2008年12月 2日 (火)

猪木正道『軍国日本の興亡』中公新書、1995年

「軍国主義と空想的平和主義とは、互いに相手の裏返しだというのが、本書の原点であり、結論でもある」

本書「まえがき」の末尾を飾る一文である。つまり、どちらも独善的で国際的視野を欠き、一国主義的である、ということらしい。本書は、「空想的平和主義の克服」のために、その裏返しの「軍国主義」批判の書として書かれている。

対象となるのは、日清戦争から日米開戦まで。本書の歴史観は、いってみれば現在の「体制側」のそれである。国際協調の下での帝国主義政策は、積極的に肯定はしないが、否定はしない。しかし、ワシントン会議における「中国に関する9カ国条約」に締約国として参加しながら1928年6月4日に張作霖爆殺事件を起こし、田中義一首相は陸軍省と参謀本部の突き上げに勝てず関係者を処分できない失態を犯し、その間1928年8月27日の「不戦条約」を締約しながら、満洲事変を画策した関東軍をコントロールできなかった。これら軍関係者の暴走は、明治・大正期にも閔妃殺害事件(実際の日本の関わりはまだよく分からないらしいが)、日露戦争後の満洲駐兵問題、満蒙独立運動などにも見られたが、結局適切な処罰は行われていない。これらが背景にあったと著者は指摘するが、前記の諸問題はまだ国際条約による帝国主義戦争違法化の体制が出来上がっていない状態であり、日本国内の紀律や法の支配が確立していないという問題であるが、「9ヶ国条約」以降は国際政治の問題として立ち上がってくる。そのため、著者は「9ヶ国条約」違反と米国の一貫した対中門戸開放路線(日露戦争後の駐兵問題から一貫していることを著者は繰り返し指摘する)との関係から、「軍国日本」の「独善性」を批判する。つまり、1928年1月1日から日本の侵略行為を訴追対象とするいわゆる「東京裁判史観」と親和的なのである。

本書奥附には「1995年3月25日発行」とある。1995年といえば、終戦後50周年にあたり、有名な「村山談話」(8月15日)の出された年でもある。本書では韓国併合に関しても、伊藤博文の韓国皇帝に対する脅迫めいた言葉を長く引用し、米の生産高の上昇と人口の増加という面に触れつつも、基本的に「韓国人の憎悪」をもたらしたものと指摘し、上記のように中国に対する侵略行為を順を追って叙述している。本書が「村山談話」に与えた影響はどんなものかは分からないが、当時の自民党議員への影響があったとされる猪木氏の著書が、「村山談話」を受け入れる素地をつくったのかもしれない。

本書はその意味で現在の「政府見解」に近い歴史観を提示してくれる便利な本である。私はあまり異存を感じなかったので、自分はやはり「体制側」の人間なのかな、と思ってしまった。一応、アフィリエイトを張っておくが、本書はだいたいBook Offの100円コーナーで売っている有難い本なので、近代史初学者はまず本書を手にとってから、自己の歴史観を形成していくのがいいかもしれない。

余談だが、先日の「朝生」では、司会者から左の席の姜尚中氏や辻元清美氏が相手の意見を聞きつつも説得にまわる大人の対応する「体制側」に見え、右の席の西尾幹二氏が相手の意見を聞き入れず言いたいことだけを言う体制に反逆する革命家のようだった。西尾氏は福田恆在のゴーストライターとして書いた文章(『現代日本思想体系・反近代の思想』解説)などはニヒリスティックでクールなものだったが、ずいぶん変わったんだなぁ。それはともかく、こと歴史観に関しては、左右逆転のようなことが起きているようだった。

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2008年7月 3日 (木)

服部龍二『広田弘毅 「悲劇の宰相」の実像』中公新書、2008年

たしか『諸君!』の企画だったたか、「著名人が読者に薦める歴史書5冊」のようなもので小谷野敦氏が城山三郎『落日燃ゆ』を挙げていて、本書を読んで広田がA級戦犯ではないと思った、というようなことを書いていたのを読んで、嘆息した。本格的な歴史書を書いている小谷野氏ですら、こうなのだから、近代史をかじったものの常識などは一般人には届かないのだな、と。また小谷野氏はブログで保守派が広田礼賛をしないのを訝しがっていたのも不思議だった。

つまり、広田弘毅という人物の印象は『落日燃ゆ』によって形成された軍部に抵抗した平和主義者であったにもかかわらず、戦犯として絞首刑を受けたというのが一般的だが、近代史を学んでいる者にとっては、近衛内閣の外相期に和平交渉のハードルを吊り上げ、参謀本部が慎重であった蒋介石との交渉断念を強行した人物である、というギャップである。それを埋める新書を気鋭の外交史家が上梓した価値は大きい。

著者は、城山作で形成された広田イメージを十分に意識しつつ叙述を進めているため、読者としても論点を見出しやすい著作となっている。

著者がまとめる広田の「罪」とは、近衛内閣による派兵や戦費調達に消極的ながら賛成し、南京事件についても閣議に提起せず、また日中戦争の和平条件をつり上げようとした末に、国民政府を否認したところにある、というものだろう。いってみると凡庸な外交官がもっとも大変な時期に国の外交政策を担うようになってしまった、というところであろう。昭和天皇の広田への低い評価も興味深い。

また、城山著が「広田は玄洋社の正式のメンバーではなかった」という記述を重視し、広田と玄洋社との関係に紙数を費やしている。しかし、玄洋社=悪というような単純な図式で広田断罪の材料に使うのではなく、通常、広田の人間性を描くには家族との関係を描写することであらわすのだが、東京裁判時に広田がもっとも気遣ったのは玄洋社社長の進藤一馬への配慮だったところにふれるなど、従来とは異なった魅力を教えてくれている。

余談だが、日本の内閣制度発足以来、ファシストとか軍国主義者とは異なり、玄洋社という団体に所属したという意味で右翼が首相になった例は広田だけなのだろうか。平沼騏一郎も国本社という右翼団体を主宰していたから、この二人ということになるのだろうが、国本社は平沼支援団体という色彩が強い。どちらにしても二人とも首相在任時は精彩を欠き、こうした右翼団体に思想や人格を鍛えられた広田がここぞという時に気弱な対応しかできなかったという点で、もう少し肝の太い人材育成をしてほしかったものだと思ってしまう。

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2007年6月27日 (水)

盛山和夫『年金問題の正しい考え方』中公新書、2007年

来月行われる参議院議員選挙は、5月からの2004年の総選挙の夢をもう一度との民主党の仕掛けが功を奏し、自民党の重点政策の第一が年金政策におかれることになり、年金問題が議論の中心となった。そこで本書は、大変タイムリーな作品であり、また社会政策が専門でないものの社会学界の大物の著作ということで注目されているようである。

正直、私は国・英・社受験の私立文系男子なので、本書のように数字を議論の土台としたものを評価する能力はない。だから、ここでも本書でお勉強できた部分だけを書くに止める。

まずは常識に関わることだが、年金は「お得」であること。国民年金の月額保険料は2017年度には1万6900円になる予定で、保険料を40年間フルに納めた人には、65歳から年額79万2000円の年金が支給される。月額1万6900円を40年間納め続けると、納付額の総計は811万2000円なので、単純に計算すると10年と少しで元が取れることになる。

2004年に問題が噴出した「未納」問題について。未納は「悪」ではない。上記のように、保険料に比して受給額は高いものであるから、未納者が増えれば、それだけ支給額が低下するため、年金会計上ある種の必要悪であること。また、未納者が将来無年金老人となって社会保護費が増えるのではという議論は、あまり意味がない。なぜなら、国民年金の強制徴収は1986年(学生は1991年)からのことで、それ以前では「未納者」がおり、それが現在の社会保護対象となっており、年金納付義務化以降の世代ではこの分の人に社会保護を給付する必要がなくなり、仮に無年金老人がいても現在の給付額と大して変わらないからだ。

基礎年金の消費税化について。基礎年金の一部は厚生年金によって賄われており、厚生年金は半分が企業の負担によって成り立っている。そのため、基礎年金を消費税化すれば、企業の負担は軽減する。一方で、一般勤労者は、増税により負担が重くなる。つまり、基礎年金の消費税化は企業に有利で一般人には不利な政策といえる。

他にも専業主婦は年金でただ乗りしているという議論は誤りだとか、多くの興味深い議論がここでは展開されており、私などはまだまだ不勉強で通読した限りでは理解できていない部分は多いものの、現在の年金議論を論じる上で必読の書となっている。しかし、これだけ俗耳に入りやすい議論を一刀両断して、留保つきながらも現在の制度を肯定している著作が出版されたとなると、民主党にはかなり痛い所をつかれたことになるのではなかろうか。今後、本書を土台にした冷静な議論の活性化が望まれる。

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2006年2月28日 (火)

西平重喜『比例代表制』中公新書、1981年

随分前に買った選挙制度論。

本書は、著者が提唱する比例代表制を紹介するものであるが、日本、英国、フランス、ドイツ、イタリアなど各国の選挙制度の沿革を述べた部分が興味深い。

本書の姿勢は、小選挙区制や日本独自の中選挙区制がどれだけ公平性に欠けるか、ということで、国民の縮図として議会を構成させる選挙制度を重視している。

私は選挙制度を論じるにあたって、選挙を指導者を選出するシステムか、民意の調達システムかの葛藤が必要であると考えている。つまり、小選挙区制はデュベルジェの法則を云うまでもなく、二大政党を育成し、国民の多数が求める政権選択の機会を与えるシステムであるのに対して(もちろん留保は必要)、比例代表制は最大政党が過半数を制するのが困難な少数代表を生じさせ、選挙結果により、少数党が連立内閣に参加する、又は閣外協力によって政策に影響を与えるシステムであるといえる。さらには、連立や政策協定の機会が生じるため、議会の構成員の自主性が重んじられる制度ともいえる。そのため、単純に制度の問題ではなく、有権者の意思を尊重するという場合の「質」の問題、つまりデモクラシー観も問われてくるのだ。しかし、本書は前者についての言及はなく、ただ国民の縮図を議会に反映する制度として論じ、また選挙結果による議会・政権運営への言及もない。だから、選挙制度の問題に閉じてしまって、その制度が政治にあたえるダイナミズムへの視点が見えてこないことが残念なところといえようか。

しかし、勉強不足の私は田中角栄内閣時代の1973年5月11日に小選挙区・比例代表並立制が自民党案として提案されていなかったことには新鮮な印象を得た。つまり、後年、この提案は政治改革の中心として採用されたわけだが、その主導となったのは小沢一郎氏ら田中派の面々である。本来は単純小選挙区としたいところを連立を構成する小党に配慮して比例を加えたということであるが、その淵源には親分である田中角栄の影があったということか。さらに小選挙区制度の恩恵を蒙って大勝利をおさめた小泉首相が、当時小選挙区絶対反対の「守旧派」として名を馳せたのも、反田中派という彼の政治姿勢にピッタリとくる。小選挙区制という制度改革に反対というよりも、反田中派という政治闘争を優先していたのだということが、この1973年田中案の事実においても見られるのかもしれない。ちと調べる必要があるかもしれないけど。

9月の代表選で自民安倍、民主小沢となれば、1970年代から引続き福田・田中の闘争が現在まで再現し続けるのかもしれないなぁ。「福田・田中の30年戦争」という本が出そうだ。まぁ、政策的にも財政均衡主義と積極財政主義との路線対立でスッキリするのですけど。

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