今年もいつの間にか終ろうとしている。日本テレビ史上最悪の傑作『戦国自衛隊』(ポイズン主演)をみて嘆息したのが1月だったことに驚くぐらい早い一年であった。そこで今年出版の新刊書の中から、興味深かった著作をランキング形式であげてみたい。
しかし、私はあまり新刊書を読まない。こう日々有象無象が出版される中、それらに目を通すのは時間とお金の無駄である。何年か立っても、まだ輝きを持ち続ける古典を読む方が有益であるし、他人に自慢できし、値段も安かったりする。しかし、一方で周囲で話題になっているものも読まないと、乗り遅れてしまう。そのため、ほとんど時間をかけずに、世の風潮をたどることができる読める新書本は有益だ。だから、ここで取り上げるのは、ほとんど新書本ばかりであることをお断りしておく。
第1位 苅部直『丸山眞男』岩波新書
第2位 宮城谷昌光『三国志』第4巻・第5巻、文藝春秋
第3位 井上寿一『アジア主義を問いなおす』ちくま新書
第4位 竹中治堅『首相支配』ちくま新書
第5位 安倍晋三『美しい国へ』文春新書
次点 ディケンズ/池央耿『クリスマス・キャロル』光文社古典新訳文庫
金返せ 御厨貴『ニヒリズムの宰相』PHP新書
こんなところです。
第1位苅部著は、これまで1冊の著作と多くの学術論文を発表してきた著者の待望の新著。丸山眞男はもう既に丸山産業といわれるぐらいの一大ジャンルで、多くの著作や論文がある。これらの丸山本と本書を分かつのは、やはり「神様」丸山眞男を一人の人間として評伝スタイルで書いたことにある。これにより丸山の思想を賞賛するなり否定するなりして体系的にとらえようとしたものとは異なり、その時代に実際に生きて、考え、表現した丸山という一人の学者の姿が浮き上がってくる。しかし、一方で丸山の研究業績や思想というこれまで論じられてきたものに、あまりふれていないという面もある。そのため、「丸山なんて知らないよ」という読者には本書の衝撃が伝わらないかもしれない。新書という一般向けの著作でこれらをくだくだしく論じることはあまり相応しいことではないかもしれないし、著者自身も新書メディアを理解して省いたと思われるが、著者なりの解釈をみせていただきたかった、とおもう次第である。また、著者とりわけ本書には学恩を感じざるを得ない部分があった、というわけで1位にしたわけではない。この読書体験は本当に素晴しいものであった。
第2位の宮城谷著は、これまた使い古された題材である三国志を殷から漢帝国成立までの物語をつむいできた著者だからできる三国志の決定版である。これは本当に面白かった。10月下旬に1週間で既刊の1~5巻を読み、それでも足らずに『文藝春秋』から連載中のものをコピーに取り、さらに『香乱記』(いまいち)、『重耳』(傑作!特に上巻が)、『管仲』(まぁまぁ)、『沙中の回廊』(うーん、どうでしょう)を年の瀬にかけて一気に読んでしまった。大昔に『王家の風日』を1冊読んだきりの私がこれほどはまるとは、中国古典ものは年をとらないと面白さが分からないということか。さて、本著であるが、これまでの三国志は通常、黄巾の乱から始まることを常としてきた。しかし、驚くべきことにこちらは後漢中期から始めてるではないか。そのため、三国志を気軽に楽しみたいと思っていた私のようなにわか三国志ファンは、連載1回目を読んだ時、「これ、三国志?」と思って、視界から消えていた。しかし、本書を読めば、一般の三国志の導入部にみられる宦官という人々が何故力を持ったのか、という問題をすんなり理解できるのだ。しかも、後漢末の腐りきった歴史を見れば、董卓など残虐ではあるが、比較的人物が立派であることが分かる。また、本作の特徴的なモティーフに勤皇思想というものがある。まさか呂布を勤皇家とする発想はなかった。そう考えれば、たしかに無軌道に見える彼の行動もストンと納得できてしまう。袁紹と曹操の違いというものも、この勤皇観というものでも差が出てくる。袁紹は始めから易姓をくわだてており、曹操は元来は漢王室復興のために行動してきたとも思えてくる。さらに他の宮城谷作品にふれて正史三国志を読み返してみると、なるほどこれまで読み飛ばしてきた春秋時代の故事が小説とともに甦り、面白さも倍増する。本当に三国志に興味のある方は、北方謙三など読まずにこちらをお薦めする。余談だが、本書で劉備が関羽と張飛と寝所を共にし、二人がいない時は趙雲と共にしていたという記述がわざわざふれてある。これによって何となく気づいたことだが、曹操は艶福家だけに女性のエピソードがふんだんにある。孫呉も大橋小橋のような話がある。劉備陣営は男と男の絆ばかりである。さらに劉備は妻子を置いてさっさと逃げ出す男である。これって劉備軍が男色集団に見えてこないか?劉備の下にあまり人材が集らないのも分からないような気がするというのは、ヘテロの偏見だろうか。
第3位井上著は、現在日本政治外交史を代表し、近年オピニオン誌にも進出し始めた著者の一般書デビュー作である。従来、アジア主義といえば侵略のイデオロギーであり、また欧米列強に対する弱者連合の思想と思われてきた。しかし、著者は1930年代に構想されたアジア主義を再検討して、米国抜きではやっていけないアジア主義という側面を強調する。これは1930年代に詳しい方々には常識なのかもしれないが、一般にはよく知られていないことである。おそらく著者は冒頭でふれられる学生たち同様に、若き日はゆるい反米志向をもって日中関係を研究されたのかと想像される。しかし、調べれば調べるほど、東アジアと日本とが、米国と切り離してはやっていけないということに気づき、安易な反米思想に距離をおくことになったのではなかろうか。これは、半可通ではないアカデミックの世界で活躍された著者だからできる一般読者への貢献である。また、本書は研究者が一般向けにやさしく書いただけという新書ではなく、オピニオン誌などを読む評論消費者が反応する評論家や著作などにも言及して、読者をしっかりと想定する心遣いとともに、著者の博覧強記ぶりもうかがうことができる。本書で注目すべきは、アジア主義と親米路線の両立を米国もアジアとの連携がある日本の方が魅力的であり、単独主義に向かいがちな米国をつなぎとめる役割を果たすところまで押さえていることである。日本の利益、米国の利益、そして国際秩序の安定までアジア主義に意味を持たせる視点は従来あまりなかったのではなかろうか。その現実性という点ではまだまだ疑問がつくが、これにより、現在のアジア志向の反米リベラル派に冷や水を浴びせたかたちとなったことはたしかであろう。
第4位竹中著は、小泉政治を総括するにあたっての好著である。小泉政治という個人のパーソナリティが強調された政治が、それ以前からの制度変更に準備されていたという視点は、分かっているようで分からない部分である。それを政治改革の時期からの政治史を追っていくことで見事に解き明かしてくれている。しかし、首相選出過程の変化についてはおそらく今後も本書の視点は有用であるが、小泉後の現在の状況をみるに運用に関しては、やはり個性がものをいうのだな、と思ってしまう。
第5位安倍著は、内容は大したものではない。しかし、現在の首相の思想を読み取るということでは大変有益であった。これについては以前論じたのでそちらを参照していただきたいが、安倍首相について論者の思い込みによって、勝手に論じている状況ではよく読み込む必要があるのではないかと思う。しかし、これまでの日本の首相は突然就任してしまうというケースが多かったのに反し、数年前から準備していた者がなれば、かなりのことが出来るのだなぁ、と思ってしまう。また、安倍首相はかなりの政治巧者でそれを読み解くことは難しい。例えば、復党問題などは、参院に恩を売りつつ抵抗勢力に見立て、総裁戦で矛を収めざるを得なかった候補者見直しを実行するための巧妙な政治技術ではないか。そのため、荒削りな前首相の分かりやすさに較べて、魅力が減じるのはやむをえないだろう。
次点。実は私はこの時期になると『クリスマス・キャロル』を読むことにしている。日本の中間大衆層出身にありがちな身の程知らずに競争社会を支持したがる性向を修正するために、、、というのは出来すぎだが、単に面白いから。これまでは村岡花子訳の新潮文庫を読んでいたが、この新訳は非常に良くできている。また、この新訳文庫シリーズは、訳が古くなり、現在の読者には違和感を感じさせる古典を現代の言葉で訳しなおしてくれている。言語は50年もすればかなり異なり、100年前のものだと辞書を片手に読まなければならなくなるのだ。現在は主に文学が訳されているが、カントやレーニン、ミルなど思想系にも目配りがきいている。今後は社会科学系にも挑戦して、難訳が多い岩波文庫にとってかわって、廉価で教養を手軽に得ることができる社会に貢献して欲しい。
金返せ。いやほんとに新書をバカにしているのか、という作品である。おそらく口述筆記だろうが、著者にはちゃんとしたものを書いて欲しかった。期待値が高かっただけに、不満が多い。どうもPHP新書は編集者の関与が低いのか、面白いものが少ない。一般書というものは、学者さんが好き勝手に書いても面白いものが生れない。学者は小難しいものを書くか、読者をバカにしたものしか書けない。その部分を、想定読者をリサーチして、それに見合った内容と文体に補う編集サイドの能力がなければ、ダメである。おそらく本書を手にした読者は、こういったものに満足できる人たちではない。『バカの壁』とは読者層が違うのだ。
以上こんな感じのラインナップでした。次回は極私的CDベストを書く予定です。
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