2008年7月 9日 (水)

福田英子『妾の半生涯』岩波文庫、1958年

大阪事件に関わった自由民権運動の女性闘士の自伝。自身の誕生(1865年)から亡夫福田友作の一周忌(1901年)あたりまでで筆をおいている。不勉強なことに、解説を読んで知ったのだが、1927年まで存命だったとは、この人もずいぶん長生きだったんですね。

だいたい大阪事件に連座した人で、漁色家(?)の大井憲太郎の被害者の一人というイメージしかなかったのだが、後半生では不幸な結婚を強いられる女性に技術を与えて経済的自立を促す学校を設立したり、「平民社のしゅうとめ役」と呼ばれたように『平民新聞』発行の手助けしたり、夫の門下生だった11歳年下の石川三四郎を愛人にしたり、と後半生も波乱万丈である。

本文の方は、文語体でとにかくカッコいい。これを執筆時は、かつての民権家が衆議院議員として彼女から見れば堕落の極みにあったという観点から、自由民権家の堕落(英子がせっかく集めた資金を宴会で使ってしまう)を描いて、男どもに啖呵をきるあたりはしびれます。

また、収監中、獄吏に優しくされ言い寄られたり、女囚にやたらと敬愛され同性愛を疑われたり、出獄後も自分の容姿が優れているといってるようなエピソードをいくつか挙げているあたりも面白い。まぁ、執筆時には11歳年下の恋人がいたようなので、自分に自信をもっていてもおかしくないですな。

圧巻は彼女の悪口である。大井憲太郎にはもちろんであるが、彼女から大井を奪った親友であり女流作家の清水紫琴への悪態はすごい。清水に関して書いている現在のものでは、清水に同情的なものが多い中、最初の弁護士の夫は清水の父を救った恩人でありながら「家計不如意」のためといわれ(一般に夫・岡崎某の女遊びを許せなかったとされる)、英子から大井を奪い、結果的には英子同様に子供のできた清水は大井に捨てられるのだが、「例の幻術をもて首尾よく農学博士の令室となりすまし」と古在由直夫人におさまり、その後、大井との子が訪ねてくると面会を断る「邪慳非道の鬼」とまでいってのける。ちなみに古在と清水の間には哲学者・古在由重が生まれている。

あと面白かったのは、英子が出獄した時、植木枝盛が「美しき薔薇花の花束」を贈ったそうである。植木って、気障な野郎だ。

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2008年6月25日 (水)

宮崎市定『史記を語る』岩波文庫、1996年

現在も連載中の『龍狼伝』という三国志を題材に取った漫画で、現在から2世紀末の中国の荊州にタイムスリップした主人公が、曹操軍の進行を単福の代わりに食い止めるところで「史実では、云々」と、明らかに『三国志演義』か吉川英治『三国志』での描写を「史実」といっていて、ずっこけてしまい、そのまま読むのをやめた。また、井波律子氏の『三国志演義』でも「陳寿『三国志』では」とでも言えばいいところで、「史実では」と述べているあたりで、何かむなしいものを感じた。古代中国史の「歴史書」というのは、いわば歴史物語のようなものであり、そこでのエピソードは噂話に過ぎず、本当にあったかどうかわからないことを「史実」といってしまうのは、むなしい。

本書は、中国史の泰斗・宮崎市定の『史記』入門書であるが、「司馬遷という男は、何か書いたものを見せれば、すぐ騙されやすい性質の学者であった」(70頁)と書いてしまうほどで、ほとんどの人物エピソードや建国の歴史を「作り話」と歯牙にもかけない記述が豊富である。そう、古代中国史の一般書に書き手が文学者や小説家が多いのは、結局、それらを記す「歴史書」は物語であって、史学の人間からすると「歴史」であるとは、いえないものであり、また、読者の方も「歴史」よりも「物語」として読みたい人が多いわけであるから、市場に出回るのは歴史物語のエピソード集が多いわけである。

本書は、これらエピソード集とは一線を画し、史学者としての『史記』の読み方を提示してくれる。そのため、いくつかのエピソードは紹介しているが、ほとんどは無味乾燥な記述が並び、「私の考えでは、云々」と『史記』批判を行うが、その根拠が示されないので隔靴痛痒な感もうける。しかし、それでも勉強になるわけで、司馬遷は儒学の徒であったとか、古代封建制は便宜的なものであったとか、孔子が重んじたのは上下関係の「忠」や「孝」よりも個人間の相互依存関係である「信」であるとか、司馬遷が重んじたのは自由人的な態度であったとか、なるほどと思わせる。

これによって、『史記』を読む際の基本的な知識を得ることができる。しかし、いきなり史学から入ってしまったのでは、世界観がわからない。まずはエピソード集としての『史記』本文に当たるべきであるが、初心者にとって翻訳書の中でどれが最適であろうか。私はこれまで岩波、ちくま、中公と普通に紀伝体を載せているものにあたってみたが、どうもしっくりこない。紀伝体は、どこからでも好きなものを読むのには適しているが、最初から読むとなると、いったりきたりで大体の世界観をつかみたいものにとっては不便である。そこで見つけたのが、徳間文庫版である。このシリーズは、暴力的に編年体に編集し、退屈な系譜とかを削除し、物語として読むことができるようにしている。私のような初学者は、ここから始めるのが良いかもしれない。

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2006年3月28日 (火)

頼山陽著/頼成一・頼惟勤訳『日本外史 (上)』岩波文庫、1976年

『自由党史』に描かれる尊皇意識が気になって、幕末維新期の人々に広く読まれたという『日本外史』を読んでみた。

岩波文庫上巻では、平氏から新田氏までが列伝体によって叙述されている。

さて、私の関心の尊皇意識であるが、本書を読むことでそれは醸成されるであろうか。正直、私には分からない。たしかに、我々が親しむ歴史とは異なり、武家の列伝中に、楠氏と新田氏があまれている事で南朝側への目配りをしている。しかし、事実としての朝廷の失策は消せないのであって、正統性は持たすことはできるが、正当化はできない。ならば、皇室に忠義を尽くす武士達の生き方に焦点を合わせることしかできない。つまり、天皇をとりまく武士達を生き生きと描くことで、読者に武士のあり方を学ぶモデルを提供しているように思えるのである。そして、その中心にある天皇は、それを見守る無作為な存在であるということを表しているようにも思える。

本書の特徴は、人物中心の歴史であるため、登場人物達の葛藤や嫉妬など生のやりとりによって、政治が動いていることを示している点である。それは、平氏や源氏の論賛において、彼らが勃興し、朝廷が衰えた理由として、功労を報いる手段を誤ったためだと記している。これは、政治というものが利害対立と権力抗争であるという点を端的に指摘しているように思える。

統治者としての政治は、如何に不安要因を取り除き、秩序の安定を計るかにある。被治者とすれば、如何に自分の利益を統治者に認めてもらい、正統性を確保するか、である。政治はこのバランスの上に成立しており、これが崩れる時、体制の変革が起る。体制の変革を望むものは、統治者の行為が如何に被治者の利益を阻害するかを確認し、声を挙げ、人々を動員する手段に心血を注がなければならない。

本書は、人物中心の歴史叙述のため、人間同士の争いが如何にして起り、如何にしてそれを治めるかのケーススタディを提供してくれる。つまり、現実主義的な政治観を学ばせてくれる教科書にもなるわけである。本書を愛読した維新期の元勲達のある種の現実主義はこのあたりにもあるのかもしれない。

これに対して、明治期に著された竹越三叉『二千五百年史』は、日本の歴史を東の民主主義、西の専制主義というようにイデオロギーにおいて叙述されている。このような変化が人々に与えた影響を論じる能力も準備も私にはないが、歴史を通しての政治を思考するにあたって、何らかの変化があったのではなかろうか。

歴史叙述は、時代を表す一つの鏡である。それをみることで、時代の一つの側面を眺めることも可能だろう。歴史の著者は、時代に超然とした個人ではなく、時代に作られた個人という側面があるからだ。歴史書も奥深いものだなぁ。歴史論も面白いかもしれない。

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2006年3月24日 (金)

キェルケゴール著/斎藤信治訳『死に至る病』岩波文庫、1939年、1957年改版

今週、学部時代にお世話になった尾崎和彦先生が退官された。先生は、キェルケゴールの研究者で、従来のキリスト教徒としてのキェルケゴールから北欧思想の土壌から生れたキェルケゴールという独自の思想像を提示していた。私は、不肖の学生だったため、先生のような優れた研究者の下にいたにもかかわらず、キェルケゴールを全く読んでいなかった。今週、先生の退官記念講演を聴き、その話に感動して、今回やっと手にとってみた。

しかし、哲学を理解する頭になっていない私には一度ざっと読んだ感じでは全く理解できなかった。うーむ、困った。

私の本書のイメージは、題名からして、人間というものは生まれながらに死刑宣告を受けている存在であり、生きること、それ自体が「死に至る病」である、というような陰鬱な人生観が語られているものかと思っていた。が、そうではなく、「死に至る病とは、絶望のことである」と端的に述べられているように、死病ではなく、死ぬに死ねない病という意味であり、まさに「死に至る」という過程の問題で、死そのものを意味するものではないということである。また、意識するしないにもかかわらず、人は絶望を抱えており、それが発症するのは、想像によってありうべき自己と現実の自己との差に苦しみぬく状態である。その絶望は、かなえられないこと、現象そのものではなく、かなえられない自己そのものに向かう内向的なものである。そのため、自己をとりまく現象ではなく、無限に自己を告発する自己を問題にする。

これは、自然に存在する人間の本質に適合する自己にならなければならないと考える外部との連絡を有する思想から、自己意識そのものを問題にする哲学として、その後の実存主義の先駆的業績とされるらしい。

本書解説によれば、キェルケゴールはマルクスと同時期に、このような思索にふけった人物らしく、前者は自己内部の疎外感を、後者は社会における疎外感を問題にしたという同時代性を帯びているという。この解説が書かれた頃は、マルクス主義と実存主義が隆盛を極めた時期で、当時の若者は、そのどちらかを選びとって自らの思想形成を助けたようである。

実存主義は、60年代にいわばマルクス主義の亜流である構造主義に敗れ去ったために、私が読書を始める頃には廃れてしまい、既に弾劾の対象となっていたマルクス主義と比べても、そのイメージすらもつかめないものとなっていた。もっとも、当たり前の思想となっていたために、わざわざ学ぶ必要もないものとなっていたのかもしれないが。

となると、本書は今後どのように読まれていくものなのか。尾崎先生は、スウェーデンの思想家ヘーゲルストレームの「価値ニヒリズム」が後の社会科学・自然科学に影響を与えたのに比して、西田幾多郎の哲学は何らそれらに影響を与えていないとしつつも、研究者の人生観に影響を与えたと仰っていた。ならば、この難解な本書もそのようなものとして生き残ってゆくのだろう。だって、『死に至る病』って、悩める青年たちの心をぐっと摑むキャッチーな題名じゃないかな。内容はともかく、読んでみたいと思ってしまいますね。

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2006年3月18日 (土)

板垣退助監修/遠山茂樹・佐藤誠朗校訂『自由党史(上)』岩波文庫、1957年

明治思想の民権側からの流れを掴むために、読んでみた。

本書は明治43年に発刊されたものらしいが、その特色はなんといっても豊富な史料だろう。この時期に出された建白書や法令がそのまま掲載されており、大変便利である。そしてまた、人物評価なども大隈重信など改進党系の人物への厳しさが、本書が政治文書であることも感じさせる。

上巻は明治元年から明治13年の国会期成同盟あたりまでを描いているが、個人的に気になるのは、史料で語られる当時の人々の尊皇意識である。

よく「天皇制」は明治期に創られたものである、と耳にする。中学高校の日本史副読本などで、国民に天皇の偉さや有難さを宣伝する文書や、「天子様とは何ぞや」と国民が天皇など知らないというような文書を載せて、天皇中心の政治体制は創られたものだと強調するような史料を扱っている。これは一面で正しい。マスメディアもなく、全国的な教育もない時代、人々が知りうるのは隣三軒のくまさん、はっつあんとその地の領主ぐらいなものだということは当然である。現在でも支配政党や総理大臣の名前も知らない人もいるのだから当然であろう。もっとも、徳川期においても、お伊勢参りや雛人形、宮廷を描いた浄瑠璃などで天皇の存在を前提しないと成立しない庶民文化はあったわけで、天皇の存在はある程度知れ渡っていたのだ。それはともかく、ある程度、政治意識をもった人々に関しても天皇というものが、なんとも敬意をもたれていることに驚く。

最も気になったのは、大阪会議で政府側が板垣退助に入閣するよう要請する場面である。この時、板垣はそれを一度断っている。板垣の下の愛国社もその態度が割れており、入閣支持グループを板垣が説得までして、入閣を断っているのである。しかし、天皇が板垣に入閣を要請すると一転「感激し、恐懼措く所を知らず」参議の復帰を決めてしまうのである。これはどういったわけか。

板垣は維新の功臣で、いわば天皇中心の政治体制を創った側の者である。ある程度、天皇への敬意は払うとはいえ、自分達で地位を与えた人物にこのような忠誠心を持つものであろうか。たしかに板垣自身は入閣希望だったが、周囲の雰囲気から決断できず、きっかけを探っていたという考えも成立するしれない。しかし、前言を翻してでも天皇の要請を受容れるのは、たった10年そこらで創られた正統性以外の何物かが、既に板垣やそれ以外の人々に共有されていたからではなかろうか。だとすると、天皇の正統性とは、急ごしらえで創られたものではなく、徳川時代から連綿と意識されていたもので、徳川に天皇の統治が現れた事は当然と人々に思われていたと考えるのが自然であろう。本書はそれを知らせてくれる。

ちなみに板垣個人として、この尊皇意識はどこから生じたのであろうか。私は板垣の伝記を読んだわけではないので、どのような教育を彼が受けてきたかは知らない。板垣の出身国である土佐は武市瑞山率いる土佐勤王党を生んだ地であるが、その母体は関ヶ原以前の領主長宗我部氏の臣下であった郷士であって、板垣は関ヶ原以後国入りした山内氏の家臣である上士の出である。郷士が国主山内ではなく、天皇に忠誠心を感じるのは山内氏下での地位の低さから相対化をはかるための手段として分かるが、上士である板垣が天皇に忠誠心を抱く必然性はあまりない。天皇は政治的実権を握るための「玉」としての意味はあったであろうが、国主への忠誠心から天皇への個人的に忠誠心に転換する素地はどこから来たのであろうか。

天皇の正統性が明治期に創られたというのは、悪しき「創られた伝統」論である。しかし、その忠誠心がどのように形成されたかは、徳川期の国学、水戸学などだけで説明できるのだろうか。これらの学問がどれだけ浸透力を持っていたのか。わからない。勉強不足である。

しかし、庶民に天皇への忠誠心が浸透するのは、第一次大戦後の君主制の危機により、教育現場に天皇が強調されるようになってからで、日清・日露の戦役ではあまり天皇は意識されてはない。もっとも、日清戦争時に天皇が広島大本営で日夜軍務に精励したことに国民が感激したという点は指摘できるが。

それはともかく、もう少し幕末期を含めて勉強しなおさなくてはなりませんね。

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2006年3月 6日 (月)

山室信一・中野目徹校注『明六雑誌(上)』岩波文庫、1999年

河村又介の論文を読んだら、明治期の思想にもっとふれていなければ、と反省。とりあえず、明治初期の代表的知識人らの著述を楽しめる本書を手に取った。

本書は、義務教育の日本史にも出てくる著名な雑誌を編集したものである。日本語論争や「学者職分論」、「妻妾論」や宗教問題など、近代日本に関心があるものならば、一度は見聞きしたことのあるものばかり。しかし、実際、これを読む者はあまりおるまい。実際、恥ずかしながら、私も初めて読んだ。「先生の論はリベラールなり」と加藤弘之が福沢諭吉を評した言は、有名ではあるが、実際読んだのは初めてだった。

本書に登場する人々の特徴は、自由主義であることだ。この場合の自由主義とは、私人の自由である。いわゆる国家や社会の「権力からの自由」を意味する。明六雑誌同人がラディカルであるのは、やはりこの自由に関してであって、国家権力に関わる「権力への自由」は、箕作麟祥が「リボルチーの説」で国家の主権に人民が加わらなければならない、としてはいるものの、在野政治家が民撰議院設立の建白書を提出した際、冷ややかな対応をしていることから、漸進主義を基調としている。加藤弘之は明治15年『人権新説』において、漸進に「リベラール」というルビをふっている。ここからも彼ら(加藤だけか)の自由主義が何を意味するか知れよう。

彼らは、社会上の自由と国家権力に関わる自由を明確に分けているように思える。社会上の自由を享受し、これに適応できる者でなければ、国家権力に関わることはできない。自身の独立を保持することのできない者に、行政官を辞任に追い込む力はないし、権力による懐柔を拒否できないからであろう。ここに彼らの参政権における納税用件の理由があるのであろう。独立生計を立てられぬ者は、権力側のクライエンテリズム(恩顧主義)の誘惑に勝つことはできない。

日本政治の特徴を恩顧主義で説明しようとした小林正弥氏は、制度の変更によって、現実の国民の政治意識が変るとする主張を徹底的に批判し、戦後政治学が基調とした日本の精神文化の特殊性を指摘し、政治意識を変えなければならないとする。民権派が、民撰議院が国民に学習効果を促すとして、制度変更を主張したのに対して、明治啓蒙が政治意識や独立生計にこだわったのとパラレルな関係を見ることができる。明六雑誌同人の政治観は、後の「進歩派」の原型をある意味示しているように思えてしまった。

しかし、本書岩波文庫版は全三巻であるらしいが、1999年に上巻が発刊されて以来、続きが出ていない。続刊を望んでやまない。

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2006年2月22日 (水)

岡義武編『吉野作造評論集』(岩波文庫、1975年)

大正デモクラシーの旗手といわれる吉野作造の評論を彼に教えを受けた岡義武が編集したもの。

正直、あまり面白くない。

ここのところ、大正・昭和に活躍した言論人の評論集を読んできたが、出色のつまらなさである。その原因は何にあるかと考えたが、吉野が目指す方向がいまいち明確でないのと、理想を語るのではなく現実に可能な方法を模索したとされるが現実の制度にそれほど肉薄しているとは思われず、当時の政治のあり方を研究する資料としても役に立たない。教科書に取り上げられ、名前だけは有名な吉野作造が現在あまり読まれないのもうなずける。

また、吉野は民本主義の主唱者とはいうものの、必ずしも政党内閣主義者ではない、という点に物足らなさを感じてしまう。吉野の「民」は全国民を指し、制限選挙下の既成政党は「民」を代表しているわけではないとして、支持を与えられていないのである。しかし、現実に肉薄するならば、日本の政党政治の習熟を促す努力をしなければならなかったはずだ。この時期において、元老、官僚、軍部等の非選出勢力に対抗できる国民代表は既成政党しかなかった。それが不十分なものであっても国民と連絡のある政党の発展を促さなければ、国民の政治は成り立たない。政党の腐敗は今も当時も変らぬ現象だ。これを前提としつつも、これしかないとの諦めとともに守ることがなければ、現在はもとより、政党政治に正統性がない時代に政党内閣を成立させることは不可能だっただろう。

大正デモクラシーとは、政党政治の意ではなく、平等化を意味するものなのかもしれない。政党政治は経済的自由、権利の自由など自由主義を基調とするもので、自由には腐敗も付随してくる。しかし、国民との密接な連絡と平等化を求めるデモクラシーはその自由を阻害していく可能性を秘めたものだ。

吉野に大正デモクラシーを代表させることができるかどうかは分からないが、まがりなりとも国民代表の政党政治を保守・発展させる意識が強くないとの点で、永井柳太郎や中野正剛と同様である。大正デモクラシーは、昭和期のファッショ傾向を準備したものと評される由縁であろう。

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2006年2月16日 (木)

幸徳秋水/山泉進校注『帝国主義』岩波文庫、2004年

明治期の社会主義者幸徳秋水の著で反戦・非戦の書として名高い。

本書で最も興味深いのは、第二章「愛国心を論ず」であろう。政治指導者が敵・味方と分け、民衆の「野獣的天性」に訴えて、愛国心を調達し、政治的に動員する、とする見方は当然であるし、また、これだけ愛国心をバッサリと切るところは痛快である。

しかしながら、この主張はいつまで経っても、政治の中で敗北している。それは結局のところ、幸徳をはじめとする愛国心否定論者が、文明と野蛮といった人間は進歩するという前提に立った議論をするため、どうしたって親疎の別をもたざるを得ない現実の人間をとらえることを拒否し続けるためであろう。

もっとも親疎の別の「親」の対象が国である必要はないが、普段触れるものに親しみを持つ感情を捨てきれない以上、愛国心の呪縛を捨てきる事はできはしない。

幸徳は進歩の立場により、このような「中古的」感情を批判するが、容易に変えることのできない現実を変え得るとするところに無理がある。そのように言い切るところに思想の強さ、生命があるといえるが、現実にある道具を利用することで目的を達しようとする政治には、いつまで経っても敵わない。

思想は現実を変えることはできない。変えるのは思想を利用して現実にある道具を動かす政治だけである。

現実を変えたいならば、思想を語り、思想を実行することではなく、現実をありのまま認めつつ、そこで何ができるかを思考するしかないのであろう。だが、その思考による提言は退屈なのかもしれないが、そこに思想を読み取る作業を楽しむ態度もまた楽しい。

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カンパネッラ/近藤恒一訳『太陽の都』岩波文庫、1992年

イタリアの哲学者カンパネッラが1603年に著したユートピア論の翻訳。
たまたま古本屋で見つけ、長くもないので電車で読むには最適と積読から
手に取ったものだが、読んでみての感想は、
「こんな国、たまらんよ」
といったところか。

生れ落ちては親から施設に送られ、共同生活を営む過程で教師である役人に適性を勝手に決められ、職業が決まる。食事も栄養士が選んだ健康食を毎日食べさせられる。男女関係も役人が決めてくれて、もちろん、生殖のみの関係。さらにはその生殖ですら、占星術によって日時が決められ、その日は二つの部屋にそれぞれ寝かせて、もっとも適した時間に、役人が「どうぞなさってください」といった感じ。

これは理想的な生活なのだろうか。
おそらく著者にとっては「正義」に適った国なのだろうが「自由」はない。

先日、オーウェルの『1984年』を読んだが、その世界同様、『太陽の都』も陰鬱な生活に違いない。儀式のようなセックスも主人公ウィンストンの妻が求めてきて、うんざりしてしまうというところに『太陽の都』への人間的反応を見ることができる。もっとも、『1984年』のウィンストンは革命前の生まれで、以前の世界を感じとり、疑問を持ち始め反抗に走ってしまったのであるが、最後は数々の拷問に耐えかね、この国を愛するようになるのだが、『太陽の都』の市民は、ウィンストンのような葛藤を感じる人が、いなくなった後の世界にいるようだから、幸せに暮らしているのであろう。

しかし、耐えられんな。
すべてを用意してくれる世界。
私的欲求を否定する社会。
差別のない平等な社会。
最も私的欲求の表れであり、どうしても差別せざるを得ない恋愛という感情は、このような社会では否定されるのだろうな。『1984年』はそれが一つのテーマだし。

あとは健康食よりラーメン食いたい。

まぁ、本書を読んで思うことは「正義」を考える哲学者に政治をやっていただきたくない、というところだろうか。

でも、性的弱者というものはいない世の中であるのはたしかだ。

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松尾尊兊編『石橋湛山評論集』岩波文庫、1984年

本書は、戦前ジャーナリスト、戦後は首相にまでなった石橋湛山の評論集である。
以前、大学のゼミで昭和期の湛山の論稿を全集で読んでいたが湛山の言論活動全体を小さくまとめた本書を読むのは初めて。
編集方針は、おそらく言論の不自由な時代にこれだけのことを云えた人物がいた
と湛山を顕彰するつくりなっていると思われるが一読しての感想は、戦前の日本って結構言論自由があるなぁ、といったところか。

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