤弘之の孫に推理小説家の浜尾四郎、古川ロッパがいて、山田風太郎の祖父の妹が加藤の母であったし、小林信彦氏の妻もその親族であるという。また、宮本百合子の母方の祖父が道徳思想家・西村茂樹だったりする。また、有名だと思うが、この系譜に載せられていない人は、ネームバリューが足らないと考えられるのか。例えば、吉田茂系図の麻生太郎氏の妻が鈴木善幸の娘とか、堤康次郎系図の永井柳太郎の孫に郵政解散で小池百合子氏に敗れた民主党の元衆議院議員・鮫島宗明氏がいるとか。

今回は、新書で一般読者に向けられたものであるし、エッセイや自伝の多い芸能や有名作家関係が多いのだが、学者なんてのはもっといそうな気がするので、小谷野氏の人脈と調査能力に期待してもう一つ続編をお願いしたい。

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山田風太郎『伊賀忍法帖』講談社文庫、1999年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズ第11作目。初出は実業之日本社の雑誌『週刊漫画サンデー』1964年4月1日号~8月26日号。

戦国の梟雄・松永久秀は、主君である三好長慶の嫡男義興の夫人・右京大夫に恋慕し、日本に戦国の世が続くことを望み、松永の覇気を維持させたい果心居士が美しい女の愛液を煮詰めてつくる媚薬「淫石」をつくることを勧める。これに同意した松永は、果心居士配下の根来忍法僧を使って領内の美女をさらい始め、運悪く主人公の伊賀忍者笛吹城太郎の妻が彼らに奪われてしまう。城太郎は妻を取り戻すために根来忍法僧と死闘を繰り広げる。

書いていて恥ずかしくなるぐらいにとんでもない内容である。愛液から媚薬をつくるという発想も発想だが、それを煮詰めるのが名器・平蜘蛛というのも振るっている。しかも、松永の東大寺焼討ちも、このしょうもない計画のためになされたという設定も、そこまでやるか、というものである。内容が内容だけに、風太郎ファンじゃなきゃお薦めできないが、意外と本書から風太郎に入った人も多いようだ(『忍法忠臣蔵』の「巻末エッセイ」を書いている馳星周氏もそうらしい)。

この根来忍法僧という坊さんたちが凄まじく、「忍法帖」シリーズにおける悪人フラッグ「女を犯して殺す」という悪行を繰り返す。しかし、この風太郎先生特有の悪人フラッグは、これほど読者に不快感を与える悪行はないが、他にこれ以上の「こいつに早く天誅が下りますように」と思わせる悪行は私の想像力からは考えられない。風太郎先生にはかなわないなぁ。この悪人フラッグは、どの作品が初出なのだろうか。前作の『柳生忍法帖』にはあったが。。

登場する主な歴史上の人物

松永久秀、千利休、柳生宗厳、果心居士、服部正成、三好義興、上泉信綱など。

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2007年10月 4日 (木)

山田風太郎『忍法忠臣蔵』講談社文庫、1998年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第7作目。初出は実業之日本社の雑誌『週刊漫画サンデー』1961年11月25日号~62年4月21日号。

ご存知の忠臣蔵の裏面から描いた作品。吉良上野介の首を狙う赤穂浪士たちを吉良の息子上杉綱憲は能登忍者を使って暗殺を試み、上杉家家老の千坂兵部は女忍者を使って仇討防止に色仕掛けで浪士の骨抜きを企てる。つまり上杉方の路線対立に忍者が使われているということだ。その千坂側の女忍者を監視・指揮するのが主人公・無明綱太郎。この主人公というのが、とてつもない伊賀忍者で、忠義を振りかざして自分よりも将軍に侍ることを選んだ恋人が御寝所に入る直前に、彼女を刺身にして将軍に見せつける、というとんでもない奴だ。この刺身シーンは、日本文学史上屈指の凄惨な場面であろう。これを見るだけでも本書を読む価値は十分にある。

本書は、赤穂浪士の脱盟の裏舞台を描いた作品で、その色仕掛けの忍法そのものも面白いのだが、それだけではない、読者にあっと思わせる場面がある。それは、赤穂浪士が忠義のためと称して家族をかえりみず活動する裏で、彼らの妻や姉妹、娘が生活を支えるために身を売って、ある者は病に冒され、ある者は精神に異常をきたすなど、悲惨な境遇に陥れられる。そんな彼女たちを入れた長持ちに最後の脱盟者・毛利小兵太は押し込められ、大石内蔵助の前に引き出される。そこで彼は自分たちの忠義という正義が、これらの女の前に打ち砕かれ、かえって罪であったことを訴える。これは、忠臣蔵を楽しみ、彼らを義士を祭り上げてきた時代小説読者に一つの「真理」を叩きつける。私は、赤穂浪士の話をそんなに興味を持っていなかった者だが、これには意表をつかれて打ちのめされた。しかし、次に女たちがとる行動に。。。風太郎先生の一筋縄ではいかない筆さばきに驚嘆するしかない。これによって、本作は、忍者がただ殺しあうだけの小説という忍法帖のパターンに収まりきれない傑作となったといえるだろう。

登場する主な歴史上の人物

徳川綱吉、大石良雄、吉良義央、上杉綱憲、千坂高房、高田郡兵衛、奥野定良、進藤俊式、田中貞四郎、小山良師、毛利小兵太、不破正種、堀部武庸、矢頭教兼、武林隆重、吉田兼亮、内田元知など。

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2007年10月 3日 (水)

山田風太郎『甲賀忍法帖』講談社文庫、1998年

山田風太郎の「忍法帖」シリーズの第1作目。初出は光文社の雑誌『面白倶楽部』1958年12月号~59年11月号。

服部半蔵に不戦の約定を取り交わされていた甲賀と伊賀の忍者たちが、徳川三代将軍の座をかけて、両者と闘わせるという徳川家康の命によって精鋭忍者各10名によって死命を決する。近年ではせがわまさき『バジリスク』が漫画化・アニメ化しているので、最も有名な作品だろう(ちなみに『バジリスク』は驚くほど原作に忠実で、キャラクターも原作のイメージ通りである)。

本書の凄さは、文庫本一冊という制約の中で、メインキャラクター20人が次々と死んでいく中で、強烈な個性を発揮して鮮烈な印象を残しているという人物造形がある。彼らは、それぞれに見せ場を与えるような奇想天外な忍法を駆使しているためであろうが、見せ場を作ると死亡フラッグがつくというように、人物に感情移入する前に死んでしまう。それでありながら、それぞれに印象が残っているのだから、風太郎先生の技量に感嘆してしまう。

私は、「忍法帖」シリーズで最高傑作は本作であろう、と今のところ思っている(『魔界転生』は、ある意味反則技みたいなものだから、それは除く)。それは、ストーリーのシンプルさとキャラクターの強烈さによる。本作を除く「忍法帖」は、ストーリー内に様々なルールが存在したりして複雑になり、また主人公のキャラクターやヒーロー性があまりに巨大化しすぎているために、他の忍者たちがあまり映えないのだが、本作はそれぞれに一定の魅力が与えられている。そこが他の作品とは、まったく異にするところであり、また最高傑作であるゆえんだと思う。

また本作は、それまでの一対一や一人対多数というような大衆時代小説とは異なり、グループ同士の対決という手法を発明したことで著名で、後のサブカルチャーの原型をつくった画期的作品であるらしい。私のように風太郎中毒になるのは考えものだが、一時代をつくった古典という教養の意味で、読む価値は十分にある。他の作品に比べ、残虐シーンも少ないので、不愉快なシーンの嫌いな方や心臓の弱い方でも楽しめます。

登場する主な歴史上の人物

徳川家康、南光坊天海、服部正広、柳生宗矩、阿福(春日局)など。

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2007年10月 2日 (火)

山田風太郎『エドの舞踏会』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の「明治小説全集」の第8巻。初出は『週刊文春』1982年1月7日号~10月14日号。

海軍少佐・山本権兵衛が、西郷従道から元勲夫人の舞踏会への出席勧誘係を命じられ、井上馨夫人、伊藤博文夫人、山県有朋夫人らを訪ね、そこで繰り広げられる彼女たちの過去や現在をミステリー風に描いた短編集。

時代背景は、鹿鳴館時代であるが、同時にジャーナリズム発達の時代であり、当時の新聞紙上をにぎわしたゴシップを風太郎先生が見事に味付けした作品だ。有名どころは、中井弘不在中に夫人を奪った井上馨や、泥酔して夫人を斬り殺した黒田清隆などがあるが、中には「青い目」をした子供を生んだ元勲夫人というまことしやかに噂される話もうまく話しに盛り込んでいる。

個人的に面白かったのは、首相官邸の誕生の秘密を描いた「伊藤博文夫人」、「道徳の権化」の秘密を探る「山県有朋夫人」、夫の暗殺者を助ける「大隈重信夫人」、生死を握られた陸奥宗光の秘策を描いた「陸奥宗光夫人」、名歌舞伎役者の親となる「ル・ジャンドル夫人」だろうか。

どれも面白いのだが、なによりも「日本海軍のオーナー」(司馬遼太郎)で、首相在任時には軍部大臣現役武官制を廃止したことや普選にも意欲を示していたことで評価の高い山本権兵衛を主人公に選んだあたりのセンスが光ります。

登場する主な歴史上の人物

山本権兵衛・登喜子夫人、西郷従道、大山巌・捨松夫人、ル・ジャンドル(リ・ゼンドル)・糸子夫人、フォン・ベルツ・花子夫人、伊藤博文・梅子夫人、山県有朋・友子夫人、森有礼・常子夫人、黒田清隆・瀧子夫人、大隈重信・綾子夫人、陸奥宗光・亮子夫人、井上馨・武子夫人、ピエール・ロティ、ジョサイア・コンドル・久米夫人、青木周蔵・エリザベット夫人、中井弘、マダム貞奴、吉田貞子、嘉納治五郎、西郷四郎、富田常次郎、山下義韶、横山作次郎、来島恒喜、頭山満、三島通庸、伊庭八郎、徳富猪一郎、大江卓 、15代目市村羽左衛門(坂東竹松)、9代目市川団十郎、5代目尾上菊五郎、初代市川左団次、中村福助(5代目中村歌右衛門)

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2007年9月29日 (土)

山田風太郎『明治バベルの塔』ちくま文庫、1997年

山田風太郎の『明治小説全集12』の短編集。

「明治バベルの塔」は、万朝報を舞台に黒岩涙香が、秋山定輔が発行したライバル紙「二六新報」の福引抽選に対抗するため、考え出した賞金つき暗号クイズをめぐる話。「バベルの塔」はバラバラになったカタカナの比喩である。当初は、純粋なクイズであったが、政界スキャンダルをクイズの問題になったところから殺人事件が起り、最後には幸徳秋水が出した問題に思わぬスキャンダルのヒントが。。初出は『小説新潮』1981年3月号。

「牢屋の坊っちゃん」は、日清戦争の講和条約会議のために来日した李鴻章を狙撃した小山六之助の監獄生活を夏目漱石『坊っちゃん』の文体で描く、痛快な小説。しかし、痛快ではあるが何か物悲しさが作品全体におおっており、最後の文章に何故か泣けてきた。初出は『オール読物』1986年5月号。

「いろは大王の火葬場」は、牛鍋チェーンの木村荘平が始めた火葬場の始めての客を探す話。明治の一時期に亡くなっていった人々へのレクイエム的な作品で、同時期にこれほどの大物達がなくなっていたのかと少々驚く。初出は『小説現代』1979年8月号。

「四分割秋水伝」は、大逆事件に連座した幸徳秋水をタテマエの「上半身」、凡俗の姿を見せる「下半身」、幸徳の逆の側面をみる「背中」、幸徳自身も認めないであろう原始深部の声を描いた「大脳旧皮質」と様々な面から人物造形を行っている。なるほど、これが関川夏央・谷川ジロー『「坊っちゃん」の時代・明治流星雨』の原作だったんだな、と。初出は『オール読物』1984年8月号。

「明治暗黒星」は、幕末の隻腕の剣客伊庭八郎の弟想太郎を主人公とした話。剣の時代時代が終り、ついに道場を売らなければならないはめになった想太郎が、ある時幕末の伊庭家に出入りしていた浜吉と兄八郎の恋人が合乗車に乗っているのを見かけた。浜吉は、その時、星亨と名を変えてた。初出は『小説現代』1973年12月号。

これら作品は、どれも面白く、読書が心地いいのだが、個人的には「牢屋の坊っちゃん」がお気に入り。漱石の文体を真似しているため、漢字の少ない風太郎先生にしては表現が硬いのだが、何故か物悲しいのである。また「明治暗黒星」は、風太郎作品にいくつかある暗殺者と対象者の奇妙な関係を描いた作品だが、ここまで見事に書かれているとこれが事実かと錯覚してしまう。

登場する主な歴史上の人物

内村鑑三、田中正造、夏目金之助、斎藤緑雨、幸田露伴、馬場弧蝶、与謝野寛、川路利良、初代市川左団次、ラフカディオ・ハーン、野口寧斎、野口男三郎、岸田吟香、福地桜痴、小村寿太郎、菅野須賀子、大石誠之助、内山愚童、堺利彦、坂本清馬、荒畑寒村、新村忠雄、古河力作、宮下大吉、榎本武揚など。

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2007年9月28日 (金)

山田風太郎『ラスプーチンが来た』ちくま文庫、1997年

最近、「山田風太郎」の名をよく耳にするようになった。加藤弘之と遠い親族関係だとか、井上寿一『日中戦争下の日本』で後半の鋭い観察者としてとか、先日行った研修会で某大物経済学の先生に加藤弘之の話をしたら「僕は山田風太郎が好きでねぇ」といわれたとか。

そんなわけでずいぶん前に読みさしだった本書を読んだら、風太郎先生にはまってしまった。本書は、いわゆる「明治もの」の作品で、詳しいことは知らないが、「明治もの」の中では珍しく、長編である。この作品以外の「明治もの」は題名が同じで主人公が同じであっても、各章が一篇の作品になっている短編集という趣であるが、本書は最初から最後まで一応つながっている長編なのだ。初出は「明治化物草紙」のタイトルで『週刊読売』1979年12月2日号~80年6月15日号。初刊時に『ラスプーチンが来た』と変更され、加筆された。

本書の主人公は、日露戦争中のロシアやヨーロッパでの工作活動で有名な明石元二郎。豆を頬張り、ところかまわず放屁をする快男児だ。舞台は、明治23年の森有礼の刺殺事件を導入部におき、翌年のいわゆるニコライ遭難といわれる大津事件をクライマックスとする明治日本。その時代に怪しげな宗教家稲城黄天にさらわれた少女を救い出すところから始まり、この時代に生きた著名人をこれでもかというぐらいに登場させる痛快劇。

途中だれてしまって私も読みさしになってしまったのだが、はまって読めば面白い。とにかく人物造形がすばらしく、本書を読むと実際の歴史上の人物のイメージがこれによって固定されてしまうのではないかと思わせるぐらいうまい。これは、歴史上の人物や大事件を事実に即したいわゆる歴史小説ではなく、主に江戸時代を舞台にした時代小説のように、歴史上の人物を使った完全なフィクションであり、その時代の空気を純粋に楽しむ小説だ。それがためにどうも山田風太郎の「明治小説」は事実にこだわる歴史オタクには、人気がなく、文学系の人々に人気を博しているのだろう。事実に即した歴史小説なんか読み飽きて、研究書や実際にこの時代に書かれたものを読んでいるような一回りした歴史オタクにはかえって面白く感じるだろう(私がそうだ)。これほど著名人が贅沢なほど登場して、活劇するものは他にはないのだから。

しかし、これほど面白い明治時代小説は後続があまり育っていないような気がする。江戸時代の時代小説は、まだまだ根強い人気があって、映画にもなるのに、明治はまだ近すぎて遊びができないのだろうか。漫画では結構あるようだが。。

登場する主な歴史上の人物

明石元二郎、長谷川辰之助(二葉亭四迷)、内村鑑三、乃木希典、下田歌子(下田宇多子として)、飯野吉三郎(稲城黄天として)、森鴎外、谷崎潤一郎、津田三蔵、川上操六、川上音二郎、チェーホフ、ベルツ、ニコライ、ラスプーチンなど。

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2007年9月20日 (木)

三浦展『下流社会 第2章』光文社新書、2007年

一昨年のベストセラー『下流社会』の続編である。

どうも私はこの著者を信用していない。かつて著者は『「家族」と「幸福」の戦後史』(講談社現代新書、1999年)等で近代的産業社会に適合した郊外一戸建てのマイホームを持つ企業戦士の男性とその妻で専業主婦、そして高学歴を目指すべく育てられる子供という無個性な人々が再生産される現状を批判し、最後に吉祥寺等で「自分探し」をする個性的な若者に期待をかけるという物語をつむいでいた。しかし、『下流社会』ではこうした「自分探し」をするタイプは実は「下流」で、無個性な人々が「上流」であることを明らかにした。そして、本書はその「自分探し」の人々は、苦境に陥っているような印象を与える。このマッチポンプのような彼の著述歴に、どうも私は責任感というものが感じられず、信用が置けないのだ。

しかし、この著者の責任意識は置いといて、著作自体は面白いのだからしょうがない。結局、現在の著者は社会的発言自体にはそれほどの関心を持っているわけではなく、ただ現状を統計の手法を用いて明らかにしたいというのが著述の目的だからだ。だから、「個性なんかに気を取られたら、下流になるぞ。だから働け」とはいわない。その辺の無節操で無思想なあたりが、著者の成長の表れなのかもしれないが、そこがいいのである。

本書で面白いなぁと感じたところは、『メンズノンノ』や『SMART』のような男性ファッション誌読者に異常なほど自民党支持者が多いことだ(前者が44.4%、後者が51.6%)。やはり、これを見る限りでは巷間にいわれるように若者の保守化・右傾化の表れなのか、それとも保守はおしゃれなのか。というとどうやらそうでもないらしい。この「下流ナショナリズム」を分析したところでは、「SMART男」の愛国心や日本文化への好意、日本の歴史等への誇りは、他の雑誌購読者とそれほど変わるものではなく(むしろ低くもある)、突出しているのは「オリンピックやサッカー・ワールドカップで心から日本を応援する」という項目の64.5%である。そう、つまりこの層の自民党支持は、この政党が持っている保守的な傾向を支持しているのではなく、調査期間が2006年の4月頃というのに表れているように、単に政治を劇場化させてスリリングな場にしてくれた小泉純一郎首相への支持だったわけだ。これらのファッション誌の読者はフリーターが多いそうで、小泉改革で見られた既得権の破壊というところに喝采を浴びさせていた人々であって、特に保守化したわけではないということのようだ。著者の前作の「下流チェック」に「自民党を支持している」という項目があって、私は「自民党って、普通の正社員とか経営者が支持しているんで、必ずしも下流じゃないんじゃないか」と疑問に思っていたが、本作では著者も気づいたらしく「2005年9月の衆議院選挙で初めて自民党に投票した」に変わっている。前作の項目は、著者の勇み足だったようだ。

こうしてみると、若者の自民党支持は結局のところ、小泉氏の破壊の側面と政治を勝ち負けのスポーツのように仕立てたところにあって、一過性のものだったことがよく分かる。勝ち負けの判断が微妙であったそれ以前の2つの選挙では、彼らは動かなかったわけだし。ということは、調整型の福田康夫氏が首相に選ばれるとなるとこれらの若者の政治離れは一気に進むのではなかろうか。仮に麻生太郎氏が選出されても同じだろう。麻生氏の若者人気はキャラクターであって、そこにスポーツのような場を彼が創りだすことはない。何故なら、小泉・安倍両政権で国内についての政策は一定の方向が決まったので両者の差は、外交政策ぐらいなもので国内政策についての差はあまりないのである。外交をゲームとするのも小泉氏だけのものであり、安倍氏ですらできなかったのであるから、次の人ができるわけではないし、そもそも一般の人は外交はあまり関心がない。つまり、今後の政治はあくまで従来からの政治オタクが関心を示すだけであって、それ以外の人々の関心は薄れていく。ある意味、政治の季節は終ったのだろう。政権交代が起きても大してそれは変わらないだろう。それは、奇しくも安倍首相に祖父岸信介後の60年代が一部の人々は大暴れしていたものの、一般の人々は政治や国家よりも自分の生活に目を向け始めた時代と類似してくる。

本書の帯には「女性と国家にすがりたい!」とあるが、「国家」への依頼はなくなっていく方向にあるのかもしれない。

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2007年8月25日 (土)

鷲田小彌太『昭和の思想家67人』PHP新書、2007年

芥川龍之介から浅田彰までというような昭和思想史を網羅的に論じた大著が新書になって新装した。オリジナルは、残念ながら読んでいなかったが、今回廉価版(といっても新書で1500円!!)になったことでついに読んでみたが、面白い。通常、気が多くて本を読むのが遅い私でも2日で読めてしまった。その面白さ・読みやすさの原因は、著者が各思想家を同等や斜め下から仰ぎ見るかたちではなく、まったくの下目線でバッサリと論じていくあたりが、小気味よく、読む者に負担をかけないからだろう。こうした上から目線は元マルキストだからこそできた芸当だろう。

本書ではほとんどの人物がバッサリとやられてしまっているのだが、例外的に評価が高いのは九鬼周造、林達夫、石橋湛山、梅棹忠夫氏、今村仁司、吉本隆明氏、長谷川慶太郎氏、大西巨人氏あたりだろうか。なにか意外な面々である。とりわけ九鬼への絶賛振りが、突出している。九鬼の作品が面白いのは確かだが、これほど評価に値する人物であるかは気づかなかったし、本書を読んでもいまいちピンとこない。これも私が哲学書を読むのに慣れていないせいかなとも思える。そのため、用語でつまづくし、哲学史の流れも把握していないために評価の軸が解りかねてしまうのだ。自分の不学を嘆くばかりだ。その分、政治学の方は少々かじっているので、松下圭一氏の画期性は理解できた。もっとも、あまりに当時の思想界がマルクス主義的な分析手法が支配的だったため、20代の松下氏の大衆社会論が画期的に見えるのだが、私の目から見ると吉野作造の大衆社会論の再提出のようにも見えてしまうのだけど。

本書のまえがきで著者が述べるように「マルクス主義思想と理論のなかで育ち、三十代半ばにマルクス主義を批判的に学びながら、その磁力から脱しようとして十年」の結果として本書は生まれたようで、マルクス主義者への批判は厳しく、そして鋭いように思える。その分、マルクス主義が退場を余儀なくされて以降の思想家への評価が、やや甘いようにも感じてしまう。また、マルクス主義者への評価を鋭く感じるのも、単にそのあたりに私が詳しくないだけかもしれない。思いついたものでは、著者は佐藤昇の構造改革論を「政治権力を奪取する意志を欠いていた」とずいぶんと厳しく論じているが、その議論を社会党内に引き込んだ江田三郎は田中角栄がもっとも恐れた人物だといわれている。思想的な評価は、著者のいうとおりだとしても、政治的には佐藤らの構造改革論を否定してしまった問題は残るように思える。

また、本書はオリジナルと同様の記述と、本書で加筆された部分とがあるが、どちらがよいかというよりも、ずいぶんと著者も変わったのだと感じさせる差異が見られるのも面白いところだ。ついでに本書冒頭で、富永仲基はヒュームの観念論批判と先取りし、マルクスのイデオロギー批判をはるかにしのぐ論理を提唱し、山片蟠桃の実証学はコントをしのぎ、三浦梅園の「反観合一」はヘーゲルの弁証法の先取りと評価されているが、本当なのだろうか。

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2007年8月21日 (火)

御厨貴『天皇と政治』藤原書店、2006年

最近、日曜朝の顔ともなった御厨貴氏の近年の対談や雑誌に掲載されたものを集めた「講談政治学」の評論集。

御厨氏は明治期の政治史の研究を専門にされていたと思ったが、本書に集められている明治物の発言はそれほど面白いものではなく、文春系知識人のオーソドックスな議論を「御厨貴」という名で語っているだけという印象が残ってしまうものであるように感じてしまった。著者は明治天皇を論じる際、『明治天皇紀』によく言及されるが、これは伊藤之雄氏が史料として注意のいるものではないかと指摘していたと思うが、このあたりの説明がないのも良いのだろうか。

本書の戦前編で面白かったのは、大佛次郎と伊東治正と論じた「一九三〇年代という時代」で、以前友人に「大佛次郎が、フランス物の歴史小説を書いていて、面白かった」という話を聞いて、「鞍馬天狗で、天皇の世紀の人が何でそんなものを書いていたのだろうか」と不思議に思っていたところだったので、なるほどフランス第三共和政の崩壊と1930年代の日本を重ね合わせて、彼なりの現状批判を加える理由だったんだなぁ、とこういう人の重要性に目をつけるのは、さすが馬場恒吾を「発見」した人だと感心してしまった。

そして、面白かったというより、ご本人がおそらく楽しんで論じているだろうと思われるのは、意外にも戦後の方だった。こちらの方も知っている人には、知っている話ばかりだと思われるものばかりであろうが、1970年前後への着目など近年のその前後での体制転換(原田泰氏の「1970年体制論」とか)が注目されている中で面白い論点だ。本書で論じられる1960年代後半の舞台が新宿であったという指摘は興味深く、大塚英志作/藤原カムイ画『アンラッキー・ヤングメン』の舞台も新宿で、そこはビートたけしと永山則夫と中上健次と学生運動家が交錯する場だったのだ。しかし、そうした記憶は現在の新宿にはない。こういう同時代的には分かっていても現在忘れられた一面を何となく表に出すという視点が、実は著者の凄みかもしれない。著者のテレビでの活躍やオーラルヒストリーへの取り組みを見ると、関心は戦後史の方に向いているのではないかと思われる。

書名が『天皇と政治』となっており、たしかに縦軸としての「天皇」の問題には言及しつづけてはいるが、それがどうも生きていないのではないかと思ってしまう著作ではあった。

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2007年8月16日 (木)

佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』ちくまプリマー新書、2007年

一般新書が中高年向けにつくられているのに対して、中高生向けにつくられている「ちくまプリマー新書」に初の(?)政治学入門書を御大佐々木毅氏が出された。

民主主義の起源から、統治制度、選挙、世論の説明、政治との関わり方など、とりあえず知っておきたい政治のエッセンスを分かりやすく、網羅的に論じてくれている。

しかし、どうしてなのか。あまりおもしろくない。その理由が何なのか、いまいち把握しきれていないのだが、どうも読んでいる時の引っ掛かりがないことが原因のような気もする。本には、共感するか、または不愉快になるかは別にして、何らかの引っ掛かりがあって、立ち止まって考えるような部分があると思うのだが、本書にはこれがほとんどない。それだけうまく書かれているのかもしれないが、逆に印象に残る部分がない。これだけ平易に書かれて理解しやすい本なのに。

本書「はじめに」で、民主主義を論じる際に、賞賛したり、「「けなす」議論」のような「空中戦」が往々にしてなされるが、「本当に必要なことは、地道に一歩一歩何をどう変えていくかという地上戦なのです」と語り、こうした地上戦は「派手ではなく、あまり魅力のないもののように見えるかもしれない」と述べている。つまり、「本当」の政治とは、それほど面白いものではない、ということを述べているのかもしれない。それが本書のつまらなさを表しているのかも知れず、政治なんてものは、そんなに面白いものではないからのめり込むのはダメよ、というメッセージを発しているのかもしれない。

たしかに昨日NHKの一般人参加型の番組で出ていた人たちのつまらなさを見ていると、政治に必要以上関心を持つ人々への違和感やら寒さを感じてしまうので、政治問題なんぞに興味持たずに日常生活をしっかりと生きている人の方が常識をつけられて、まともな判断ができそうだ。本書の悪い読者としては、そのような印象を得てしまった。

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2007年8月15日 (水)

原田泰『日本国の原則』日本経済新聞出版社、2007年

五年ほど前にマーク・ラムザイヤー氏とフランシス・マコール・ローゼンブルース氏の共著『日本政治と合理的選択』の原書を友人数人で輪読していた時に、「明治政府の殖産興業政策は失敗した」という記述に出くわし、経済史に詳しくない我々は思考が停止してしまった。というのも、我々が受けた高校までの日本史の授業では、明治政府の果たした大きな役割の一つとして官営工場を設立して、日本の工業化を推進した、と教えられていたような気がしたからだ。もともと「何でもかんでも合理的選択理論で説明できるのかよ」と少々この本への胡散臭さを感じていた我々は、これもちょっと眉唾物ではないか、と疑いの目を注いでしまったからだ。もちろん、ラムザイヤー氏らの指摘は正しかった。その後数年して、そのことに私も気がついて、彼らへの疑いを恥じた記憶がある。

本書は、こうした政府主導の経済政策はことごとく失敗し、日本の経済発展は自由競争によって達成できたことを論じる(経済的)リベラル史観の作品だ。本書の議論は多岐にわたるが、その一貫する主張、ストーリーの軸となるのは、「自由」である。1930年代後半の統制経済のモデルになったといわれる満州国五カ年計画も実は鮎川義介らの民間投資によって成功したのであって、統制経済が成功したわけではないとまで、現在の研究が進んでいるとは、まったく知らなかった。

本書は、いわゆる研究書ではなく、これまでの研究を著者の史観によって再構成した作品であるが、ここまで一貫した主張でまとめあげられると小気味いい。正直、本書で多くのことを学ばせていただいた。本書のようなものを学部生の時にでも読めていれば、もう少しは頭がよくなっていただろうにと悔やまれる。というより、歴史を学ぶにあたっての経済史の知識というのは、かなり必要であったと痛感する。思えば、刺激的な政治史研究って、財政や経済状況への目配りがきいていて、そうした裏づけがあるから面白いのである。というかマルクス主義歴史学が昭和期には大手を振っていたのだから、歴史学に経済的基盤や経済史を重視していたのは、二周り以上うえの世代にとっては当然のことだった。ある意味、冷戦終了後のマルクス主義の権威が完全に失墜し、逆にマルクス主義的二項対立を批判していたポストモダニストまで二項対立に乗り出したイデオロギー闘争真只中の90年代に本を読み始めた我々の世代は不幸だったのかもしれない(と慰めてみる)。

という個人的な後悔はいいとして、本書は日本近現代史の、また経済学の入門としては格好の作品で、こういう見方もあるという視点をとりあえず得るには最良の書ではないかと思えた次第です。

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2007年7月14日 (土)

井上寿一『日中戦争下の日本』講談社選書メチエ、2007年

日中戦争後の戦時下の日本について書かれたものを読むのは気が重くなる。まず戦時下は「暗い時代」であったという先入観から神懸り的な空虚な言葉が舞い、自由は失われ、死の影がちらつき、実際、この時代を書いたものを読むとそのような記述が目につく。また、それ以前の時代にも増してアクターが多くなることで複雑さを増し、その複雑さを読み進めても結果が「最悪」であることがわかっているので、読み続けるモチベーションを維持するのにずいぶんと負荷がかかる。

さて、現在、日本政治外交史の研究者としての枠をこえて、総合雑誌等でも活躍されている井上寿一氏の新著である。面白かった。上記のような気の重さを感じさせない魅力のある好著である。一般の政治史の文献というものが、各アクターがどこでどうした、誰にあったなど、「噂話」と元にして登場人物が単なる駒でしかない「顔が見えない」という退屈さがあって、「つまらないなぁ」と思ってしまうものが多い中で、本書は各人の「ことば」を再構成して、文の中で生きた人間としてよみがえらせている。まさに精神史といったものが描かれている。実証的な手法で日本政治史の新たな側面を照らして著名な著者だけに、このような作品をつくりだしたことに驚きを禁じえない。

本書の売りは、何と言っても近年復刊された兵隊たちの投稿雑誌『兵隊』を用いて、実際に戦場にあった兵士たちの生の言葉を伝えてくれているところだろう。そこには、編集によって不穏当な記事は載せていないとしても、じかに中国の民衆と接することで抗日を敵視するだけではなく理解し、共感し、また自国批判する視点までをも有するにいたった兵士の姿を見せてくれる。そして、前線にいる兵士と内地の軍需景気に浮かれる人々との落差を浮き彫りにしていることだ。その象徴としての慰問袋のエピソード。慰問袋は前線と銃後を結ぶ唯一のコミュニケーションツールであって、兵士たちの慰問袋への思いは大変「ナイーブ」なものであったという。「匿名の慰問袋」に悲喜交々するエピソードなどは、現在の我々が抱く日本兵の虐殺、強姦、慰安所へ行列といった偏ったイメージからは遠く離れた新鮮な印象を与えてくれる。そして、彼らの「ナイーブ」な期待を背負った慰問袋をセット販売の消費物として売ろうとする内地のデパートのしたたかさと、それを買って手紙も添えずに送ってしまう消費者としての銃後の人々のあさましさが、「日中戦争下の日本」というものを端無くも伝えてくれる。後に国民が反資本主義的に意識を転換していくのも理解できるようなエピソードである。

本書においていくつか疑問に思っていたことが氷解された部分があった。一つは、よく耳にする戦後の諸改革は戦前から準備されていたものであり、戦争が起きなくてもある程度は同じような状況になったであろうというもの。これはどうやら誤りであろう。本書が、与えてくれる解答は、戦争があったからこそ、諸改革の端緒が実行されたという。つまり、兵士として動員される小作人や労働者が実際に戦場に駆り出される階層であったため、彼らの不満を解消する政策として行われたということだ。そして、これと連動しての疑問だが、なぜそもそも反帝国主義戦争を淵源の一つとする日本の社会主義者の政党、社会大衆党がなぜ戦争に積極的に協力するようになったか。これも明確な整理が私の中でできていなかったが、上記のように戦争により彼らの支持基盤である小作人や労働者の地位向上が望めたということは、政党の立場からすれば、支持基盤の強化は党勢拡大のチャンスですらある。とすれば、戦争の継続は彼らの政治力の強化につながる。つまり、戦争によって自分たちの理想を実現できるというよりも、党利党略のために戦争を利用したともいえるわけだ。彼らは帝国主義同士の戦争には反対する。しかし、明らかな侵略戦争である対中戦争には帝国主義戦争ではないと強弁することによって、自らの政治資源拡大の道具として利用している。そこには、実際に血を流す兵士や被害を蒙る人々への想像力は見えず、内地の潜在的支持者にしか目を向けていない。ある意味、慰問袋セットを消費する人々と同様な「平和ボケ」を感じざるを得ない。これは現在にも通じる話で自らの政治力拡大のために外交問題を利用する事は謙虚でなければならないだろう。これらの疑問を容易に理解させてくれる著者の筆捌きは見事というしかない。

その他、政党への期待が大政翼賛会へとつながったことや「東亜協同体」のことなど様々な興味深い部分もあるが、それは他の方の評に期待して、結論を急ぐ。本書のエピローグ部分で、この戦時下を見ていくことで我々の政治的責任や社会的責任のとり方に言及する部分がある。第一の戦争責任としてアジアの後進性の克服については何も言うことはない。しかし、第二の近隣諸国のナショナリズムへの共感で述べられる2005年の反日デモの衝撃は過大評価しているのではないか、と思ってしまう。今でも私はあれは何だったのか整理ができていない。中国における反日意識に対しては我々は謙虚でなければならないだろう。しかし、あのデモは異常であった。あの時起きた過剰な行動が異常なのではなく、あれ以降あのような事態が起きていない静けさが異常なのだ。官制デモのような陰謀を勘繰る見方を取らなくても、純粋な反日ナショナリズムだけで起ったものではないという印象を感じてしまう。第三の公的利益を実現する政治システムの確立として社会民主主義的な政党の育成が述べられているのが、少々唐突で、戦争に対する政治的責任の果たし方としてはよく分からないものがある。政治的リベラルはこれと別として必要なことであろうが、本書とのつながりをもう少し説明していただけるとありがたかった。

それはともかくとして我々が「あの時代」を知るには格好な作品であり、今年出版されたものの中で最も面白く、刺激を受けた著作であった。多分、世間的にも高評価を得るに違いない。

余談だが、本書の描く戦時下の日本の描写に彩りを加えてくれているキーパーソンに古川ロッパと山田風太郎がいる。それぞれ、実際の政治過程に加わっていない二人の観察者がいることで、本書の魅力が増していると思われるが、実はこの二人、明治期のある人物にゆかりのある人たちであった。その人物とは、加藤弘之である。古川ロッパは加藤弘之の長男照麿の六男であり、山田風太郎は加藤の又従兄弟の息子である。私は最近、研究対象として加藤弘之に関心を持っているのだが、この二人との関係を最近教えてもらって驚いたところで、本書に取り上げられて、ちょっと嬉しい気分になった。

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2007年7月 6日 (金)

井上靖『風林火山』新潮文庫、1958年

NHK大河ドラマ『風林火山』が面白い。山本勘助演じる主演の内野聖陽さんは『ふたりっ子』の時から注目していたが、やっと彼の演技力が遺憾なく発揮される作品に出会い、私がはまってしまえたのもひとえに彼の好演にある。そして、主役を食ってしまっているともいわれている武田晴信演じる市川亀治郎さん。最初は「こんなフットボールアワーのボケみたいのが信玄かよ」と思ってみていたが、凄い存在感。晴信10代の時は甲高い声で将来のカリスマを演じ、最近は戦国大名としての「上様」を怖ろしいほどの威圧感を与える演技で周囲を圧倒している。また、信玄は文献上男色が確実に認められる珍しい戦国大名だが、市川さんは女形だけあって若干そのケがありそうな演技もしている。NHKもすごいのを見つけてきたもんだ。そして、長尾景虎にガクト(Gackt)!Gacktさん自体にはあんまり関心はないものの、生涯無敗、非女犯で実は女という珍説まである上杉謙信という超人的な人物を演じるには、彼のようなある種胡散臭さのあるタレントがやるのがいい。これも「NHK、凄いぜ」といったところか。

キャストの妙でまだまだいいたらないところがあるが、この辺にして、ドラマ自体も近年の大河ファン以外の視聴者に媚びたようなつくりにはなっておらず、まさに本格時代劇。そもそも大河ドラマなんて若い人は観ないのだし、ただ時代劇ファンにのみ届くつくりをした方が、固定視聴者を確保できるというものだ。それはともかく、第3話ぐらいでいきなりヒロインが殺されたり、妙な平和主義に染まっておらず、戦国時代というそれこそ殺し合いの時代を特に感傷的な演出をせずにやってしまっているところがいい。これも山本勘助という暗殺をも辞さない謀臣を主人公にした作品だからできるところだろう。しかし、それも最初期だけで最近はテレビの悪い癖でちょっと感傷的になっているのは、いただけない。NHKスタッフに再考を促したい。

今回の大河の成功は、何といっても架空の人物かもしれない山本勘助を主人公にしたところだろう。いってみれば何でもありなのである。そもそも信長や信玄のようなカリスマ的指導者を主人公にしてみたところで彼らの内面に凡人が迫ることはできない。だとすれば、それには劣る周辺の者を主人公に据えたほうが、偉人たちにかえって迫れるものだ。近年の大河はその趣向に近づいているが、実在が確実な人物が主人公である場合、カリスマたちとの接点が意味もなく近づきすぎたりして、多少の歴史ファンなら、「こんなんじゃない」とツッコミをいれる余地をつくってしまうし、だんだんとつまらなくなってくる。主人公が架空の人物なら、そのあたりは気にならず、歴史ファンもストレスを感じずに観続けることが可能になる。しかし、最近は亀治郎人気のためか晴信の心情に迫ろうとする内容になってきて、ちょっと危ない方向に進みつつある。ホント、前半は傑作だったのに。

で、原作の方である。これも面白い。井上靖の作品は、他には『敦煌』と『孔子』ぐらいしか読んでいないが、『風林火山』は初期の作品だけあって、無駄な描写や薀蓄をたれていないので、読みやすい作品だ。作品に関する分析は解説の吉田健一を読んでもらうとして、考えたことは、どうも、歴史小説の作家は、初期は単純に面白い作品を書こうという意識が強くて、読みやすいものが多いのだが、大家になると長編になるためか、ただのモノ書きではないということを示そうとするためか、時代背景や文明論を書き始めて冗長になり、読んでいてつらくなる。そんなのは物語で関心を持った人間がその時代の専門家の書いた新書や研究書を読めばいい話であって、小説にそんなものは期待しない。私は本書を読んで、久々に戦国時代に興味を持てた。

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2007年6月27日 (水)

盛山和夫『年金問題の正しい考え方』中公新書、2007年

来月行われる参議院議員選挙は、5月からの2004年の総選挙の夢をもう一度との民主党の仕掛けが功を奏し、自民党の重点政策の第一が年金政策におかれることになり、年金問題が議論の中心となった。そこで本書は、大変タイムリーな作品であり、また社会政策が専門でないものの社会学界の大物の著作ということで注目されているようである。

正直、私は国・英・社受験の私立文系男子なので、本書のように数字を議論の土台としたものを評価する能力はない。だから、ここでも本書でお勉強できた部分だけを書くに止める。

まずは常識に関わることだが、年金は「お得」であること。国民年金の月額保険料は2017年度には1万6900円になる予定で、保険料を40年間フルに納めた人には、65歳から年額79万2000円の年金が支給される。月額1万6900円を40年間納め続けると、納付額の総計は811万2000円なので、単純に計算すると10年と少しで元が取れることになる。

2004年に問題が噴出した「未納」問題について。未納は「悪」ではない。上記のように、保険料に比して受給額は高いものであるから、未納者が増えれば、それだけ支給額が低下するため、年金会計上ある種の必要悪であること。また、未納者が将来無年金老人となって社会保護費が増えるのではという議論は、あまり意味がない。なぜなら、国民年金の強制徴収は1986年(学生は1991年)からのことで、それ以前では「未納者」がおり、それが現在の社会保護対象となっており、年金納付義務化以降の世代ではこの分の人に社会保護を給付する必要がなくなり、仮に無年金老人がいても現在の給付額と大して変わらないからだ。

基礎年金の消費税化について。基礎年金の一部は厚生年金によって賄われており、厚生年金は半分が企業の負担によって成り立っている。そのため、基礎年金を消費税化すれば、企業の負担は軽減する。一方で、一般勤労者は、増税により負担が重くなる。つまり、基礎年金の消費税化は企業に有利で一般人には不利な政策といえる。

他にも専業主婦は年金でただ乗りしているという議論は誤りだとか、多くの興味深い議論がここでは展開されており、私などはまだまだ不勉強で通読した限りでは理解できていない部分は多いものの、現在の年金議論を論じる上で必読の書となっている。しかし、これだけ俗耳に入りやすい議論を一刀両断して、留保つきながらも現在の制度を肯定している著作が出版されたとなると、民主党にはかなり痛い所をつかれたことになるのではなかろうか。今後、本書を土台にした冷静な議論の活性化が望まれる。

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2007年6月26日 (火)

菅野聡美『〈変態〉の時代』講談社現代新書、2005年

日本政治思想史研究の新しい分野としての「変態」についての著書だが、いつのまにか出版して2年も経っていた。

本書によれば、「変態」とは明治期に現れた言葉で、本来は「正態」に対する「変態」で、「異常」ぐらいの意味合だったものが、大正2年にドイツの精神医学者クラフト・エビングの著書Psychopathia Sexualis(1886年初版)を『変態性欲心理』として刊行されてから、「性欲」に関する言葉として認識されていったという。それ以前の「変態」とは変態心理学に代表されるように、催眠や人格変換、錯覚などを対象とする最新の学説として通用していた。そこでの「変態」研究の役割とは、迷信や怪しげな宗教への啓蒙としての機能をもっていた。また、「変態」が「性欲」と同視される時代においても多様な性のあり方を紹介する極めて真面目なものであり、ある意味で「変態」を知ることで、「正常」を知るという役割を果たしていた。つまり、本書の言う「〈変態〉の時代」とは、通常人が「変態」に真面目な関心を示していた時代であり、現在のように「変態」ものはそれを趣味とする人だけを対象としたものではない時代をいうらしい。

本書は文献学的にはたしかに面白い代物である。中村古峡や梅原北明など、あまり知られていない当時の知識人、出版人の事績について知る格好な作品である。しかし、少々著者の顔が見えないという欠点があるように思える。果たして、著者は「変態」を研究することで何を表現したいのか、という点がぼやけているように思えるのだ。もっとも、著者にはそれがあろうと思うが、本書には見えてこない。著者は、この〈変態〉の時代に比べて、現在の方が一体化圧力が強いように感じるとするが、果たしてそうか。

現在では、メディアを見れば、同性愛者を自認する「オネェ系」の人が堂々と現れているし、次の参議院選挙ではレズビアンの候補者もいるようである。出版状況は、著者のいう通りかもしれないが、これは趣味の多様化と見るべきであって、年々「正常」が「異常」に寛容である方向に向かっているように思う。私などは、同性愛結婚や「変態」を容認することで、逆に彼らの子孫を残さずにすむという「正常」側の巧妙な優生学思想を見る思いだが、どうなのだろう。

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2007年6月22日 (金)

岡田斗司夫『フロン』幻冬舎文庫、2007年

先日読んだ『「世界征服」は可能か?』が面白かったので、2001年初版の本作が今年文庫化されていたようなので読んでみた。

本書で述べられていることは、すでに女性にとって「家庭」は苦痛なものでしかない、ということだ。ここでいう「家庭」とは、単に結婚した夫婦ではなく、育児という「仕事」が加わった「職場」であるという。この「職場」では、リーダーは一人でなければならず、家事と育児の中心を担っている妻しか務まらない。むしろ、夫は「職場」であるべき「家庭」を「安らぎの場」であると思っており、また中途半端に育児に関わることがかえって秩序を不安定にするために「リストラ」しなければならない。そこで提唱する新しい家族の形態は「シングルマザー・ユニット」である。そこでは、夫は仕事場の近くでアパートを借りるなどして別居し、経済的支援をし、妻にとっては恋人役、子供にとっては父親役を演じることになる。また、「シングルマザー・ユニット」の基本的に一妻多夫制であり、経済的援助や性的関係は夫以外の男性からも調達できる。このようにすれば、「自分の気持ち至上主義」に慣れてしまい、また恋愛結婚を基本とする我々において、恋愛感情がなくなっても子供のために夫婦でなければならないことを苦痛に感じる必要はなく、より「良い気分」、「楽しい気分」で生きていくことができる、というのだ。なるほどなぁ、と思う。

しかし、私の考えるところでは、いくつかの困難が生じるだろう。第一は、女性を中心と考えるだけに女性の経済的自立がかなり強固でなければならない。著者は、その経済基盤を自分の収入、複数の夫の支援に加えて実家の支援をあてにしている。しかし、この実家という存在は、現在までの家族形態において期待できるもので、著者の提唱する家族形態で育った次世代にはなくなる存在であろう。著者自身も家庭は期間限定の集団で育児が終れば解散するものとしている。とすれば、この「シングルマザー・ユニット」が定着した以後では、実家の存在自体があやしくなり、また経済的支援をするようなものとは思えない。

で、実家の支援がないとすると、頼れるのは複数の夫の支援である。これは可能であろうか。この複数の夫の存在とは、現在でいうところの「不倫」を認めることになる。「不倫」といえば、過去において女性と間男にだけ適用される姦通罪というものがあった。これは何故夫には適用されず、妻だけに限定されるかといえば、家族の血統主義と財産権の問題によるものだろう。夫の子供は夫が責任を持って経済的支援をするものとされるが、そこに間男の子供があれば、それに夫が責任を持つということは血統主義の考えから否定され、往々にして間男はその責任を回避するために子供の育成が宙に浮いてしまう問題が生じてしまう。このようなリスク回避のためのに妻の貞淑が求められていたといえる。つまり、女性に独立した経済基盤があり、誰の子でも女性本人が責任もって育てることができれば問題はないのだが、従来はそうは行かなかったということだ。西欧での貴族社会では、かなりの性的自由が認められ、夫が妻と間男の情事に遭遇した場合、「おっと、失礼」といって立ち去ることができたのも、妻自体にかなりの経済基盤があったため、間男の子への責任を回避できるという前提があったからで、財産のない一般庶民の女性にそれが許されていたわけではない。姦通罪は、男性中心社会が女性を抑圧する倫理的問題よりも現実的要請によって必要であったのだろう。

この前提から「シングルマザー・ユニット」を考えれば、性的自由には必然的に妊娠のリスクを負うため、子供を巡るトラブルが常に生じる懸念がある。現に経済支援している男性以外の子が生まれた場合、その男性がその子に支援する義務はない。男性は自分の子の分だけ支援を続けるという度量が必要だが、場合によっては打ち切ってしまうし、新しい子の父親が無責任な者で逃げてしまうこともあるだろう。つまり、リスクを負うのは女性だけである。そうすると実家は期待できないし、男性も期待できない。女性個人の経済基盤がしっかりしていないとうまく機能しないのが「シングルマザー・ユニット」である。このリスクについても著者はもちろん明言はしていないものの認識はしている。だから子供を持ちたいなら、自分ひとりで育てられる計画を立てた後でないとダメだというのである。

また、階層的な側面の目配りも必要である。つまり一流大学出身の女性、中堅大学出身の女性、それ以下の女性の場合である。一流大学出身の女性は、より多くの所得を得る可能性のある職種に就くための経済的問題が生じにくいために、ある程度可能である。中堅大学出身の女性は、経済面では多少の心配があるが、中流階層出身である可能性が高く実家の存在が期待できる。その一方で恋愛観や性では保守的な傾向が強く、著者が指摘する「オンリーユー・フォーエバー症候群」の持ち主であることが多く、従来型の核家族形態を望む傾向がある。最後のそれ以下の女性であるが、まず高い所得を得る機会に恵まれ難く、実家の経済的問題から教育への投下が少なかったとも考えられるため、期待するような実家の機能も望めない。また、前二者に比べて性的自由度も極めて高く、その分「シングルマザー・ユニット」にもっとも適した階層であるものの、上記の経済リスクによって極めて不安定である。そのため、経済的面から「シングルマザー・ユニット」が何とか適合するのは、高い所得を得る可能性が上層女性のみであり、「自分の気持ち至上主義」がもっとも強い下層女性は適合的ではあるが経済的存立が危ぶまれ、制度改正に必要な世論形成の中心的役割を果たす中層女性はこの形態に否定的である、というジレンマを生じさせると思われる。

本書と先の新著を読んで思うことは、著者の基本姿勢は「楽しい気分」には大きな責任がともなうということだ。世界の支配者は世界と部下を管理する責任が非常な負担となって自身を苦しめることになる。新しい家族形態も計画性や資金を得る能力、他とのコミュニケーション能力を常に磨かなければならない。それが嫌なら苦痛な「家庭」に残るしかない。著者自身も理論の実践のためか「家庭」から「リストラ」され、元妻の「彼氏」として新しい家族の一翼を担っているという。夫婦仲も良く楽でたのしいのだが、「寂しい」のだという。かといって、「自分の気持ち至上主義」に凝り固まった我々は後戻りできず、「楽しい」と「寂しい」の中で生活しなければならない。みなが信じている大きな理想を掘り崩し、個々自由に好きな理想を奉じることができるが、頼るものが何もない砂漠の中にさまようようなポストモダンな状況がそこにある。私のような男性は、フィクションの中で安住した方が楽だなぁ、と思ってしまう古い人間だが、自分の考えた理論に悩み、実践してしまうとは、著者は理屈っぽく、またずいぶん真面目な人なのだろう。

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2007年6月21日 (木)

鈴木哲夫『政党が操る選挙報道』集英社新書、2007年

2005年の総選挙は、自民党によるコミュニケーション戦略のもっとも成功した事件であった。我々がテレビを通して聞いた片山さつき氏の「本籍も移しました。静岡7区に骨を埋めます」や佐藤ゆかり氏の「嫁ぐ気持ちでやってきました」などの発言は、コミ戦の要請によって発せられたものであったそうだ。

本書によれば、コミ戦とは永田町に存在しなかった危機管理の技術であるという。危機管理とは、組織に何か問題点が生じた時、その危機を最小限にとどめ、挽回のチャンスを作り出すことだ。片山氏の上記の発言は、それ以前に「私は小泉総理に選ばれたのです」と選挙区入りを軽視する発言により、選挙民の反感を買うことを最小限にとどめるためにコミ戦本部で指揮をとった世耕弘成氏のアドヴァイスによってなされたものだという。典型的な危機管理の例であろう。このように、本書では自民党の世耕氏が2004年4月の埼玉8区の補選から始めたコミ戦の成功から、その集大成である9.11総選挙の大勝利までを叙述し、ひるがえってテレビと政治の関係が本格化した1993年の「政治改革」における自民党若手のテレビ利用の始まりを著者の経験や当事者のインタビューを織り交ぜて描いている。大変、興味深く、面白かった。

ここで描かれる世耕氏は、まったく隙がなく、「平成のゲッペルス」などと一時もてはやされたのもうなずける人物だ。このような人物が政府与党に存在することはなんとも怖ろしい。しかし、周知のとおり、あの総選挙後の自民党の世論戦術はいかにも稚拙極まりない。その理由として、あの大勝利がかえってベテラン議員に驕りを生じさせ、世耕氏を軽く見るようになり、その驕りを衆目に晒したのが例の「ジャンケンポン、サイトウケーン」という選挙戦術であったというわけだ。これに自民党が反省したかといえばそうにはならず、世耕氏が官邸入りしても同僚議員からの嫉妬やっかみでコミ戦はあまり機能していないようだ。

本書でわかることは、コミ戦とはあくまで危機管理機能にあるだけで、それが支持率アップににはそれほどの効果は望めないことだろう。というのは、自民党があれだけの勝利をおさめたのは、やはり小泉前総理という強烈なキャラクターの存在があったことを前提としているからだ。コミ戦はそれを維持することに努めたともいえる。また、それが安倍現政権の不振にもつながっている。

安倍総理の最近のパフォーマンスとして見られたのは、多摩川の掃除の参加とか、トラクターに乗ってみるとか、いかにも山口県の田舎の選挙区選出の政治家らしいものだ。横須賀選出の小泉氏は絶対にやらないパフォーマンスだろう。これはテレビ映えしない。テレビ制作は、都市でなされるものであり、製作者も都市の雰囲気の中で生活している。そのため、田舎が映像として映し出されるときは、所詮、嘲笑の対象でしかない。視聴者もその感覚を共有している。安倍総理のパフォーマンスは、上記のものや小学校で給食を食べたり、遊具に戯れたりなど、直接的な人的交流を主としたものだ。これは一般社会の市民や選挙区との関係であれば必要なことであろうが、一国の総理がやるといかにも泥臭く、貧相に見えてしまう。総理は、直接的に触れ合う人ではなく、間接的に全ての国民に対峙する孤高の存在であった方が映えるのである。庶民性などは、都市型政党に生まれ変わった自民党にとって、かえってマイナスにしかならない。このようなトップを抱えている上で、コミ戦が機能していないために、支持率急落に歯止めをかけることはできず、現在の泥沼にはまっているのも仕方ないことだろう。

本書の結論として、著者はコミ戦という怖ろしい武器を手にした政党に対するメディアは与野党問わず平等に批判していくしかない、という。しかし、これは有効ではないだろう。本ブログでも常々述べているように、メディアが批判のための批判を繰り返し、もしそれが的を射ていないものがあれば、メディアの信用は急落して政権の方をかえって信用してしまう怖さがある。著者も批判するにはメディアの側の勉強も必要だと述べているが、それはあまり期待できない。日々のニュースに追われて制作する側にそんな余裕はないだろう。

国民の政治意識を乱暴に測定すれば、自民支持が20%、潜在的自民支持が10%、民主支持が10%、潜在的民主支持が10%、諸政党支持が10%、無党派が10%、政治に無関心が30%ということになろう。つまり、選挙は10%の無党派の取り合いであり、自民・民主とも潜在的支持者それぞれ10%を投票所に呼び込まなければならない。それはともかく、このような現状で、著者がいうような与野党問わず批判では、無党派10%の人々にしか受けない。批判文化が根づいて無関心層以外の無党派が増えれば可能であるが、現状では困難であり、どうしても制作側としては与野党支持者の視聴者に媚びなければ、番組が成立しない。やはり是々非々でやるしかないと思われる。

テレビと政治の関係を考える上で、本書は参考になった。現在のところ、コミ戦では民主が有効に機能しているようだが、参議院選挙までの期間で世耕氏の秘策はあるのか。単に戦略に乗せられるのではなく、その戦略の巧みさを外部から観察するという楽しみを得るために、本書は読む価値がある。

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2007年6月15日 (金)

鶴見俊輔編著『日本の百年1 御一新の嵐』ちくま学芸文庫、2007年

よく図書館で見かけて、いつか読まなければならないなぁと思いつつ、そのままになっていた「名著待望の文庫化」。

本書の特色は、何といっても著者名に「編著」と明記されている通り、各著者の地の文と同様、いやそれ以上に引用で占められているという、その時代の生の声により語らせているところにある。さらには維新史のメインストリームたる幕閣や維新三傑、坂本龍馬などはほとんど出てはこない、歴史の周辺にあった人々の物語である。かといって過度に民衆史に傾くわけではなく、歴史ファンにはおなじみでも教科書レベルの維新史では名前がでるかでないかの回顧録を残せた人々を主役にしたものだ。

漂流者の章では、ジョン万次郎。黒船以降の章では、玉虫左太夫。戊辰戦争の章では、相楽総三。四民平等の章での大江卓。文明開化の章では、和田英子。士族反乱の章では、松山守善など。

私が興味ひかれたのは、幕府最後の日々を少女の目を通して描いた「一つの時代の終り」の節だ。その少女とは、将軍家の侍医七代目桂川甫周の次女、当時12歳のみねである。桂川家には、当時の知識人―柳河春三、神田孝平、箕作秋坪、成島柳北、福沢諭吉、木村芥舟、宇都宮三郎―が毎日のように訪ねてきては遊んだり議論していたりしていたという。この名前だけでも面白いのだが、日本化学工業の父、宇都宮三郎の武術の達人としてのエピソードなどはもう漫画の主人公としてもおかしくないぐらい痛快だ。『モーニング』で連載持ちたい人などはどうだろうか。それはともかく、王政復古の後、邸宅を追われて小さな家に蟄居するようになってからのみねや甫周の慣れない生活の中で生きていく様はまさに「時代の終り」を感じさせ、編者の鶴見氏のセンスの感服するしかない。

そして、終章はこの百年を生きた人々の聞き書きで終る。最後の武蔵そのは、「大きな家」の生れであったが、女であることから勉強の機会は与えられず、野良仕事を手伝わされ、17歳で結婚、何人も子供を生んだが育ったのは3人だけ。家は、火事で二回、洪水で二回襲われている。その彼女が、昔とくらべて今はどうかと問われれば、「むかしのことはええごとねエ」と答え、何が一番好きかと聞かれると

「野菜と牛乳・・・(と言いかけたが、息子の嫁が、んでなぐや、とさえぎると)テレビがええしよ。何日あれ見てでも、あぎがこねェ。ええものができたもんだしネ」

と、言ったという。私は何故か泣けてきた。「昔は良かった」などは陳腐な言葉だ。

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2007年6月12日 (火)

村上正邦・平野貞夫・筆坂秀世『参議院なんかいらない』幻冬舎新書、2007年

本書は、KSD事件により議員辞職した村上氏、小沢一郎氏のブレーンの平野氏、セクハラの嫌疑をかけられ議員辞職した筆坂氏という元参議院議員による鼎談である。タイトルとは裏腹に参議院の存在感を示そうと、真の政治改革とは参議院改革であると主張している。

具体的には、「党首選に参加しない」、「内閣総理大臣の指名権を持たない」、「大臣には就任しない」、「3年ごとの半数の改選をやめ、任期6年を一括して選ぶ」、「予算と条約は衆議院の議決とし、決算は参議院が議決権を持つ。会計検査院は参議院の所管下に置く」、「参議院は外交、防衛、教育など国の重要案件を中心に審議する」、「政府の審議会を廃止して、その役割を参議院が持つ」というように結構なことばかりだ(134頁)。これに加えて、議員定数を現在の半数ほどにする、衆議院と重複した委員会をなくす、首相の施政方針演説を衆参一括にするなど。

本書で繰り返し述べられていることは、参議院は政局に関わらない良識の府とすることである。これは全くそのとおりで、日本の政治報道が政局報道であるのと同様に、議員の行動も政局によって制約されてしまっている現状がある。また、参議院選挙が3年に一度、衆議院選挙も4年の任期とはいえ、だいたい3年に一度くらいの頻度で行われているために政権は常に選挙を意識した運営をしなければならないし、衆議院で過半数をとっても参議院での与野党逆転が行われないために、事実上政権交代を不可能にするシステムとなっている。上記の改革がなされれば、これらの不安は解消し、より円滑な政治運営が可能となる。その面で本書は傾聴に価する有意義な本であった。

しかし、本書「あとがき」に「筆者が揃いも揃って元参議院議員の我々三人なだけに、どうせ恨み、つらみ節だろう、という第一印象をもたれた方も少なくないだろう」と自覚しているだけに「恨み、つらみ節」のような印象はぬぐいがたく、冒頭の議員特権の部分では現職議員を批判するが自分等がそれをどう扱ったかを明らかにしてはいないし、郵政選挙が二院制を否定したと述べるくだりで平野氏は自分が現職なら割腹自殺するなどとホントかねと思わせる放言があったり、いまだに小泉・竹中両氏が格差社会をつくったなどとするのは政治の感度がずいぶん低いなぁと思わせてしまう。

本書でみられるこうした感度の低さや「おれが現役の時は・・・」といった話は、やはりその感度の低さが失脚の原因であるし、引退するとメディア迎合的になる元政治家の悪弊が見えてきてしまう。はたして、彼らが現役時代というのはそんなに政治がまともであったか。三人がそろっていた時代は1995~2001年だそうだが、これは戦後政治史の中でもっとも混迷して政局があわただしかった時代だったのではなかったのか。

村上氏は、良くも悪くも古い保守政治家の信念を持っている。平野氏は、政治家をやって財産を残すようなことがあってはならないといいつつも小沢氏の不動産取得問題を法的には問題ないとして擁護する小沢ブレーンとしての信念を持っている。その点、筆坂氏は共産党員としての信念を裏切られて評論家として活動しているだけに、逆にもっともバランス感覚があるようだが寂しそうだ。先の参議院改革案は村上・平野両氏が考えたというように両氏の見識が妙な信念によって政治観を退屈なものにしているのが残念でならない。それに対して、筆坂氏はちょっと面白い。元共産党員を重用する読売グループで活躍できるかもしれない。村上・平野両氏のものはもういいやという感じだが、『日本共産党』は読んでみようかな。

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2007年6月 9日 (土)

岡田斗司夫『「世界征服」は可能か?』ちくまプリマー新書、2007年

小学校高学年の頃だろうか。

ある日、母親に「おれは将来、世界征服をする」といったら、母はアイロンかけた手を止め、

「それで何するの?」

と問い返されて絶句した。そう問われると子供の私には何のプランもなかったのである。その後、非現実的な野心を持たなくなった私は卒業文集の将来の夢に「サラリーマン」と書いた。その夢はまだ適っていない。

さて、本書は小学生の私が抱いた夢の実現可能性について論じてくれる大変有難いものだった。で、本書は問いかける。あなたはどのタイプの支配者になりたいですか、と。

A.「正しい」価値観ですべてを支配したいタイプ。

B.責任感が強く、働き者・仕切り屋タイプ。

C.自分が大好きで、贅沢が大好きなタイプ。

D,人目に触れず、悪の魅力に溺れたいタイプ。

そして、これらのタイプの特色や困難な点を挙げていく。Aは自分の価値観に絶対の自信を持ち、それに反するものは殺さなければならない人類絶滅タイプだ。しかし、支配者である者にとって、被支配者は生産者という役割を有するため、これを実行した場合のうまみはない。Bは世界の管理人という役割を引き受けなければならず、過労死の心配がある。Cはわがまま勝ってに暮らせるが、それが長期にわたると部下に寝首をかかれる。Dは結局のところ自分の権勢を維持しなければならないしトップを盛り立てなければならないという面倒もあり、Bと同じような境遇にいたって大変そうだ。

まぁ、こんなことが書かれて支配者のうまみのなさを描いてくれる本書だが、実は組織論、革命論、倫理の問題にまで射程の拡がった極めて真面目な本である。ちくまプリマー新書は中高生向けに出されているシリーズだと思うが、大望ある若き血潮に溢れた方々に読んでいただいて、各分野での「支配者」になる覚悟というものを本書から学んで欲しい。もし世界征服をしたら「のんきに暮らしたい」などと考えている現在の私などは支配者向きではないということがよく分かった。

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2007年6月 8日 (金)

新書短評4冊

内田融『小泉政権』(中公新書、2007年)

新聞広告によると売れているらしい。小泉氏が総理在任中から小泉産業といわれるほど(?)関連本が多い。安倍総理がいまいちマスメディアで人気がないのは、強固な固定ファンがいた小泉氏と違って、政治に特に関心のない何となく支持の人で支えられているため、視聴率が取れないし雑誌や本が売れないからだろう。本書は、「戦略(目的を設定して、それを達成する手段を講じる構想)」をキーワードにして国内政治・外交を分析している。結論的には、国内では竹中平蔵という稀代の名軍師に恵まれたため、「戦略」が存在したが、外交ではそれに当たる人物がおらず行きあたりばったりでアジア外交を停滞させたという。「戦略」に関してはこれはその通りであろう。しかし、権力関係において自己の利益を最大化し相手に譲歩を迫る「戦術」に関して外交をみれば、現在の中国が歴史認識や靖国問題で抑制的になったことから、小泉外交もそれほど非難されるべきではないだろう。もっとも、外交を単に勝ち負けで考えることは慎まなければならないが、長期的に見れば、小泉政権によるアジア外交の停滞はマイナスではなかったかな、と思える。また、本書でなんだかなぁ、と思わせるのは、「パッション」の政治家の小泉氏に対して、「ロゴス」の政治家として大平正芳が持ち上げられているところである。政治学者が自民党を評価する際、大平を持ってきてオチをつける方がソフィスティケートされている気がするのだろうが、なんだかステレオタイプな印象を受ける。ここは利権政治は優しさの政治として田中・竹下派を賞賛するとか、金融利権の陰湿さと国粋的雰囲気がわが国の宝とするビバ福田派のような蛮勇も現れて欲しい。

小島毅『靖国史観』(ちくま新書、2007年)

靖国を論じるにあたって靖国に成立後ではなく、それが前提とする歴史観について論じている。ようするに靖国は日本人全ての魂のありかではなく、維新政権という一時期の政権の装置であるということになる。国民というのは結局のところある特定の歴史を共有している集団であるから、現在の歴史が明治維新を一区切りにして以前と以後を分けて語られているためにそれ以前との連続性は希薄となり、維新政権の歴史観を大なり小なり受け入れてしまっている。本書は、そこをついているのだろう。著者が「靖国問題は国内問題である」というのは、国内の慰霊の問題を外国がとやかく言うな、というのではなく、靖国が前提としている維新政権の歴史観は本当に日本人の歴史観なのか、と問い直す問題だという意味だろう。なかなか勉強になる良書でした。しかし、ところどころ見られる著者の寒いユーモアが気になるところだが、これがうまいなぁと思ってしまう自分のオッサンさが悔しい。

麻生太郎『とてつもない日本』(新潮新書、2007年)

仮に安倍政権が6年の長期政権になったら、ポスト安倍は塩崎恭久氏となって、そのリベラルさが自民党支持の保守層から反発を受け、政権交代が行われるというのが私の予想である。しかし、次期参議院選挙もおぼつかない安倍政権が短期で退陣すれば、多くの人が思っている通り、本書の著者麻生太郎外務大臣が総理に就任するだろう。本書が出たタイミング、キナ臭いですね。本書が描く日本は、どこまでも明るく、将来に対しても楽観的だ。書いてあることは、新聞や新書を読んでる層には取り立てて珍しいこともなく、論じるべきところもない(「金持ちが国立大学なんかに行くな」と父親に叱責されたという話は面白かったが)。しかし、これを堂々と描き、しかも気分よく読ませるというのは、麻生氏のキャラクターなんだろうな、と思わせる。著者の麻生氏は本書の読者層を4、50代を想定しているようだが、現在の麻生人気はネット住人に支えられている。彼らに本書はどう評価されるのだろうか。

吉見俊哉『親米と反米』(岩波新書、2007年)

名前はよく見るけど読んだことはない、というわけで本書を手に取った。戦後の大衆に溶け込んでいく「アメリカ」という表象をメディアや都市論を絡めて論じている部分は面白かった。この手の世界を全く知らない私などは、有名な昭和天皇とマッカーサーの写真が単に新たな支配者としての画ではなく、天皇の保護者として受け取れる視点や占領期のマッカーサーのメディアでの不在と昭和天皇の行幸との関係、六本木や銀座、原宿が占領期に米軍施設があったため流行の先端地域となったというところなど目からウロコであった。しかし、本書の題名は『親米と反米』。やはり、このきわめて政治的言説から予想される政治的位置としてのそれを論じて欲しいものだが、最後にふれるぐらいで少々肩透かしを食らってしまう。結局のところ、世界各国に比べ「親米」の多い日本はアメリカ化が十分に進み、すでに内面化されているというところに帰着するのだろう。著者は、序章を読めば明らかに、「親米」の日本人に忸怩たる思いがあるようだが、私なんぞのように十分「親米」に毒されている人間には、具体的な代替案がないのに変に「反米」になって余計な政治的ストレスを感じるよりは、植民地根性丸出しでもいいんじゃないのと思ってしまった。

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2007年3月14日 (水)

加藤徹『貝と羊の中国人』新潮新書、2006年

新潮新書といえば、『バカの壁』『国家の品格』とヒット作を生み出すシリーズであるが、そうであるがために、ある道の大家がエッセイを書くという形式という先入観のため、どうも手が伸びなかったのだが、これは当たりだった。やはり話題の本というのは、それだけに面白いのだなと思わせるつくりになっている。読めばちょっと頭がよくなった気になれるをコンセプトにしたような編集方針に徹しているのが、逆に立派である。

まず本書では中国の建国の歴史の一幕、殷周革命から説き起こされる。殷は農耕民族であり、また物質的な財貨を重んじた。彼らの貨幣は子安貝を用いており、そのため有形の財を表す漢字は「貝」がつく(財、費、貢、貨など)。また多神教で物質的な供え物を好む神を信仰していた。殷人は自らの王朝を「商」と名乗っており、王朝滅亡後は亡国の民となり、彼らは物財のやりとりを生業としていたため、「商人」「商業」の語源となった。

一方、周は遊牧民族とつながりを持ち、「羊」と縁があった。荒漠たる大草原や砂漠地帯を移動して暮らす遊牧民族は、空から大いなる力が降ってくるという普遍的な一神教を信仰しやすく、周人は「天」を信仰した。「天」はイデオロギー的神であり、物質的な捧げ物よりも、善や義や儀など無形の善行を求める。これらは「羊」がつく漢字である。

というわけで表題の「貝」と「羊」は、これらの歴史に由来し、帯の「金もうけと共産主義が矛盾しない不思議な国」というのも、中国人をつくっているのは「貝の文化」と「羊の文化」が同居している歴史によるものだとされる。

これだけでもじゅうぶん興味深い、明日にでも使いたいトリビアルな知識を得ることが出来るが、本書はページを開けば、そこかしこにこうしたネタが満載である。

例を挙げれば、殷周革命は紀元前10世紀頃だが、近年の調査により日本の弥生時代の開始は紀元前10世紀頃であり、大陸の動乱が玉突き的に東アジアの民族大移動を促し日本にも到達した(15~16頁)。

神武東征の長髄彦の神話は、弥生系と縄文系の出会いという太古の記憶に由来し、現に縄文人のスネは相対的に長いことが分かっている(16~17頁)。

中国の王朝は、人口増と許容農業生産力の関係により衰退し、荒々しい動乱期の人口調整によって新王朝が生じる(86~89頁)。

過去の王朝の最盛期の長短は様々だが、最も短かった北宋の最盛期が短かったのは、官僚主義の蔓延と国防費の増大にあった(100頁)。

中国の歴史の黒幕は士大夫であり、彼等を中間支配階層として皇帝だけは代るというシステムをつくりあげた。現在の士大夫は共産党員である(119~131頁)。

中国の英語名は、「people's republic of China」だが、英米の百科事典の逐語訳では「central glorious people’s united country」である(189頁)。

日本では1930年まで中華民国を「大支那共和国」と呼称していたが、それ以後は「中国」と呼ぶようになった。また1940年の中華民国南京政府の要請により、段階的に「支那」呼称をやめていく約束をし、第二次大戦下の刊行物では地域名称としての「中国」が普及しだした(205~206頁)。

等々と知っているようで知らないような知識が本書には充溢している。とりわけ「支那」の話など、これまで呉智英氏や高島俊男氏や小谷野敦氏が「支那」は蔑称ではなく、中性的な言葉だとし、欧米には「支那」を意味する「チャイナ」を容認しておきながら、漢字圏では「中国」と呼ばせるのは「中華思想」の表れ、と述べてこられた。本書でも「支那」は中性的な言葉だとしているが、著者は「では、中国人が日本をジパングと呼んできたら?」と仮定し、同じ漢字を使っているなら「中国」と呼んだ方がよいと提唱する。これは第二次大戦中に「中国」が普及していたのだし、仮に戦争に日本が勝利しても「支那」は死語化していただろうという歴史的背景も補強している。どうしても「中国」と呼びたくない人は「震旦」と呼べばいい、というのもかねがね私も思っていたので、意を強くした(別に「震旦」とは呼ばないが)。

本書に対して、特にここがおかしいなどと目くじら立てる必要はないだろう。ただご関心のある方は読んだ方がいい、単純に面白いから。ただどこまでもネタでマユツバ的なのも確かなので、そこは慎重に、疲れた頭を癒す読書のためにお薦めです。

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2007年3月 9日 (金)

坂野潤治『未完の明治維新』ちくま新書、2007年

『昭和史の決定的瞬間』『明治デモクラシー』につぐ、坂野史学の廉価版かつ普及版の新作。坂野史学の特徴は、巧みなグループ分けによる勢力抗争、勢力抗争の根拠となるものにイデオロギーだけではなく財政的問題への目配り、戦争は民主化を抑制する、といったところか。本書もこのエッセンスを十分に生かした好著で、読んでいて飽きさせない読み物になっている。

本書の執筆動機は、おそらく1864年の西郷隆盛と勝海舟の会談の模様を西郷と、同席した吉井友実が大久保利通に送った手紙を『大久保利通伝』(1910年)で「発見」したことにあるだろう。そこでは、西郷の勝への心酔ぶりと佐久間象山への高評価、吉井が勝から大久保忠寛と横井小楠について聞いたことが書かれている。そこで著者は、佐久間の近代化論、大久保の議会論、横井の富国論とを明治維新の立役者西郷隆盛が承知もしくは理解していた、と解することで、明治維新とはこの三論の実現にあったと説明する。

このように解釈すれば、「尊皇攘夷」のスローガンによって倒幕した維新政府が難なく「攘夷」を捨て去ったことや、王政復古を唱えながらも近代化=西欧化路線を目標に据えられたことも簡単に説明できるというわけだ。この政治史における分かり難さを解きほぐして、一次資料を巧みに利用することで分かりやすい日本近代史像を語るのが坂野氏の魅力である。

この分かりやすさに日本近代史プロパーの方々には不満で、坂野史学をけなす向きもあろうが、そういうつっこみをいれられるというのも返って魅力になるのだし、また、そんなこといってるなら、もっと面白いものを書いてくれ、と希望したい。以前著者にお会いした時、「人の書いてるものを読んでるようじゃ、有名になれないよ。自分で歴史を作らなきゃ」とおっしゃっていたことを思い出す。

本書の動機が西郷にあるため、どうも西郷への過大評価もあるんじゃないかと思える部分もある。例えば、一般には西郷が目指した体制は「士族独裁体制」であり、もし西南戦争で西郷が勝ったならば、そのような体制が出来ると考えられるが、著者はこれを言下に否定する。その根拠は冒頭に挙げた西郷・勝会談にある、というのがその主張である。たしかに西郷自身は、象山的強兵論、大久保(=木戸孝允)的議会論、小楠(大久保利通)的富国論のすべてに理解があったかもしれない。しかし、彼の支持基盤は如何なものであっただろう。彼らは象山的強兵論の国防という制限を乗り越え積極的強兵論に近い位置にあったのではなかろうか。西郷は彼等を完全に統制できただろうか。

本書では、大久保利通を「富国」派=「上からの工業化」の巨頭として描き、その目的の達成のために対外戦争を抑制する行動を取ったとされる。しかし、その大久保が実権を握っていた時期に台湾出兵や対韓武力外交を行ったことに、支持基盤である薩摩や海軍の離反を懸念してという政治的要因を指摘している(161頁)。また西郷の征韓論も、彼の右腕桐野利秋の征台論や薩摩ナンバー3黒田清隆の対露一戦論を抑えるために、「征韓論」というポーズをとったとされる(105頁)。このように大将と部下の意志が合わない場合、彼等を抑制しつつ満足させるようなポーズを大将はとらなければならない。そうした中で、大久保より部下への同情が強い西郷が彼等に引きずられる可能性はより強かったわけであるから、著者がいうように西郷勝利後に明治憲法体制ぐらいのものができたようには思えない。また著者の戦争が民主化を押し留めるという史観から、西郷が部下に引きずられてはやばや日清戦争の準備を始めたとすれば、憲法の制定は遅れ、少なくとも19世紀中は「士族独裁国家」ともいえる体制が続いたのではないだろうか。このあたり、少し西郷に入れ込みすぎではないかと思ってしまう。

とはいえ坂野史学は可能性の史学である。坂野氏は「近代日本も結構いい国だった」ということを証明しようと思って近代史の民主主義思想や民主主義的実践を描こうとしているのではなく、研究対象に選んだ以上、少しは自分の価値観と響きあうようなものを見つけたいと思って描いているのだろう。坂野史学の登場人物たちの細かな実践を描くことで、大枠としての日本近代史は塗り替えられるものではない。しかし、坂野史学は、我々の近代史への知的好奇心を満足させるし、現在における政治的実践に何らかのヒントとなるものを与えてくれるだろう。学問は政治とは区別されるべきで、実証に裏打ちされつつも、あくまで本人にとって面白く、また読者にとっても面白ければいいのではないか、と思えてしまうのが、本書の魅力である。

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2007年2月27日 (火)

掛谷英紀『学者のウソ』ソフトバンク新書、2007年

ずいぶん熱の入った新書を久々に読んだ。というよりもこれほど真面目な人もいるんだな、と感心させられてしまった。本書冒頭に挙げられている「住基ネット」反対や「ゆとり教育」、「脱ダム宣言」など多くの人が胡散臭いなぁ、と思っていたことが、どのような論理展開によって主張され、また失敗しているのか、ということを丁寧に論証している。こういうのを読むと「胡散臭い」と思ったことは、ちゃんと調べれば、本当にいい加減なものだということがよく分かる。「胡散臭い」連中だ、と思ったことは、ただ何となくそう思うだけで否定的見方をするのではなく、検証する必要がある、または検証すれば誤りが確信できることを教えてくれる。

本書の主張は、学問という名を使って政治的に利用する連中がいる、ということだ。つまり学問を歪曲することで自らの主張を通そうとする人々への批判である。本書の専門用語での勘違いはいくつか見られるような気がするが、それがあるとしてもこれはじゅうぶん良書である。ここまで徹底的に、そして真面目に支配階層である「学歴エリート」の欺瞞を追及する論者は珍しい。ちょっと干されないか、また彼が批判するような利用のされ方を保守派にされるのではないかと心配するほど、率直だ。でも、ここまでやる著者の志操に感服されざるを得ない。

本書でも触れているが、赤川学『子供が減って何が悪いか』(ちくま新書)で提示した「男女共同参画は少子化に影響はない」という主張は、大変刺激的で、誰もがそうだろうな、と思っていたことを学問的に論証し、あろうことか統計に数々の恣意性まであることを指摘した貢献は有益だった。その後、この議論はどうなっていたのか、しばらくは関心を持っていたが、特に世の少子化問題に影響を持っているわけではなく、従来どおりの「男女共同参画は出生率を上昇させる」という主張が通っていることをみると、赤川氏にも問題はあったのかな、と何となく思っていた。しかし、著者はその後の議論を追っており、どうやら無視されるか、消極的に反応するか、開き直るかで、徹底的に批判を受けたりしたわけではなく、赤川説はまだ否定されていないらしい。となると少子化よりも男女共同参画の方が望ましいので、これはスルーされてしまったとみるべきなのか。しかし、いまだに「女性が住みにくい国だから、出生率が上がらない」というような、ますます男女共同参画をすすめる政策が進められている。これはどうしたわけかといえば、結局のところ、政治家がそんなことを言えば、これまでの政策の責任をとらされるし、女性票も逃げていく、共働きが多いエリート層であるメディアも言い出せない、というような悪循環が原因となろう。

しかし、これっていいことなのか。男女共同参画、これはいいとしよう。多様な生き方が求められるのは当然のことだ。しかし、これが「少子化対策」と銘打たれて税金を投入されるとなると問題だろう。先だっての「柳沢発言」の時も彼を批判する論者の多くが、「少子化問題の本質をわかっていない」と述べていたが、彼らの「本質」とは男女共同参画のことなのだろう。しかし、これは学問の恣意性による統計を根拠としたものであることが、明るみに出ている。もはや誰も「本質」など分かりはしないのに。

もし仮に「本質」が若者の失業や低収入によって晩婚化がすすんでいるものだとしたら、現在の少子化対策の予算は、景気浮揚のために使われるべきで、現在の予算は縮小されよう。しかし、これは少子化を男女共同参画に利用しようとする者たちや、厚生労働省が黙ってはいまい。やはり彼らを説得するための論理とデータがなければならないのだ。だが、誰もこれをあげてくれる人がいない。赤川氏が論証しているのに。

著者は、現在の日本の「右傾化」の原因は、「左翼のウソ」にあるという。たしかに「左翼」は嘘をついてきた。90年代の『ゴーマニズム宣言』人気や昨年の『嫌韓流』ブームも、彼らの嘘を追求することに読者が感心したことにあった。そもそもは戦前・戦中の「右翼」や政府が嘘をついてきて、これを徹底的にあばいたことに「左翼」人気があったはずだ。しかし、現在彼らはその記憶に胡坐をかき、「嘘」をつき始めてしまった。これは憂慮することだ。

以前のエントリーでも再三述べてきたように、彼らは自分たちの人気の原因をちゃんと理解すべきだ。彼らの人気は、「右翼」や政府の嘘をあばいたことにあるので、彼らに「正義」があるわけではない。彼らは自分たちの主張に「正義」があると思い込んで、嘘までついて「正義」の実現を図ろうとする。しかし、大衆は賢くて、彼らの批判には耳を傾けても、「正義」には無関心だった。そうでなければ、保守政党がここまで政権を維持し続けることは無理だろう。だから、彼らへの信頼とは、嘘を暴く側としての倫理に裏打ちされている。それなのに彼らが嘘をつき続けていることが明確となるならば、彼らへの信頼は地に落ちて、誰も耳を傾けなくなる。そうなれば、「右翼」や政府への信頼が高まってしまうのは当然であるし、「左翼」の追及も力を持たなくなってしまう。現在の「右傾化」を他人事のように憂慮するのではなく、もういいかげん政治主義はすてるべきではないのか。

本書は、「左翼って、信用おけねぇな」と思われるためのものではない。むしろ「左翼」の方々に読んでもらって、その反応をみたいものだと思う。少し売れて欲しいな、と思う、著作ではある。

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2007年1月24日 (水)

鹿野政直『近代社会と格闘した思想家たち』岩波ジュニア新書、2005年

本書で分かったのは、二点。自分が随分と不勉強であったこと、なぜ団塊世代の日本政治思想史研究者が近世をやるのか、ということ。

1点目に関しては、分かりやすい。本書は各人5、6頁の列伝方式で25人もの人物をとり上げているが、正直言って「誰よこれ?」という人が多い。かつて橋川文三が民権運動か何か(失念した)の研究書を読んで、「明治期の人物については、ほとんど知っているつもりだったが、見知らぬ名前が多いことに驚いた」というのを読んで、いつかは自分もこういう発言をしたいものだと思ったが、私は本書のようなものでも、それにぶつかった。

名前ぐらいならという意味でだいたいは見知った人物ばかりだが、「野村芳兵衛、誰?」、「若月俊一、誰?」、「知里真志保、誰?」、「黒島伝治、誰?」というように、一般概説書では現れない人々にふれることができたし、「山宣」こと山本宣治は政治史で現れる暗殺された無産政党の代議士とセクシャリティ研究に現れる生物学者という双方は知っていたが、どうもそれが一致していなかった私には大変勉強になった。本書がイマイチマイナーな人物を取り上げるのは、本書がテーマにする「近代の日本思想」ではなく、「日本の近代思想」(著者には同名の著作がある)によるものだろう。前者は、近代を指標とする視点からえがく方法で、後者は日本における近代を問題にする視点だ。この後者の視点が2点目に繋がる。

日本における日本政治思想史の創始者は丸山眞男だが、彼の前期における後継者は主に明治期以降の近代のゆがみを問題にする研究者が多く、また対象が近代もしくは現代だけに「政治学者」という肩書きにもピタリとはまるような人が多かった。しかし、後期の後継者となると徳川思想史を専門としたり、それからの延長で近代思想家を扱う「思想史家」が多いように私には思われた。これは何故だろうと思っていたが、本書のプロローグを読むとなるほどと思うことがある。

それによれば、1970年前後、「その時期に噴出した公害、ひろがった大学紛争、爆発したウーマン・リブ、さらにベトナム戦争は、いずれも関連しつつ、『近代』を問う性質を帯びていた」(4頁)という。なるほど、現在の50代の研究者はまさにこの時期に自分の研究課題を探す時期にあたった。彼らが「近代」を相対化する目的のために、従来のいかにも「近代」の人物を焦点とした研究をすることには躊躇が生れよう。しかし、ならば何故、本書がとり上げるような「近代」から片隅に追いやられたような人々に目がいかなかったといえば、要するに個々人としては興味深く、また価値のある人々であったには違いないが、研究対象としては物足らなさがあったからだろう。もっとも、これは丸山の弟子というくくりに限られる。丸山に直接指導されたわけではないが、久野収に弟子と思われていた評論家松本健一氏の初期の作品は、「近代」日本と闘い、周縁に追いやられた人々を焦点に当てているし、私学出身者も同様の傾向がある。

これが現在40代の研究者になると、また近代に戻っていく。これは、上の世代への反発もあると思われるが、何よりも「近代」を問題にする以前に、日本に「近代」なんてあったのか?という疑問が生じて、やはり「近代」を中心に研究せざるを得なかったように思える。しかし、80年代のポスト・モダンの影響も受けているために、別に「近代」を絶対視するようなドロくささはなく、その一方で「近代」を自明のものとした上で、それに何かプラスアルファできる価値を探究しようとしている。

さらに30代になるとまた近世に戻る。これは、彼らが研究生活に入り始める時期に脂ののっていた世代が、現在の60前後にあるため、手本とするのが近世のものという意味があろう。この時期になると政治思想史が歴史学化して久しくあるため、大きな問題関心というよりも専門領域として確立された政治思想史を学問として純粋に取り組んでいるのかもしれない。

とすると、20代は?また近代に戻るのだろうか。たしかに彼らの学生時代には、近代史が政治問題化する時期にもあたっていて、そこへの関心は否応なく押し寄せてきただろう。さらにそれに付随して、戦後日本のあり方も問題視されるようになった。うーむ、どうなるのでしょう。

鹿野著からはかなり離れてしまったが、本書を読むとこのような印象を持ってしまった。このジュニア新書って、おそらく中高生向きに書かれているのだが、本書を手に取る中高生はいるのだろうか。普通の中高生はこんな本読まないし、ちょっとレベル高かったりすると普通の新書だし、かなり高いと岩波文庫にいっちゃうだろうし。ちょっと日本思想に関心のあるおじさんや教師のネタ本用のような気がするのは私だけでしょうか。

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2007年1月 4日 (木)

仲正昌樹『前略仲正先生ご相談があります』イプシロン出版企画、2007年

明けましておめでとうございます。年末は、聖書を読み、ユーラシアの西半分の人々は背後にコブシを握った上で思想を語る背景を知った気になり、BUCK-TICK武道館ライブで旧年の厄を落とし、年始は四書を読んで東アジアの君子以外の人々は国家よりも社会において自らある位置で切磋琢磨する精神もつということを知った気になりました。本年はどのような年になるでしょうか。

さて、新年早々面白い本を読んだ。面白い本というのは、引っ掛かりがなく考える間もなく次々に読み進めてしまうので、記憶に残り難く、「ああ、面白かった」という体験だけ残る。本書もその例に違わない。忘れないために少し書く。

社会思想史家仲正昌樹氏は、一部の方々に多大なる支持を受けていて、私も御多分に洩れず、研究書以外のものは好んで読んでいた。しかし、単行本派の私は『ダカーポ』誌上で仲正氏が硬派問題からどうでもいいことまで縦横無尽に語っていたなどということは知らなかった。本書はそれの書籍化である。

本書を通読して思うことは、普通の人の感覚というのは、文筆家には持ちにくいということだ。やはり文筆で食っていくには、通常とは異なる感性なり、視点、情報や能力がないとやっていけない。それがために彼らの言説は、一般の人からかなり異なるものとならざるを得ない。この普通の感覚で表現するというのは、かなり困難なことで、自分に自信がないとなかなかできることではない。何か、それに一つの武器をもって、スパイスをつけないと読んでいてむなしいだけだ。そうした稀有な才能を持った人に内田樹氏がいた。彼の『ためらいの倫理学』を読んだ時は、「凄い人がいるなぁ」と感心したものだが、いつの間にか人気著作家となっていて書店でコーナーが出来るほどになっていた。しかし、近年の氏は、ナショナリストを精神障害と揶揄したり、団塊世代的反米意識を強く押し出したりして、いかにもな言論人となってしまい、興味を失った。そのような時に内田氏同様、普通人の感覚を現代思想で味付けした言論を仲正氏がやり始めた。

もっとも仲正氏はかなり変った人であるらしい。大学在学時には統一教会に入信していたり、いわゆる左の方にシンパシーを感じ、そちら方面で活躍していたと思っていたら、右派オピニオン誌『諸君!』に出始め、それをお仲間に非難されると怒りの反論を書き、しかも他でも言っていたかもしれないが、『諸君!』で「性交したことはない」と書く必要もない文脈でなにげなく書いてみたりと。しかし、それでいて本書で語られる彼の視点は、まさに普通人の感覚で、それを哲学的に語るという手法がとられている。

例えば、憲法9条の問題。氏はあっさりと「放っておいても改憲しても、実際にはあまり変らない」(15頁)と言ってのけてしまう。これって、9条あってもイラクに自衛隊派遣できた現在では皆が思っていることではないか?結局のところ、9条変えたって、日本に期待されるのは、今回ぐらいの自衛隊派兵を神学論争抜きで円滑に出来るといったぐらいで、実際に戦争行為を行うとは考えられ難い。ある程度の国際協力はやらざるを得ない。金だけだというのは忍び難い。しかし、戦場で軍同士の命の取り合いをすることは避けたいが、治安維持活動ならやむをえない。というのが、現在の日本国民の感覚ではないか。しかも、実際に戦場で活動しなくても、戦争支持の言明と治安維持活動でずいぶんと米国に感謝されて、対日政策にも配慮を見せてくれたことを考えれば、国家の威信を見せたい改憲派としても9条あってもかまわないのではないか、と思えてくる。護憲派にしても変えてもこの程度ぐらいかな、と思ってるのではないか。だから、以前ほど改憲も護憲も騒がれない。改憲派も護憲派も安倍改憲内閣に対して、けっこう消極的なのは、そのせいではないか。もっとも政権側としても改憲でドラスティックに変りますという、メッセージを送れないのは護憲派を力づけてしまう配慮からだろうが、前政権のように郵政民営化で日本が変るというメッセージを送れない分、最重要課題にドラマ性を付与できないジレンマがあるだろうけど。

しかし一方、こうした状況を読みきれていない「左翼」の人たちがいる。仲正氏は、「右翼」というより「保守」の人たちに抑制的であるが、「左翼」に手厳しい。この場合の「左翼」は、大きな物語を必要とする理想主義者たちで、「保守」とは今現在に結構満足している人たち、「右翼」は保守的だが理想を持ってしまって大きな物語がないと満足が出来ない人たちである。氏は「右翼」は相手にするまでもないと思っているのだろうが、「保守」はあまり相手にすると相手を大きく見せてしまって、かえって肩透かしを食らって自分がバカを見ると考えている。これは安倍晋三首相を論じたところで見ることができる。つまり左右両翼の理想主義者たちは彼をあまりに大きくみすぎて、単なる保守政治家であるということを観察できなかった。そのため、随分と彼を大きく見すぎて非難していた「左翼」が本当に憐れあった。9,10月の朝日新聞には哀愁があった。仲正氏は本来は「左翼」にシンパシーを感じている人だから、こういう「左翼」に憤懣やるかたなかったのだったろう。これでは、ますます「左翼」が信頼を失って、彼らの言説は見向きもされず、「保守」の好いようにされてしまう。外では金正日氏が安倍内閣の最大の応援団であり、内では「左翼」が自民党の最大の応援団になってしまう。そもそも自民党が政権を保ち続けていたのは、そういう「左翼」のおかげだったのではないか。仲正氏の「左翼」への厳しさは、戦略の練り直しを促しているあたたかい叱責だ。

本書で勉強させられた一つに、東アジア集団安全保障体制の見取り図がある。仲正氏は、集団安保には軍備に対する透明性が必要との認識から北朝鮮の崩壊後にこれは進展するという。それは中国の国益から見て、ありえるとする。つまり、中国が現在の版図を維持したいのなら、集団安保体制の枠組みに入り、チベットやウイグルで緊張があった際に米国を含む多国間の合意の下で解決を図るという正当性を得ることだ、というのである。たしかに現在の状況で内乱が起きた際、中央政府のみで鎮圧すれば、国際的な非難を浴び、孤立する可能性がある。しかし、集団安保の中で解決するなら、中国だけが悪者になるわけではないし、仮に独立する方向になっても中国のイニシアティブは維持できると考えられるからだ。中国分割論を唱える「右翼」には悪夢のような話であるが、実際の危機の際には、こちらの方がより安定した秩序を保つことが出来よう。中国一国で解決しようとして米国と緊張を高めるより、米国が一枚かんだかたちでの解決がより望ましい結果になる。しかし、米中という二大国に牛耳られる安全保障体制の中で日本の役割如何?ということになるが、やはり上記のように大して期待されないだろう。平和と豊かさとちょっとの自由を欲する一般国民は中国の風下に立つのは許せないというナショナリズムを抑制しつつ泰然自若として3番手に甘んじるという余裕が必要となるだろう。

しかし、まぁ、この他にもいろいろ勉強させていただける面白い本です。これは。

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2006年12月21日 (木)

平成18年極私的新刊書ベスト5

今年もいつの間にか終ろうとしている。日本テレビ史上最悪の傑作『戦国自衛隊』(ポイズン主演)をみて嘆息したのが1月だったことに驚くぐらい早い一年であった。そこで今年出版の新刊書の中から、興味深かった著作をランキング形式であげてみたい。

しかし、私はあまり新刊書を読まない。こう日々有象無象が出版される中、それらに目を通すのは時間とお金の無駄である。何年か立っても、まだ輝きを持ち続ける古典を読む方が有益であるし、他人に自慢できし、値段も安かったりする。しかし、一方で周囲で話題になっているものも読まないと、乗り遅れてしまう。そのため、ほとんど時間をかけずに、世の風潮をたどることができる読める新書本は有益だ。だから、ここで取り上げるのは、ほとんど新書本ばかりであることをお断りしておく。

第1位 苅部直『丸山眞男』岩波新書

第2位 宮城谷昌光『三国志』第4巻・第5巻、文藝春秋

第3位 井上寿一『アジア主義を問いなおす』ちくま新書

第4位 竹中治堅『首相支配』ちくま新書

第5位 安倍晋三『美しい国へ』文春新書

次点  ディケンズ/池央耿『クリスマス・キャロル』光文社古典新訳文庫

金返せ 御厨貴『ニヒリズムの宰相』PHP新書

こんなところです。

第1位苅部著は、これまで1冊の著作と多くの学術論文を発表してきた著者の待望の新著。丸山眞男はもう既に丸山産業といわれるぐらいの一大ジャンルで、多くの著作や論文がある。これらの丸山本と本書を分かつのは、やはり「神様」丸山眞男を一人の人間として評伝スタイルで書いたことにある。これにより丸山の思想を賞賛するなり否定するなりして体系的にとらえようとしたものとは異なり、その時代に実際に生きて、考え、表現した丸山という一人の学者の姿が浮き上がってくる。しかし、一方で丸山の研究業績や思想というこれまで論じられてきたものに、あまりふれていないという面もある。そのため、「丸山なんて知らないよ」という読者には本書の衝撃が伝わらないかもしれない。新書という一般向けの著作でこれらをくだくだしく論じることはあまり相応しいことではないかもしれないし、著者自身も新書メディアを理解して省いたと思われるが、著者なりの解釈をみせていただきたかった、とおもう次第である。また、著者とりわけ本書には学恩を感じざるを得ない部分があった、というわけで1位にしたわけではない。この読書体験は本当に素晴しいものであった。

第2位の宮城谷著は、これまた使い古された題材である三国志を殷から漢帝国成立までの物語をつむいできた著者だからできる三国志の決定版である。これは本当に面白かった。10月下旬に1週間で既刊の1~5巻を読み、それでも足らずに『文藝春秋』から連載中のものをコピーに取り、さらに『香乱記』(いまいち)、『重耳』(傑作!特に上巻が)、『管仲』(まぁまぁ)、『沙中の回廊』(うーん、どうでしょう)を年の瀬にかけて一気に読んでしまった。大昔に『王家の風日』を1冊読んだきりの私がこれほどはまるとは、中国古典ものは年をとらないと面白さが分からないということか。さて、本著であるが、これまでの三国志は通常、黄巾の乱から始まることを常としてきた。しかし、驚くべきことにこちらは後漢中期から始めてるではないか。そのため、三国志を気軽に楽しみたいと思っていた私のようなにわか三国志ファンは、連載1回目を読んだ時、「これ、三国志?」と思って、視界から消えていた。しかし、本書を読めば、一般の三国志の導入部にみられる宦官という人々が何故力を持ったのか、という問題をすんなり理解できるのだ。しかも、後漢末の腐りきった歴史を見れば、董卓など残虐ではあるが、比較的人物が立派であることが分かる。また、本作の特徴的なモティーフに勤皇思想というものがある。まさか呂布を勤皇家とする発想はなかった。そう考えれば、たしかに無軌道に見える彼の行動もストンと納得できてしまう。袁紹と曹操の違いというものも、この勤皇観というものでも差が出てくる。袁紹は始めから易姓をくわだてており、曹操は元来は漢王室復興のために行動してきたとも思えてくる。さらに他の宮城谷作品にふれて正史三国志を読み返してみると、なるほどこれまで読み飛ばしてきた春秋時代の故事が小説とともに甦り、面白さも倍増する。本当に三国志に興味のある方は、北方謙三など読まずにこちらをお薦めする。余談だが、本書で劉備が関羽と張飛と寝所を共にし、二人がいない時は趙雲と共にしていたという記述がわざわざふれてある。これによって何となく気づいたことだが、曹操は艶福家だけに女性のエピソードがふんだんにある。孫呉も大橋小橋のような話がある。劉備陣営は男と男の絆ばかりである。さらに劉備は妻子を置いてさっさと逃げ出す男である。これって劉備軍が男色集団に見えてこないか?劉備の下にあまり人材が集らないのも分からないような気がするというのは、ヘテロの偏見だろうか。

第3位井上著は、現在日本政治外交史を代表し、近年オピニオン誌にも進出し始めた著者の一般書デビュー作である。従来、アジア主義といえば侵略のイデオロギーであり、また欧米列強に対する弱者連合の思想と思われてきた。しかし、著者は1930年代に構想されたアジア主義を再検討して、米国抜きではやっていけないアジア主義という側面を強調する。これは1930年代に詳しい方々には常識なのかもしれないが、一般にはよく知られていないことである。おそらく著者は冒頭でふれられる学生たち同様に、若き日はゆるい反米志向をもって日中関係を研究されたのかと想像される。しかし、調べれば調べるほど、東アジアと日本とが、米国と切り離してはやっていけないということに気づき、安易な反米思想に距離をおくことになったのではなかろうか。これは、半可通ではないアカデミックの世界で活躍された著者だからできる一般読者への貢献である。また、本書は研究者が一般向けにやさしく書いただけという新書ではなく、オピニオン誌などを読む評論消費者が反応する評論家や著作などにも言及して、読者をしっかりと想定する心遣いとともに、著者の博覧強記ぶりもうかがうことができる。本書で注目すべきは、アジア主義と親米路線の両立を米国もアジアとの連携がある日本の方が魅力的であり、単独主義に向かいがちな米国をつなぎとめる役割を果たすところまで押さえていることである。日本の利益、米国の利益、そして国際秩序の安定までアジア主義に意味を持たせる視点は従来あまりなかったのではなかろうか。その現実性という点ではまだまだ疑問がつくが、これにより、現在のアジア志向の反米リベラル派に冷や水を浴びせたかたちとなったことはたしかであろう。

第4位竹中著は、小泉政治を総括するにあたっての好著である。小泉政治という個人のパーソナリティが強調された政治が、それ以前からの制度変更に準備されていたという視点は、分かっているようで分からない部分である。それを政治改革の時期からの政治史を追っていくことで見事に解き明かしてくれている。しかし、首相選出過程の変化についてはおそらく今後も本書の視点は有用であるが、小泉後の現在の状況をみるに運用に関しては、やはり個性がものをいうのだな、と思ってしまう。

第5位安倍著は、内容は大したものではない。しかし、現在の首相の思想を読み取るということでは大変有益であった。これについては以前論じたのでそちらを参照していただきたいが、安倍首相について論者の思い込みによって、勝手に論じている状況ではよく読み込む必要があるのではないかと思う。しかし、これまでの日本の首相は突然就任してしまうというケースが多かったのに反し、数年前から準備していた者がなれば、かなりのことが出来るのだなぁ、と思ってしまう。また、安倍首相はかなりの政治巧者でそれを読み解くことは難しい。例えば、復党問題などは、参院に恩を売りつつ抵抗勢力に見立て、総裁戦で矛を収めざるを得なかった候補者見直しを実行するための巧妙な政治技術ではないか。そのため、荒削りな前首相の分かりやすさに較べて、魅力が減じるのはやむをえないだろう。

次点。実は私はこの時期になると『クリスマス・キャロル』を読むことにしている。日本の中間大衆層出身にありがちな身の程知らずに競争社会を支持したがる性向を修正するために、、、というのは出来すぎだが、単に面白いから。これまでは村岡花子訳の新潮文庫を読んでいたが、この新訳は非常に良くできている。また、この新訳文庫シリーズは、訳が古くなり、現在の読者には違和感を感じさせる古典を現代の言葉で訳しなおしてくれている。言語は50年もすればかなり異なり、100年前のものだと辞書を片手に読まなければならなくなるのだ。現在は主に文学が訳されているが、カントやレーニン、ミルなど思想系にも目配りがきいている。今後は社会科学系にも挑戦して、難訳が多い岩波文庫にとってかわって、廉価で教養を手軽に得ることができる社会に貢献して欲しい。

金返せ。いやほんとに新書をバカにしているのか、という作品である。おそらく口述筆記だろうが、著者にはちゃんとしたものを書いて欲しかった。期待値が高かっただけに、不満が多い。どうもPHP新書は編集者の関与が低いのか、面白いものが少ない。一般書というものは、学者さんが好き勝手に書いても面白いものが生れない。学者は小難しいものを書くか、読者をバカにしたものしか書けない。その部分を、想定読者をリサーチして、それに見合った内容と文体に補う編集サイドの能力がなければ、ダメである。おそらく本書を手にした読者は、こういったものに満足できる人たちではない。『バカの壁』とは読者層が違うのだ。

以上こんな感じのラインナップでした。次回は極私的CDベストを書く予定です。

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2006年9月23日 (土)

岩田規久男『「小さな政府」を問いなおす』ちくま新書、2006年

「小さな政府」の議論について、イギリス、スウェーデン、鈴木善幸内閣以来の日本の歩みと小泉改革を検討することで整理している。小泉内閣後の現在、必要とされる知識を網羅的に述べられており、非常に有益な著作。

「結果の平等」と「機会の平等」の対立の中で、著者は後者をとり、それを実現するための処方箋として、①「公正なルールを持った競争的市場と効率的な政府の確立」と②「「小さな政府」の下で発生する格差問題に対する政策」を提言する。前者は「田中角栄社会主義革命」以来の地域間格差の是正をやめ、財政の効率化をはかり、後者は失業者や非正規社員が再挑戦可能なように能力を高める公的支援政策や「機会の平等」を拡大するために教育切符制度の導入を訴える。

著者の考えでは、①は小泉内閣である程度実現されたと診断し、問題は②ということになる。

ん、ちょっと待てよ。これって、安倍晋三『美しい国へ』に書かれてある政策提言ではないのか。安倍内閣で著者が経済ブレーンで入ることって、アリかもしれないな。閣僚は無理かもしれないけど。

最後の最後にまでインフレターゲットを主張しているのは、リフレ派経済学者に重鎮としてご愛嬌だが、小泉内閣への評価の部分はかなり的確のように思える。

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2006年5月29日 (月)

苅部直『丸山眞男―リベラリストの肖像』岩波新書、2006年

著者が序章で述べているように、丸山に関して、多くの賛美本、批判本が溢れている。
しかし、それらは丸山の思想を体系的に論じようとするあまり、あるイメージを作って、それを賛美したり、批判したりと堂々巡りのものがあったり、同時代人が了解するだけのものや偶像破壊のものばかりだ。本書は、そこから抜け出して、時代と丸山がどう向き合ったかという一人の知識人として丸山を扱っている。丸山自身、自らを「プラグマティスト」と規定する側面もあるのだから、丸山を論じるなら、こちらの方が適している。
本書は著者はじめての新書であるが、学者にありがちな研究書的な生硬さはなく、新書という媒体を理解した体裁で、読みやすい。各所で見られる引用の妙も読者に新鮮な読書体験を与えてくれ、政治学者の著書ではなく、文学者の手による評伝を読んでいるようだ。これも著者の該博な知識に裏づけられた余裕によるものだろう。
多くの人に読んで頂きたい、そんな作品。

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2006年5月18日 (木)

Colin Farrelly "Introduction to Contemporary Political Theory"(SAGE Publications, 2004)

以前読んだColin FarrellyのChap.2 "Nozick and the Entitlement Theory of Justice"の感想、というよりあわせて拾い読みした『アナーキー・国家・ユートピア(上)(下)』(木鐸社、1985、92年)によったものになってしまった。

Farrellyのノージック解説は、Chap.1のロールズとの共通点と対比、最小国家や拡張国家批判を述べているが、注目すべきは第5節の「匡正原理」の問題に注目したところであろう。ノージックの議論は、ロックの所有権論を基盤としており、その所有権は正当な手続きによって得られたものでなければならない。また、正当な手続きで得られたものであるがゆえに、他への再配分は「強制労働」に等しいものだと批判できるのだ。しかし、歴史に縛られた我々は、歴史的に不当な財を得た者と不当な扱いを受けた者とが存在してしまう。ノージックは、正当な手続きへの拘りから、この歴史的な財の移転や取得を問題とし、彼らに賠償しなければならないとするのである。Farrellyによれば、これはノージックの最小国家論を掘り崩すことにならないか、というわけである。

しかし、ノージックの議論は、書名が表すようにアナーキーから国家の生成を、そして、国家とは最小国家以外に正当化できないことを論証し、その上で最小国家をユートピアとして提示するのではなく、最小国家の中の人々が自由にコミュニティを創るというユートピア形成の枠を創ることにある。つまり、ノージックの意図は、アナーキーに陥ることなく、もう一度、自然状態に近い状況を作り出すことで、最小国家内において個々人のイニシアティブによって社会契約のやり直しをさせて、国家にまでいかない共同体の形成を計るというものだ。そのためには、既存の共同体、文化価値をなくしていかなければならない。これが、ノージックの最小国家論を掘り崩す可能性をもった歴史的に不当な扱いを受けた人々に対して賠償をする匡正原理の問題を提出せざるを得ない要因となった。これは、ノージックが批判するロールズの配分原理と、現在を問題にするのと、過去を問題にするという相違あるものの、同様のものだ。もちろん、配分負担をするものが、全員か、過去に不正を働いたものとの相違はあるが。

ノージックは、「全員が住むべき最善の社会が一つある、という考えは、私には信じられない」(504頁)というように単一のユートピアは認めない。つまり、彼の最小国家論は、現実の政策論というよりもユートピアを形成するための枠作りでしかない。これはロールズが包括的原理を放棄して多文化主義に対応したように、ノージックは多文化主義に対応した構想を提示しているのである。そこで問題になるのは、ではその各人のユートピアを実現させる最小国家の運営は誰が任されるのか、という点だ。最小国家の枠内で各人は各共同体を形成するが、その前提となるのは暴力の独占と領域内の保護だ。しかし、各人が自分の好むように行動するならば、その枠を運営する責任を負う者がいなくなる。彼らをどのように調達するのか。もし管理機関を担うエリートは別に養成するならば、それはまた別のディストピアになりがちである。また一部共同体が他の共同体の権利を侵害する場合、国家はその調停を期待されるが、個々ばらばらな共同体で構成される国家がその調停に乗り出す正当性や権威がどのように調達されるのか。国家よりも各人の共同体を重視するものにとって、調停行動は他人事であって、それを強力に支援する基盤はない。基盤のない権力にどれほどのことができるのか。533~34頁で中央当局の役割が触れられているがノージックは明確にそれを述べてはない。どうもリベラリズム論は、国家即ち支配機関を外部的なものと考え、国家内の個々人に焦点をあてた議論をしがちであるが、その連絡に関する議論が不十分になりがちである。リベラリズムの議論が、バーリンの「消極的自由」と「積極的自由」の前者の優位に規定され続けるならば、それほどの進歩は期待できないと思えるのだが、どうであろう。

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2006年5月 4日 (木)

坂野潤治・田原総一朗『大日本帝国の民主主義』小学館、2006年

常に実証性と巧みなストーリーテリングで学会をリードしている坂野氏と「新しい歴史教科書をつくる会」や小林よしのりの『戦争論』など、歴史見直しが流行していた1997、8年あたりから妙に歴史に関心を持ち始めたジャーナリスト田原氏との対談本。とにかく、面白い。

私は田原氏は、「サンプロ」や「朝生」に出ている人といった程度の認識と興味で、著述家としての彼の作品は読んだことはない。しかし、宮沢喜一内閣総辞職のきっかけをつくった一流のジャーナリストだけあって、坂野氏の聞き役としてうまい仕事をしている。

内容は以前のエントリーでも書いた『近代日本政治史』や『昭和史の決定的瞬間』、『明治デモクラシー』に書かれた事をよりくだけた口調でお話してくれるものだが、最後のところで幕末での新しい見解を示されている。しかし、これも本書のあとがきを書かれた頃、直接お話を伺ったことがあるので私のとっての新しい見解というものはなかった。新しい見解云々よりも、やはりくだけた口調であるだけに著書に書き漏らすような常識的なことを分かりやすく説明してくれるところが魅力である。これは、田原氏の聞き上手なところに負っているだろう。

例えば、自由民権運動の発生の原因を語るところ。西南戦争時に農民を政府に取り込むために大減税を行い、一方で戦費捻出のために4200万円の紙幣を印刷してインフレを起す。そうすると地租改正で農業生産高に関係なく地代から税を徴収するため、インフレが起きると農民は得をする。そうするとどうなるか、「人間って豊かになると吠えたくなるんです」と民権運動の勃興を説明してくれる。この時期の概説書を読めば、書いてあるようなことを分かりやすく話してくれるのが、対談本の醍醐味である。本書には、こうしたエッセンスが多分に含まれており、坂野ファンにはたまらないのだ。氏の名論文「外交官の誤解と満州事変の拡大」(『社会科学研究』第35巻第5号、1984年)のあらましももったいないぐらいやさしくお話されている。このあたりもファンなら「これこれ!!」という気持ちになる。

あと、坂野氏が主張されている日中戦争前まで日本には民主主義があったということの根拠として、しばしば挙げられる昭和11年、12年の総選挙での社民勢力の拡大には、私は疑問に思っていた。何故なら、この当時の社民勢力は軍部とのつながりを重視し、ファッショ的だと考えていたからだ。しかし、坂野氏の主張は、社民勢力そのものではなく、総選挙時に社会大衆党が掲げた「反ファッショ」「反軍拡」に期待した有権者の投票行動にあったということだ。これを明確にしてくれた点、本書は有益であった。

後半のあたりで、坂野氏が戦前からずっと「象徴天皇制だった」と述べるのに、田原氏が「〔日本人は〕なぜ天皇制にそんなにこだわるのでしょうか」と問うのに坂野氏が絶句するところも面白い。以前、私も『自由党史』を読んで、何で板垣退助は勅使が来たからってほいほい参議におさまったのか分からない、と書いたが、坂野氏にも分からないのだから、今後の研究にも価値があるのかな、と思ってしまう。当面は天皇の問題を脇に置いた民主主義観をやろうと思っているけど。

それはともかく、本書はお薦めです。日本近代史プロパーの方は、頭休めに読んだ方がいいし、専門で学ぶ気はないけど日本史に興味ありという方は是非読まれた方がいい。絶対面白いんだから。

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2006年4月27日 (木)

ジェラルド・L・カーティス著/木村千旗訳『日本の政治をどう見るか』(NHK出版、1995年)

とある先生が外国からの留学生に「ちょっと古いけど、日本の政治を知るに最もいい本」と紹介されていた本書。その眼識に間違いはなく、本書は、分かりやすく、網羅的に日本政治に関する入門書として好著である。

著者の考えは、「世界のどこにも存在しない民主政治の理想のモデルと日本を比較することに警鐘を鳴らす」ということだ。今でもそうであるが、イギリスではこう、アメリカではこう、スウェーデンではこう、と国名を挙げつつも、その現実の政治ではなく、教科書的な理念を基準に日本政治の特殊性を批判するお説教的な言説がまかり通っている。しかし、こうした言説は、日本の特殊性を挙げつつも、その理想モデルを導入すれば、それと同じ効果をもたらすとの誤解が生じる。現実の政治は、各国の歴史と社会構造に拘束されるもので、そのように簡単にはいかない。そもそも理想的な民主主義国など存在しないのだ。各国ともそれぞれ問題を抱えつつ、現実の政治を営んでいる。著者は、そうした現実の政治の比較を通して、各国とも変わらないものと日本特有の現象を論じている。

そのため、本書は特別過激な書き方はなされていない。それ故に、10年経った今をほぼ正確に予見している。例えば、小選挙区比例代表並立制を導入すれば、大政党間の政策の違いが明確になるとの予測がされたが、そんなことはありえない。大政党は中位投票者について同じイメージを持つために、同様の政策を掲げざるをえないからだ。その時の選挙の意義とは、何であるか。著者は、リーダーの姿勢や政党の個性、個々の政策に関する優先順位の違いから選択できると論じる。本書出版の時期には実現されていなかったが、現在その兆しが見え始めている。

また政治文化論への批判は圧巻で、日本は自己規律があり勤勉で、個人よりも集団を尊び、対立よりも合意を重んじるなどを、個々具体的な例を挙げて批判し、安易に文化を持ち出すことを戒めている。終身雇用などの雇用形態や一党支配の政治状態や中流社会などの社会環境は、その時々の状況により生み出されたもので、日本の文化を代表するものではない。ある一時期の環境を文化に還元してしまうのは、知的怠慢であって、文化論を訴える者の理想や批判点を論じているに過ぎない。文化は変化するものだ、とはっきりいってしまう著者の姿勢に同意する。

本書は、日本政治に関心のある人には是非読んでいただきたい。不毛な理想論ではなく、現実的な分析と思考によって、政治は動くのだということを理解する手引きになる著書だから。

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2006年4月21日 (金)

Colin Farrelly "Introduction to Contemporary Political Theory"(SAGE Publications, 2004)

英語力の問題で、一冊いきなりというわけにはいかないので、少しづつ。

というわけで今回はChapter1 "Rawls and Justice as Fairness"のみ。

ここでは、ロールズの自由主義理論の主な構成要素とそれに対するいくつかの反論について解説されている。

ロールズの『正議論』に関する解説は、類書とそれほどの相違があるとは思われないが、ロールズ批判への多様な言及には、勉強させていただいた。例えば、通常、戦後米国の福祉国家体制に正統性を付与すると思われていたロールズの議論が、対極をなすと思われたサッチャリズム擁護の理論になるというG.A.コーエンの格差原理批判は、不勉強な私には新鮮であった。

有名なロールズの「転向」問題に関して、本書は、それほど決定的なものとはしていない。従来、ロールズの『正義論』はカント的な形而上学に依拠していたとされるが、それは中心的なものではない、と著者はのべる。つまり、単に道徳的に正しいから原初状態におかれた当事者が道徳的熟慮を受容れるのではなく、合理的な判断の下に獲得されるのである(p28)。ロールズの『正義論』は、二つの正義の原理に見られるように道徳的な部分(正しさ)と合理的な部分(善=幸福)との両方で正義が成立するものである。著者は、この内、合理的な部分を重視しているように見える。そのため、カント的な包括的原理をロールズが修正しても、合理的な部分が残っていれば、『正義論』は存続できる

しかし、pp.9-10でハーサニがロールズを批判しているように、原初状態における合理的選択理論であるマキシミン・ルールは非合理で道徳的含意を有するのだという。そうだとすれば、合理的とされた部分に既に道徳的な部分が含まれることになる。つまり、ロールズにおいて、「公正としての正義」が導かれる合理的選択に何らかの不備があるなら、道徳への要請に一つに依拠しなければならない。しかし、それへの依存を高めれば、他の理念との共存が不可能になるために、道徳的な部分を残しつつ選択したのが「安定性」だったのではなかろうか。

ロールズは、政治の営みを基礎付ける正義の理論を保持しつつも、それを普遍化する手続きである契約論的理論から撤退し、多元的な政治の場を安定させるための「政治的な正義の概念」を提示するに止まることで、プラグマティズムに接近した。これにより、『正義論』のような政治の営みを根本的に変える理論ではなくなったものの、その正義の理念が現実の政治の場にひき下ろされたことで、思想としての価値は減じたものの、現実に生きる人々の中で利用可能なものを提示したといえる。

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2006年4月16日 (日)

小熊英二『日本という国』理論社、2006年

本書のストーリーは、分かりやすい。古い言葉で言えば、英米帝国主義に翻弄され、内外の人民を抑圧する日本という国、というところであろう。そのような主題から演繹される史料を選択することで、面白い「物語」を構築する社会学者らしい歴史像である。

本書は、明治と第二次大戦後という建国期に焦点を合わせ、双方の時代にどのような目的のもとに日本という国ができたかを史料の渉猟能力に定評ある小熊氏らしく、多様な文献を引用することで物語っている。前半は、戦争をしやすい国家制度の確立、後半はアメリカの世界戦略に適合した国家制度の確立である。

そこには恣意的な史料の引用や解釈がないわけではない。福沢諭吉の「脱亜論」などは、分かりやすい「物語」だし、戦後の憲法を好意的に受け取ったというのも、占領下であって、これを批判する言説が世に出にくかったという留保もなく使用している。もっとも、後に公職追放で壊滅的ダメージを受けた日本進歩党の立党宣言(1945年11月26日)に「永遠ニ戦争ト武力トニ絶縁シ、国際正義ト相互信頼トニ立ツ道義外交ヲ快復シ」と日本国憲法前文と9条を合わせた様な内容があったりするので、それほど当時の保守政治家に違和感がなかったのは事実であろう。しかし、小熊氏の叙述は、常に受動的で自主的でない日本という姿が強調されすぎて、与えられた情況の中で、いかに利益の最大化を計るかという政治的営為への評価が弱い。吉田茂が9条を盾に再軍備を拒んだなどは、それを表していると思われるが、それをわざわざ殺してしまうような引用の仕方で残念だ。

本書は分かりやすい。小熊英二という従来、分厚い著作ばかりでとっつき難い著作家の思想も本書の体裁により、分かりやすく描かれてしまった。そこには、運動家、啓蒙家のように著作を世に出していたリベラル左派の姿が写されている。史料で語らせるという従来のスタイルを踏襲しつつも、主張自体は個性のないそれに見えてきてしまうのは、研究のような評論のような著作を出しつつ、総合雑誌で評論を書かない、書けない理由のようにも思えた。

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2006年4月14日 (金)

石田雄『日本の政治と言葉(上)』東京大学出版会、1989年

本書のテーマは、言葉の人間に対する支配から人間を解放するために、政治における言葉の意味の変化に注目し、とりわけ、言葉を受容する基礎となる言葉の意味の変化を歴史的・社会的文脈の中で分析することにある。

上巻で取り上げられる言葉は、「自由」と「福祉」だ。後者は、今回はおくとして、「自由」の方は、大変興味深かった。自由という言葉、その政治的意味は、I・バーリンの「国家への自由」を意味する「積極的自由」と「国家からの自由」を意味する「消極的自由」とに区分けされる。日本においては、後者の意味での自由が、うまく受容できなかった、という点が主張されている。

著者は、自由をフランス型の単数形の自由(リベルテ)とイギリス型の国家権力からの市民的諸自由(リバティーズ)という複数形の自由という視点を提示する。前者は、抽象的理念としての自由であり、後者は個別具体的な権利の複合体としての自由である。イギリス型は、長い歴史の蓄積の中で成立したもので、非西洋社会でいきなりそれを導入することはできない。そのため、非西洋社会では、フランス型の自由が導入され、自由主義は民主主義と結び付けられて受容される。そのため、自由民権運動は自由主義のそれであるよりは、民主主義のそれであった。また、西洋語の「自由」が、日本語の「自由」に転換されると、もともと「自由」と表現された「思うまま」という意味に理解されてしまう。そのため、国学の文脈で、欲望肯定主義のような「自由」が大手を振ってしまい、自由はアナーキーな状態を生じさせるとして、反動を惹き起こす温床となる。これは現在でも見られることである。

また、「自由主義」という言葉も、国家の干渉を抑え、自由競争を奨励する思想でもあった。が、同時代の西洋での自由主義は、自由競争のひずみを是正する「新自由主義」、「国家による自由」という段階に進んでいたため、受容する側の日本も1896年には社会政策学会が発足していた。そのため、国家からの自由を主張する基盤となるブルジョワ社会という意味での市民社会を成立させる機会を逃してしまったようである。つまり、自由主義を擁護する社会的基盤を失っていたため、自由主義は右からは眉をひそめられ、左からも攻撃の対称となり、周辺に追いやられてしまった。

日本では、自由はすこぶる評判が悪い。これは現在でもいえることで、欲望肯定主義の自由はもちろん、経済政策における自由放任主義も市場原理主義と明らかに蔑称をもって批判される。私自身も前者に対しては、困ったものだと思ってしまうが、著者の視点に立てば、イギリス的自由を成立させるためには、経済においては一度とことん自由主義をやってみるのもいいかもしれないと思ってしまう。もっとも、著者の視点では、落伍者に侮蔑的な視線(負け組!)を浴びせるような日本社会ではそれも奨励できないとするのだろうけど。

著者の現在における自由は、消費者としても自らが選択したと思っていても、実は広告によって刺激を受けたもので、むき出しの暴力がないだけで、いわば管理された自由であるとしている。しかし、そんなことまでいってしまうと、どんな状態でも当たり前で、社会は不自由が常態なのだ。そのため、どれぐらいの何の自由(思いのまま)が必要かということに帰着する。理念系としての自由は、もはや説得力をもたない。これが自由だということはもはや自由ではない。だから、むき出しの暴力を伴わない状態での権力の下の自由なら、それを肯定するのもいいのではないかとも思ってしまう。そのような視点に立って、過ごすことが、イギリス型の自生的に生じる自由を育てるきっかけになるのではなかろうか。

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2006年4月 7日 (金)

川崎修・杉田敦編『現代政治理論』有斐閣アルマ、2006年

現実の様々な政治的争点の背後にある理念に関する主要学説を解説してくれる便利な教科書である。思想系の研究者には、結構お説教的な著述をする方も多いようであるが、本書はそれを抑えたかたちで世に出しているところから、読んでいて安心感がある。

とりわけリベラリズムに関する章は、金田耕一氏一人で執筆している為か、一つのストーリーがあるような叙述で大変読みやすく、お勉強になった。政治思想に関心のある方なら、是非読むことをお薦めする。

しかし、おそらく有斐閣さんでは企画自体はあると思うのだが、このシリーズの日本政治思想史に関する教科書は、いつ出るのだろうか。それを早く読んでみたいものだ。

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2006年4月 4日 (火)

加茂利男・大西仁・石田徹・伊藤恭彦『〔新版〕現代政治学』有斐閣アルマ、2003年

教科書というものは、その分野の常識を学んだり、最新の学説を網羅的に紹介してくれることで、個々の著作からは見えてこない位置づけを与えてくれて、有益である。さらには、その網羅的に扱われている諸学説、分野から自分の関心というものを発見、自覚させてくれるという点で、頭を整理する役割も果たしている。

本書は、各トピックそれぞれに過去から現在の政治学の考え方、学説を簡単だが、要を得た解説をしている。同じシリーズの真渕勝他『初めて出会う政治学』が新制度論や合理的選択モデルで一貫したストーリーを作っているのに対して、読みやすいものではないが、本書同様の構成である大嶽秀夫他の『政治学』よりは初学者向けのつくりなっており、それよりはお薦めできるものである。

私の頭の整理、つまり関心の所在でいえば、制度に関するもの、政治哲学に関するもの、であった。プラトンやアリストテレスから始まる政治思想が、「制度」論であったことを考えれば、やはり自分の関心が政治思想に関するもので、行動論のような科学としての政治学には、知識として知っておくには面白いとは思うが、あまり興味がない、ということがわかる。やはり、先日の20世紀の思想を概観したものを読んで、その有用性に疑問符がつくのと同様に、人間が社会事象について、内面の方に向かったり、俯瞰的に観察するよりも、それがどのような役割を果たしているのかを思考する伝統的な学問のあり方の方が私には適しているかな、と整理できた。

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2006年3月31日 (金)

加藤尚武『20世紀の思想』PHP新書、1997年

先日読んだ『二十世紀の政治思想』への理解が気になり、もう少しやさしめのものを読もうと本棚から引っ張り出してきた。

本書を読むとなるほど、それほど私の理解も遠くはなかったと理解できる。著者の主張するところによれば、ハイデガーが検討した西欧思想全体を主観主義的形而上学が覆っているとする考え方はヘーゲル以後の哲学史編纂時代に創られた虚像であり、必ずしも西欧思想そのものを表す考え方ではない。つまり、19世紀に創られた虚像を20世紀の思想は、捏ね繰り回したに過ぎない、ということになる。

先日の本とあわせて考えるなら20世紀の思想とは、虚像の中で思索し、しかもその基盤を次々に破壊していく過程だったようである。我々は得てして、新しい学説を正しいものとして依拠してしまうが、よくよく検討してみれば、それも一つの解釈であるのだから、眉唾で見なければならないのだろう。

本書は、大変ハンディに20世紀の思想家を列伝体で紹介してくれて、非常に便利である。しかも、それほど手抜きして書かれているようではなさそうである。私は西洋哲学に関しては全く知るところではないが、丸山眞男について少しは分かる。「超国家主義の論理と心理」を検討するにあたって、有名な「だから戦犯裁判に於いて、土屋は青ざめ、古島は泣き、そうしてゲーリングは哄笑する」は、通常、戦前日本の指導者をナチス指導者と比べて、矮小であるとされることが多い。しかし、本書はこの土屋と古島は、軍隊内部で低い階級の者である事を調べた上で、その比較が不当であると批判している。その批判の当否はさておき、『丸山眞男集』の索引で「古島」を昭和期の政治家「古島一雄」であるとしているように、丸山の学統を受け継ぐものですら、見逃してしまっていたものをしっかりと調べて、検討している。これは学者としての良心である。この一事から見ても、他の者たちを論じたものもそれほど間違いではない、と思わせてくれる。

本書では、ミルとレヴィナスぐらいしか、肯定的に論じたものはないようである。しかし、上記のように学者の態度は、対象にあまりによった姿勢よりも文の内容を正確に読み取った上で批判的考察を加えるのが好ましいものであろう。20世紀の思想は、ヘーゲルが「絶対的な真理の体系」をつくりあげたものよりも、「もっと確実な方法」を開発するという勇み足をしすぎたようである。人の解釈によらずに原文に自ら当たって考える当たり前の姿勢が以前にもまして必要になったということが確認されよう。

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2006年3月29日 (水)

小野紀明『二十世紀の政治思想』岩波書店、1996年

新学期が始まるということで、守備範囲を広げるために教科書を読もうと決意する。

その第一弾として、本棚に埋もれていた本書を手に取ったのだが、「政治思想」と銘をうちながらも、これは哲学史ではないの?というような内容で歯が立たない。本書が述べるように、ポスト・モダーンの影響により、物資的配分競争である「政治」から、様々な出来事の行為や制度の諸現象の政治的含蓄を「政治的なもの」として浮かび上がらせていることから、権力や暴力を読み取ることで何でもかんでも「政治」となってしまってるようだから、これら紹介されている言説も「政治思想」なのかもしれない。しかし、私のようにより俗っぽい人間には、これらの議論はなじむことはできないし、著者が最後に述べているように、近代があったのか、ということも議論になりうる日本において、どんな意味があるのかもわからない。

本書で紹介されるポスト・モダーンの衝撃とは、西洋哲学において自明とされていた客観的秩序、つまり真理とされていたものや人々の間で共有されていた考え方には何ら根拠はない、ということになるだろう。ここで個人は全く砂漠に一人たたされるように、他とのコミュニケーションは全く不可能となる。何故なら、個人が何か言葉を発しても、それが他者に正確に伝わることはないわけだし、これが正しいことだと主張することも無効になるからだそうである。

むーん。分かりませんね。まず、真理というものがあるとの前提があることに、これほど心血を注がなければならなかったという努力に驚く。もっとも、彼らの苦闘があって、私もそのように考えてしまうのかも知れないが、このように個人間の共通の基盤を次々と壊していって、彼らが何を目指しているのかが見えてこない。

しかし、このように「これが真理である」といえない時代に、政治思想家は現れる基盤を失ったということは分かる。結局、思想に関心を持つものは、従来の思想を穿り回して、新たな解釈を提示する思想史家にしかなれないということを明らかにしたのが、20世紀の思想ということになるのかな。まさに「歴史の終わり」という言説を裏付けるような世紀であったのだな、と思わざるを得ない感がしてしまう。思想史に関心があるものが、20世紀に向かわず、19世紀以前を研究対象にするのもうなずけるなぁ。

まぁ、そんな印象とある程度の見取り図がわかったので、本書は有益だったかな。

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2006年3月28日 (火)

頼山陽著/頼成一・頼惟勤訳『日本外史 (上)』岩波文庫、1976年

『自由党史』に描かれる尊皇意識が気になって、幕末維新期の人々に広く読まれたという『日本外史』を読んでみた。

岩波文庫上巻では、平氏から新田氏までが列伝体によって叙述されている。

さて、私の関心の尊皇意識であるが、本書を読むことでそれは醸成されるであろうか。正直、私には分からない。たしかに、我々が親しむ歴史とは異なり、武家の列伝中に、楠氏と新田氏があまれている事で南朝側への目配りをしている。しかし、事実としての朝廷の失策は消せないのであって、正統性は持たすことはできるが、正当化はできない。ならば、皇室に忠義を尽くす武士達の生き方に焦点を合わせることしかできない。つまり、天皇をとりまく武士達を生き生きと描くことで、読者に武士のあり方を学ぶモデルを提供しているように思えるのである。そして、その中心にある天皇は、それを見守る無作為な存在であるということを表しているようにも思える。

本書の特徴は、人物中心の歴史であるため、登場人物達の葛藤や嫉妬など生のやりとりによって、政治が動いていることを示している点である。それは、平氏や源氏の論賛において、彼らが勃興し、朝廷が衰えた理由として、功労を報いる手段を誤ったためだと記している。これは、政治というものが利害対立と権力抗争であるという点を端的に指摘しているように思える。

統治者としての政治は、如何に不安要因を取り除き、秩序の安定を計るかにある。被治者とすれば、如何に自分の利益を統治者に認めてもらい、正統性を確保するか、である。政治はこのバランスの上に成立しており、これが崩れる時、体制の変革が起る。体制の変革を望むものは、統治者の行為が如何に被治者の利益を阻害するかを確認し、声を挙げ、人々を動員する手段に心血を注がなければならない。

本書は、人物中心の歴史叙述のため、人間同士の争いが如何にして起り、如何にしてそれを治めるかのケーススタディを提供してくれる。つまり、現実主義的な政治観を学ばせてくれる教科書にもなるわけである。本書を愛読した維新期の元勲達のある種の現実主義はこのあたりにもあるのかもしれない。

これに対して、明治期に著された竹越三叉『二千五百年史』は、日本の歴史を東の民主主義、西の専制主義というようにイデオロギーにおいて叙述されている。このような変化が人々に与えた影響を論じる能力も準備も私にはないが、歴史を通しての政治を思考するにあたって、何らかの変化があったのではなかろうか。

歴史叙述は、時代を表す一つの鏡である。それをみることで、時代の一つの側面を眺めることも可能だろう。歴史の著者は、時代に超然とした個人ではなく、時代に作られた個人という側面があるからだ。歴史書も奥深いものだなぁ。歴史論も面白いかもしれない。

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2006年3月24日 (金)

キェルケゴール著/斎藤信治訳『死に至る病』岩波文庫、1939年、1957年改版

今週、学部時代にお世話になった尾崎和彦先生が退官された。先生は、キェルケゴールの研究者で、従来のキリスト教徒としてのキェルケゴールから北欧思想の土壌から生れたキェルケゴールという独自の思想像を提示していた。私は、不肖の学生だったため、先生のような優れた研究者の下にいたにもかかわらず、キェルケゴールを全く読んでいなかった。今週、先生の退官記念講演を聴き、その話に感動して、今回やっと手にとってみた。

しかし、哲学を理解する頭になっていない私には一度ざっと読んだ感じでは全く理解できなかった。うーむ、困った。

私の本書のイメージは、題名からして、人間というものは生まれながらに死刑宣告を受けている存在であり、生きること、それ自体が「死に至る病」である、というような陰鬱な人生観が語られているものかと思っていた。が、そうではなく、「死に至る病とは、絶望のことである」と端的に述べられているように、死病ではなく、死ぬに死ねない病という意味であり、まさに「死に至る」という過程の問題で、死そのものを意味するものではないということである。また、意識するしないにもかかわらず、人は絶望を抱えており、それが発症するのは、想像によってありうべき自己と現実の自己との差に苦しみぬく状態である。その絶望は、かなえられないこと、現象そのものではなく、かなえられない自己そのものに向かう内向的なものである。そのため、自己をとりまく現象ではなく、無限に自己を告発する自己を問題にする。

これは、自然に存在する人間の本質に適合する自己にならなければならないと考える外部との連絡を有する思想から、自己意識そのものを問題にする哲学として、その後の実存主義の先駆的業績とされるらしい。

本書解説によれば、キェルケゴールはマルクスと同時期に、このような思索にふけった人物らしく、前者は自己内部の疎外感を、後者は社会における疎外感を問題にしたという同時代性を帯びているという。この解説が書かれた頃は、マルクス主義と実存主義が隆盛を極めた時期で、当時の若者は、そのどちらかを選びとって自らの思想形成を助けたようである。

実存主義は、60年代にいわばマルクス主義の亜流である構造主義に敗れ去ったために、私が読書を始める頃には廃れてしまい、既に弾劾の対象となっていたマルクス主義と比べても、そのイメージすらもつかめないものとなっていた。もっとも、当たり前の思想となっていたために、わざわざ学ぶ必要もないものとなっていたのかもしれないが。

となると、本書は今後どのように読まれていくものなのか。尾崎先生は、スウェーデンの思想家ヘーゲルストレームの「価値ニヒリズム」が後の社会科学・自然科学に影響を与えたのに比して、西田幾多郎の哲学は何らそれらに影響を与えていないとしつつも、研究者の人生観に影響を与えたと仰っていた。ならば、この難解な本書もそのようなものとして生き残ってゆくのだろう。だって、『死に至る病』って、悩める青年たちの心をぐっと摑むキャッチーな題名じゃないかな。内容はともかく、読んでみたいと思ってしまいますね。

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2006年3月18日 (土)

板垣退助監修/遠山茂樹・佐藤誠朗校訂『自由党史(上)』岩波文庫、1957年

明治思想の民権側からの流れを掴むために、読んでみた。

本書は明治43年に発刊されたものらしいが、その特色はなんといっても豊富な史料だろう。この時期に出された建白書や法令がそのまま掲載されており、大変便利である。そしてまた、人物評価なども大隈重信など改進党系の人物への厳しさが、本書が政治文書であることも感じさせる。

上巻は明治元年から明治13年の国会期成同盟あたりまでを描いているが、個人的に気になるのは、史料で語られる当時の人々の尊皇意識である。

よく「天皇制」は明治期に創られたものである、と耳にする。中学高校の日本史副読本などで、国民に天皇の偉さや有難さを宣伝する文書や、「天子様とは何ぞや」と国民が天皇など知らないというような文書を載せて、天皇中心の政治体制は創られたものだと強調するような史料を扱っている。これは一面で正しい。マスメディアもなく、全国的な教育もない時代、人々が知りうるのは隣三軒のくまさん、はっつあんとその地の領主ぐらいなものだということは当然である。現在でも支配政党や総理大臣の名前も知らない人もいるのだから当然であろう。もっとも、徳川期においても、お伊勢参りや雛人形、宮廷を描いた浄瑠璃などで天皇の存在を前提しないと成立しない庶民文化はあったわけで、天皇の存在はある程度知れ渡っていたのだ。それはともかく、ある程度、政治意識をもった人々に関しても天皇というものが、なんとも敬意をもたれていることに驚く。

最も気になったのは、大阪会議で政府側が板垣退助に入閣するよう要請する場面である。この時、板垣はそれを一度断っている。板垣の下の愛国社もその態度が割れており、入閣支持グループを板垣が説得までして、入閣を断っているのである。しかし、天皇が板垣に入閣を要請すると一転「感激し、恐懼措く所を知らず」参議の復帰を決めてしまうのである。これはどういったわけか。

板垣は維新の功臣で、いわば天皇中心の政治体制を創った側の者である。ある程度、天皇への敬意は払うとはいえ、自分達で地位を与えた人物にこのような忠誠心を持つものであろうか。たしかに板垣自身は入閣希望だったが、周囲の雰囲気から決断できず、きっかけを探っていたという考えも成立するしれない。しかし、前言を翻してでも天皇の要請を受容れるのは、たった10年そこらで創られた正統性以外の何物かが、既に板垣やそれ以外の人々に共有されていたからではなかろうか。だとすると、天皇の正統性とは、急ごしらえで創られたものではなく、徳川時代から連綿と意識されていたもので、徳川に天皇の統治が現れた事は当然と人々に思われていたと考えるのが自然であろう。本書はそれを知らせてくれる。

ちなみに板垣個人として、この尊皇意識はどこから生じたのであろうか。私は板垣の伝記を読んだわけではないので、どのような教育を彼が受けてきたかは知らない。板垣の出身国である土佐は武市瑞山率いる土佐勤王党を生んだ地であるが、その母体は関ヶ原以前の領主長宗我部氏の臣下であった郷士であって、板垣は関ヶ原以後国入りした山内氏の家臣である上士の出である。郷士が国主山内ではなく、天皇に忠誠心を感じるのは山内氏下での地位の低さから相対化をはかるための手段として分かるが、上士である板垣が天皇に忠誠心を抱く必然性はあまりない。天皇は政治的実権を握るための「玉」としての意味はあったであろうが、国主への忠誠心から天皇への個人的に忠誠心に転換する素地はどこから来たのであろうか。

天皇の正統性が明治期に創られたというのは、悪しき「創られた伝統」論である。しかし、その忠誠心がどのように形成されたかは、徳川期の国学、水戸学などだけで説明できるのだろうか。これらの学問がどれだけ浸透力を持っていたのか。わからない。勉強不足である。

しかし、庶民に天皇への忠誠心が浸透するのは、第一次大戦後の君主制の危機により、教育現場に天皇が強調されるようになってからで、日清・日露の戦役ではあまり天皇は意識されてはない。もっとも、日清戦争時に天皇が広島大本営で日夜軍務に精励したことに国民が感激したという点は指摘できるが。

それはともかく、もう少し幕末期を含めて勉強しなおさなくてはなりませんね。

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2006年3月 6日 (月)

山室信一・中野目徹校注『明六雑誌(上)』岩波文庫、1999年

河村又介の論文を読んだら、明治期の思想にもっとふれていなければ、と反省。とりあえず、明治初期の代表的知識人らの著述を楽しめる本書を手に取った。

本書は、義務教育の日本史にも出てくる著名な雑誌を編集したものである。日本語論争や「学者職分論」、「妻妾論」や宗教問題など、近代日本に関心があるものならば、一度は見聞きしたことのあるものばかり。しかし、実際、これを読む者はあまりおるまい。実際、恥ずかしながら、私も初めて読んだ。「先生の論はリベラールなり」と加藤弘之が福沢諭吉を評した言は、有名ではあるが、実際読んだのは初めてだった。

本書に登場する人々の特徴は、自由主義であることだ。この場合の自由主義とは、私人の自由である。いわゆる国家や社会の「権力からの自由」を意味する。明六雑誌同人がラディカルであるのは、やはりこの自由に関してであって、国家権力に関わる「権力への自由」は、箕作麟祥が「リボルチーの説」で国家の主権に人民が加わらなければならない、としてはいるものの、在野政治家が民撰議院設立の建白書を提出した際、冷ややかな対応をしていることから、漸進主義を基調としている。加藤弘之は明治15年『人権新説』において、漸進に「リベラール」というルビをふっている。ここからも彼ら(加藤だけか)の自由主義が何を意味するか知れよう。

彼らは、社会上の自由と国家権力に関わる自由を明確に分けているように思える。社会上の自由を享受し、これに適応できる者でなければ、国家権力に関わることはできない。自身の独立を保持することのできない者に、行政官を辞任に追い込む力はないし、権力による懐柔を拒否できないからであろう。ここに彼らの参政権における納税用件の理由があるのであろう。独立生計を立てられぬ者は、権力側のクライエンテリズム(恩顧主義)の誘惑に勝つことはできない。

日本政治の特徴を恩顧主義で説明しようとした小林正弥氏は、制度の変更によって、現実の国民の政治意識が変るとする主張を徹底的に批判し、戦後政治学が基調とした日本の精神文化の特殊性を指摘し、政治意識を変えなければならないとする。民権派が、民撰議院が国民に学習効果を促すとして、制度変更を主張したのに対して、明治啓蒙が政治意識や独立生計にこだわったのとパラレルな関係を見ることができる。明六雑誌同人の政治観は、後の「進歩派」の原型をある意味示しているように思えてしまった。

しかし、本書岩波文庫版は全三巻であるらしいが、1999年に上巻が発刊されて以来、続きが出ていない。続刊を望んでやまない。

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2006年3月 2日 (木)

坂野潤治『近代日本政治史』岩波書店、2006年

「『ファクト』が重要じゃない。『ファクト』を使って何を語るかだ」

以前、著者ご本人から伺ったお話である。

本書はまさにそれで、保守・中道・急進の三極対立を王政復古から盧溝橋事件までの政治対立抗争史となっている。実際の歴史がこんなにスッキリと区分され、面白いわけがない。しかし、本書の妙味は退屈な実証史学を超え、また起ったことを前提に歴史を叙述するのではなく、当事者たちの利害や誤解により、現実の事象が進展してしまう政治の面白さと不合理を扱う推理小説のように歴史を描く坂野史学のエッセンスにある。

「歴史は物語である」とは政治思想史学者坂本多加雄の言であるが、これは実証史学を専攻する者には認められない発言であろう。しかし、歴史を再構成するには執筆者の問題意識が投影されるはずであるから、「物語」性を完全に否定し去ることはできない。当の坂本も史料に肉薄しつつ、そこから生み出される歴史が「物語」である、といっているに過ぎないのだ。

坂野氏本人が坂本の言を肯定したかどうかは知らないが、本人自身、元々国史という実証史学専攻でありながら、利害対立と権力という、本来、政治学者が取り組むべきテーマを軽々と飛び越えて、やってのけてしまう跳躍力に彼の凄みと研究への自信があるといえよう。

しかし、本書は、初学者向きといえるかどうかはわからない。高校の教科書をしっかりと読んで大学に進学した者ならば、この面白味を感じることができるが、日本近代史に全くふれたことのない者が、いきなりこれを通史として読むには適していない。一般的な通史を学ぶのにそれほど親切なつくりではないし、これは面白すぎる「物語」なのだから。

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2006年2月28日 (火)

西平重喜『比例代表制』中公新書、1981年

随分前に買った選挙制度論。

本書は、著者が提唱する比例代表制を紹介するものであるが、日本、英国、フランス、ドイツ、イタリアなど各国の選挙制度の沿革を述べた部分が興味深い。

本書の姿勢は、小選挙区制や日本独自の中選挙区制がどれだけ公平性に欠けるか、ということで、国民の縮図として議会を構成させる選挙制度を重視している。

私は選挙制度を論じるにあたって、選挙を指導者を選出するシステムか、民意の調達システムかの葛藤が必要であると考えている。つまり、小選挙区制はデュベルジェの法則を云うまでもなく、二大政党を育成し、国民の多数が求める政権選択の機会を与えるシステムであるのに対して(もちろん留保は必要)、比例代表制は最大政党が過半数を制するのが困難な少数代表を生じさせ、選挙結果により、少数党が連立内閣に参加する、又は閣外協力によって政策に影響を与えるシステムであるといえる。さらには、連立や政策協定の機会が生じるため、議会の構成員の自主性が重んじられる制度ともいえる。そのため、単純に制度の問題ではなく、有権者の意思を尊重するという場合の「質」の問題、つまりデモクラシー観も問われてくるのだ。しかし、本書は前者についての言及はなく、ただ国民の縮図を議会に反映する制度として論じ、また選挙結果による議会・政権運営への言及もない。だから、選挙制度の問題に閉じてしまって、その制度が政治にあたえるダイナミズムへの視点が見えてこないことが残念なところといえようか。

しかし、勉強不足の私は田中角栄内閣時代の1973年5月11日に小選挙区・比例代表並立制が自民党案として提案されていなかったことには新鮮な印象を得た。つまり、後年、この提案は政治改革の中心として採用されたわけだが、その主導となったのは小沢一郎氏ら田中派の面々である。本来は単純小選挙区としたいところを連立を構成する小党に配慮して比例を加えたということであるが、その淵源には親分である田中角栄の影があったということか。さらに小選挙区制度の恩恵を蒙って大勝利をおさめた小泉首相が、当時小選挙区絶対反対の「守旧派」として名を馳せたのも、反田中派という彼の政治姿勢にピッタリとくる。小選挙区制という制度改革に反対というよりも、反田中派という政治闘争を優先していたのだということが、この1973年田中案の事実においても見られるのかもしれない。ちと調べる必要があるかもしれないけど。

9月の代表選で自民安倍、民主小沢となれば、1970年代から引続き福田・田中の闘争が現在まで再現し続けるのかもしれないなぁ。「福田・田中の30年戦争」という本が出そうだ。まぁ、政策的にも財政均衡主義と積極財政主義との路線対立でスッキリするのですけど。

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2006年2月24日 (金)

河野勝『制度』東京大学出版会、2002年

大変面白く、新しい海外の学説を紹介してくれる有益な「教科書」である。

また、従来、他学科の知見を政治学に利用することで成立していた制度論の中で、「利害対立とパワー」という政治の「学」としての政治学本来の醍醐味を制度論において復権しようという著者の意気込みを私も同意する。

著者は、制度について書かれた比較的最近の文献を整理すると「経済学的新制度論」と「社会学的新制度論」という二つの捉え方をしているという。前者は、「人間が自らの相互作用を成り立たせるために考案」(ノース)というように制度の効用や機能に注目し、後者は、「社会行動に安定性と意味を与える」ものとして人々に「自明的」と思わせる。しかし、これらはその制度が何故採用され、また他の制度が何故採用されなかったかという、制度が生成される経緯の歴史性、とくに多様な可能性の中から何故ある特定の制度が一意に選ばれるかという契機が見失われてしまう。ここに「利害対立とパワー」のあり方を研究する政治学の役割が見出されるという。

この中で紹介される主権国家形成に関するクラズナーの研究は、興味深い。普通、主権国家体制の成立は、ウェストファリア会議以降とされるが、この条約を仔細に読むとその根拠は薄弱でほとんどは中世以来認められた領国内の宗教マイノリティーの保護の確認に過ぎないといものだった。

また主権国家生成に関するスプルートの議論は、主権国家生成時には都市国家やドイツのハンザ同盟に代表される都市リーグという有力な対抗馬があった中で、何故主権国家が勝ち抜いていったのかという点で経済活動を効率的に行なうのに主権国家が最も適していたという指摘なども興味深い。つまりは、主権国家の世界的な拡大は、資本主義にとって有効であったからといったわけか。マルクスは『共産党宣言』で「ブルジョワジーは、自分の姿に似せて一つの世界をつくりだすのである」といっているが、主権国家の生成が資本主義に関わるならば、当然ともいえる。

それはともかく、私の選挙制度の理論の研究も「政治」の観点というものを重視することを心がけなきゃならんなぁ。

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2006年2月22日 (水)

岡義武編『吉野作造評論集』(岩波文庫、1975年)

大正デモクラシーの旗手といわれる吉野作造の評論を彼に教えを受けた岡義武が編集したもの。

正直、あまり面白くない。

ここのところ、大正・昭和に活躍した言論人の評論集を読んできたが、出色のつまらなさである。その原因は何にあるかと考えたが、吉野が目指す方向がいまいち明確でないのと、理想を語るのではなく現実に可能な方法を模索したとされるが現実の制度にそれほど肉薄しているとは思われず、当時の政治のあり方を研究する資料としても役に立たない。教科書に取り上げられ、名前だけは有名な吉野作造が現在あまり読まれないのもうなずける。

また、吉野は民本主義の主唱者とはいうものの、必ずしも政党内閣主義者ではない、という点に物足らなさを感じてしまう。吉野の「民」は全国民を指し、制限選挙下の既成政党は「民」を代表しているわけではないとして、支持を与えられていないのである。しかし、現実に肉薄するならば、日本の政党政治の習熟を促す努力をしなければならなかったはずだ。この時期において、元老、官僚、軍部等の非選出勢力に対抗できる国民代表は既成政党しかなかった。それが不十分なものであっても国民と連絡のある政党の発展を促さなければ、国民の政治は成り立たない。政党の腐敗は今も当時も変らぬ現象だ。これを前提としつつも、これしかないとの諦めとともに守ることがなければ、現在はもとより、政党政治に正統性がない時代に政党内閣を成立させることは不可能だっただろう。

大正デモクラシーとは、政党政治の意ではなく、平等化を意味するものなのかもしれない。政党政治は経済的自由、権利の自由など自由主義を基調とするもので、自由には腐敗も付随してくる。しかし、国民との密接な連絡と平等化を求めるデモクラシーはその自由を阻害していく可能性を秘めたものだ。

吉野に大正デモクラシーを代表させることができるかどうかは分からないが、まがりなりとも国民代表の政党政治を保守・発展させる意識が強くないとの点で、永井柳太郎や中野正剛と同様である。大正デモクラシーは、昭和期のファッショ傾向を準備したものと評される由縁であろう。

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2006年2月16日 (木)

幸徳秋水/山泉進校注『帝国主義』岩波文庫、2004年

明治期の社会主義者幸徳秋水の著で反戦・非戦の書として名高い。

本書で最も興味深いのは、第二章「愛国心を論ず」であろう。政治指導者が敵・味方と分け、民衆の「野獣的天性」に訴えて、愛国心を調達し、政治的に動員する、とする見方は当然であるし、また、これだけ愛国心をバッサリと切るところは痛快である。

しかしながら、この主張はいつまで経っても、政治の中で敗北している。それは結局のところ、幸徳をはじめとする愛国心否定論者が、文明と野蛮といった人間は進歩するという前提に立った議論をするため、どうしたって親疎の別をもたざるを得ない現実の人間をとらえることを拒否し続けるためであろう。

もっとも親疎の別の「親」の対象が国である必要はないが、普段触れるものに親しみを持つ感情を捨てきれない以上、愛国心の呪縛を捨てきる事はできはしない。

幸徳は進歩の立場により、このような「中古的」感情を批判するが、容易に変えることのできない現実を変え得るとするところに無理がある。そのように言い切るところに思想の強さ、生命があるといえるが、現実にある道具を利用することで目的を達しようとする政治には、いつまで経っても敵わない。

思想は現実を変えることはできない。変えるのは思想を利用して現実にある道具を動かす政治だけである。

現実を変えたいならば、思想を語り、思想を実行することではなく、現実をありのまま認めつつ、そこで何ができるかを思考するしかないのであろう。だが、その思考による提言は退屈なのかもしれないが、そこに思想を読み取る作業を楽しむ態度もまた楽しい。

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カンパネッラ/近藤恒一訳『太陽の都』岩波文庫、1992年

イタリアの哲学者カンパネッラが1603年に著したユートピア論の翻訳。
たまたま古本屋で見つけ、長くもないので電車で読むには最適と積読から
手に取ったものだが、読んでみての感想は、
「こんな国、たまらんよ」
といったところか。

生れ落ちては親から施設に送られ、共同生活を営む過程で教師である役人に適性を勝手に決められ、職業が決まる。食事も栄養士が選んだ健康食を毎日食べさせられる。男女関係も役人が決めてくれて、もちろん、生殖のみの関係。さらにはその生殖ですら、占星術によって日時が決められ、その日は二つの部屋にそれぞれ寝かせて、もっとも適した時間に、役人が「どうぞなさってください」といった感じ。

これは理想的な生活なのだろうか。
おそらく著者にとっては「正義」に適った国なのだろうが「自由」はない。

先日、オーウェルの『1984年』を読んだが、その世界同様、『太陽の都』も陰鬱な生活に違いない。儀式のようなセックスも主人公ウィンストンの妻が求めてきて、うんざりしてしまうというところに『太陽の都』への人間的反応を見ることができる。もっとも、『1984年』のウィンストンは革命前の生まれで、以前の世界を感じとり、疑問を持ち始め反抗に走ってしまったのであるが、最後は数々の拷問に耐えかね、この国を愛するようになるのだが、『太陽の都』の市民は、ウィンストンのような葛藤を感じる人が、いなくなった後の世界にいるようだから、幸せに暮らしているのであろう。

しかし、耐えられんな。
すべてを用意してくれる世界。
私的欲求を否定する社会。
差別のない平等な社会。
最も私的欲求の表れであり、どうしても差別せざるを得ない恋愛という感情は、このような社会では否定されるのだろうな。『1984年』はそれが一つのテーマだし。

あとは健康食よりラーメン食いたい。

まぁ、本書を読んで思うことは「正義」を考える哲学者に政治をやっていただきたくない、というところだろうか。

でも、性的弱者というものはいない世の中であるのはたしかだ。

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松尾尊兊編『石橋湛山評論集』岩波文庫、1984年

本書は、戦前ジャーナリスト、戦後は首相にまでなった石橋湛山の評論集である。
以前、大学のゼミで昭和期の湛山の論稿を全集で読んでいたが湛山の言論活動全体を小さくまとめた本書を読むのは初めて。
編集方針は、おそらく言論の不自由な時代にこれだけのことを云えた人物がいた
と湛山を顕彰するつくりなっていると思われるが一読しての感想は、戦前の日本って結構言論自由があるなぁ、といったところか。

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